“アール・ブリュット”や“アウトサイダーアート”という言葉をご存知でしょうか?
これらは既存の美術や文化潮流とは無縁の文脈によって制作された芸術作品のことを指します。そのなかに知的障がいや精神疾患を持つ方の表現が含まれることもあります。こうした作品をご覧になったことがある方もいらっしゃるかもしれませんね。
筆者はアート鑑賞が大好きですが、なぜかこれまで“アール・ブリュット”と呼ばれるアートを見ようとしませんでした。なぜなら人間の表現である“アート”に、“障がいを持つ”という冠を着せることに、どこか違和感があったからです。
今日は、障がい者によるアートをテーマにした映画『地蔵とリビドー』をご紹介したいと思います。“アール・ブリュット”を食わず嫌いしていた私は、映画の中でこれまでに見たこともないほど力のあるアートにたくさん出会いました。監督の笠谷圭見さんのインタビューも交えて、映画の魅力に迫りたいと思います。
映画の舞台となった「やまなみ工房」とは
『地蔵とリビドー』は滋賀県甲賀市にある社会福祉法人施設「やまなみ工房」に通う通所者(アーティスト)と施設長の山下完和(まさと)さんの普段の様子、そして彼らのアートを世に広めるために関わる人々の取り組みをオムニバス形式で記録したドキュメンタリーです。
「やまなみ工房」は1986年に「やまなみ共同作業所」として誕生した就労雇用支援B型の事業所。ここに通う通所者は、粘土や絵画に取り組む「アトリエころぼっくる」、刺繍や絵画に取り組む「こっとん」、古紙回収などさまざまな作業に取り組む「たゆたゆ」、カフェを営業する「hughug」など、全部で6つのグループに分かれて作業をし、1日を過ごします。
アートを手がける人もいれば軽作業をする人など、通所者の自主性に応じて思い思いに過ごせるのが特徴です。
今回『地蔵とリビドー』の監督を務めた笠谷さんは、大阪のデザイン会社でクリエイティブディレクターとして活動する一方で、2011年以来、「PR-y」(プライ)というプロジェクトを通して障がい者によるアートを広める活動を続けています。一体どんな経緯で障がい者のアートをテーマに映画を撮るようになったのでしょうか。ここからはインタビュー形式でお届けします。
デザインが福祉にできること
ーデザインを生業としている笠谷さんが、なぜ障がい者のアートを広める活動をはじめたのか、きっかけを教えてください。
笠谷 デザインを通して社会に何か貢献できないかと模索していたときに、大阪市内にある障がい者施設と出会い、障がい者の実情をルポする写真集を出すことになりました。こうして福祉施設と関わりを持ち始めたある時、全国の福祉施設の合同展覧会があったんです。
そこで講演会があって、いくつかの施設長が登壇したんですが、一人だけ長髪でヒョウ柄のパンツを履いていて、あちこちにどくろをつけたファッションの方がいて、「この人は絶対に福祉施設長じゃない」と思っていたら、その方がまさかの「やまなみ工房」の山下施設長だったんです(笑)
ー山下施設長は、映画の中にも登場しますね。観ている私も、あまりにもロックな風貌で最初「誰?」と思いました。
笠谷 そうなんです(笑) 「PR-y」の活動を山下さんにお話したら、「ぜひ、施設に遊びに来てください」と言われ、行ってみると通所者さんと山下さんが対等な関係で接してらっしゃって、すごく愛があるなと感じました。そこから山下さんとのお付き合いがはじまり、今度は「やまなみ工房」の写真集をつくることになりました。
ー映画『地蔵とリビドー』の前に「やまなみ工房」を舞台にした写真集を出しているのですね。
笠谷 はい。正確には写真集2冊と、書籍、「やまなみ工房」を紹介する映像作品もつくりました。それから、アーティストの絵画作品をテキスタイルに展開した「DISTORTION3」というファッションブランドのプロデュースもしています。
写真集に関して、よく障がい者は顔出しがNGなどと言われますが、それは何が悪いのか誰も説明できないんですよ。障がいがあることを恥ずかしいと思うのもおかしい。実際に僕らと変わらないでしょ? と。そういうことを感じてもらうためにつくった写真集なんです。理由があやふやなまま「ダメ」と言われているのはおかしいですよね。
ー確かに。障がいは社会をつくるマジョリティがつくり出した概念であって、社会が何となく「ダメ」ということ自体が、差別なのかもしれないですよね。
映画を拝見しても感じましたが、笠谷さんは「障がい者が手がけたアートだから社会的に意義がある」という観点ではなくて、彼らの作品が純粋にかっこ良いからこの映画を撮られたのでは? という気がしましたが、実際はいかがでしょう?
笠谷 おっしゃる通り。たまに福祉業界の方たちがされていることに違和感があって、それに対するアンチテーゼでもあるかも知れません。
ー福祉業界がやっていることとは?
