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音楽の力で平和のビジョンをつくる。作家・寺井暁子さんに聞く、美しいハーモニーで社会をつなぐ「The Nile Project」の魅力とは

ライブ会場や音楽フェス、あるいはカフェで流れる1曲をきっかけに、見知らぬ誰かとも仲良くなる。音楽にはどこか、人との距離をぐっと近づけるふしぎなパワーがあります。

そんな音楽のパワーを使って、アフリカにおける多文化共生のムーブメントを盛りあげているのが、今回ご紹介する「The Nile Project」です。

ナイル川を水源とする北東アフリカ地域には、エジプト、エチオピア、ケニア、ルワンダなど11カ国の人々が暮らしています。近年、水資源をめぐる国家間の対立が表面化し、特に2016年完成予定のエチオピアの「グランド・ルネッサンス・ダム」計画にエジプトが激しく反発するなど、各国間の緊張が続いています。

そこで「The Nile Project」では、ナイル流域諸国の伝統文化をひとつに融合した「あたらしい音楽」の発信を通じて、国家間での対話を促す活動に取り組んでいるのです。

「え、あたらしい音楽ってどんなもの?」と思った方、まずはこの音楽をぜひ聴いてみてください!

「The Nile Project」は、多文化共生のプラットフォームをつくることによって、ナイル川流域の水資源問題に平和的な解決のビジョンを提示する非営利の活動です。エジプト人の民族音楽学者であるミナ・ギルギスさんと、エチオピアの血をひくアメリカ人の歌手メクリット・ハデロさんの2人によって始められました。

音楽のほかにも、対話、教育のテーマを扱う啓発プログラムを実施しています。

寺井さん 「The Nile Project」のユニークさは「社会がつながる音楽」を制作するところです。誰もが違いを超えて「美しさ」を感じる音楽。それは政治的なメッセージを持つ音楽とは、ちょっと違うんですよね。

そう話すのは、「The Nile Project」のコンセプトに魅了され、プロジェクトの取材を重ねてきたノンフィクション作家の寺井暁子さん。日本から自費で何度も現地に足を運びながら、そのストーリーを綴った作品『ナイル・ナイル・ナイル(仮題)』が、英治出版社より刊行される予定です。

今回は本の発刊に先駆けて、寺井さんに「The Nile Project」が目指す音楽と社会の関わり方、書き手として大切にしているテーマ「自分を生きること」について聞きました。

寺井暁子(てらい・あきこ)
ノンフィクション作家。1982年東京生まれ。2012年『10年後、ともに会いに』(クルミド出版)でデビュー。世界の若者たちが自分の人生と社会に向き合うプロセスを独自の視点で記録し、人のありかたの多様性を伝えている。

少し先の未来のために準備をした「夢物語」

『ナイル・ナイル・ナイル(仮題)』は、「The Nile Project」に関わる若者たちの「心の揺らぎ」を描いた、ノンフィクションです。今まで触れたことのなかった他者や社会と交わる瞬間にかいま見える、メンバーのさまざまな葛藤が寺井さんの視点から 群像小説のように語られます。それは同時に、寺井さん自身の変化の記録でもありました。

物語は、2012年1月にカイロで、「The Nile Project」を立ち上げた民族音楽学者のミナ・ギルギスさんと寺井さんが出会う場面から始まります。当時、中東では、「アラブの春」と呼ばれる大規模な反政府デモが活発に行なわれていました。

エジプトはムバラク大統領の政権が崩壊し1年が経っていましたが、多くの人は目の前の緊迫した国内の情勢に、いまだ心を奪われている状況。そんな時期にあってミナさんは、「これからのエジプトは周辺国、とくに水資源を共有しているアフリカ諸国と共存していくことが重要」と考え、動き出そうとしていたのです。


アラブの春とは、2010年から2012年にかけて中東諸国で起きた大規模な反政府デモの総称です。エジプトでは、2011年1月25日以降、エジプト革命と呼ばれる国内で反政府デモが発生。首都カイロをはじめ,全国各地でデモに参加する市民の数が増え続け、同年2月11日、ムバラク大統領が国軍最高会議に権限を委譲し30年に及ぶ長期政権が崩壊しました。

寺井さん ミナはそのことを「少し先の未来を準備する」と表現したんです。

(本文より抜粋)
なにがそんなに響いたのか、これだと思ってしまった。
「ナイル流域の音楽家たちを集めて、演奏しながら川下りをするんだ」
最初に出会ったときにミナが語った夢物語が、頭から離れなかった。
 
あのとき私たちはカイロの街で、カフェのテラステーブルを囲んでいた。アラブの春が起きて1年。私は「革命を機に自分たちでこの社会を変える」と意気込んだエジプトの若者たちが1年経ってどこに居るのかを追う取材の途中だった。

