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農村と都市が共存し、住民主体のまちづくりも実現した「泉北ニュータウン」が目指す、”スタンドアローン型”のまちって?

少し前まで、「昭和の負の遺産」としてネガティブに見られることもあったニュータウン。最近では、団地暮らしや空き家リノベーションの対象となり、新たなライフスタイルがニュータウンに生まれていることを知っていますか?

ニュータウンとは、1960年代から都市の郊外に開発された市街地のこと。大阪府南部・堺市南区にある「泉北ニュータウン」もそんな場所のひとつです。2017年には、まちびらき50周年を迎え、住民の入れ替わりや生活スタイルが変化するなか、現在ここでは住民・企業・行政・大学が連携し、「泉北ニュータウンまちびらき50周年事業実行委員会」が結成され、新しい市民主体の取り組み「SENBOKU TRIAL」が進められています。

そこでgreenz.jpでは、泉北ニュータウンで今起こっているさまざまな事例を通して、これからの暮らしについて考える連載「これからのニュータウン入門」を展開しています。

今回、この連載のキックオフとして、泉北ニュータウンにおける4名のキーパーソンによる対談が実現しました。興味深いのは、みなさんが口を揃えて「泉北は今の価値観にシフトできる」と話すこと。泉北が持つ可能性、そして描く未来像について、お話をうかがいました。

増田昇(ますだ・のぼる)
写真中左。大阪府立大学研究推進機構特認教授・植物工場研究センター長。1970〜80年代にかけて民間のコンサルタント会社に勤務し、大阪の千里ニュータウン近隣センターの再整備・泉北ニュータウン内の団地設計・開発に携わる。専門はランドスケープ・アーキテクチャー。
服部滋樹(はっとり・しげき)
写真中右。graf代表。クリエイティブディレクター、デザイナー。京都造形芸術大学芸術学部情報デザイン学科教授。大阪を拠点に、「暮らし」にまつわるさまざまなデザインや、ブランディングディレクションを行う。地域再生などの社会活動にも積極的に携わり、泉北ニュータウンのPR動画「New Standard泉北ニュータウン」を制作。
岩藤邦生(いわとう・くにお)
写真左。13年前に泉北ニュータウンへ移住し、7年前から自宅の敷地内にてオーダーメイドショップ兼工房「iwt」を経営。3年前から泉北ニュータウン内の公園や緑道で行うプロジェクト「LOTUS Café」の代表としてさまざまなイベントの企画・運営を行う。
高松俊(たかまつ・しゅん)
写真右。堺市市長公室ニュータウン地域再生室主査。自身が泉北ニュータウンで生まれ育った堺市職員。2014年に堺市主導の「泉北をつむぐまちとわたしプロジェクト」を発足させ、市民企画型プロジェクトの基盤づくりを行う。

50年の時を経て、
今の時代にも「NEW」を感じられるニュータウン

泉北ニュータウン(以下、泉北)が他のニュータウンと大きく違うのは、団地が立ち並ぶ市街地と豊かな緑、農村とが連綿と続いているところ。ニュータウンでありながら、自然と触れ合えたり、農村で野菜を購入したりと、田舎暮らしのような生活を送ることができます。

自身も別のニュータウン育ちである服部さんの目には、この風景がとても新鮮に映ったそうです。

服部さん 泉北ニュータウンに来たとき、「ここは今の時代にもシフトできる!」「本当の『ニュータウン』が構成できる!」って思って。今の若い人たちは、スーパーより隣のおじさんから野菜を買いたいんですよね。都会の暮らしをしながら農村の人から野菜を買えるなんて、「新しい!」って。

僕がつくった泉北の映像では「New Standard」という言葉を使いました。社会背景が変わっていく中でも、常に“New”であるのが本当のニュータウンのあり方だと考えると、泉北は設計当時すでにその価値観があったんじゃないかと思うようなレイアウトですよね。


服部さんが担当した、泉北ニュータウンのPR動画「New Standard泉北ニュータウン」

1960年代の造成計画に詳しい増田さんによると、泉北に緑や農村があるのは、従来の里山や谷側の農村をあえて残すように設計したため。「尾根を切って谷を埋める」というのがニュータウン造成の大原則にもかかわらず、里山の斜面林を活用して緑道を整備し、谷にある農村を残したのです。その理由は、田園景観を保全することで、ニュータウンで暮らしを始める世帯をなごませるためでした。

