「日本に揚がる魚の品質は、今も昔も世界一」世界に誇る大水産国だもの―― そう思っている人は、多いのではないだろうか。「マグロやウナギはちょっと減っているみたいだけど、その他の魚は大丈夫」「漁業が衰退産業なのは危険な仕事だから。きっと日本だけじゃないよね」そう思っている人も、きっと多いだろう。
しかし、どうやらそうではないらしい。
日本近海では今、魚がどんどん減っている。「世界に誇る大水産国」はもはや過去の話となり、このままだと近い将来、日本人は魚を食べることができなくなるかもしれない。
その大きな原因は「乱獲」だと考えられている。高度化を続ける漁業技術をもって、長年獲りに獲り続けた結果、多くの魚が今、日本近海で枯渇の危機にある。
一方で、世界の海も皆同じかというと、実はそうではない。豊かな水産資源を保ちながら、毎年大きな漁獲高を上げ、水産業が成長し続けている国がたくさんあるのだ。
魚の国、日本の未来に魚を残したい。そのために、みんなで一緒に考える場を作りたい――その強い思いから、『イサリビ』は生まれた。記念すべき創刊第1号の鯖をめぐる、日本とノルウェーの物語をお届けしたい。
ノルウェーでみた穏やかな風景と穏やかな漁業
(Text: 片野航太)
羽田空港からヒースロー経由でノルウェー第二の都市ベルゲンまで19時間。そこから国内線に乗り換えさらに北へ1時間。フィヨルドの中に位置するオーレスン空港へ降り立った。北緯62度、もうすぐ先が北極圏だがメキシコ湾流の影響で気候は穏やかだ。日本向けにサバを多く出荷している大手水産会社PELAGIA の工場を訪ねた。
どうして、ノルウェーの漁業はおだやかなの? 儲かるの?
漁の後の船内をきょろきょろと見回すと、最後の仕上げに船を掃除している漁師が数人残っている。どの漁師もその顔つきと立ち振る舞いになにか余裕を感じる。みんな今日の水揚げに満足したのか幸せそうな顔をしている。「今日はこの船で590トンのサバが獲れた」と船長が言った。
網に引っかかった大きなサバをみると、これだけ立派なサバが590トンも獲れたのであればさぞ満足であろう。
この日取材した漁船の船員は10名。9月から10月がサバの漁期で、6月から翌2月までの間でニシンも獲る。年間で漁に出るのは半年程度で、その他の時期は漁に出ることはないが船員の年収は1000万円を超えるという。ノルウェーでは漁師は若者にとって憧れの職業の一つだ。なにやら日本とはだいぶ事情が違うようだ。
ニシンが獲れなくなった経験からのリベンジ
ノルウェーはかつてニシン漁で乱獲し、資源を枯渇させた過去がある。1970年代にそれまで獲れていたニシンがとれなくなり、科学的な見地から乱獲だと結論づけられた。
同じ轍を踏まないよう、サバに関しては厳密な資源管理を行い、船によって年間に水揚げできる漁獲枠が決まっている。このような事業者別に漁獲枠を割り当てる方式をIQ方式(漁獲枠個別割り当て方式)といい、世界の主要漁業国にて採用されている。
対して日本で行われている漁業はオリンピック方式と呼ばれ、ひと言でいうと早い者勝ちである。
漁期になると他の船に負けないよう全速力で漁場へ向かい、獲れるだけを獲り大漁旗を掲げて帰って来る。魚群探知機や大型の巻き網船など漁業の技術が向上し、魚が子を産み増える量よりも多く獲ってしまうことで資源は枯渇していき、だんだん獲れなくなる。
獲れなくなるとせっかくの設備投資が回収できないので、少しでも多く獲ろうとし、ますます資源は枯渇する。親魚は獲れなくなり、少しでも獲ろうと網目を小さくし未成魚まで獲ってしまう。そしてますます資源は枯渇し絶滅へのスピードを上げる。みんなで絶滅までのスピードを競ってるようなものだ。
サステナブルな漁業へ転換したノルウェー漁業
資源管理の方法をもう少し詳しくみていこう。まず魚種ごとにABC(生物学的漁獲許容量)が決められる。これは、その魚種が子孫を産み増える量を推定し、ここまでだったら獲っても総数として減らず持続可能だろうという数値だ。科学的根拠に基づいた客観的な数値として研究機関より設定される。
