どの時代に生きる人にとっても「どのように生きるか?」というのは最も重要なテーマだ。「僕たちは、ただ不完全な人間として、壊れた世界をなんとか直せないかと頑張っているんだ」と本書に登場するイーサンは言う。
そう、僕らは壊れかけた世界に住んでいる。とりわけ1970年代以降は、これまでにない規模で、これまでの社会では現れてこなかった課題が噴出している。
著者が言うように、「気候変動、人種差別、種の絶滅、貧困、戦争といった世界の現実を前にして、しばしば圧倒的な無力感」を、僕も日々感じている。正直、視界から消して無視するしか対処のしようがないとすら思ってしまう。
トルストイのジレンマ
そんな「壊れかけた世界」の中で、「最悪なのは、僕が忌み嫌うものごと──戦争、職場の陰湿な人間関係、役所主義的な指示と服従、自然の搾取、そして電子画面(スクリーン)にへばりつく時間──をいつまでも続けようとする企業や組織にせっせと仕えて、この刹那の生を垂れ流していくこと」という著者の恐れに、僕は深く共感する。
この壊れかけた世界で、どうすれば破壊に加担せず、少しでも世界をいいところにしていく生き方ができるか? 人生を探す旅に出発した著者がすぐに気付いたのは、現代社会を支配している巨大なジレンマだった。
そのジレンマとは、「壊れかけた世界」をつくりだしているのは、他ならぬ僕ら自身だ、ということだ。多くの人が動植物の絶滅、気候変動、格差や分断を大問題として捉えているにもかかわらず、実際のところ、僕らが生きて暮らすことが、壊れかけた世界のさらなる破壊と殺戮につながっている。
本に登場するトルストイの指摘は、そのまま現代社会に生きる僕らへのメッセージだ。
人の背にまたがり、首を絞め、自分を運ばせながら、自分自身と他者に向かって「この人は本当にかわいそうだ、いかなる手段を使ってでも彼の運命を変えてやりたい」と請け合う。ただし、そのいかなる手段の中には、背中から降りることは含まれていない。
僕はこのジレンマを「トルストイのジレンマ」と呼ぶことを提案したい。
働き方においても、「トルストイのジレンマ」が生じている、と著者は指摘している。
「一生懸命に働く、苦労して働く(ハードワーク)」という行為が、「よい仕事をする(グッドワーク)」と必ずしもイコールで結びつかなくなっている。むしろ人間の営みこそが同胞である人間に害をもたらし、地球に害をもたらし、正義のあり方に害をもたらす。
と言うのだ。
「トルストイのジレンマ」は恐ろしい。善良な市民が幸福をもとめて行動することが、世界の破滅を早めているのだから。有名な格言「地獄への道は善意で敷き詰められている」を思い出す。
グッドライフを探して
僕らはどうすれば、破壊と殺戮に加担してしまうジレンマから抜け出して、平和で公正な世界をつくる生き方、著者の言う「本物の生」を実感する生き方に移行できるだろうか?
著者は、「徹底的にシンプルな暮らし」が答えになるのではないか、と考えた。「ムダなものを徹底的に削ぎ落としたシンプルな生き方は、大地と、生活と、そして経済と、さらには魂とのあいだに、深い真実の関係を生み出すのではないか」という。
実は僕も著者と同じ思いをもって、2010年に東京都世田谷区から房総半島の南部に位置する千葉県いすみ市に引っ越した。土地の面積は75坪に広がり、敷地には仲間たちと建てたオフグリッドの小屋がある。菜園は野菜を30種類、家の周囲に果樹を10種類、にわとりが4羽、うさぎが2羽いる。
そんな暮らしを始めようと決意したのは2010年ごろだった。2006年に仲間たちと創刊したウェブマガジンgreenz.jpをなんとか軌道に乗せようとして働きすぎて体を壊し、同僚とも関係が悪化し、仕事にも行き詰まり、妻との関係も最悪だった。
暮らしと生き方をゼロベースで考え直そうと決め、自分の心の声を聞くことにした。結果、聞こえてきたのはこんな声だった。
「自然とつながって、生きている実感に満ちた暮らしがしたい」。
妻にも共感してもらえたことで、僕らはいすみ市に引っ越した。再び心から聞こえてきたのは「支払いも環境負荷も、将来への不安も小さな暮らしがしたい」という声。そこで2014年夏にトレーラーハウスを購入し、住みはじめた。
僕ら家族は小さな家に住み、消費を減らして自由になっていった。次は、地域コミュニティ、そして自然とつながる新しい生き方を実験しはじめた。
同年秋には敷地内に、小屋やデッキをDIYで建てた。この小屋の建設には日本中から170人を超える人が手伝いに来てくれた。DIYのコミュニティをつくることで、お互いに助け合う、「結(ゆい)」のような仕組みができていった。そのつながりは我が家の大切な資産だ。2016年、隣の家が売りに出たことで、もともとやりたかった「友人たちと食べ物から喜びまでシェアできる暮らし」を実現させようということで購入に踏み切った。
