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「無駄な殺生はしたくない。ずっと琵琶湖の漁師でいたいから」。生態系を考えて小売店や消費者と直接つながる、若手漁師中村清作さんの仕事。

水の惑星と言われる地球。しかし、その97.5パーセントは海水で、簡単に飲み水や生活用水として使うことはできません。しかも残り2.5パーセントの淡水のうち、約7割は北極や南極の氷だったり、はたまた汚染された水であったり、これもまた簡単に使用することはできないのです。しかし日本には275億トンもの水量を有する大きな湖があります。それは、琵琶湖です。

日本一の面積を誇る琵琶湖は、周囲を取り囲む山々から流れ出た16の河川が注ぎ込む豊饒の湖。写真は琵琶湖の北西部に位置する、海津の漁港に停泊する中村さんの漁船。

また琵琶湖は世界的にも珍しい古代湖(10万年以上存続している湖)。この湖では、長い時をかけて脈々と進化をとげ、世界中でここにしか生きていない固有種の生物が16種類もいるんです。しかし戦後、これまで湖を浄化していたヨシ地や内湖(琵琶湖の周辺にある水源)を埋め立てたこと、そして水質汚染で生態系のバランスが崩れ、水産資源は減少。人々の湖魚食離れもあり、いまや琵琶湖をめぐる問題は山積しています。

状況はまさに背水の陣。そんななか、四季の移ろいと自然の恵みを魚に載せて、消費者に届けている稀有な琵琶湖の漁師がいます。中村清作さん、若干31歳。その飽くなき挑戦の数々を、ともに紐解いていきましょう。

中村清作(なかむら・せいさく)
滋賀県高島市出身。琵琶湖の漁師。滋賀県漁業協同組合連合青年会会長。祖父の代から続く漁師の家業を20歳で継ぐ。主にさしあみ漁でフナ、ナマズ、ニゴイ、アユなどを扱う。漁師として日々漁業に勤しむかたわら、琵琶湖の魚のおいしさをもっと広めるため行政にはたらきかけ、子どもたちへの郷土食文化普及活動や若手漁師育成のアドバイスをするなど、湖上でも陸の上でも日々東奔西走している。

湖に生かされる謙虚な暮らし方

滋賀県の人は、そのあまりの広さから琵琶湖を「うみ」と呼びます。南北に約60キロ、滋賀県の約6分の1の面積を占める湖は、まさに海そのもの。決して過言ではないのです。中村さんは特に琵琶湖と関わりが深い地域に生まれました。なんと家の裏を数歩歩けばもう湖が広がっているのです。

僕らは琵琶湖を「海(うみ)」と呼んで、みなさんが言う海を「そとうみ」って呼んでます。ほかにも「沖に出る」ことを「奥に出る」と言いますね。これって、琵琶湖は裏庭の感覚なんでしょうか。

朝な夕な湖を見て育った中村さん。当たり前のように、夏になればそこで泳ぎ、湖魚を食べて育ちました。いわば琵琶湖は母なる存在。高校卒業後に工場勤めをしていたものの「蛍光灯の下で働くのはおもしろくない。このまま人生終わりたくない」と父親の手伝いをはじめて、漁師の道に入りました。

消えていく地域の味。だったら僕が伝えよう

滋賀県は海がないことから、湖の魚を食べる事が当たり前でした。また淡水魚の代表格のアユは、そのまま出荷するだけではなく、全国の河川へ放流する種苗としても全国に出荷されています。

湖魚も豊富、農業用水や生活用水も豊富。人々の暮らしと現在の滋賀県の発展は、この湖なくしては成立しなかったでしょう。しかし滋賀県に住む全員が琵琶湖の存在を身近に感じているとは限りません。

滋賀県は京都、大阪、名古屋にも近い立地から高度経済成長期以降は人口増加がいちじるしく、特に県の南部(湖南と呼ばれる)は、ベットタウン化され、琵琶湖にそんなに愛着がない人もいます。