その夜、様々な活動をしている若者たちが近況報告をし合う場に呼んでもらい、そこで出会った人たちと遅い夕飯を食べに出た。そのときに隣でぷかぷかと水煙草を吹かしていたのがミナだった。

「舟をつくって、アフリカのミュージシャンたちに乗ってもらって、ナイル川を下りながら演奏していく。環境の専門家とか、地元の起業家とかにも集まってもらって、これからのナイルについて話し合うんだ」

話のスケールとアイデアに圧倒されながらも、ミナさんの話に惹かれた寺井さんは、「実現するところを見てみたい」とその場で取材を申し入れます。

寺井さん 音楽で対立を解消するなんて耳障りの良い夢物語に聞こえがちですが、ミナの話を聞いたとき、「言葉や文化が違っていても、音楽を通じて人は仲良くなれる」体験をした高校時代の留学先での思い出が、ぱっとよみがえりました。まるで夢と現実との境にいるような気分でした。

ふたりの出会いから数年、その夢のような話は少しずつ現実となっていました。2013年には、ナイル川流域出身のミュージシャンが集まり、エジプトで初めてのコンサートを実現。翌年には、たくさんの楽曲を携えて、ナイル流域5カ国を巡るアフリカツアーも開催されました。

2015年にはニューヨークでの音楽祭を皮切りに、全米20校以上の大学やアブダビの大学でもワークショップやコンサートを行い、2016年の初めにはイギリスの音楽祭に招かれるなど、アフリカを超えて、世界中から高い関心が寄せられるまでになっていたのです。


2014年2月、ウガンダの首都カンパラで行なわれたコンサート。ウガンダにはナイル川の源泉のひとつと言われるビクトリア湖があり、ナイルの源と呼ばれる地点がある。国籍の違う6名の歌手が北東アフリカの様々な言語を使ってアフリカの明るい未来をのびやかに歌います。


「The Nile Project」を立ち上げたミナ・ギルギスさん(写真右)。コンサートと併行してナイル流域の生態系をテーマに開かれた対話の場を開催し、流域諸国がお互いの理解を深めるきっかけづくりもしています。

音楽は「世界の美しさ」を呼び起こすリマインダー

これまでもジョン・レノンの「Imagine」や、マイケル・ジャクソンの「We are the world」のように、ミュージシャンが音楽を通じて世界にメッセージを発信した例はたくさんありました。

その一方で、エジプトのような複雑な政治環境の中で、特定のメッセージを発信するにはリスクが伴うこともあります。ミュージシャンと社会の関わり方について「The Nile Project」はどう考えているのでしょうか?

寺井さん 自分と異なる感覚や意見を持つ聴き手とのつながりを絶ってしまわないよう気を配って作詞や作曲はしていると思います。社会においてミュージシャンに役割があるとするなら、「みんなに聴く耳を持ってもらう」ことだと、エチオピアから参加したサックス奏者に教わりました。

聴いてもらうことさえできれば対立していたり、自分には関係ないと思っていたりする地域にも「こんな美しいものがあるんだ」と思い出してもらえる。そこから相手への想像力が広がっていく。音楽はその”リマインダー”装置なんです。

「The Nile Project」の目的は、誰もが違いを超えて「美しさ」を感じる音楽を生みだすこと。そしてコンサートを通じて聴き手と共有すること。「音楽は言語を超えて人の距離を近づけるツールであり、「美しさ」は異文化をつなぐ共通の価値観」だと寺井さんは続けます。じゃあ美しい音楽って、どうやったら生まれるんでしょう?

寺井さん 「相手の音に聴く耳を持つこと」。ナイル地域は、これまで流域国の交流が少なかったことを象徴するかのように、それぞれの国や地域によって伝統的とされるリズムや音階が違うんです。その中で相手の音をよく聴いて、お互いの音を響き合わせる。自分がどう相手の音に美しい音を合わせられるかを考える。

音楽に限らず、日常生活で人と交わすコミュニケーションも本質は同じですよね。批判や論破をする為に聞くのではなくまずは耳を傾ける。「聴く」ってシンプルだけど、繊細でなかなか難しい。

楽曲を聴けば、ミュージシャンたちがお互いの文化を尊重している痕跡を見つけることができます。それは彼らがときに理解しがたい価値観や表現の相違、分かり合えない感覚をお互いに味わいながらも、根気よく他者と関わる鍛錬を重ねて生まれた表現です。

相手をよく聴き、自分と響き合う音を探すこと。その美しい音色を他の人にも聴いてもらうこと。「音楽は世界を変えるのか?」とはよく議論されるテーマですが、音楽が直接世界を変えることがなくても、聴く人の心に「美しさ」を呼び起こせるのなら、自分というちいさな世界を変える力にはなるはずです。


ナイルプロジェクトに参加するのはそれぞれの国で活躍する20代半ばから30代のミュージシャン達だ。プロジェクトのメンバーであるエチオピアのサックス奏者ジョルガ(写真手前)は、エチオジャズの生みの親、ムラト・アスタトゥケ(写真奥)と一緒に演奏する実力者。家族を養うことと音楽を追求することの厳しさに向き合いながら、日々音を奏でている。

