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ぶどう畑はジャングルよりも面白い。400年間無農薬のぶどうをつくり続けてきたシャトーの若きオーナーが考えていること。

みなさんは普段飲んでいるワインがどのような畑でつくられているかにこだわりがありますか? 最近はブドウを育てるのに農薬を使用しないオーガニックワインも増えてきましたね。

今回お届けするのは、フランスのワインの聖地、サン・テミリオンにある「シャトー・クーテッド」のお話です。ここは400年の間、一切の農薬を使わずにブドウを育ててきた知る人ぞ知るシャトー(フランスでいうワイナリーのこと)。14代目の若きオーナーのアドリアン・ダヴィッド・ボリウさんと畑を散策しながら、彼らがオーガニックワインをつくり続けてきた背景について、じっくりとお話を聞いてきました。


農薬を使わないのは野鳥への愛

ボルドーの市内から車で1時間。世界遺産の街にも指定されているサン・テミリオンの外れにある「シャトー・クーテッド」は、17世紀から代々同じ家族が運営しています。400年間一切農薬を使わずにブドウを育ててきたという希有な存在のシャトーです。

シャトー・クーテッドの看板。「1784年より」とありますが、実は家族の歴史はそれよりも更に100年ほど遡るそうです

シャトー・クーテッドの看板。「1784年より」とありますが、実は家族の歴史はそれよりも更に100年ほど遡るそうです


実はフランスでも農薬を使用することが当たり前の時代がありました。元々ワインと農薬の歴史には深いつながりがあります。

病害に弱く生産の安定しないブドウをいかにして守るかは、ワインの一大生産地であるフランス、特にボルドー地方にとっては重要な課題でした。第二次世界大戦が終わった直後には、政府が農薬を使って農作物の質をあげることを推奨していた時期もあります。

農薬を使わなかったのは僕の曾祖父と祖父が鳥類学者だったことが大きいと思います。鳥の害になるものは使いたくなかったのでしょう。

私たちを迎えてくれた14代目の当主アドリアンさんはそう語ります。そういう彼も野鳥愛好家。

ボルドー地方のシャトー訪問は、ブドウ畑を見て、醸造設備などを見学し、蔵を見て、ワインを試飲するという流れが一般的ですが、彼が真っ先に案内してくれた場所は何故かワイン畑の側を流れる川。そこに住み着いているアヒルの赤ちゃんが今朝、羽化したばかりなのだそうです。

「いろんな動物が狙っているから、夕方までには安全な場所に移してあげないと」と親のように心配しています。

農地の25%はブドウ以外の動物や植物の住処

シャトー・クーテッドの土地は16ヘクタール。丘の1番上に位置し、南向き、石灰と粘土の比率の違う3種類の土壌を持っていて、最高品質のワインができる土地の条件が揃っています。仮に土地を売れば先の代まで贅沢な暮らしができるそう

シャトー・クーテッドの土地は16ヘクタール。丘の1番上に位置し、南向き、石灰と粘土の比率の違う3種類の土壌を持っていて、最高品質のワインができる土地の条件が揃っています。仮に土地を売れば先の代まで贅沢な暮らしができるそう

シャトー・クーテッドはボルドーの中でも特別な地域にあります。かつて海だった場所に貝殻などが積もったことにより、石灰を多く含む土地はワインづくりに最適。フランスの中でもこの辺り一帯のワイナリーは最高ランクの格付けがされていて、大手のブランドや銀行しか購入できないほど土地が値上がりしているそうです。

実際に昔から畑を持っていた家族のほとんどは、高値で買い取ってくれる話に乗ったり、相続税を払えなかったりしたために土地を手放していったそう。

そんなエリアに農地を持つからには、できるだけたくさんのぶどうを栽培しようと考えがちですが、クーテッドの土地はなんと25%がぶどう以外の植物たちの住処。これも鳥たちにとって暮らしやすい環境を保護したいからだと言います。

科学的な根拠はありませんが、感覚として生物多様性のある土地のほうが美味しいブドウが育つと思っています。この土地に暮らしている多種類の鳥がもしかしたらブドウにとって害のある虫を食べてくれているかもしれない。それにこの土地は貴重な植物の宝庫なんです。

アドリアンさんは、ローマ時代にこの地域一体に生息していたと言われるチューリップ(現在はこの敷地内にしか残っていないそう)やグラジオラス、12種類もある蘭、桃やアプリコットの木があることを熱心に紹介してくれます。ワイナリーガイドはなかなかブドウの木まで辿り着きません。

