ふと空を見上げると、飛行機が飛んでいることがあります。とても小さくて、あの中に何百人もの人が乗っているなんて、まるで信じられないですよね。
到着地への旅にワクワクしている人もいれば、発着地に残してきた恋人との別れに落ち込んでいる人もいる。大声で泣いている小さい子もいれば、人生をかけたプレゼンのために徹夜をして、飛行機の中ではぐっすり寝ている人もいるでしょう。でも、そんなことは遠すぎてよくわからないわけですが。
空にいた飛行機が降りてきて、その大きさや轟音をリアルに体感できるほど羽田空港の近くに、京浜島(けいひんじま)という人工島があります。住⺠が⼀⼈しかいない広⼤な⼯業地帯で、立ち並ぶ鉄工所は、1970年代に川崎市や大田区の中心部から誘致されたそうです。
ここにMotionGalleryのクラウドファンディングを利用して、2016年6月、新しいアートファクトリー「BUCKLE KOBO(バックルコーボー)」が立ち上がりました。2階建の工場をリノベーションし、1階には様々な加⼯作業ができるオープンなアートファクトリー、2階にはオフィスとアーティストの制作・滞在スペースを展開。羽田空港の近くということもあり、世界各国のクリエイティブスペースとの連携を目指しています。
今回は、BUCKLE KOBOを運営する寺田倉庫の伊藤悠さん、そしてBUCKLE KOBOで作品を制作し運営にも携わっているアーティストの松下徹さんにお話を伺い、クラウドファンディングを達成したあとに見えてきたことをまとめていきます。
アイランドジャパン株式会社代表。寺田倉庫アート事業企画プロジェクトにおいては、BUCKLE KOBOの立ち上げに携わる。
1984年神奈川県生まれ。2010年東京藝術大学先端藝術専攻修了。絵画や壁画作品を製作する傍、近年は展覧会の企画や運営に携わる。主なプロジェクトは、2017年「Reborn art-festival」(宮城県石巻市)2017年「SIDE CORE -STREET MATTERS-」(BLOCK HOUSE 東京)。
工業地帯から生まれるカルチュアルな価値
BUCKLE KOBOは、工場であった敷地を最大限に活かし、大きな作業スペースを確保することで、ここにしかない価値を生み出しています。
首都圏からアクセスの良いアトリエはいくつかありますが、フロアを細かく分けて、作業スペースを複数の部屋にしている場所が大多数。そうすると、大きな作品をつくることはできません。ここは何メートルもの大きな作品の制作や修復などで、非常に重宝されています。
周りを鉄工所に囲まれていることから、大きな音が出る作業や、火が出る作業も可能です。川崎市や大田区の町工場はプロダクトの量産を多く手がけていますが、京浜島では試作品づくりや、特別な使い方をする一点ものを制作する工場が多いそうで、アーティストとの相性がいいのです。
実際に、BUCKLE KOBOの大家さん、須田鉄工所の須田さんは、頻繁にBUCKLE KOBOを訪れ、アーティストの様子をちょくちょく見に来たり、アドバイスをくれたりするそうです。工業地域というと冷たくて人間味のないイメージがありますが、ここはその逆。取材の当日も、須田さんは自身の工場を案内してくれました。
ニューヨークのSOHOやDUMBO、ロンドンのEAST END、北京の798地区など、工業地帯にアーティストたちが集まり、カルチャーを発信し、その土地がカルチュラルになっていった場所はたくさんあります。BUCKLE KOBOはその東京版を目指し、活動しているのです。
ここは“誰かの場所” ではない
ここからは本題、クラウドファンディングのその後を聞いていきましょう。
伊藤さんによると、もともとここは、クラウドファンディングによってプロジェクトの意義を世の中に問い、いろんな人に参加してもらうことが立ち上げの条件だったそうです。2016年3月よりファンディングをスタートしたところ、アーティスト、文化人、研究者だけでなく、会社員、学生など、本当に多くの人が参加。そして、開始からわずか3週間で目標の200万円を達成したのです。
このプロジェクトが持つ新しい視点、魅力と共に、伊藤さんのこまめな情報発信がクラウドファンディングの成功の鍵となったはずです。プロジェクトの近況を知らせるアップデートは50回以上!こんなに丁寧に報告や更新を行っているプロジェクトはあまり目にしません。
終了時には目標を約70万円上回る金額を集め、実際にクラウドファンディングに参加してくれた人は80人を超えました。
伊藤さん クラウドファンディングに参加してくれた方の中に、ファンディングのみならず、ライブもしたいって言ってくださった方がいらっしゃいました。「PBC」というアートユニットなのですが、オープニングで鉄を楽器にしたライブを行ったのが本当に面白くて、その後2ヶ月に1回くらいのペースで音楽ライブのイベントをやるようになったんです。
松下さん クラウドファンディングに参加してくれているのに、自らコンテンツにもなったり、一緒にイベントを考えてくれたりする人が、他にもたくさんいます。
伊藤さん クラウドファンディングって、インターネット上のつながりと思いきや、実際の人とのつながりがたくさん生まれました。もしクローズドの企画として会社の予算などでやっていたとしたら、ここまでの広がりはなかったと思います。クラウドファンディングによって、思ってもみなかった広がりが生まれたんです。
伊藤さんによると、クラウドファンディングのお礼には、オープニングイベントやワークショップなどへの参加券をあえて入れていったそうです。このことによる人とのつながりは、財産として大きいだろうと思います。
松下さん この場所は ”誰かのもの” ではないんです。例えば、既存のスタジオで、ぼくが料金を払っているだけの立場だったら、そこはぼくのための空間で、誰にも来てほしくないんですよ。自分のために黙々と制作活動をしたい。