加えてモータリゼーションが加速し、物流が変わったことは滋賀の食文化に大きく影響を与えました。

滋賀県は海がないから、目の前の琵琶湖でとれた魚を食べることが当たり前。そんな食文化に我々漁師は依存してきた部分があります。しかし、いまや日本人全体に魚食離れは進んでいますし、琵琶湖も例外なく同じ状況下にあります。

さらに、地球の反対側の魚も安く手に入るようになりましたし、肉食文化も広まって湖魚離れは進んでいます。こちらがおいしいと思っていても、売れない魚は問屋や仲買から買ってもらえない。

琵琶湖にしか生息しないイワトコナマズ。これからお客さんに届けにいくところです。

「本当においしいけど、湖魚はとてもデリケートで漁獲後の鮮度落ちが海の魚と比べると早い。だから本当においしく食べられるタイミングは限られる」と中村さんは言います。だから湖魚は滋賀県内や京都など、一部の地域でしか食べる食文化がないのです。

ハマチ、甘エビ、タイが並んでいて、その横にフナがただ置かれていても買わないでしょ?(笑) でもね「いまの時期のフナは“寒ブナ”って言って、身がコリコリで刺身で食べたらおいしいよ!」。そんなコミュニケーションしてくれる魚屋のおっちゃんがいたら売れると思う。

でもスーパーで切り身のパックになっていて、値段と魚の名前しか書いてない状態だったら、買い手は知っている魚しか買わないんですよ。
美味しい魚が並んでいても美味しいかどうか分からないから買わないって本当にもったいない!

だったら、自らそのおいしさを伝えようと、中村さんは4年前から年に1回のペースで「琵琶湖の魚を食べる会」を開催しています。これまで京都、兵庫、滋賀県のさまざまな場所で、あらゆる趣向をこらして開催してきました。

今年は同時多発的に大阪市内の13店舗の飲食店に琵琶湖の魚を直接卸して、その日訪れたお客さんに今日のオススメとして提供する、ちょっとサプライズな会を飲食店の協力のもと開きました。

このイベントを行う前に、湖魚を扱ったことがないお店にサンプルで魚を持って行ったんです。その日の朝とれた魚を軽トラに積んだ水槽に入れて、大阪まで泳がせたまま運びました。そして一度味を確認してもらってから「イベントやりますか?」って聞いたら、ほぼ全店がやると言ってくれました。

中村さんはイベントの夜「せめてものお礼」に、と会を開催してくれたお店をはしごして、一般のお客さんと琵琶湖の魚について熱く語りあったのだそう。

世に出てない魚を食べてもらって、知らないお客さんからおいしいと言ってもらえる。このしてやったり感が最高に楽しいんですよ(笑)

ダメ出しされたから、新しい道が開けた

水を得た魚のように生き生きと楽しそうに話す中村さんですが、今回のイベントでは苦い経験も積みました。中村さんが「最上級だ」と思って持って行った魚について、あるお店にダメ出しをされたそうです。

僕はとれたての琵琶湖の魚を泳がせたまま運び、生きたまま届けたことが最上級だと思ってたんです。でもあるお店に持って行ったら「これ“神経締め”じゃないから、なんぼ生きたまま持ってきてもらってもお客さんの口に入るタイミングで最高じゃない」って言われたんです。それがただ悔しくて、帰り道で釣具屋に寄って「“神経締め”の道具ください」って。

魚の締め方に“野締め(漁獲後に特に処理をせず自然死させる)”“氷締め(氷の中で冷やしながら締める)”“活け締め(エラから脊髄を切り、血抜きする)”などがあります。

中村さんいわく「魚にストレスをかけないほど、おいしく食べられる」のですが、“神経締め”はその最上に位置するもの。まず魚の脳を潰してからエラの所に包丁を入れて血抜きをし、その後脊髄にワイヤーを通して神経を壊すことで、死後硬直を遅らせる=鮮度を保つことができるのです。

中村さんは練習して“神経締め”を覚えました。そのことによって、これまでより長い時間、新鮮な状態で魚を食べてもらえるようになり、宅急便で届けた飲食店から湖魚に対する評価が上がりました。

「これが最上級」と思っていたのは単なる自分の勝手な考えでしかなくて、「これじゃダメ」って直接面と向かって言われたから「なにくそ!」って次のステージにいけたんです。

一般に魚の流通は、漁獲してから漁協に卸すか、仲買いが買いつけることが多いもの。エンドユーザーと直接つながる漁師さんは、そう多くはありません。ましてや漁師は魚を獲るだけで朝も夜もなく、働きづめ。それなのに魚を締める手間を惜しまないのは、どうしてでしょう?

