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世界は美しい物語に満ちている。伝統航海カヌー「ホクレア」号の日本人初クルー内野加奈子さんに聞く、星が教えてくれたこと。

「自然とつながろう」という言葉をよく目にしませんか? しかし、思うのです。そもそも“自然”って何なのでしょう? 里山や森のこと、それとも海のこと? いろいろ思い浮かべますが、今回のインタビューイ内野加奈子さんはこう教えてくれました。

「どんな場所に暮らしていても私たちは日々空気を吸い、水を飲み、太陽の光を受けて生きています。誰もが自然の営みの中にあり、しっかり自然とつながっている。そのことに立ち返ったとき、何を選びどんな暮らしをしていくのか、なのかなと思います」と。

内野さんは、コンパスや海図などの近代計器を使わず、太陽や月、そして星の動きや波など自然が与えてくれる情報だけを読み解きながら、進むべき方角を知る伝統航海術を現代に甦らせたカヌー「ホクレア号」の日本人女性クルー。

今日は内野さんが航海で経験したこと、そして航海を経て伝えていきたいことをシェアしたいと思います。

(c)Natsumi Kinugasa

内野加奈子(うちの・かなこ)
「海の学校」主宰、特定非営利活動法人「土佐山アカデミー」コーディネーター。ハワイ大学で海洋学を学び、ハワイ州立海洋研究所でサンゴ礁モニタリングに携わった後、日米の教育機関と連携し自然をベースにした学びの場づくりに取り組む。海図やコンパスを使うことなく、星や波など自然を読み航海する伝統航海カヌー「ホクレア」の日本人初クルーとして、歴史的航海となったハワイ―日本航海をはじめ、数多くの航海に参加。著書『ホクレア 星が教えてくれる道』(小学館)は、高校教科書に採録。2017年7月、絵本『星と海と旅するカヌー』(きみどり工房)を出版。

星をコンパスに、風を受けて進む「ホクレア」とは?

多くの日本人を魅了する観光地の代表格ハワイ諸島。ここに最初に人類が移り住み始めたのは、およそ1300年前と言われています。この時使われたのが太陽や月、そして星の位置や動きを元に船の位置を測るスターナヴィゲーションをもとに航海するカヌーでした。

その様子は神話や歌で語り継がれているものの、本当に伝統航海が実現可能かどうかを証明するためにハワイで誕生したのが「ホクレア」です。それは1975年のことでした。赤い帆を持ち、一艘が約20メートルのカヌーをデッキで繋いだ双胴船のかたちをしたカヌーは、1976年にミクロネシア出身のマウ・ピアイルグをナビゲーターに迎え、ハワイ−タヒチ間の最初の航海を成功させました。

この成功は、アメリカに併合され自らの文化への誇りを失いつつあったハワイアンたちに勇気を与え、伝統文化再生のシンボル的存在となりました。その後も「ホクレア」はニュージーランド、マルケサス、トンガなどポリネシアの島々を巡る旅を続け、訪れる先々で伝統航海術を見直す気運を高めてきました。その総航海距離はなんと地球4周以上にもなります。

「ホクレア」号にて航海中の内野さん。「ホクレア」は、喜びの星という意味を持ちます。

島影すら見えない大海原を、エンジンも海図もコンパスも使わない伝統航海術で進む。
進むべき道を教えてくれる手がかりのひとつは、天体です。何でもクルーたちは220の星がのぼる位置と沈む位置や動きを覚えるのが基本中の基本だそう。

スターラインといって、星と星を線でつないで、空全体をいくつかのセクションに分けて覚えます。それをつなげていくと、1枚の大きな絵が地球の周りをぐるぐるまわっているような感じになるんです。その絵の隅々を覚えておけば、雲で空の一部が隠れていても、隠れている部分にある星座がわかるようになります。

しかし星が見えない日もあるでしょう。冒険をはらんだ航海を想像して驚く私に、内野さんはこう言いました。

確かに星が見えない日もけっこうあります。星以外のヒント、つまり太陽、月の方角、波のうねり、風の変化、雲の動き、海鳥やほかの生き物の生態などをどうやって使うかのほうが難しいですね。

たとえば沈む夕陽の方角とその時波がどちらの方角からきているかを記憶しておくと、月も星もない夜でも波の動きがヒントになる。そしてひたすら次のヒントが来るのを待つ、みたいな感じです。

