2016年9月、奈良県香芝市にオープンした「Good Job! センター香芝」。ここは福祉施設でありながら、地域に開かれた空間として機能しています。いったいどんなところなのでしょう?
建物は、50メートルほど離れて建つ北館と南館の二棟。どちらも建築士事務所「o+h」による設計で、まちになじみながらも目を引くデザインは、2017年に「グッドデザイン・ベスト100」や「奈良県景観デザイン賞」の知事賞・建築賞を受賞しています。
北館は平屋建てで、コンサートやイベントの開催など多目的に使えるスペース、創作活動をするアトリエがあります。イベントもアトリエも、地域の人たちが参加できるプログラムを用意しています。
交差点に建つ南館は2階建てで、1階にはカフェとギャラリー、3Dプリンターやレーザーカッターなどのデジタル工作器機が揃う工房があり、2階にはショップとストックルームがあります。
運営しているのは、奈良県で1973年から福祉活動をしている「たんぽぽの家」。奈良県で障害のある子どもを持つ親たちが、養護学校の卒業後にも子どもが生きがいをもって生活できる「自立のための場」をつくろうと、運動をはじめたことから生まれた団体です。
その「たんぽぽの家」は三つの組織から成る団体で、その一つである「社会福祉法人わたぼうしの会」が「Good Job! センター香芝」の運営を担当しています。
ここでは、何ができるのでしょうか? なぜオープンしたのでしょうか。「一般財団法人たんぽぽの家」の常務理事として長年勤務し、このセンターの立ち上げにも深く関わった岡部太郎さんにお話をお聞きしました。
1979年、群馬県前橋市生まれ。多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒業。高校時代から「NPO法人前橋芸術週間」が主催するコミュニティアート活動に参加。2003年より「一般財団法人たんぽぽの家」のスタッフに。新しいアートの可能性を探る市民芸術運動などに関わり、アートプロジェクトや展覧会、ワークショップ、セミナー、舞台などの企画を担当している。
福祉施設とメーカーのコラボで、人気靴下が誕生!
南館に入ると、入口に近いスペースがカフェになっています。誰でも気兼ねなく来ることができる、開かれた空間です。地域の人やここを目指してやって来る人がコーヒーや軽食を楽しんでいます。
人気メニューは、ホットドッグ。これが「Good Job! センター香芝」の“顔”になっているのには理由があります。センターのオリジナルマスコットが「グッドドッグ」だからです。
郷土玩具からヒントを得た「グッドドッグ」は、施設の奥にある工房「CRAFT WORK」で、スタッフや利用者の手によって製作されていました。ものづくりの新しい可能性を探り、3Dプリント技術と手仕事を組み合わせてつくられています。好評を得て2017年12月、「ブラックドッグ」と「クリームドッグ」の2種類が新たに登場し、3種類のファミリーになりました。
2階のショップには、文具や雑貨、衣類などのかわいいアイテムが所狭しと並べられています。手づくりのあたたかい触感のあるものや、カラフルでユニークなものなど、見ていて楽しいものばかり。「たんぽぽの家」が関わってつくられたものだけでなく、全国約70か所の福祉施設の商品も仕入れ、委託販売しています。
なかでも特に目立っているのが、「たんぽぽの家」を本部としている「エイブルアート・カンパニー」と、靴下メーカー「タビオ株式会社」との共同で商品開発された靴下シリーズ。全国一の靴下生産量を誇り、「靴下の町」として知られる奈良県・広陵町に同社が設立した協同組合(現・タビオ奈良株式会社)があるなどのご縁から生まれたといいます。
2009年の発売以降、つま先までプリントされた総柄デザインとはきやすい機能性にファンがつき、毎年新商品を発売する大人気シリーズに。実はこの靴下に、「Good Job! センター香芝」誕生のストーリーがつまっているようです。岡部さんに、まずこの靴下についてお聞きしました。
「エイブルアート・カンパニー」は、障害のある人のアート作品をデザイン活用し、仕事につなげるエージェントなんです。「たんぽぽの家」は40年以上活動し、障害のある人のアート活動をサポートしてきました。その経験を生かし、全国の障害のある人たちの個性あふれる絵画やイラストをストックし、企業との橋渡しやマネジメントを行っています。作品の二次使用で収入を得る仕組みです。