増田さん 子育て期にニュータウンで家を取得する世帯が多い中、全てが新しいニュータウンだと、子どもが大きくなった頃にようやく、まちの木々が豊かに育ちます。それを避けたかったのでしょう。最初から自然景観が整っていることが大きな魅力だと考えられました。

住宅街の周りはかつての里山の斜面林を残した「緑道」で囲まれています。

造成当時の若い人は、今とは真逆の価値観。田舎の密なコミュニケーションに辟易し、地方から出て団地生活を始め、鍵1本で管理された生活を送ることが、あこがれの近代的な生活の象徴だったそうです。

ところが何十年もの時を経て、今度は逆に「農のある暮らし」へのあこがれが高まってきました。暮らす人たちのことを考えた設計のおかげで、時代が変わっても“New”であり続けられる泉北の環境は、ニュータウン再生が叫ばれる現代において大きな強みとなっているのです。

人口減少で生まれたゆとりを、ゆとりのまま活用したい

どのまちでも避けて通れないのが、人口減少や高齢化の問題。現在約12万人の泉北の人口も、10年後には約10万人にまで減ると想定されています。団地の空き家が目立つようになるのは、想像に難くありません。そういった問題にはどのように対応していくのでしょうか。

堺市の職員である高松さんは、「人口が減ることでできたゆとりを、そのままゆとりとして活用したい」と話します。

高松さん 大阪の中心部に近い他のニュータウンの取り組みは、住宅を高層化しさらに人口を増やす、という50年前と変わらないやり方です。ところが泉北は中心部から遠く、地価も安いので、同じような再開発は成り立ちにくい。その分、既存の公共空間や空き住戸を活用し、住むこと以外での魅力をつくり出したいです。

地元での昼間の行動が活発になれば、新しい経済活動が期待できます。住むだけでなく、農業をやったり、収穫した野菜でカフェをやったり、週末は公園のイベントに出かけたりと、地域内で循環するようにしたいですね。

一般的な人口のとらえ方は「夜間人口(=住民)」ですが、「昼間の活動人口」に着目すれば、経済面での発展の可能性があります。住民の数は減っても、昼間の活動人口を増やすことで、人口減少のマイナス分をフォローできるという考え方です。

増田さん 高度経済成長期の泉北ニュータウンは、ベッドタウンだから夜間しか泉北にいない人が多く、「地元での消費時間×人口」で計算したら、とても少なかった。今はリタイア層が増え、人口が減っても一人あたりの泉北で消費する時間がものすごく多くなりました。

ただ、その考え方で乗り切れたのも一昨年くらいまで。後期高齢者になると、さすがにボランティアなどの活動をしなくなってしまうのです。

つまり大切なのは、世代にかかわらず、地元での活動時間を増やすためのきっかけをつくること。後期高齢者の割合が年々増える中、そのフォローを急ぐべきだと、増田さんは警鐘を鳴らします。

持続可能な職住一体の暮らしと、
住民主体のまちづくりのプレイヤー

地元をフィールドに積極的に活動するという暮らしを、まさに実践しているのが、13年前に泉北に移住した岩藤さん。元々はアパレル関連の会社員でしたが、7年前から泉北の住宅街にある自宅の敷地内でテーラーを営み、その傍ら、市民プロジェクト「Lotus café」の代表として泉北の公園や緑道でイベントの企画・運営を行っています。

自宅の敷地内にある、岩藤さんのお店「iwt」。住宅街の中でひときわ目を引く、おしゃれなお店です。

都会の百貨店でファッションの仕事をしていた岩藤さんが、郊外の住宅街でお店をオープンしたのは、どのような意図があるのでしょうか。

岩藤さん 終身雇用は崩壊すると思ったので、「自分で何かやれたら強いな」と。僕のお店は「継続」がキーワード。売上を考えたら大阪市内の人通りが多いところでやる方がいいかもしれないけど、それよりも長く続けたくて。家と隣接してお店があるのは、負担も少なく、働きやすいんです。

