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“幸せの基準”さえ決めれば、自分らしい働き方はつくれる。シェアハウスづくりと保護猫活動を両立させる「福岡リノベース」江頭聖子さん

シェアハウス、シェアオフィス…ここ数年で耳にする機会が増えてきた「シェア=共有すること」について、みなさんはどんなイメージを抱いていますか? 多様な人がさまざまなツールを活かしながら、コミュニケーションを通じてつながり、新たなものを生み出したり、育んだりしていく。そんな温かくてポジティブなイメージを感じる人が多いかもしれません。

多様なスタイルや価値観を共有する一方、最近では人間と動物が一緒に暮らせる物件が全国的に増え、その中にはシェアハウスというスタイルも。

移住をテーマに、福岡で活躍する人たちを紹介する「福岡移住カタログ」。今回は、「猫と過ごす時間を大切にしたい」という想いから、東京から地元・福岡へとUターン。シェアハウスやシェアオフィスを企画・運営する「福岡リノベース」の代表で、保護猫活動にも取り組む江頭聖子さんを紹介します。

江頭聖子(えがしら・せいこ)
1980年福岡市生まれ。内装職人の父親の元で現場を学んだ後、2014年に株式会社「福岡リノベース」を設立。猫好きが高じて、戸建てをリノベーションした猫と暮らせるシェアハウス「福岡Qハウス」、リノベーションビルで保護猫の譲渡活動も行うシェアオフィス「Q studio」等を自主企画運営。「福岡の賃貸住宅をもっと楽しく」をテーマに、空きビル・空き家のリノベーション企画やシェアハウスのプロデュース等を手がける。http://f-renobase.com

猫にまつわる活動から広がっていったリノベーションの仕事

福岡在住の猫好きならば、即アンテナにひっかかる「ネコと暮らせるシェアハウス(以下、Qハウス)」。江頭さんは2013年3月に「福岡Qハウス」をオープンしたのを機に、2014年1月に自身の会社「福岡リノベース」を開設。翌2015年の春には、保護猫の譲渡を支援するシェアオフィス「Qstudio」を福岡市の中心部・天神に近い今泉に構えました。

築40年近いリノベーションビルの一室でシェアオフィス「Qstudio」を運営

扉のQマークが目印

現在は3組でシェアオフィスを共有。取材で訪れた日は、暖房の環境整備の関係で、残念ながら保護猫預かりは一時お休み中でした

仕事のメインは、空きビル・空き家のリノベーションの企画と内装デザインの監修、さらに、Qハウスの経験を活かして提案するシェアハウスのプロデュース、コンサルティングなど多岐にわたります。

主な仕事はリノベーションの企画です。これまでの代表的な仕事は、他社のシェアハウスの立ち上げサポートで、主に企画から内装部分の仕事を請け負いました。Qハウスはあくまでも自主企画として運営。仕事で稼いだお金を、自分がやりたいことに注ぎ込んでいるといった感じです。

江頭さんが手がけたリノベーション物件。入居者の希望を取り入れたオーダーメイドの賃貸リノベーション

グリーンラヴァーズというテーマで企画した女性専用のマンション型シェアハウス

魔法学校をテーマに戸建を民泊施設へとリノベーション

頼り合いができる猫シェアハウスの暮らし

江頭さんが現在暮らすQハウスは、2度の引っ越しを経て3軒目になる2階建ての戸建てを活用。3匹の猫たちが自由に出入りできるようキャットドアをつくったり、暮らしやすいようリノベーションしながら、江頭さんを含む5組の住人が共同生活をしています。

戸建てをリノベーションし、1階と2階の5部屋をルームシェアしている「福岡Qハウス」

Qハウスはもともと、シェアメイトと一緒に3LDKのマンションで立ち上げました。3組の住人と猫2匹でスタートして、その間、事情があって私が実家暮らしをしている間に家賃収入で利益が出始めたんですね。それとメディアに取り上げられることが増えてきて、結果、今も続けられているといった具合です。