「たんぽぽの家」を本部として、東京の「NPO法人エイブル・アート・ジャパン」さんと、福岡の「NPO法人まる」さんの三者で連携し、共同で事業を行っています。登録作家数は100人以上、登録作品総数は10,000点以上です。この作品のなかから、毎年靴下の柄が選ばれています。
「エイブルアート・カンパニー」の誕生には、2006年に施行された「障害者自立支援法(現・障害者総合支援法)」という福祉の法律が影響しています。
これは、自立支援という名前の通り、障害のある人が社会参加するためのサービスや働き方を制度化していくもので、「生活に関わるサービスは充実させるので、働ける人はなるべく自分で働いて稼いでください」というものでした。施設中心の福祉から、地域交流型の福祉へ、自分たちがいる地域でどんな居場所や役割をもてるのか、全国の福祉に関わる人たちが模索をはじめた時期だったと思います。
その後岡部さんたちは、アート活動においてある現実に直面したそうです。それはずばり、「アートをやっていていいのかどうか」。法律の施行を機に、アート活動をしなくなったり縮小したりする人・団体が出はじめていました。
もちろん、障害のある人たちが作品をつくり、発表する場があり、評価され満足している姿に社会的意義を感じていました。でも問題は、そういったことが彼らの所得にはつながらないこと。つまりアート活動と働くことが別になっていたんですね。障害のある人たちがそれぞれのクリエイティビティを生かして、仕事につなげたい。そうした考えから2007年に始めたのが「エイブルアート・カンパニー」だったんです。
「エイブルアート・カンパニー」が手がける商品は、靴下のほかに、「コクヨ株式会社」と共同開発した官公庁用のチェアなどがあります。車いすを使っている障害のある人と一緒に使い勝手を考え、共にものづくりをしたそのチェアも、ロングセラーになっています。
奈良から、社会に新しい仕事をつくりだす
岡部さんは「エイブルアート・カンパニー」に関わりはじめてから、こう思ったそうです。
以前は企業と福祉業界とのコラボレーションって、「障害のある人のため」という視点で、一方通行で行われている部分が大きかったと思います。今、企業の社会貢献の形は以前と変わり、「いかに本業で社会貢献をするか」になりました。ぼくたちも社会貢献をしていただく立場ではなく、「障害のある人たちとともに」相互に仕事をつくって、対価(価値)を生み出す事業のつもりで行っています。
例えば、「エイブルアート・カンパニー」に対する企業の窓口が変わってきているんです。社会貢献担当の方だけではなく、企業の中枢である商品開発や営業の担当者さんとやり取りをさせていただくことが増えました。
活動を続けるうち、自分たちのような取り組みをしている組織やクリエイターがほかにもいるとわかり、全国の取り組みを紹介するため2012年から始めたのが「Good Job! プロジェクト」。2013年から展示会「Good Job! 展」を毎年開催し、一人ひとりの可能性に向きあう仕事、働きやすい環境、働きがいが生まれる仕組みを紹介しています。
「Good Job! 展」をはじめたほぼ同時期に、大阪市在住で「奈良たんぽぽの会」会員だった故・吉本昭さんから「今後の障害者福祉のモデルとなるような事業のために使ってほしい」と寄付されたのが、奈良県香芝市の土地でした。
ぼくたちは奈良市内で活動していたのでそれまではご縁がなかったエリアでしたが、「新しいことにチャレンジしよう!」と、日常的にものづくりをしたり、販売・流通をしたりする場として「Good Job! センター香芝」を構想しました。
こうして2016年にオープンした「Good Job! センター香芝」。建設のための資金は日本財団と香芝市がスポンサーになり、市民からの寄付も受けました。現在、障害のある人と共にアート・デザイン・ビジネスの分野を超え、社会に新しい仕事をつくりだすことを目指し、運営されています。
北館でも南館でも、さまざまな人が自然に会話し、仕事をしています。正直言って、どなたがスタッフでどなたが障害のある人なのか、分からないほどです。
工房でのものづくりも、ショップでの販売も、ネットショップへの注文の発送業務も、障害のある人たちの仕事です。ネットショップに掲載している商品の写真も、障害のある男性が「やってみたい」と言ってくれて、独学の末に撮影してくれています。今はマルシェなどの外部イベントでの販売のご依頼も多く、いろいろなところへ出向いて商品販売もしています。
オープンから一年ちょっと経った今では、一般の人がカフェに来たり、地域の人がものづくりをしたりするなど、さまざまな人が行き交う場に育ってきています。2017年5月に、施設の駐車場などを使って「Good Job! スーパーマーケット」を開催したところ、大盛況だったそうです。