笠谷 障がい者施設主体のアートの展覧会を見ていると、「本当にいいと思ってるの?」と問いたくなる作品も少なくないんです。「障がい者が頑張って描いた絵だから素晴らしい」という観点だと、作品に対する純粋な評価につながらないと思うんですね。
ーアートとしての純粋な評価という観点では、映画の中に出てくるギャラリストの小出由紀子さんのお話が印象的でした。小出さんがアーティストを選ばれる観点は、どうしても表現せざるを得ない「内的な圧力」があり、それが「昇華」された作品となっているかが重要だということでしたが、それは障がいがある・なしにかかわらず表現を生業とするすべて人へのメッセージにも聞こえます。
笠谷 小出さんは、先ほど言ったような現状の福祉業界のやり方では本当の才能が埋もれてしまって、結局は誰も救えなくなってしまう。「アートはマーケットに乗らないと話にならない」という姿勢を徹底してる方なんです。
ーなるほど、どおりでずしんとくるわけですね。映画の中でアートを制作している「やまなみ工房」のアーティストの方々は、ご自分がアートを制作しているという認識はあるのでしょうか。
笠谷 ないですね。たとえば、僕らはアートが完成すると「見て!」となるけれど、彼らは創作中は執着していますが、完成した瞬間に完成した作品には興味を失ってしまう。
ーつまり、人からの評価や、戦略的にアートのマーケットに乗ろうとするのではないということ。それこそ一番純粋な表現な気がしますね。笠谷さんが今回の映画で狙ったところは何なのでしょう?
笠谷 僕がはじめて彼らの創作現場を見たときに、デザイナーでいることが恥ずかしくなるぐらいの衝撃を受けたんですよ。一般的に障がい者=社会生活は送れないと思われている人たちが、実はすごい才能を持っている。そのことを普段は障がい者を可哀想な人と思っているような人たちに伝えたかったんですね。ファッションブランド「DISTORTION3」にしても、これは障がい者の絵を使っていますということは一切謳っていないんです。
ー『地蔵とリビドー』というタイトルはどうやって決まったのでしょう?
笠谷 リビドーとは、一般的にはフロイトがいう性的衝動や欲求を指す言葉ですが、もともとは人間が生きる上での根源的なエネルギーのことを指していた言葉から派生したそうです。それは、僕が「やまなみ工房」で感じていたことそのものだなと思いました。
映画は9つのチャプターで構成されているのですが、小さなお地蔵様をつくっているアーティストを記録したチャプターのタイトルを「地蔵とリビドー」としていて、最終的にはそれをそのまま映画のタイトルにもしました。
伝えたかったのは「やまなみ工房」の魅力
ー今回映画を通して一番伝えたかったことは、やはりこうしたアーティストの作品の素晴らしさなのでしょうか?
笠谷 以前はアートをどうやって社会に広げるかを試行錯誤してやっていましたが、今回の映画は創作に限らず「やまなみ工房」のさまざまな魅力を伝えたいなと思いました。
ーなかでも、アーティストと施設長の山下さんとのやりとりが、とても魅力的に描かれていましたね。実は私の姉が福祉施設で働いていますが、スタッフは利用者のことを利用者さんと呼ぶようです。そこにはもちろん個人としての敬意が込められているのはわかりますが、どこかサービスの受け手と提供者という線引きを感じる時もあります。でも山下さんは通所者の方と漫才のようにかけあったり、すごく対等に接していらっしゃったのが印象的でした。
笠谷 もともとはアーティストさんをピックアップして、その方の魅力をオムニバスにするという構想で考えていたんですが、その中に同じレベルで山下施設長も登場したらおもしろいだろうと。実際あの山下さんのシーンにやらせはなくて、本当にあのままなんです。通所者さんとの愛にあふれているんですよね。
ー映画の最後にポートレートの撮影シーンがありますが、これはどういう意図で撮影されたのでしょう?
笠谷 以前写真集をつくったときの撮影を再現したんです。カメラマンはプロのファッションフォトグラファーを起用して、スタイリストにも入ってもらって。中には対人恐怖症の方もいたのですが、衣装を着たとたん、こちらが何も指示していなくても顔つきも歩き方も変わって。ポーズも何も指定していないのに自分たちでポーズをとるんです。
そこにはファッションの力があるのかもしれないけど、僕は彼らが本来持っているポテンシャルをすごく感じたんです。社会は彼らを障がい者だとみなして「あれができない、これができない」と決めつけがちだけど、実際にはこんなに豊かな表情や動きをした。フォトグラファーも驚いていました。
ー写真集だけ見ていたら、彼らが障がいを持っているということはまるでわからない。確かに、自分も含めてこちらが「障がい」という偏見を普段から着せているだけなのだと気づきました。
笠谷 これまで出した2冊の写真集のタイトルは「DISTORTION」。「歪み」という意味です。これは彼らが歪んでいるのではなくて、彼らを見る社会の目の方が歪んでいるんじゃないか、という問いかけなんですよ。
「アートディレクターなのに映像の監督もされるのですね?」と驚いた私に「逆に、何でデザイナーは映画を撮っちゃダメなのかな? って思うんです」と穏やかな笑顔をたたえて答えてくれた笠谷さん。
私たちもまた、社会的な肩書きを日々背負って、本当にやりたいこととは少し違う役割を引き受けながら毎日を暮らしている。むしろそっちの方が不便なのかもしれない。そんな新たな視点を与えてくれた映画です。
社会的な肩書きをひょいと越境する笠谷さんの視点で捉えた「やまなみ工房」とアーティストたちの日常を記録した『地蔵とリビドー』。ぜひ映画館でご覧ください。
– INFORMATION –
・2018年9月23日(日)なら国際映画祭 尾花座復活上映会 ホテルサンルート奈良桜の間(奈良)
・2018年9月29日(土)〜10月12日 (金)シネ・リーブル梅田(大阪)
(9月29日と10月6日は上映後に笠谷圭見監督と「やまなみ工房」山下完和施設長とのトークあり)
・2018年11月〜 シアター・イメージ・フォーラム(東京)