デジタル社会になり、全世界へ向けて簡単に情報発信ができるようになったのが、住宅街で商売ができる大きな理由。岩藤さんの発信するFacebookを読み、遠方からわざわざお店へ足を運ぶ人も多いそう。最近では、ドバイに住む日本人が一時帰国のついでにお店に立ち寄ってくれたのだとか。

かつてはベッドタウンであり、仕事は別の場所でやるものだったのが、時代の変化とともに、暮らしと同じ場所で働けるように。そんな職住一体の生活は、情報社会となった今では、郊外であっても実現可能なものになっています。負担が少なく、健康な限り長く続けられる働き方は、もっとも持続可能なスタイルではないでしょうか。

そんな岩藤さんが3年前から積極的に行っているのが、公園や緑道でのオープンカフェ出店や、ヨガなどの体験型イベントです。

岩藤さん 泉北に引っ越してきた時、スローな空気を素晴らしく思う反面、「惜しい」と思ったんです。「何かが足りない」と。緑道のシステムも素晴らしいのに、きちんと活用されていなくて。僕はまず「人が集まる場所にしよう」と考えました。人が集えば、おのずと魅力的な場所になっていくはずなので。

公園や広場でのイベントを中心に、3年間かけて活動を続けたことで、岩藤さんの活動は、行政や住民の間でも少しずつ知られるように。コツコツと積み重ねた経験が、まわりの理解につながっています。

「緑度ピクニック&Lotus café」主催の公園で行われたヨガイベントのようす。泉北は、住民一人あたりの公園や広場の面積が、平均と比べてとても広いのが特徴です。

初めて緑道で行われたオープンカフェ。公園で何度か実績をつくった後に満を持しての開催となりました。

岩藤さんがこうした活動を続ける背景には、「僕が元気に暮らし、長く続けることで、泉北で起業する若者を増やしたい」という思いもあります。岩藤さんの背中を見て、刺激を受けている若者がたくさんいるような気がしてなりません。岩藤さんのように、地元で職住一体型の暮らしを始める人も、じわじわと増えてくるのではないでしょうか。

岩藤さん自身は、「靴みがき」でイベントに出店することも。

継続の秘訣は、行政と住民の距離が近く、意見を言い合えること

現在、岩藤さんのような住民主体のプロジェクトが多数動いている泉北ですが、そのきっかけは、2014年に堺市からの呼びかけで始まった「泉北をつむぐまちとわたしプロジェクト」。岩藤さんはその初期メンバーです。

高松さん 行政サイドから泉北住民のみなさんに声をかけました。「行政も頑張るから、住民さんの手で泉北を魅力的に変えませんか?」って。そこに、「泉北を俺たちの手で変えようぜ!」という人が集まりました。最初は30人、やがて50人、100人と、どんどん増えていきました。

「泉北をつむぐまちとわたしプロジェクト」に参加する住民は、年々増えていきました。高松さんは、そのことがうれしくて仕方がなかったそうです。(画像は、「泉北をつむぐまちとわたしプロジェクト」サイトより)

堺市では、煩雑になりがちな窓口申請や公園の使用許可をスムーズにできるよう部署間の連携を強めるなど、さまざまなチャレンジを行いました。そして、現場で起こった好事例を、まちづくりの方向性に位置づけ、政策や計画に盛り込む、という、行政の通常とは逆の発想をすることに。「そういう順番が今後のまちづくりなのでは」と高松さんは考えます。

行政からの働きかけで始まっているからか、行政と住民の距離が近いところも、泉北のまちづくりの興味深い点。岩藤さんも、「僕たちと堺市が仲良くならないと実現できない」と話します。

岩藤さん 対等に話せるのが財産だと思っています。お互いに嫌なことを言い合えるくらいの関係をつくっていけばより良いものができる。そこの人間関係にすごくこだわりました。

高松さんが役所の人間ということを言わずに岩藤さんのお店に飛び込んだことが、2人の知り合うきっかけ。泉北のさまざまな課題や解決策を話し合う中で、1〜2年経ちようやく岩藤さんが心を開くようになったそう。行政と住民、どちらかの利益を押し付けるのではなく、対等に向き合えるからこそ、継続的な取り組みができているのではないでしょうか。

