週末に開催される手づくり市やインターネット上のハンドメイド製品販売サイト。近年のハンドメイドブームの追い風もあり、私たちは様々な場所でオリジナルのアクセサリーや洋服などに出会うことができます。
かくいう私も、そうした誰かの思いがこもった愛らしい製品を目にしたり手にとったりするのが大好き! きっと読者のみなさんのなかにも、見るだけではなく、自分でつくることが好きで、仕事にできたらいいなと憧れている方がいることと思います。
でも、実際にものづくりをビジネスにして生計を立てていくことを考えると、「何から始めたらいいの?」「工場と取引するにはどうしたらいいの?」と、疑問がたくさん湧いてくるのではないでしょうか。
そんなものづくりによる創業もサポートしてくれるネットワークが、東東京にはあります。それが創業支援ネットワーク「Eastside Goodside(イッサイガッサイ)東東京モノづくりHUB」です。メンバーの一人、台東区の創業支援施設「台東デザイナーズビレッジ」のマネジャーを務める鈴木淳村長は話します。
鈴木村長 ハンドメイド商品を販売することは始めるのが簡単な割に、趣味の領域を抜け出して生計を立てていくブランドビジネスにするのは実はハードルが高いんですよ。そのときに東東京のモノづくりのノウハウやネットワークがきっと役に立ちます。
イッサイガッサイではセミナーや創業スクールなどを通して、クリエイターのビジネス面での支援や、ノウハウの伝授、ネットワークづくりを行っています。さらにはクリエイターとものづくりの現場をつなぐこともしているのだとか。
そうしたサポートの末に、今、東東京のものづくりの現場ではどんなことが起こっているのでしょうか?
「台東デザイナーズビレッジ(以下、デザビレ)」で革小物ブランド「FIORAIA(フィオライア)」を立ち上げた鈴木綾さんに、創業するまでのストーリーを伺いました。
立教大学経済学部卒業後テキスタイルの会社へ就職し、その後、文化服装学院バッグデザイン科へ再入学。レディス大手バッグブランドやメンズファクトリーメゾンなどでハンドバッグ・財布のデザイナーとして10年間勤め2015年にオリジナルブランドFIORAIAを立ち上げる。
一からつくり上げたものをお客さんに届けたい
こちらが、綾さんが手がける、革小物ブランド「フィオライア」の製品です。
製品を見た瞬間に、「わぁ!」と声が出てしまいました。生き生きとした花の模様とカラフルな色使いがとても華やか!
綾さん 持っていて気分が明るくなるものをつくりたいと思ったんです。それで女性が手にしたときに気持ちが高揚するものとして、花をモチーフにしています。
ブランド名の「フィオライア」は、イタリア語で「花の売り子」を意味しているそう。製品の前面を彩るのは立体的な花! 革が1枚ではなく、5〜6枚重なっている部分もあります。なんとこのパッチワークは、綾さんがひとつひとつミシンで縫っているのだとか。とっても手間がかかりそうです。
綾さん 正直大変です!(笑) でも手間がかかる分、大手メーカーはやらないとわかっているので、あえて挑戦しています。
綾さんは元々、週末にフリーマーケットで手づくりの布製品を販売するOLでした。でも「やっぱり好きなものづくりを仕事にしたい!」と思い立ち、一念発起。勤めていた会社を退職して服飾の専門学校に入学します。卒業後はバッグメーカーで10年ほどデザイナーを務め、2014年に独立。2015年に「フィオライア」を立ち上げました。
バッグメーカーでもものづくりの仕事に携わることができたのに、どうして独立を決意したのでしょう?
綾さん デザインだけならメーカーにいてもできるんですけど、一から自分の手でつくりあげたものをお客さんに届けたいとはじめから思っていたんです。専門学校に入るときから、いつかは独立したいと考えていました。
独立後はデザビレへ入居。これは独立以前から希望していたことだったといいます。
綾さん ブランドが成長していくためには、デザビレのようなクリエイターが集まっていて、ノウハウがある場所の力を借りる必要があると考えていました。実際に入居してみて、一緒に切磋琢磨できる仲間がいる環境に助けられています。ひとりでいたら、ここまでブランドを育てるのは難しかったかもしれませんね。
今では「フィオライア」の取扱店も増え、デパートのポップアップショップなどに出店する機会も得ています。
ものづくりの溢れるまち
綾さんは、デザビレに入居してから、台東区に引っ越しました。それはこの地域にものづくりに欠かせないものが揃っているから。
綾さん デザビレ近隣の東東京には、革材料問屋、革を薄く加工する工場や、箔押し屋さん、そして財布やバッグのパーツに欠かせない金具屋さんが集まっているんです。革小物をつくるにはいたほうがいい、むしろいるしかない、というような場所です。
実際にちょっと自転車を走らせて、工場へ加工作業をお願いにいくこともあるとか。クリエイターと工場が顔の見える関係にあるのもこの地域の特徴と言えそうです。
クリエイターと工場のコラボレーション
デザビレやイッサイガッサイでは、このようなクリエイターと工場の出会いをサポートしています。
これまでつくっていたものより、さらに華やかな製品をつくるために、オリジナルの革をつくることを考えていた綾さん。鈴木村長の紹介で、株式会社墨田キールに出会いました。
墨田キールは、皮革の加工を専門にしている会社。下地になる革に、塗装やエンボス加工、箔押し、フィルム加工など様々な技術でオリジナルの素材をつくり上げます。問屋におろす皮革の加工だけではなく、近年では若手クリエイターとのコラボレーションも積極的に行っています。それにはこんな背景があると、社長の長谷川憲司さんは話します。
長谷川さん 以前は国内で革製品の加工をしていたから、革業界の規模も比較的大きかったんです。
