最近、「丁寧な暮らし」ということがよく言われます。物を使い捨てるのではなく、自然なものや手づくりのものを大切に使うという生活です。そして、映画『人生フルーツ』の津端夫妻のように、そのような暮らしをはるか以前から続けて来た“先輩”にも注目が集まっています。
4月15日に公開される映画『ターシャ・テューダー 静かな水の物語』の主人公ターシャ・テューダーも1940年代からそのような暮らしを送るようになった大先輩です。2008年に亡くなりましたが、ターシャの姿を追ったNHKのドキュメンタリーが何度も再放送されたり、展覧会が開催されたりもしているので、ご存じの方も多いかもしれません。
今回の映画は、NHKのドキュメンタリーを制作したスタッフが劇場用に映像を再編集し、さらに今の「ターシャの家」を訪れて子どもや、孫、友人たちにインタビューを行った様子をまとめたものです。
ターシャ・テューダーは、絵本作家として活躍し、56歳のときに長年の夢だったバーモント州の山中に18世紀風の農家を建て移り住み、92歳で亡くなるまで自然に寄り添った生活を行ったという人。映画はこのターシャの生い立ちや絵本作家としての活動、そしてその暮らしを丹念に描いた作品です。
今、このターシャ・テューダーの映画を公開することにどのような意味があるのか、NHKのドキュメンタリーの頃からプロデューサーとして制作に携わる鈴木ゆかりさんにお話を聞きました。
1989年テレコムジャパン(現テレコムスタッフ)入社。長い間番組制作に携わる中で、情報番組、紀行番組、スタジオバラエティー番組など沢山のジャンルの番組に参加。「はじめはフツーの主婦でした~料理研究家の幸福のレシピ」、「喜びは創りだすもの~ターシャ・テューダー四季の庭」他ターシャシリーズ全作、「猫のしっぽカエルの手 ベニシアさんの京都・大原手づくり暮らし」(全てNHK)等、「ライフスタイルドキュメント」を一貫して制作している。2013年には映画『ベニシアさんの四季の庭』(菅原和彦監督)をプロデュースし9万人を動員した。
夢を実現する庭
ターシャのドキュメンタリーは「もともと海外のガーデナーを紹介する番組制作がきっかけでスタートした」そうですが、映画を観ると、ターシャさんの本職である絵本にもスポットライトが当てられています。子どもたちや動物が自然の中で楽しく遊ぶ姿を描いたその絵本こそ、ターシャの生き方を表している、そんな思いがそこにはあったようです。
彼女の絵本の世界というのは、彼女にとっての夢の世界だったんです。ずっと昔から持っていた夢を絵本に描き続けて、それを後から自分の力で実現した。そのことに後になって気づいて、映画ではそれを描きたいと思いました。
そして、ターシャがそのような夢を描くようになったのには、育った環境が影響したとも言います。
ターシャの両親は文化人でいわゆるハイクラスの人たちだったんです。ターシャが絵を描くようになったのはその影響なんですが、その一方で、彼女のようなハイソサエティに生まれた人は、その恵まれた世界では飽き足らなくなるということがあって、彼女もそんな環境の中で、逆に自分の手で物をつくるということにあこがれを持つようになったんじゃないかと思うんです。
その手づくりへの夢が絵本に表れ、それを自分の手で実現したのが田舎の家だったというわけです。実際にターシャはさまざまなものを自分でつくりました。映画にも登場しますが、果物でジャムをつくったり、蜜蝋でろうそくをつくったり、孫のプレゼントの人形をつくったり、とにかくなんでも自分でつくるのです。
これがまさしく、今で言う「丁寧な暮らし」に通じる部分なわけですが、なぜターシャは何十年も前にその生活を夢見、それを実行に移したのでしょうか。
自分の世界コントロールする魅力
ターシャは「自分はわがままな人間だ。いろんな便利なものにコントロールされたくない。自分は全部の王様でありたい」って言っていました。(ずっと一緒に番組をつくってきた)松谷監督はそれを「ブラックボックスがないようにしたいんだ」と言ってましたけど、自分の身の回りのことを自分でコントロールできる世界の中で生きたいというのがあったのだと思います。