シェアハウスを運営する間に、一児の母となり、シングルマザーとして、子育てと仕事を両立させていくことになった江頭さん。子どもをもつという人生の転機を迎えたことからも、シェアハウスのあり方を考えるきっかけにもなったそう。

その年の4月にQハウスの引っ越しをすることになって、シェアメイトに新しいメンバーも増えたんですね。猫と暮らせると思って入った入居者にとって、赤ちゃん同伴の引っ越しって、私が新メンバーの立場だったらどうだろうと感じて、いったん実家へ戻ったんです。

だけど、両親とは距離が近すぎるとケンカしちゃうので(笑)、せっかくなら子どもと暮らせるシェアハウスがあったらいいなと思って、福岡市の薬院という場所にあるマンションを利用して、2015年8月に女性専用の「薬院シェアハウス」をつくりました。今は子どもがある程度大きくなったので、私たち親子はQハウスへ。薬院のメンバーからは、きーちゃん(息子)がいなくなって寂しいって言われます。

女性専用の「薬院シェアハウス」

現在一緒に暮らすQハウスのシェアメイトたちも2歳半になる江頭さんの息子さんのことを可愛がってくれて、精神的に助かる面が多々あるそう。

子育てについては、母親がちゃんとできない時があっても子どもは育つものと思ってるんです。時間がなかったり疲れたりしている時は、ごはんも出来合いのものを買って来て、無理しないようにしています。自分がストレスになるほうが子どもにとってもマイナスだと思うから。

その分、打ち合わせや現場に入らなくていい日は休みのようなものなので、早めに保育園に迎えに行って一緒に過ごす時間を増やしたり。そこは自分で会社をつくってよかったなと感じる点です。

そして、シェアハウスならではのメリットが大きいと続けます。

シェアメイト間でサポートし合えるって私にとっては大きいんです。それは、ちょっとコンビニに行きたい時に子どもを見てもらったりとか、ひとりでゆっくりお風呂に入れたりとか、一緒に遊びに行ったりするくらいのささやかなことなんですけど、頼り合える人がいるのって大事なことだなと実感しています。

現在の住人は24〜47歳の男女。気になるシェアハウスのルールは、意外なことにとても緩やかでした。

トイレとフードの当番を決めたり、3匹の猫のお世話することが一番の条件ですね。あとは、うーん… お風呂やシャワーの後、排水口の髪の毛の処理を自分でするくらいですね。

猫の当番表は冷蔵庫に貼ってみんなでチェック

これまでシェアメイトの人数が一番多かった時は9人いたんですが、人数が多いと安心しちゃうからか、かえってトイレ掃除が疎かになっていたり、気がついたら猫たちが痩せてたりしたこともありました。

前回のシェアハウス物件の借上げ賃料が高くて、8部屋を満室状態に保つのが難しかったのと、部屋数が半分になっても今ぐらいコンパクトなほうが、ケアが行き届くし、猫にとっても住人にとってもちょうどいい気がします。シェアハウスに遊びにくる人も多いですし、シェアメイトの友だちと仲よくなったりすることもあって。趣味が合えばなおさら、登山やキャンプ、ライブに行ったりして、みんな楽しんでいます。

リビングダイニングのある1階はみんなの集いの場。江頭さんを含む5組の住人が共同生活を満喫中

この日は東京からのゲストや地元の仕事仲間、シェアメイトが集まって、おでんパーティ

これまで住人同士で大きなトラブルもなく、「距離のとり方がうまい人たちがシェアハウスに好んで暮らすのかもしれませんね」と江頭さん。シェアハウスの運営は小規模なこともあって、しっかりと利益のとれるビジネスにはなりにくいそうですが、仕事につながる広報的な役割になってくれているといいます。

縁がつながり、得意なことが仕事づくりへと

今は仕事もプライベートも好きなことを実現できていて、「境目がない感じ」と穏やかな表情で話す江頭さん。20代の頃は東京で働いていたそうですが、なぜ今の仕事を始めたのでしょう。

