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聞こえない、は強みだ。聴覚障害者ゆえに突出した才能を伸ばし、誰もが生かし合う社会へ。「サイレントボイス」代表・尾中友哉さんインタビュー

「私らしく生きたい。自分にしかできない仕事がしたい」と、思ったことはありませんか?

そもそも「私らしさ」って何でしょう?
自分の「好き」を追求すれば「私らしさ」にたどり着くのでしょうか?

今回の取材で出会った、株式会社およびNPO法人「Silent Voice(以下、サイレントボイス)」の代表・尾中友哉さんは、聴覚障害を持つご両親のもとに生まれ育ちました。

「1歳の頃、舌を指差して『お腹が空いた』と母に伝えていたのがどうやら最初に覚えた言葉です。親とはジェスチャーで話をしていたから、4、5歳まで保育園の友だちと日本語での会話があまりできなかったんです。夢も手話で見ていたし、寝言も手話でした」と尾中さんは話します。尾中さんはまさに、手話で育った手話ネイティブ。

ちなみに、尾中さん自身には聴覚障害がありません。健常者(聴者)の世界と、聴覚障害者が生きる“声を使わない世界”を行き来してきたユニークな体験を活かして、尾中さんはこのふたつの世界をつなぐ仕事をはじめました。それは、まさに尾中さんにしかできない仕事。今日はその活動内容をご紹介します。

尾中友哉(おなか・ともや)
株式会社およびNPO法人「Silent Voice」代表。1989年、滋賀県出身。聴覚障害者の両親を持つ耳の聞こえる子ども「通称:CODA(コーダ)」として、手話を第一言語に育つ。大学卒業後、東京の大手広告代理店に勤務。激務の日々の中、「自分にしかできない仕事とは?」について考える。退社後はフリーの広告ディレクターとして活動しながら、2014年2月に任意団体「Silent Voice」を立ち上げる。企業などへのセミナープログラム「DENSHIN」は株式会社「Silent Voice」として、また聴覚障害・難聴のある就学児向けの「DEAF ACADEMY」はNPO法人「Silent Voice」として運営し、聴覚障害者の強みを生かす社会の実現に向けて活動している。

思いやる心は、言葉を超えている。

「サイレントボイス」が手がける事業は大きく2つあります。そのうちのひとつが「DENSHIN」。“無言語空間”での音・言葉を使わないコミュニケーション体験を通して、日頃のコミュニケーションを見つめ直す研修プログラムです。

この研修で講師を務めるのは聴覚障害者です。参加者は数名でチームになり、声を使わずに表情やジェスチャーを駆使して、ゲーム形式で簡単な文章や単語を伝えます。参加者は普段、言葉を声にしてコミュニケーションをすることに慣れているため、声を使わないで伝え合うことの難しさにまず直面します。

そこで一番大切なのは、相手の目線に立ってコミュニケーションする姿勢が生まれることだと尾中さんは言います。

音声による言葉を使わないで伝えるのは、多くの人にとってほぼ初めての体験。

声を使わない“無言語”の空間では、体を使ったジェスチャーで必死に相手に伝えようとします。それでもなかなか伝わらない。この“伝わらない”ことを経験するうちに、自分本意で物事を考えていた人が、どうやったら相手に伝わるんだろう、と“相手”にフォーカスするようになるんです。

この研修プログラムは、外国人の方も参加できる「ダイバーシティプログラム」や、企業内でフラットな関係性を構築することを目指す「チームビルディングプログラム」など、参加者の目的に応じて5種類のプログラムを用意しています。このプログラムをはじめて約3年が経ちますが、行政や企業、教育機関などを対象に、昨年だけでも約40回開催するほどの人気ぶりです。

ところで、この研修で講師を務める聴覚障害者にはどんな特性があるのでしょうか?