次にこのABCを基に年間に漁獲して良い数値TAC(総漁獲可能量)が決定される。全国の漁師がその魚種を獲ってよい総和の数字だ。国連海洋法条約に基づき、全ての国が自国のEEZ(二〇〇海里排他的経済水域)内での魚種ごとのTACを設定することが義務づけられている。
日本も、サンマ、スケソウダラ、マイワシ、ズワイガニ、スルメイカ、サバ(マサバ/ゴマサバ)、マアジの七種についてはTAC が設定され、適切に資源が管理されていることになっている。
獲りすぎてしまわないための試行錯誤
しかしここで問題が生じる。日本では、サバについてはTACが設定されているため理屈としては資源は守られているはずなのだが、実際の漁の現場では全体でどれだけ漁獲枠が残っているのか常に知りながら漁をしているわけではない。
むしろ全体の量が決まっているのであれば、他の漁師よりも早く獲ろうとより早い船を求め、より多く獲る技術を開発する。そして、いざ漁期を終えて水揚げを足し合わせてみると、いつの間にかTACの総和を超える量を獲ってしまっていたということになりかねない。全体の総和を決め、あとは早い者勝ちのオリンピック方式では適切に資源を管理するのは難しい。
量より質の漁業へ
そこで一歩進んだ資源管理の方法がノルウェーなどが採用するIQ方式(個別漁獲割り当て方式)だ。TACで決められた年間の総漁獲枠を、漁が始まる前に各漁船ごとに割り振ってしまうのだ。こうすることで漁師は年間で自分が獲れる量が決まるので、今度は量ではなく質を求める。同じ漁獲量であれば、より質が高く、より高値で売れる魚を獲ろうと努力をする。脂が乗った時期を狙い、より大きい個体を獲ろうと網目を大きくする。
ノルウェーのサバ漁でいうと、沿岸には8月から12月くらいまでサバはいるのだが、北海から南下してきた9月、10月のサバを狙って獲る。この時期のサバは夏にたっぷり餌を食べ丸々と太り、脂の乗りもよく、かつレッドフィード(胃の中に餌のアミコマセが残り、体内を溶かしてしまう状態のこと)もない。
取材した漁船、タールボール号に割り当てられた漁獲枠は年2000トン。このように漁船ごとに個別に漁獲枠が割り当てられる方式を、tIQ方式の中でもIVQ方式(漁船別個別割り当て方式)という。取材した日に帰港した時に590トンの水揚げがあったということは、年に4回出漁すればいい計算になる。
海へ在庫を取りに行くようなものなので急ぐ必要もなく、日本のように我れ先にと朝イチからエンジン全開で漁場に向かうような非効率なエンジンの使い方もしないので、船への負担も小さく燃料も節約できる。ノルウェーの漁師が穏やかな理由も理解できる。
フィヨルドの街で聞いた。日本でも「持続可能な漁業」できますか?
(Text: 佐々木ひろこ)
ペラーギア社は、ノルウェーのベルゲンに本社がある水産加工会社だ。ノルウェーを中心に、イギリスやデンマークなど計2 の工場を持ち、漁船から荷揚げしたニシンやサバ、アジ、カラフトシシャモなどを、すぐさま加工して世界中に出荷している。
今回取材させていただいたのは、ルーネ・ホッデリークさんが工場長として働くフィヨルドの町、リーアヴァーグにある水産工場。
アルネ・ビルケランドさんが船長をつとめる漁船、タールボール号をはじめ多くの漁船から水揚げされるサバやニシンなどを加工・出荷しており、もちろんMSC認証も取得済だ。ノルウェーの水産資源管理について、また実際の漁師の暮らしなど、お二人に話を聞いた。
水産加工会社 ペラーギア社 リーアヴァーグ工場長
ルーネ・ホッデリークさん
── ノルウェーでは、水産資源はうまく管理されていますね。
そうですね、現在とても上手にコントロールされていると思いますよ。ノルウェーの水産業は好調です。
資源管理の流れを簡単に説明すると、毎年、まずノルウェーをはじめとする北海周辺各国の研究者たちが出したアドバイスをもとに、この地域全域での年間総漁獲量が魚種ごとに決められます。次に、国際交渉で各国毎の漁獲量が決まります。
ノルウェーではその数値をもとに、政府が各漁船に対し、獲ってもいい量を個別割り当てとして配分するんです。
── この船に割り当てられた量は、どのくらいですか?