星は一旦覚えると、とても頼りになる存在になってくれます。数百の星の動きを覚えるのは大変そうに見えるかもしれないけれど、地球がぐるりと動いている感覚が分かるのはとても面白いし、楽しみながら案外あっという間に覚えられます。

内野さんは「伝統航海術はごく一部の限られた人のもの」ではなくて、誰でもトレーニング次第で航海に必要な感覚を開いていけるんだよという可能性を示してくれました。実は内野さん自身も「ホクレア」のクルーになるなんて、夢にも思わなかったのだ、と言います。

もともと海が持つ野生の世界に魅せられ、海洋学を学ぶためハワイに渡った内野さん。その頃から「ホクレア」の存在を知り、さまざまな話を聞いたり、カヌーの修復を手伝ったりしながら「ホクレア」が内野さんの中に少しずつ浸透していきました。中でも最も心を揺さぶられたのは「人はここまで深く自然を理解し、関わりあっていくことができる」という事実。

「ホクレア」の航海から帰ってきて、何を伝えていくかを考えたとき自分の中で大きかったのは、自然という世界の持つ物語のおもしろさや不思議さ、奥深さでした。

魔法のような美しさや驚きが、この地球の上ではあちこちにあって、私はその世界を海で体験したけれど、それは身近な自然の中にもたくさん隠れているということを、多くの人に味わってもらえたら嬉しいなと思っているんです。

自然から人間が何を読み解くか

現在内野さんは高知県にあるNPO法人 土佐山アカデミーでコーディネーターを務める傍ら、海を入り口に私たちと身の回りを取り囲む自然の関わり方を見つめ直す「海の学校」という活動を続けています。

「土佐山アカデミー」は、次の100年のために地域資源を活かしたアイデアや出会いを育む学びの場です。ここでは内野さんが「ホクレア」で使っていたように、星を使って方角を知る・星を読むプログラムを開催しています。

スライドを使ったり実際の星空を見て、星のつなぎ方を学びます。

また、土佐山に流れる鏡川の源流で水を汲み羽釜でごはんを炊いたり、オーガニックラーメンをつくるという何とも楽しい「森の水を味わう」プログラムでもコーディネーターを務めています。

それ以外にも、今年は、日本財団の海と日本プロジェクトの一環で、高知県や愛媛県の小学生とともに地域の身近にある川の源流から海までを辿り、水がどのように形を変えて自分たちの暮らしの中にあるかを感じ取るプログラムづくりを担当しています。

宮崎の子どもたちにサンゴについてレクチャーする様子。(c) Chino Yokomizo

また、自然エネルギーのベンチャー企業「自然電力」の社員とともに夜空の星を読む会や、ヨットで夜の海に出て、方角を読み解く会なども行いました。

「自然電力」の社員内で結成された「うみぶやまぶ」のメンバーたちと。福岡の海をクルーズし、夜の海で星を見ながら方角を探したりしました。

子どもたちへの授業では、内野さんが手がけた絵本を使うこともあるそう。
現在は内野さんが大学時代から研究を続けるサンゴをテーマに第二弾となる絵本の製作も進めています。

内野さんが手にしているのは、「ホクレア」での体験をもとに自ら文章を手がけた絵本「星と海と旅するカヌー」。(c)Natsumi Kinugasa

サンゴってみんな聞いたことはあるのに、植物なのか、動物なのかと問われたら実は答えるのが難しいですよね。

サンゴはイソギンチャクの仲間で動物なんですが、体内に褐虫藻という植物を共生させているので、CO2を吸収し、酸素をつくり出す植物のような働きもある面白い生き物なんです。一方で固い骨格を持つので、森の中の木のように、小さな生物が暮らす場もつくりだしている。

何となくわかっていそうで、わかっていないことの中にいろんな秘密が入っているんです。

絵本づくりを進める中で内野さんは、なぜサステナブルな社会をつくることが難しいかを感じたのだと言います。

子どもが読む絵本にするとき、二酸化炭素という言葉を使いたくても、それがどのような影響を及ぼすかなど全部を説明しようとすると、教科書みたいになっておもしろくなくなっちゃう。

ゴミを拾ったらビーチがきれいになった、とか、汚水を減らしたら川が澄んできた、というのであればつながりが分かりやすいけれど、二酸化炭素とサンゴ、となると、問題の質が変わってきますよね。自分たちの暮らしから出る二酸化炭素が、遠く離れた海のサンゴを苦しめている、と知ったとしても、つながりは実感しにくい。