誰かの人生が自分を映す鏡になる

さまざまな葛藤と、それを乗り越える響きあいが生まれる「The Nile Project」において、寺井さんの仕事は、「世界中の若者が揺らぎながらも、自分の道を選択していくプロセス」を記録していくこと。

そもそもこのテーマとの出会いは、ミナさんとの出会いからさらに遡ること1年、世界旅行の途中で、偶然カイロに立ち寄った時のことでした。寺井さんはデビュー作『10年後、ともに会いに』(クルミド出版)の取材のため、留学時代の友人を訪ねる旅をしていたのです。

カイロではムバラク政権が崩壊したばかりで、同世代の若者たちが「次の未来をつくるんだ」と盛りあがっていました。しかし一方で、誰もが自分の人生に葛藤を抱えて生きている様子を寺井さんは感じていたそう。

実際、寺井さんは、大学院に行きたいけれどデモの活動を離れられない人や、研究に集中したいけれど家族が逮捕されてしまった人との出会いを経験しました。

寺井さん それでもみんな、自分の人生となんとか折り合いをつけながら、社会と根気よく向き合っていました。その姿を見て「社会をつくっていく時には、自分にも責任がある」という事実を突きつけられたんです。もう、からだ全体がぐらつくような感じでした。


エジプト革命のデモに参加している若者たち

エジプト革命が起きた1ヶ月後の2011年3月11日。日本では東日本大震災が起きました。あの頃、同じように自分の人生と社会の間で悩んだ人も多かったのではないでしょうか。

震災によって先の見えない変化に向き合わざるを得なくなった日本の状況が、寺井さんにはエジプトと重なって見えたそうです。

寺井さん 震災が起きたとき、日本の若者たちも「あたらしい未来をつくらなくちゃ」と盛りあがりました。

一方で主体的に社会と関わろうとする人にアレルギーを感じる雰囲気があったり、私自身も含めて、違和感を感じたりおかしいなと思ったりしても、今あるルールについ合わせてしまったり。でも実はそれって、自分の声をないがしろにしているんですね。

震災を機に、寺井さんはエジプトで革命後の社会をつくろうとする若者達を、自分を映す鏡のように彼らを感じていたそうです。結局一週間で出る予定だったエジプトに4ヶ月も滞在することに。

寺井さん カイロで出会った若者たちの姿に触れた時に、私も自分の声に耳を傾けながら人生を生きていかなければと襟を正しました。自分の声も聞けないのに、他人の声に耳をすますなんてできないですよね。

人生の選択って、本人にしかわからない複雑な事情が絡み合っている場合が多いですよね。だからどんな選択でも、その人自身がきちんと悩んで決めたのなら、それがよき自分の人生になる。正解はなくてぜんぶ美しい。


寺井暁子著『10年後、ともに会いに』(クルミド出版2012年10月1日発行・408ページ 2,700円(税込))17歳のときに自分と交わした約束を果たすため、27歳の私は友を訪ねて世界へ旅に出る。寺井さんのデビュー作品。以前グリーンズの記事、ケーキやコーヒーのように、丁寧に本をつくる。カフェから誕生したブックレーベル「クルミド出版」でも紹介しました。

エジプトの若者たちと多くの時間をともに過ごすうちに、彼らの抱えるさまざまな葛藤を自分のことばで記録したいと思うようになった寺井さん。それは、ストーリーを紡ぎ、伝えるという書き手の可能性に気付いた瞬間でもありました。

寺井さん もしも私が書き手として社会に役割があるとすれば、世界のどこかで誰かが生きる姿の「美しさ」を記録して伝えることだと思っています。私が書いた作品が読んでくれた誰かの人生を映す鏡になれたらうれしい。ことばを通じて人と人の「美しさ」を響き合わせたいです。

寺井さんは、「The Nile Project」の活動を通じて、異なる価値観を持つ人たちの間で生まれた葛藤や決断を、他者との関わり方を示すひとつのモデルとして読み手に提示したいと思っています。人類共通の「美しさ」を表現する目的の下で行なわれた個人の選択のひとつひとつに、新しい未来をつくるという強い意志と、生のパワフルさを感じているからです。

そんな寺井さんのまなざしを通して描かれる『ナイル・ナイル・ナイル(仮題)』。悩みゆらぎながら自分の人生を獲得していく世界の若者たちの姿は、いったい私たちの心にどう映るのでしょうか。そして現在進行形で紡がれている「The Nile Project」の物語が、どんな未来に私たちを導いてくれるのでしょうか。みなさんぜひ、手に取ってみてくださいね。


「The Nile Project」のメンバーと寺井さん。

こちらの記事は、greenz peopleのみなさんからいただいた寄付を原資に作成しました。