若き日の挫折。同時に福祉の世界に魅了されていった
ところで岡部さん自身は、なぜ福祉業界へ飛び込んだのでしょう。群馬県前橋市出身の岡部さんは、1999年に前橋市役所で開催された、書道に取り組む活動の「Group文字屋」展で「たんぽぽの家」と出会ったそうです。それが、人生の転機になりました。
美大生だったぼくは、「たんぽぽの家」に所属している伊藤樹里さんの書道作品に触れて、表現の精度の高さに驚かされ、強い衝撃を受けたんです。「これを超えるものは自分にはつくれない……」と。ある意味では挫折したんです。
でも同時に「毎日どんなふうに暮らしているんだろう」と強く惹かれたので、2001年、大学3年のときに美大を休学して「たんぽぽの家」にインターンとして従事しました。どうだったか、ですか? 福祉の世界に魅了されましたね。福祉施設ほどおもしろいところはない、と。そこで1年後に復学して卒業し、2003年に正式に就職したんです。
ぼくが出会う障害のある人たちは「人間ってこういう人もいるんだ」と思える、多様性のかたまりみたいな人たち。彼らと一緒に過ごしてその生きざまを見ていると、人間というものの“振り幅”が分かってくるんです。その“振り幅”のなかに、自分もいるんですよ。人間のなかに、障害があると言われている人も、ぼくもいて。その価値や豊かさを知れたことは、大きな意味のある体験でした。
岡部さんが感じた「福祉のおもしろさ」とは、岡部さんの使う“ある言葉”に凝縮されています。ここまで読んで気づいた人がいるかもしれません。岡部さんはいつも、「障害者」のことを「障害のある人」と言うのです。
障害って“人につくもの”ではなく、“関係や環境によって生まれるもの”だと思っています。障害のある人は、さまざまな可能性をもった「人」であるだけなんです。
問題は、周囲がその人を「障害者」「かわいそうな人」と規定し、可能性までを限定すること。そうすると本人も自分自身の可能性を限定してしまう。その人に可能性があることに気づかせてくれるのが、アートの役割だと感じています。そういう限定を外していくのが、ぼくたちの仕事です。
「障害のある人たちが過ごしやすい場所、やりやすい仕事を見つければ、障害はなくなる」。岡部さんはそう考え、さまざまなイベントや展示会、企画などを通じて、障害のある人の価値や本当の姿を発信しています。
また岡部さんは、かつての自分が衝撃を受けたように、「まだ経験したことのないものが人に与える影響」を広く伝えたいとも考えています。そのためにも、「Good Job! センター香芝」のような場が有効になっているのです。
「新しい出会い方」をつくるメディエーター
今、岡部さんや「Good Job! センター香芝」が見ている未来とは、どんな世界なのでしょうか。
ぼくは「新しい出会い方」をつくりたいと思っています。それを演出したりデザインしたりするのが自分たちの仕事です。例えば、ここに多くの方が来てくださったり、商品を通して福祉の世界に触れたりする出会い方が一番いいと思うんです。それこそが新しい働き方、仕事づくりにつながっていきます。
仕事づくりにおいては、「障害のある人にも、企業にも、ものすごくニーズがあることを感じています」と岡部さんは話します。福祉に関係のなかった企業でも、ものづくりや流通について模索しているところも多いため、つながりをもてないか意識しているそうです。
ぼくたちは目の前にいる障害のある人の専門的なケアをするだけの人ではなく、彼らと外部のメディエーター(仲介者)でいないといけないと考えています。ただ間に立つのではなく、つなげていくんです。
福祉施設の職員が「地域にどんな人がいるか、社会で何が起こっているのか、この人に何を組み合わせたらいいか」という目線を持ち、異なるものをクリエイティブにつなげていく。まだ道半ばですが、これから仕事に就く若い人たちが「福祉の現場でこそ自分が働きたい」と思える社会にしていきたいと思います。
(Text: 小久保よしの)
TreeTree/編集者・ライター
奈良で活動する編集ユニット「TreeTree(ツリーツリー)」共同代表。編集プロダクションを経て、2003年よりフリーランス。雑誌『ソトコト』やWebサイト「ハフィントンポスト」などで執筆。担当した書籍は『だから、ぼくは農家をスターにする』高橋博之(CCC)、『わたし、解体はじめました ─狩猟女子の暮らしづくり』畠山千春(木楽舎)など。2017年春より、東京から奈良県奈良市に自宅を移し、 東京との往復生活をしている。