でも、ここでは、自分も他の人も等しく参加者といえます。自分勝手には使えないけど、他の人が制作をフォローしてくれたりするし、新しい人が来たら刺激になる。普通の場所貸しのアトリエとは全然違うんです。
“なんとなく知っている人”が、何万人もいる
クラウドファンディングによって生まれた価値について、もう少し聞いてみました。
伊藤さん クラウドファンディングに参加してくれた人にとって、ここは他人事じゃなくて自分事なんだと思います。自分がお金を出して応援した空間だから。どこかの予算でできたスタジオなら展示を見にいくときも、第三者的な視点しか持ち得ない。
でも、ここにクラウドファンディング参加者の人が来ると、「こんな風になったか」って、ちょっと親心的な楽しみ方をしてくれる。いつも頭の片隅に存在しているような、親近感をもってくれているような気がしています。
松下さん 「クラウドファンディングによってお金が集まりました」って単純な話じゃなくて、クラウドファンディングによって、一人一人のちからによって、”公共” をつくっていくような関係性がつくれた、ということが最大の価値だと思います。
こういった有機的な人のつながりは、広報的視点においても、プラスアルファとなります。プレスリリースをつくって送るだけでは、届かない人にまでも情報が届いたのです。
伊藤さん 先日、京急沿線で6万部も配られるフリーペーパー『なぎさ』に取材していただいたのですが、クラウドファンディングにライターさんの知り合いが参加してくれていたんだそうです。普通の広報活動では出会えなかったでしょう。今回の取材もそうですね。
実際にファンディングしてくれたのは80人ほどですが、プロジェクトのページを見てくれた人は何万ユーザーにもなります。
クラウドファンディングとアートは似ている
クラウドファンディングによって生まれたのは、人とのつながりだけではありません。当然、お金も入ってきます。お金についての認識について2人に聞くと、非常に面白い答えが返ってきました。
松下さん アートの値段って、原価率からは決められませんよね。アーティストの活動や、思想にお金が払われるわけです。ぼくたちアーティストも作品を買ってもらうことを、モノを買ってもらっているとはあまり思っていなくて。
それはある種の応援だと思っているし、買う人にとっては「お金をどう使うのか」ということでもあります。これって、クラウドファンディングに近いですよね。
伊藤さん クラウドファンディングって、まだできていない”イメージ” にお金を出すってこと。将来像とか未来に期待して、想像を共有して、お金を支払うわけですよね。
今回も誰一人として、応援額が高いなんて言わない。むしろ、関われてうれしいと言ってくれる。参加する、応援する気持ちをお金という価値に変えたということだと思うんです。
2016年6月のスタート以来、アーティストによる制作活動やイベントだけでなく、大企業のプロモーションムービーの撮影や、現代美術家・会田誠さんとの新プロジェクトなど、続々とダイナミックな動きが生まれています。最寄り駅から徒歩20分以上と、けっして好条件とはいえない立地ながらも、多くの人やコトが交差し、非常に面白い場所になっているのは、紛れもなくクラウドファンディングが生み出した価値といえるでしょう。
お金と人の両方が集まって爆発力が生まれる
クラウドファンディングで生まれた新しい場所。立ち上げから1年経った今、ここを起点に新しいプロジェクトが生まれ、新しいクラウドファンディングが立ち上がりました。
伊藤さん 新しいアートフェスティバルを企画中なんです。根本敬さんによるゲルニカ大の絵画の制作がここで5月からおこなわれているんですが、その展示も、このままここでやろうということになって、できた新しいゲルニカの前でライブしたいよねって。ここでしかできないことになるんじゃないかなと。
どうせやるなら、音楽もあるし、アートもある。鉄工所のおじさんがつくった鉄の作品も一緒にあってもおもしろいだろうし。
こうして話はいよいよ大きくなり、多くの人や施設とともに、フェスティバルへと発展していきました。
伊藤さん このあたりでも空いた鉄工所がいくつかあって、リサイクルセンターなどに変わっているんです。でも、アーティストが入れば、こんなにもクリエイティブな使い方ができるんだってことを伝えたい。このアートフェスでも、クラウドファンディングで新しい価値を生み出していきたいです。
一つの点だったBUCKLE KOBOでしたが、島全体、さらには運河を通じ湾岸エリアの活用に視野を広げ、ものづくりの拠点としてだけでなく、新たな⽂化の発信地として役割を果たすべく開催予定の「鉄工島FES」。クラウドファンディングを再び活用し、関わる人みんなでつくるDIYなお祭りになるでしょう。
クラウドファンディングとは、空高く飛ぶ飛行機のように、遠くにありすぎてよくわからないものを、ぐっと近づけ、解像度を上げていくことなのではないかと思います。それは誰かの夢を叶えることであったり、問題解決の方法だったり、ときにはお金の使い方を考えるきっかけだったりもするわけです。
ライト兄弟が飛行機を発明した当時、百年後、こんなにも多くの人が空を飛んでいる未来を想像できたでしょうか。人が空を飛ぶ。信じられないようなワクワクすることだからこそ、ライト兄弟の夢に魅了された多くの人がジョインして、今があります。
いろいろと世知辛い世の中。暗くなるようなニュースも多い。だからこそ、誰かの夢をみんなで叶えることに価値が生まれるのではないかと思います。
「お金も人も集まったから生まれた爆発力がある。予想していたこと以上のものが生まれたんです。」
伊藤さんがこうおっしゃっていたことが印象に残っています。お金と人、どちらかだけでは、夢は夢のまま。人のつながりだけで夢が叶うほど現実が甘くないことは、夢を叶えてきた人自身が一番よくわかっています。
夢は見るものではなく、叶えるものだと、誰かが言いました。そうそう、クラウドファンディングが生み出すものは、そういうことなのです。