聴覚障害者は、言語的マイノリティです。たとえば視覚障害や身体障害の方は、右に行けと言われれば、それを聞いてそちらのほうに行くことができるでしょう。しかし聴覚障害者は手話や口話法(唇の動きとかたちを読む方法)などの見えるコミュニケーションが必要なのです。

聴覚障害者はこのように言語的マイノリティの側面がある一方で、周囲をよく観察しています。たとえば電車が事故などで急停止したとします。アナウンスが聞こえないので、それが信号待ちで数分停止するだけなのか、事故で何時間も止まるのか。そうしたことを周囲の人の行動や表情で読み取ったりする。

この“聞こえない”という特性がある分、他の特性が伸びるんですよ。

基本的には1回の研修につき4時間を所用します。言葉を使わないため、外国人の方も一緒に研修を受けられます。

このサービスは自己体験による気づきがあり、企業などでも同じ仕事を手がけるチーム間によい影響があると好評ですが、実はもともと「サイレントボイス」の社内コミュニケーションを円滑にするために生まれたそうです。

現在6名の社員を抱える「サイレントボイス」には、聴覚障害者の世界や文化に触れないまま入社した社員もいます。また、一方でコミュニケーションの手段が手話のみ、という聴覚障害者もいます。双方の世界を行き来できる尾中さんが、いくら手話を教え、配慮すべきポイントをお互いに教えても、双方の理解が進まないこともあったそう。

言葉って不思議です。同じ言葉を話す人同士が団結することもできるけれど、人を分けてしまう力もあるんですよね。

でもこのプログラムをゲーム感覚ですることで、みんな自分が発見したことを言葉にして、お互いに教えたり伝えたりしようとするように変わったんです。そしてそれぞれが、聞こえる文化と聞こえない文化に関わっていこうという動機が強くなっていくようでした。

「サイレントボイス」社内。スタッフは聴者と聴覚障害者がいるため、組織が抱えている案件がどのように進展しているかすべてホワイトボードに書き出し、みんなが情報共有できるように工夫しています。

大切なのは、言葉じゃない。

いまの社会では、メール以外にもさまざまなSNSのツールでコミュニケーションの効率化がはかられています。しかし、「人間関係を築く上では、コミュニケーションの効率化を求めれば求めるほど非効率的になるんじゃないか」と尾中さんは話します。

マニュアルに書いてあるからという理由で発する「ありがとうございました」や、「申し訳ございません」。確かにこうした言葉に、いつもどれほどの感情を込められているのでしょうか。私たちはふだんどれくらい相手の立場に立って仕事を進められているでしょうか。

尾中さんは、伝えることの尊さについて、小さい頃の忘れられないエピソードを教えてくれました。

耳が聞こえない両親のもとで長男として生まれた尾中さんは、4歳で保育園に入っても周囲の友だちと言葉の意思疎通ができないため、友だちがなかなかできず、毎日泣いて帰っていました。

ある日、遠足で山登りにでかけたところ、ある男の子が尾中さんにきいちごを差し出しました。その男の子は大きなジェスチャーを交えて「おいしいね」と言ったそうです。尾中さんは音に聞く「おいしい」の意味をその時はじめて理解し、「おいしい」という言葉を覚えました。

その日、帰宅しても珍しく泣かない尾中さんに、お母さんはどうして泣かないのか尋ねました。しかし「きいちご」の手話を知らない尾中さん。2時間たってもうまく説明ができず、ついには、ふたりとも泣いていました。そこに聴覚障害を持つお父さんが帰ってきました。様子を察したお父さんは、遠足のしおりを片手にふたりを車に乗せ、遠足に行った場所を家族で再び訪ねたのです。

みんなで茂みを探したら、きいちごが見つかったんですよ。そしたらお父さんが僕を抱きかかえてくれた。もう、家族みんなで抱き合って喜びました。

言葉が通じれば、たった数秒で終わってしまう日常のささいなシーン。しかし、言葉が通じないためにひとつの出来事を伝わるのには何時間もかかりました。もしかすると、これは非効率なのかもしれません。しかしそのことで家族の絆は深まり、生涯忘れられない思い出となりました。

「人は何かを失うことで、何かを得るんです」と尾中さんは言います。その得るものの強く美しいこと。当然のことかもしれませんが、何かを失った人だけが見る美しい世界が、確かに存在しているのです。