中村さんのホームページ。魚はとれたタイミングで発送してもらえます。中村水産

これまでの漁業は、たくさん魚をとって、安くてもいいから買ってくれというスタイルでした。でも、そのままだと資源を守れないんですよ。いま日本中で水産資源が減ってるんです。琵琶湖なんて海に比べたら小さいから、もっとしっかり管理しなかったら、すぐ魚は減っていってしまう。だから僕は琵琶湖の魚の価値を理解してくれるところに買ってもらいたい。

たとえば、1kgあたり1000円の魚を10kg売ると1万円です。でも、ちゃんと処理することで1kgあたり2000円で売れるなら捕まえてくる魚は半分の5kgで同じ1万円になる。もらえるお金は同じやけど、琵琶湖の資源を余分にとらなくてすむじゃないですか。

今琵琶湖のことをしっかり考えてあげないと次の世代に豊かな琵琶湖が残せない。小さいようで大きな琵琶湖は、大きいようで小さい琵琶湖。今何かアクションを起こしてもすぐには変わらないけど、10年後50年後100年後1000年後の琵琶湖を思い描いて、それに向けて今から小さなアクションを起こす・起こし続けることがとても大切やと思うんです。

琵琶湖の魚が日本一に輝く

中村さんが願うことはもうひとつあります。それは、「湖魚を食べることが、もう一度当たり前になること」。2016年11月、中村さんは滋賀県内の仲間を誘って、東京で開催された全国漁連が主催する「第4回Fish-1グランプリ」の「プライドフィッシュ料理コンテスト」に参加しました。

「プライドフィッシュ」とは、全国の漁師が自信を持ってお勧めする魚のこと。中村さんたちは「滋賀県漁業協同組合連合青年会」としてビワマスを使った「天然ビワマスの親子丼」を発表しました。ビワマスは琵琶湖にしか生息しない鮭の仲間で、食通にはトロよりうまいと言わしめるほどの味。

このイベントは書類審査に通過した6つの料理を来場者が食べ比べし、一般投票で結果が決まるシステム。中村さんは日本全国から60以上応募があった中から、なんとグランプリを勝ち取ったのです。当日はなんとビワマス丼を1,000人分も用意したのだとか…。このイベントに注ぐ情熱は計り知れません。一体何が中村さんをそこまで駆り立てるのでしょう?

説明書きには「産卵期に秋雨とともに河川へ遡上するビワマスは(略)古来地元でこよなく愛されてきました」とあります。自然の中で生きる漁師の姿がここに滲み出ています。

淡水魚ってメジャーじゃない。なんか卑下されてる気がして悔しくて、僕と3人の発起人を集めて「日本の中心東京で一発かましてやろう。琵琶湖の魚で日本一取ってやろう!」っていきなり居酒屋のテーブルにFish-1グランプリの概要を置いたんです(笑)

中には初対面の人もいたので、みんなに「いきなり!?(笑)」って言われたんですけど、何故か皆自信が有ったんです。即答で「ええやんけ、東京で一発やってやろう」と決まりました。

ちなみに中村さんはビワマス漁をしておらず、ビワマスが有名になっても稼業の儲けになるわけではありません。しかし、「淡水魚は美味しくない」といった芳しくないイメージを払拭させたい気持ちが、魚と真剣に向き合う漁師だからこそ強いのでしょう。