たとえば二酸化炭素を減らしたら温暖化が抑制されて、海水の温度上昇も緩和されてサンゴを守ることができる、と理解しても、自分ががんばってCO2を減らした結果はいつわかるの? と、なってしまいます。それだと行き詰まってしまう。いくらわかりやく説明しても共感できないというか、リアリティがない。

サステナブルな未来に向けて、何を選んでいくのか

一方で、自然界にあるサンゴは、生きていることそのものが、他の生きものの暮らしを豊かにすることにつながっています。

もちろんサンゴは、もっと太陽の光を浴びたいとか、子孫を増やしたいとか、生きものとして当然のことをしているだけなのですが、それが、他の生きものたちが暮らす場所を生み出して、命のゆりかごのような存在になっている。

私たち人間もそんな風に、自分たちが生きていることで、周りが豊かになっていくような存在になれると思うんです。

つながりの見える暮らしや、周囲を豊かにするような暮らしは、自分にも心地よい。そんな心地よさを意識した一人ひとりの小さな選択から、世の中は自然に変わっていくのではと内野さんは言います。

内野さんがコーディネーターを務める「土佐山アカデミー」にて。(c)Natsumi Kinugasa

環境や自然と向き合うと、人間の暮らしをセーブするとか、暮らしのありかたを見直して我慢するというふうにどうしてもなりがちです。でもエネルギーもなるべく使わない方法を考えるというよりは、使っても誰の迷惑にもならないようなエネルギーのつくり方を考えてみたほうがアイデアも広がるし、楽しいし、豊かですよね。

自然って本来すごく豊かだから、エネルギーだって本当はこの世界にありあまるくらいあると思うんですよ。だけど私たちは「ない、ない」と言う。結局私たちが知恵を使っていないんじゃないかなって思うんです。

たとえば里山はまさに象徴的な場で、人が棚田をつくったりすることでほかの生命を傷つけず、その場の生態系も豊かになる暮らしを営んでいる場ですよね。

内野さんの言葉を聞きながら、私は土佐山の里山を彩るひとつひとつの葉っぱを見つめていました。私が名前すら知らないその木の葉は、朽ちてはやがてほかの生物の命へと循環されます。

何より世界は光に溢れていて、太陽がある限り風は吹き、地球上の水は天空から海へと循環し続け、必要であればこれらをエネルギーに変える技術もどんどん進んでいます。

たとえば「ホクレア」だって海を出るときに、「海と空しかないところで船を動かすなんて、無理じゃないですか」って言われたらそれまでなんですよね。でも自分たちが船を動かして、先人たちから学んで覚えていけば情報はいっぱいあるんですよ。

星も海も波も風もたくさん情報をくれていて、それを読み取れるか読み取れないか、生かすか生かさないかは本当に私たち次第。多分それと同じことは陸上でも言えるんじゃないかな。

海と空しかない世界。しかしそこは、自分が何に依って生かされているかがクリアになる世界だ、と内野さんは言いました。

この水があるから、この食べ物があるから今日は生きていけるとか、船という空間があるから海の上でも生きていけるといった具合に、船の上では生きることがシンプルでわかりやすい。

でも陸上だと自分が何に支えられて生きているかって、そんなに意識しないんですよね。もとにあるものは自然にある空気とか食べ物とか、全部私たちの手では生み出されないものに支えられて、私たちの命がある。

「ホクレア」に持ち込める私物の量は、クーラーボックスひとつ。そこに寝袋や着替えを詰め込み、波を枕に過ごす日々は、まさに海に暮らすという感覚だったそう。

その暮らしを通して、海があることで「行こうと思えば海で世界はつながっているんだ」というゆるぎない地球の真実を体験した内野さんは、この世界の捉え方がまるで違っていました。けれど同時に、自然に対する解像度を上げれば、私たちが陸の上にいても世界を見るまなざしは変化するんだということも教えてくれました。

さぁ、読者のみなさんも。あなたがたとえ都会に住んでいたって、沈む太陽で方角を知ることも月の満ち欠けを数えることもできるはず。私たちを取り囲む自然のメッセージを感じることをはじめてみませんか。

絵本『星と海と旅するカヌー』公式サイト

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