聴覚にハンデがある子を伸ばす「デフアカデミー」

尾中さんは自身の家族を含め、聴覚障害を持つ人たちと長く接する中で、進学や就職の際に選択を狭められることが起こりうるという社会の現実にも直面してきました。

「デフアカデミー」授業の様子。

誰もが知る有名大学に行った聴覚障害のある友人がいました。僕が手話で話しかけると、物理の難しい話をうれしそうに話しはじめたんです。「こいつ、やっぱり勉強が好きなんだな」と思って、将来何の仕事に就きたいか語り合っていました。

ところが彼が障害者雇用で就職してみると、毎日おなじ単純作業ばかり。自分が学んだ専門性を生かせる職業に就くことはなかったんです。

尾中さんの中で、聴覚障害者も進学や就職で選択の機会を増やしたいという思いが募りました。そこで、聴覚障害があっても、より得意な分野を伸ばそうという学習支援プログラム「DEAF ACADEMY」がスタートしました。塾といっても、一般的な算数や国語をメインにした学習塾とはちょっと違います。

「DEAF ACADEMY」には、聞こえないから、視覚能力を伸ばそうというプログラムの一つの柱があります。視覚能力は、記憶力、速読力など学習の素地になっていく力なんです。

2017年の4月から京都で、そして9月からは大阪でスタートしたばかり。

しかし大阪校では、すぐに30名の枠が埋まるほどの人気でした。通うのは両耳40デシベル以上の聴覚障害・難聴のある小学生から高校生までの就学児。今後は未就学児を対象にしたレッスンもスタートする予定です。カリキュラムは幼児教育の専門家に依頼し、独自の教材を使用します。

しかし、尾中さんの意図は勉強とはもうひとつ別のところにもありました。

視覚能力を伸ばすことをきっかけに、得意なことをより伸ばすことをしたいんです。ここに来てがんばったことを褒めてあげて、小さな成功体験をどんどん積んで、自分に自信を持ってもらいたいんです。

日本における聴覚障害者および難聴者の推定人口から聾学校に通っている人数を割り出すと、多くの場合が地域の学校に通っているといいます。地域の学校に通った場合、「先生や友人の話している声が聴こえない」、「クラスメイトと深い話ができず、孤立してしまう」という問題があります。

特に自我が目覚める年齢になると、自分に自信が持てなかったり、自己肯定感を持つことが難しくなります。尾中さんは、学習面で小さい成功体験を繰り返し、生きていく上で一番ベースになる「心」の部分を鍛えようとしているのです。

助ける、助けられるじゃなく、相互理解のある社会へ

「サイレントボイス」では、「DENSHIN」や「デフアカデミー」で聴覚障害者が講師を務めています。一見、それは障害者の雇用として社会的によいこととみなされる取り組みです。しかし、尾中さんの意図はもっと深くにあります。

これまで、社会では障害者を雇用しようという動きを進めていて、障害者は“助けられる存在”でした。じゃあ障害がある人は、健常者を助けられないものか? と僕は考えてるんです。

聴覚障害者の中にはすごく集中力があって職人気質のある人もいる。それを活かせば、ITのプログラミングなど、これから伸びていく市場の中でできる仕事はたくさんあります。ひいてはこれまで補助金をもらっていた側の立場から、社会に対して大きな役割を担うリーダーが生まれるかもしれない。これこそ、本当の適材適所だし、社会の中でそんな流れをつくっていきたいと思っているんです。

健常者の文脈でつくられた社会の中では、何らかのハンデがあると確かに不便を感じたり、サポートが必要になります。しかし、いつもサポートされる側になったら、一体人はどんな気持ちになるのでしょう。自分も何かできることでお返しをしたいと思う人もきっと少なくないでしょう。

うちの母親は喫茶店を経営してますが、1回助けてもらったら2回助けてあげるのがモットーなんですよ。

当然のことながら、これまで苦労されたことも多かったでしょう。その中でたどり着いたこの言葉は、金のように輝いて聞こえます。逆に見えることや聞こえることが当たり前の私は、自分が受けている数多くのサポートに気づいていません。

インタビューの間、尾中さんの中に自分を育ててくれたご両親に感謝と尊敬の気持ちが溢れているのを感じました。あらかじめ失われていることで見える景色。それは世界でひとつだけのオリジナルで豊かな風景だと、改めて私は感じたのです。