おいしいかどうかは、食べてみないとわからない

こうした消費者への啓発活動を続ける一方で、湖魚を食べるきっかけづくりの取り組みも行っています。

その名も「漁師と一緒に琵琶湖の恵みを食べようプロジェクト」。これは教育機関に出向き、子どもたちや保護者、また学校給食に携わる栄養士などに対して琵琶湖の魚の食べ方やさばき方を教える出前授業を行う取り組みです。

はじめは中村さんらが自主的に出張事業をする形ではじまりましたが、3年前からは滋賀県によって事業化され、現在では年間30〜40回ほど出前授業が行われているそうです。

日本人の魚の消費量が落ち込む中、その下落に歯止めをかけようとする「ファストフィッシュ」(魚をもっと手軽に継続的に食べられる加工品やメニューに与えられる称号)という水産庁の取り組みもあります。しかし中村さんの活動は単純に魚の消費者を増やすのではなく、本当の魚のファンを増やす取り組み。

中村さんが切り方を見せた後は、子どもたちが一人ひとり包丁やキッチンばさみを使って魚をさばいていく、という主婦も必見のレクチャー内容。

魚を1匹まるまる買ってきて、半分は刺身にして半分は煮付けにしようとか、魚っていろんな食べ方があるから楽しいんですよ。ただ骨を抜いて食べやすくした加工品を売っても、その場しのぎにしかならない。さばき方を1度体験してみれば、自分でもできるんだって気づく。魚のおいしさがわかれば、大人になってもその経験や記憶は必ず頭のどこかに残っていると思うから体験してほしいんです。

消費者に食文化を伝える中村さんですが、実はもうひとつ切実な悩みがあります。それは同じ世代の漁師が少ないこと。滋賀県の漁業従事者は50代以上が70パーセントを越すという高齢化。20代の漁師は数人しかいません。

これは日本全国に共通した問題であることから、水産庁は「漁業担い手確保・育成対策事業」を立ち上げています。この制度は漁業現場で研修を行ったり、新規参入者と漁業協同組合とのマッチングの支援をしてくれますが、「試しにやってみたけど、やっぱりやめたい」となった場合、助成金を返金しないといけないそう。

廃業する漁師さんから船をゆずってもらい、しじみ漁もはじめました。

「これでは、ハードルが高すぎる」と思った中村さんは滋賀県水産課に「これからも琵琶湖の漁業を守っていくためには若手がもっと必要だ」とお願いして「漁業担い手確保・育成対策事業」が立ち上がりました。経験がゼロから始めても漁業に就業できるように研修があったり、ビジネスプランの事業化の支援や事業費のサポートもあったりするこの事業。平成28年度からスタートして、早くも8人の応募があったのだそうです。

いまはご覧の通り港が閑散としていますが、沖から帰ってきたら「今日どうやった?」とか、「飯くいに行こうかー」とかそんな会話したいんですよね。

人材育成も視野に入れた中村さんの活動はすべて時間も手間もかかることばかり。誰に指示されるでもなく動いてしまう原動力はなんなのでしょうか?

「楽しい」これだけ。琵琶湖の魚がおいしくないのにそれを無理に広めるんやったらしんどいけど、実はめっちゃおいしいのに世間で知られていない。それを広めるのがただ楽しいんです。あと、周囲の方が本当に応援してくれていて、とても力をもらっています。一人では何もできないと、本当にそう思います。

取材の日は、数日前から降り積もった残雪が山の頂きで白く輝いていました。「雪の夜は親父と交代で、寝ずに雪かきするんですよ」と中村さんは言いました。嘆くでもなく、怒るでもなく、それが当たり前だからそうするんだというふうに。

こんなに日々頑張る中村さんに、私は「頑張って」と言う言葉はでてきませんでした。そうではなくて、中村さんがとってくれた魚を食べたいなと思ったのです。中村さんに共感した読者の方も、ぜひ一度味わってみてほしいです。その瞬間、日本一の湖とあなたがきっとつながるはずです。

特集「マイプロSHOWCASE関西編」は、「関西をもっと元気に!」をテーマに、関西を拠点に活躍するソーシャルデザインの担い手を紹介していく、大阪ガスとの共同企画です。