捨て猫を放っておけない両親のもとで育ったので、小さい頃からいつも猫がそばにいて、猫と暮らすことが私の幸せの基準だったんですね。

福岡から東京へ転勤になったOL時代に、飼っていた猫を2匹を連れて上京したんですけど、出張が多すぎてちゃんと面倒が見れない状態になってしまって。猫との生活のための仕事のはずが、何のために仕事しているのかわからなくなってしまったんです。それで猫と過ごす時間を優先するために、その会社は辞めることにしました。

そんな時、福岡には自分の賃貸の部屋では猫が飼えないけど、猫好きで遊びにきてくれる友人がたくさんいたことを思い出して。足りない部分を補い合える、そういう暮らしっていいなって漠然と思ったのがQハウスを考えるようになった発端でした。

そんな時、仕事面でもタイミングが重なり、転機が訪れます。

父親が内装業をしているんですが、当時、仕事が減っていて、手助けしてほしいという話があったんです。賃貸の現状回復の仕事が主だったんですが、父の現場を1年くらい手伝いました。

その時に新品に張り替えている壁紙を目にして、「なんでせっかく張り替えるのに部屋に合ったデザインにしないの」って疑問に思ったんですね。それで、不動産のオーナーさんに入居者が気に入るような内装を提案したのが、今の会社を立ち上げるきっかけでした。

それと、現場で父親と同じ作業をしていても私には実入りがないし、職人さんが値切られている現状を知ったりもして、それを改善したいと思ったんです。だったら、私が仕事を取ってきて適正な金額で発注できるような立場になろうって。

ちょうど北九州で始まったリノベーションスクールを受講した経験も自信につながったといいます。

父親の現場を手伝っている時にリノベーションスクールのことを知ったんですが、リノベーションスクールが組織として成熟しかけている頃で、業界をみんなで盛り上げてフォローしあおうという流れができていたんです。全国から集まった面白い先輩方とつながりもできたので、新しい分野の仕事をすることに対しての不安というのはなかったですね。

会社を立ち上げた後、保護猫団体とのつながりから、シェアオフィスもかたちになっていきます。

Qハウスの存在を知った保護猫団体の方から連絡がきて、「保護猫をみんなで見合えるシェアハウスをつくってもらえませんか」とお話をいただいたんです。それで「シェアハウスの場合は外部の人が猫を見に来る機会が多いと住人も大変だから、オフィスはどうですか」と提案したんです。

猫が居心地よく過ごせるように設置されたキャットウォークやタワー

タイミングよく、ちょうど空室で悩んでいる大家さんがいるからとつないでもらって、賃貸のPRにもなるし、入れ替わりのある保護猫でいいか説明をして、理解していただいて運営することになりました。もうすぐ丸3年、3匹の保護猫の里親がここから決まりました。

失敗から見えてきた自分らしい働き方

ここまで聞くと、流れに乗って順調にやってきたように見える江頭さんですが、今の仕事のスタイルに落ち着くまでには失敗もあったといいます。

会社を立ち上げて最初の頃は、工事の請負までやっていたんですね。あるお客さんとのプロジェクトで、そのオーナーさんは私をプロと思って工事の質問をされるけれど、私は質問に答えられなかったり、理解できないまま伝えたりを繰り返していたんです。

すべてのことを把握しておきたいというオーナーさんだったのでなおさら、私の対応に対する不満を募らせてしまって、その仕事が終わるまでの数ヶ月間は関係性が良くなくて本当に胃が痛かったです。でも、あれだけ叱られたのに、割とすぐ2回目の発注をいただけて、再度、社員寮をシェアハウスにするという大きな仕事に携わらせていただきました。

その時オーナーさんが言ってくださったのは、「僕が間違ってた。江頭さんに求めるのはそこじゃなかったよね。あなたには全体的な監修をしてもらって、工事は工事会社に直接聞くから」って、私が自分で判断できなかったことをその方が指摘してくださって。