タールボール号に配分されたサバの個別割り当て量は、2000トン。これは、現在の技術と装備を持つ船なら、たった数日の漁で獲りきってしまえる量なんです。
それでも漁師たちの収入がじゅうぶん高いのは、皆コンディションのいい魚を獲って、高い付加価値をつけて売ろうと工夫するからです。今では、魚群が1年を通じてどう移動していくか、時期や場所ごとに魚がどんな状態にあるのかは完璧に予測できるので、漁師たちは魚がいい状態の時を狙って船を出していますね。
── 日本近海からは大型のサバが消えて、資源の枯渇が心配されています。何かアドバイスはありますか?
できるだけ早く、科学的なデータに基づいた資源管理システムを導入することです。まあ、ノルウェーでも漁師と科学者の間には毎年、漁獲枠設定の前にバトルがありますけど…「そんなデータはインチキだ。魚はたくさんいるからもっと獲っても大丈夫」「いやそんなにたくさんはいない。多く獲っちゃいけない」ってね(笑)。
でも私たちは過去に何度か危機に直面し、それを資源管理で乗り越えた経験があるので、漁師も皆、細かい数字には不満があっても規制自体には賛成なんです。
日本はノルウェーと違って魚種が多いから難しいだろうかって? 魚種ごとに順次導入していけば問題ないんじゃないかと思いますが、、、資源管理には、漁獲規制しかないと思いますね。
漁業会社 ブロードレネ・ビルケランド社タールボール号 船長
アルネ・ビルケランドさん
── 船内をご案内くださってありがとうございました。豪華な内装はもちろん、最新鋭の漁業機器に驚きました。
この船では、サバを巻き網で引き込んでからポンプで大型タンクに吸い上げ、すぐにマイナス1.5℃の海水で冷やしています。サバを傷つけず、最高の状態で工場まで運ぶことが最重要。クオリティが高くMSC 認証がある魚なら、国際相場でフェアな価格で入札されますから。ただそれももちろん、最初にいいサバが獲れてこその話です。
10月はサバに脂がのる時期ですが、それでもムダに漁に出て船の燃料を使いたくないので、必ず直前にサバの状態を調べてから出航します。昨日、目指す漁場でサンプル用のサバを捕え、脂肪量を計ったんですが、予想通り成魚は十分大きく太っていました。日本と韓国のマーケット向けのサバとしてちょうどいいコンディションだったので、漁を決めたんです。
── ノルウェーの資源管理システムは現在、良好に働いていますが、導入時は漁師からの反対はなかったんですか?
もちろん最初はみんな反対でしたよ。漁獲量を減らすこと、それを他人に決められることはやっぱり怖かったんでしょう。でもそのうち「少しの間全員で我慢すれば、資源は増える」という経験をして、システムの意義を理解するようになってきたんだと思います。
例えばニシンは1970年代までに乱獲して、一時は絶滅寸前でしたが、禁漁措置など厳しい規制で持ち直しました。漁師にとってもっとも重要なのは、毎年安定的に魚が獲れることです。そのためには我慢するところはする、と皆が理解している。実際、ノルウェーの水産業は安定的に成長しています。
── 漁師が、1年の間で働く期間はとても短いと聞きました。
サバとニシンの漁期を合わせて、年間4〜5か月ほどでしょうか。確かにオフ期間は長いのですが、その間に副業をする人の話はあまり聞きませんねぇ(笑) 網や船のメンテナンスをしながら、家族とゆっくり過ごします。漁業期に入ると、平日も週末も関係なく長時間働くことになりますからね。
– INFORMATION –
第二号、好評予約受け付け中!!
「サステナブルな漁業」を知れるだけでなく、おいしい魚がついてくる雑誌『イサリビ』。話題の人気レストランのシェフによるおいしい魚の食べ方も掲載しています。
第二号のイサリビ特集テーマは『マグロ』。最近はテレビでもよく取り上げられるので、ご存知の人も多いかと思いますが、クロマグロが激減しています。激減というか、まさに崖っぷち。絶滅が目前なんです!日本近海の太平洋では、初期資源に対して現在は2.6%しか残っていない(つまり97.4%いなくなった!)という研究データも発表されています。
一方、マグロが一度激減した後に今は増えているエリアがあります。それは大西洋や南インド洋などです。日本のクロマグロ漁の現状は、いったいどういう状態なんだろう。大西洋やインド洋では、何が起きたのかに迫る第二号。
一緒についてくるマグロは、気仙沼の臼福本店さんが、厳しい資源管理のもと漁獲して来られたミナミマグロです。100g前後くらいの赤身の柵の冷凍です!
ご予約はこちらから!!
→http://monosugoi.shop/