目指すは全世代が活躍する「スタンドアローン型」のニュータウン

行政と市民のタッグによってさまざまなプロジェクトが起こり、じわじわと進化している泉北ですが、10年後、20年後は、どんな姿を目指していくのでしょう。

増田さん 過去のニュータウン政策の大きな失敗は、平等性や公平性を追求して、画一的なまちをつくりすぎたこと。これからは、違いを認め合う社会をつくらなくては。たとえばドイツでは、全部のまちが一緒になってしまうとまちとまちの往来が減るから、各々のまちが他とは違った個性を大事にしています。

では、泉北が持つ個性とはどんなものでしょうか。やはり、市街地・自然・農村が共存しているところがポイントとなりそうです。

参考になるのが、20世紀初頭にイギリスでつくられたニュータウン、レッチワース。都市の周囲を緑や農村が囲み、働く場所もあり、ひとつのまちですべて完結する持続可能な「田園都市」でした。高松さんは、泉北が現代版の田園都市になりうると考えています。

高松さん 「田園だけでも都市だけでもできないことが泉北ではできる」ということを、次の50年で見せたいです。団地に住む人が農村に野菜を買いに行ったり、農村で草木染めした生地を使って岩藤さんがカッコイイ服を仕立てたり、農村に住む人がニュータウンの緑道イベントに遊びに来たり。服部さんの「New standard」という言葉のもと、新たなまちづくりはすでに始まっています。

ひとつのまちですべてが完結する、「スタンドアローン型」のまちづくり。確かに、農村と都市部を兼ね備えた泉北にはそのポテンシャルはありますが、本当に実現するためには、どのような取り組みが必要なのでしょうか。

増田さん 同規模の他のまちと比較すると、泉北には職がない。水道工事屋さんや大工さんを呼ぼうと思っても、みんなまちの外。泉北がいかにいびつなまちかということです。今後空き家が出て、家賃も下がれば、そこを活用して「まちの面倒をみましょうか」という職業の人が現れ、地元で消費する時間も増えるでしょう。

服部さん 「スタンドアローン型のタウン構成」をみんなのビジョンにしてしまえば、やがてエネルギーをつくる人だって現れるんじゃないかな。若者は当然だけど、定年後の高齢者を移住者として受け入れるのも、まちづくりのベースにしていったほうがいいですね。地元で仕事ができるしくみで。

地域に足りていない職業を生業とする移住者が職住一体の暮らしを始め、健康な限りマイペースに働き続けることができれば、本人にとってもまちにとってもいいことばかり。スタンドアローン型のまちにぐっと近づくことができます。

服部さん みんなのプロファイルをデータ化したいですよね。その人がどういう生き方をしてきたか、何が得意なのかを記載する項目があって。そうしたら、「この人に電気のことをお願いしよう」とか、「あそこのコミュニティにこれができる人足らへんからこの人にお願いしよう」とか、そういうことができそう(笑)

さまざまなアイデアが飛び交い、みなさんがいかに泉北に可能性を感じているのかが、ひしひしと伝わってきた今回の対談でした。

50年前に子どもたちのことを考えて設計された、自然と共生できる泉北ニュータウン。人口減少・高齢化という大きな社会問題が日本全体を取りまく中、この場所で今、行政と住民が一丸となり、その環境を活かした独自のやり方で発展を遂げようとしています。

これからのまちづくりには、社会問題を食い止めるための政策を練ることより、社会問題をどのように捉え、まちの個性とどのようにかけ算していくか、という考え方が必要になってくるのではないでしょうか。泉北のように住民と行政が対等な関係で一緒に考えていくやり方であれば、より一層、大きな実行力が湧いてきそうです。

あなたも、自分のまちの“個性”に着目してみませんか。今は“弱み”と思っていることでも、とらえ方次第でたちまち価値をもたらすことができます。そしてぜひ、あなたなりのやり方でその個性を活かしたフィールドをつくってみてください。小さなことでもコツコツと続ければ、いずれきっと、まち全体を動かす大きな力となるはずです。

(写真: 寺内尉士)