その後も、去年は熊本で大きなホステルの仕事をいただいて、その収益がなかったら会社も潰れていたかもしれないので、本当にいのちの恩人です。

社員寮をシェアハウスに

社員寮シェアハウスの後に手がけた熊本のホステル

その時の大きな失敗をきっかけに、今は企画・監修・内装デザインまでを担当し、工事は請け負わず、依頼主と工事会社で直接やり取りしてもらう仕事の仕方に変えたといいます。

その方がすごいなって今でも思います。うまく導いてくださって、仕事ってこんなに楽しくできるものだったんだって思えるようになりました

「一緒に考えて一緒につくる」楽しさをこれからも

この春で4周年を迎える「福岡リノベース」。改めて、他社と違うと感じる特徴を聞いてみました。

「飽きっぽくて、独立する前は派遣で1年ごとに違う職場を経験したり、3年以上続いたのは自分の会社が初めて」と江頭さんは笑います。

今も私以外にスタッフはいなくて、プロジェクト単位で、アルバイト的にお手伝いしていただいたり、フリーの方と組んだりして、かたちにしていくスタイルです。

かっこいいもの、おしゃれなものをつくれるデザイン会社ならいっぱいありますよね。でも、まだ具体的なプランがなく空き物件の活用法で悩んでいるオーナーさんと、ゼロベースで一緒に考えていけるところが強みだと思います。自分がオーナーだったら工事費は抑えたいから、そのためには… という企画を考えることが楽しいんです。

シェアオフィスの上階に、利用期間だけの経費を分担するタイムシェアのレンタルルームも開設したと話す江頭さん。中心部でも比較的賃料が安い物件をリノベーションできる福岡は、求める理想を実現しやすいといいます。

タイムシェアは3組の会員さんと家賃を日割りで分割しています。たとえば、多拠点居住でネットワークを広げたい方が宿泊などに利用されていますね。東京などから泊まりに来られる人と飲み会をしたり、面白い人が多くて楽しいんですよ。

また、現在は鹿児島で「霧島シェアハウス」の再オープン準備に携わりながら、新たな都会型のシェアハウスを構想中。以前、「福岡移住カタログ」でも紹介した「いとしまシェアハウス」の畠山千春さんたちとつながって、「100年先の暮らし」をテーマにした社会実験の場「Qross」という今までにないような新プロジェクトを進めているそうです。

福岡に帰って来てすぐの頃は東京に戻りたい欲があったんですが、今はどこかにいっちゃいました。Qハウスをかたちにできて、みんなの協力もあって子育てもできてるし、満たされていて望むものがないんです。

強いて言うなら、全国に猫と暮らせるシェアハウスが広がっていけばいいなと思います。そのための後押しが必要だったらアドバイザーとして協力したいなって。

もちろん、保護猫団体の活動を広げるお手伝いも続けていきたいです。ボランティアさんと一般の猫好きな方をつなぐ役割というか、「猫って可愛いよね、もし飼いたいなら、実は保護猫というのがいて…」というように、自然に受け入れてもらえる気持ちになるようなアプローチで、橋渡しできたら嬉しいですね。

幸せの基準を定めて、自分に向いた働き方・生き方のほうへ

シェアメイトや動物と一緒に暮らすことで、思いやりや温もり、価値観などを共有する時間を重ね、出会ってきた人たちと関係性を築き上げてきた江頭さん。

苦い仕事の経験も、途中で糸を断つことなくやり遂げたことが結果的に縁を結んでいるように、仕事もプライベートも、ひとりで思い悩むより、外向きに心を開いて行動に移すことができる人だと感じます。

そして、何より「猫と暮らしたい」という自分にとっての幸せの基準、価値観を優先したことで、本来の自分、自由な心を取り戻したことも、江頭さんの飾らない人柄、自然体の魅力につながっているのではないでしょうか。

自分の好きなこと、得意なことをツールに仕事をつくっていくには、軸となる強い気持ちと培ってきた他者とのつながり合いが糧になることを、話を伺って教えてもらえたような気がします。

自分の中にある気持ちを大事に、糧だと感じるものを引き出して、思いきって踏み出せば、より自分らしくいられる働き方・生き方は案外難しいことではないかもしれません。