でも製品がアジアの他の地域で生産されるようになると、素材も現地で調達されるようになって、日本国内の革業界は厳しい状況になってきて。だから、もっと付加価値の高い使われ方がされるようにしようと、展示会に出たり、商品開発をしたりするようになりました。
そうした中で自分たちの商品開発をするだけではなく、若い人の応援もしていこうと、クリエイターの要望に応えて革の加工にも対応するようになったんです。
今までのシステムだけでは立ち行かなくなった革業界で、墨田キールは新しい商売を切り開く先駆け的な存在です。
ちなみにクリエイターが革小物をつくろうと思ったとき、一般的には革の小売店や問屋に出向いて、サンプルの中から選ぶのだそう。ただ、そうすると各店舗に置いてある革は同じものが多く、他社の製品と似通ってしまうことがあるといいます。革からデザインすることで、クリエイターはよりオリジナリティを発揮することができるのです。
こうしたクリエイターと工場のマッチングを「コラボレーション」と呼ぶのは、長谷川さんがただ発注を受けて加工しているだけではないから。クリエイターの「こんなものをつくりたい」に応えるために、加工や素材の提案もしています。
長谷川さん たとえば、フィオライアさんとの場合は、綾さんが持ってきたデザインを見て、「このデザインに使える革は、こんな革があるけど、どれがいい?」とまず提案しました。
綾さん 選んだ革にデザインをプリントアウトしていただいて。それを私が見て、色の調整をお願いしましたね。
長谷川さん 「ここはもうちょっと赤っぽく」とか「もっと紫に」とか、結構細かい調整したね!(笑) もちろん素材も染料も違うから、デザインとまったく同じ色にはならないんだけど。でもこだわりがあったほうが、実物のイメージに近いものができるよね。
「若手クリエイターとのコラボレーションは楽しい」と長谷川さん。
長谷川さん 「こういう着色はできないの?」「こんなこと考えてるけどどうしたらできる?」って常に新しい相談を持ってきてもらえるのが面白いんです。「この素材にこんな加工は無理?」とかも聞かれるんだけど、無理って言ったらそれで終わっちゃうからね。
一般的には新しい素材をつくるときには大きなロットでないと注文を受けてもらえないことが多いそうですが、墨田キールでは、本気でビジネスをしようというクリエイターなら、小ロットからの発注も対応しています。そうやって、どんなに無理難題と思えることにも応える長谷川さんは、クリエイターからの信頼も厚いそう。
綾さん 何より社長の人柄ですね。お願いしたら一生懸命考えてもらえるので、だからこそクリエイターも新しいことに挑戦しやすいんです。
現在、フィオライアと墨田キールでは、新たなコラボレーションを進めています。型押し用の金型をつくって、オリジナルの革を試作しているのです。墨田キールは多くのブランドと取引してきた革のプロの視点から、革の表面のシワや光沢のコントラストが引き立つようアドバイスもしてくれているのだそう。
綾さん自身は今後の進路について、3年間のデザビレ入居期間を終えたあとは、東東京でアトリエショップをしたいと話します。
綾さん ものづくりをする上で便利なことももちろんあるのですが、「ものづくりのまち」というイメージが定着しつつある東東京で、その賑わいに参加することが、自分にとってもまちにとってもメリットになるだろうなと思っています。
あとはデザビレでは、一緒に入居している仲間とともに成長していけたという経験があるので、東東京のクリエイターネットワークの中で互いに刺激し合いながら、これからも仕事をしていけるのが理想的ですね。
創業する人の夢を叶えるお手伝いがしたい
東東京のものづくりの現場には、「フィオライア」というブランドと墨田キールという工場のマッチング、そして両者のコミュニケーションがありました。
イッサイガッサイの鈴木淳村長は、こうしたクリエイターと技術者のコラボレーションを、これからも進めていきたいと話します。
鈴木村長 工場の現場をいろいろ見ていくとその中で使える技術がたくさんあります。つくるプロセスを実際に見ることで、それが商品のデザインやアイデアになったりすることがあるんです。
アイデアがあるクリエイターと技術のある職人が出会うと、技術を活かすためのデザインが生まれる。それをもっといい形にするために職人がサポートする。これが幸せな形だと思っています。
これまでデザビレで培ったノウハウは、イッサイガッサイにも大いに活用していきたいと話す村長。東東京のものづくりの特徴とはなんでしょう。
鈴木村長 東京の東側には工場が非常に多くて、今日ご紹介した革の他にも、プラスチック製品、金属加工、印刷などさまざまな業種があります。そして、そうした工場がものづくりをする人たちの受け皿になってくれるんです。なので、自分で等身大のビジネスがしたい人や、つながりをつくりながら商売がしたい人はぜひこちらへ来てほしいですね。
イッサイガッサイでは創業者が夢を持って東東京にきてくれたら、それを叶えるお手伝いをしていきたいなと思っています。
自分のつくったものをより多くの人に届けたい方や、共に歩む仲間を求めている方は、ぜひ東東京を訪ねてみてはいかがでしょう。鈴木村長をはじめ、綾さんのようなクリエイターの先輩、そして長谷川さんのような職人がいる現場も、きっとものづくりを仕事にしたいあなたの次の一歩をサポートしてくれるはずです。
(撮影:吉田貴洋)
※墨田キールではクリエイターからの直接の問い合わせは受け付けておりません。
まずはイッサイガッサイへお問い合わせください。
– INFORMATION –
全5回で参加費10,800円。10名限定なので、気になる方はお早めにどうぞ。
https://eastside-goodside.tokyo/cat-event/14227