この自分の身の回りを自分でコントロールしたいという思いは、田舎で自給自足的な暮らしを目指すなど、「丁寧な暮らし」のさらに先を行く人たちの言葉からもたびたび感じられます。便利だけど何がどうなっているのかわからないものではなくて、不便だとしても自分が実感を持って使えるものを使って生活したいという思いです。ターシャはそれを70年以上前からやっていたのです。
アメリカが高度成長期だったあの時代に、自分が着たり食べたりするものが自然にどんな影響を与えるか考えてる人なんてほとんどいませんでした。しかも、それを声高に言うんじゃなくて、私はこのスタイルが好きだからと言って一人でひっそりとやってた。そして、それを20代の頃から70年も続けていたというのは、ものすごい説得力があるし、今の時代にしてみたらすごい強烈なメッセージになると思うんです。
そして、実際にターシャの影響力の強さを感じてもいるといいます。
若い頃にターシャに影響を受けた人たちが、いま60代、70代になって、生活の中にターシャの考えが染み込んでいる。そういうのを少しずつ取材していると、本当に偉大な人だなと思います。
そのようにして、絵本という作品や自分の生活スタイルによって人の生活に影響を与えるターシャを、鈴木さんは「一人メディア」と表現します。絵本や庭によってソースとなる自分の生き方を発信する一人メディア、それがターシャだったのです。
ターシャの生き方を伝えたい理由
今回の映画では、ターシャの「一人メディア」としての功績を、亡くなってから9年が経つ今、改めて伝えようとします。なぜ今、ターシャのことを伝えようとするのか、自らもメディアの一員として仕事をしてきた鈴木さんはそのことをどう考えるのでしょうか。
映像作品をつくる中で、私たちはまだ、一部でもターシャのような暮らしをするのに間に合うかもしれないと思ったんです。自然に寄り添って生きていくためには、人工的なものを、辞める勇気を持つことも含めて将来のために考える、その考えることにまだ間に合うんじゃないかと。
そして、東日本大震災も一つのきっかけになったといいます。
東日本大震災があって、テレビ番組の制作もそれ一色になってしまいました。そんなときに「あ、いまターシャの番組を流してほしいな」と思ったんです。
ターシャの生き方は、自然には寄り添っていくしか無いという「ある種の潔さ」があるという鈴木さん。それは、人間が自然をコントロールすることの難しさを身をもって表現しているということなのかもしれません。
東日本大震災という未曾有の災害によって、多くの人が自分の生活や生き方について考え直しました。そのようなときに、ターシャの暮らしは、色々なことを考える材料になります。
こういう人たちの暮らしを見たら、本当に好きなことは何かとか、本当にしたいこととは何かを考えることにまだ間に合うと思えるんです。
だから20代とかの若い人たちにぜひ観てほしい。こういう世界があるってことを知ってもらえれば、自分の生活を自分でコントロールすることの魅力にも気づいてもらえると思うんです。
今は、社会全体がいわばターシャの子ども時代のハイクラスの社会のようになっています。ものも情報も溢れ、豊かになった一方で、そこに物足りなさを感じてしまう。だからこそ、ターシャの暮らしが今の若い人たちにも響くのではないかと思うのです。
ターシャ自身は社会に何かを訴えようとしているわけではありません。映画を観ても、何か特定のメッセージがそこに込められているとは思えません。しかし、彼女の生活が魅力的に見えるということは、今の社会に足りないものがそこにあるということであり、私たちはそこからメッセージを受け取らなければならないのです。
亡くなって10年近くが経つ今も、多くのファンに愛されるターシャ・テューダーの魅力に触れて、自分の生き方や暮らしについてじっくりと考えてみてはいかがでしょうか。
(編集: スズキコウタ)
– INFORMATION –
2017年 / 日本 / 105分
監督:松谷光絵
企画・プロデュース:鈴木ゆかり
4月15日より角川シネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMA他全国公開
配給:KADOKAWA
© 2017 映画「ターシャ・テューダー」製作委員会
http://tasha-movie.jp