次は、地域コミュニティをつくりたいと思い、いすみの仲間たちとともに「いすみ発の地域通貨・米(まい)」をはじめた。現在100名が参加して、さまざまなモノのシェアや、困り事の解決が起きている。我が家も旅行中のにわとりの餌やりを頼んだり、軽トラックを貸したりしている。
このように、僕らは少しずつ、暴君化するシステムから抜け出し、自由になり、そして人と地球を大事にするシステムをみつけ、参加し、つくるチャレンジを続けてきた。
グッドライフとはなにか
本当にやりたい暮らしを模索し、少しずつだが現実になっていることは、本当に幸せなことだし、そのプロセス一つひとつに、自分の生を取り戻していくような充実感があった。
庭と菜園から日々の食べ物が採れ、それが自分の体をつくっていくことから大地とのつながりを強く感じられるようになった。動物たちと暮らして、生がはじまり、終わり、そしてまたはじまることを知識ではなく体全体で知った。本当に多様な生き物がそれぞれらしく生きて、お互いに活かし合って生態系をつくっている。そんな命のつながりの中に自分たちがいて、生かされている感覚がある。
環境負荷が低い暮らしを選ぶことで、未来世代から借りている地球を破壊しているという罪悪感はかなり減った。家が小さく、モノが減ったことで、物欲からも自由になった。モノを買わないということは、モノを生産するために投入されている多大なエネルギーと資源を無駄にしない、ということにもなる。
僕の生き方は大きく変わってきた。本当のところで、人と地球を大事にするというのは、どういうことなのだろう? ということを考えながら、暮らしの中で一つひとつの選択をしていく。暮らしを通じてそれを実践して、表現をしていくことにとても深い喜びを感じる。暮らしを通じて、地球の未来に自分が影響を与えられることを実感している。
それぞれの旅へ
本書は、壊れかけた世界でどのように幸せに生きていくか? ということを探す旅に出た人たちの稀有な記録だ。3組の、そして著者自身の事例は、私たちに根本から考えること、自分なりの哲学を立てること、暮らしの一つひとつを選択していくことの重要性を教えてくれている。
次は、僕らの番だ。僕ら一人ひとりにとって旅のルートが違うように、幸せのかたちも、そこへ至るルートも多様であるべきだろう。
まず、自分が本当にどんな生き方がしたいのか、改めて自問するところからはじめるべきだ。それから、自分の暮らしがどのようにしてトルストイのジレンマに陥っているか、暴君化するシステムに、自分がどのように加担し、維持に貢献しているのかを観察する。自分には力があると認識して、その力がどのようなものであるかを観察する。
暴君化するシステムに力を注ぐのをやめ、身の回りにある、人と自然を大事にするシステムについて知り、学ぶ。その場に行ってみる。身をおいてみて、どのように自分の暮らしやコミュニティで真似ができそうか、考えてみる。やり方を広げている人や団体があるなら、学んでみる。
この本ではコミュニティの可能性については少しだけ触れられているが、あまり語られていない。個人が生き方を変えていくことには、限界がある。家族、友人、地域の仲間たちとのつながりをつくり、その中でみんなが豊かさを作り出せるしくみ、つまりコミュニティのつくりかたが次なるポイントになるのではないか?
さあ、この「壊れつつある世界」で、みんなでそれぞれの旅に出よう。そしてトルストイのジレンマから抜けた向こう側に広がる世界で、落ち合おうではないか。
– INFORMATION –
登壇者は、株式会社REVorg鯉谷ヨシヒロさん、Cif発起人の藤代健介さん、NHK出版の松島倫明さん、そしてgreenz.jpの鈴木菜央。『そして、暮らしは共同体になる』で知られる佐々木俊尚さんがモデレーターを務めます。
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「僕たちの”グッドライフ”を探して 〜資本主義を突き抜けた世界最先端の生き方〜」
日時:12月13日(水)18:30開場 19:00〜21:00
場所:渋谷CAST 1階イベントホール(渋谷1丁目23−21)
料金:2,000円
主催:株式会社REVorg
後援:NHK出版 / Cift
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お申し込みの方はこちらから◎
『壊れた世界で“グッドライフ”を探して』
著: マーク・サンディーン
翻訳: 上原 裕美子
出版社: NHK出版(2017/9/29)
言語: 日本語
ISBN-10: 4140817232
ISBN-13: 978-4140817230
発売日: 2017/9/29
https://www.nhk-book.co.jp/detail/000000817232017.html
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