「敷地内の洞窟に溜まっていた土を搔き出したら、古い井戸が出てきたんだ!」ワインづくりだけでなく、土地の歴史を“発掘”することにも熱心に取り組んでいます

「敷地内の洞窟に溜まっていた土を搔き出したら、古い井戸が出てきたんだ!」ワインづくりだけでなく、土地の歴史を“発掘”することにも熱心に取り組んでいます

ワイン畑はジャングルより面白い

鳥や植物について熱心に案内してくれるアドリアンさん。子どものころは、ジャングルに生息する動植物の研究家になりたかったそう。生物学と地質学を学び、世界中のジャングルに出かけていたと言います。

一方でおじさんが経営していたこのシャトーにも小さい頃から度々遊びに来ていました。8歳の頃からトラクターに乗って農作業を手伝っていたという逸話も。元々はシャトーを継ぐつもりはなく、大学の学費を払うために収穫期などにワインづくりを手伝っていましたが、次第にブドウ畑の魅力に惹かれ、農業工学を学んでから、14代目の経営者になりました。

先祖代々伝わってきたというこの土地にはローマへの道標が立ち、昔の馬車の車輪跡が道端の岩の表面に残っていて、まだ発掘されていない遺跡もあるそうです。

何代か前の先祖が従業員と建て、バチカンに認定を受けた敷地内の教会も紹介してくれました。日々ぶどうと向き合いながら土地が語りかける歴史や、自分の先祖のことも発見していくこの生活を、自分らしくて気に入っていると言います。

今でも旅は好きですしジャングルは魅力的ですが、ワイン畑はジャングルよりも面白いですよ。

その土地だからこその、「あるがまま」が一番美味しい

畑を耕すのには機械を使っていますが、今後は土への負担を減らす為に馬の力を借りることも考えているそうです。育ったぶどうはひとつひとつ手で収穫しています

畑を耕すのには機械を使っていますが、今後は土への負担を減らす為に馬の力を借りることも考えているそうです。育ったぶどうはひとつひとつ手で収穫しています

ぶどうの木は中世の頃からこの土地に生息しているものを、指し木しながら使っているそう。手で摘み取って選果し、94年前から使っている搾汁機にかけます。

近代的な機械を使えば4時間で済む搾汁作業がこの搾汁機で少しずつ行なうことによって10日間もかかるそうですが、「これでつくるワインが一番美味しいからこれからもずっと使いたい」とアドリアンさんは言います。

2020年に100歳を迎える搾汁機。「これからもずっと使っていきたい」とアドリアンさんは話していました

2020年に100歳を迎える搾汁機。「これからもずっと使っていきたい」とアドリアンさんは話していました

ワインは天然酵母に任せて発酵させ、あるがままの味を出すために、木の匂いがつきづらい古い樽を使って醸成させています。昨今、樽が効いたワインが人気を集めており、香りをつけるために新しい樽を使うシャトーが多い中、シャトー・クーテッドでは新しい樽は全体の1/4しか使わないと決めているそうです。

僕らはぶどうを育てているのであって、樽をつくっているわけではありません。樽の味が強く出ることでぶどうの味が殺されたら本末転倒だと思っています。この土地の空気のなかに生きている酵母の力を借りて、この土に生きてきたぶどうの味を届けたいわけですから。

土地が内包する自然や自分たちの先祖の存在を大切にする生き方は、食卓にも表現されていました。

アドリアンさんがご馳走してくれたランチは、敷地内の畑で取れた果物のジャムがあしらったフォアグラのステーキ。続いてブドウ畑から集めたカベルネ・ソーヴィニオンの枝で火を起こして焼いたという牛のステーキ。

ご先祖が建てたという教会の前で。畑から集めた枝を使って肉を焼いてくれました

ご先祖が建てたという教会の前で。畑から集めた枝を使って肉を焼いてくれました

我々のやっていることはシンプルです。やってくるゲストたちのために毎回一流シェフを呼ぶ余裕はないけれど、僕らの料理もまぁいけると思いませんか?

はい。素材の味が生きていて、とても美味しかったです。ちなみに、料理は蔵から出てきたという年代もののお皿の上に並べられていました。100年以上前のグラスも普通に出てくるから驚きです。

敷地内でとれたイチジクを使っておばあさんがつくったジャムをフォアグラに添えて出してくれました。彼らは敷地内に小さな畑をつくって、自分たち用に20種類くらいの野菜や果物を育てているそうです。

蔵の屋根裏部屋から毎日何かしら面白いものを見つけます。毎日が発掘ですよ。数年前なんて貯蔵部屋の床を掘り返してみたら、18世紀初期のものと思われるワインが出てきたんです。

ボトルキャップは吹きガラスでできていて、中のワインは今でもちゃんと残っています。これは面白いと思って、色々な専門家の力を借りながら当時と同じやり方で復刻版をつくってみました。いま熟成させているところで、来年から販売を始めます。

アドリアンさんが蔵から見つけたラベルのないボトル、吹きガラスのつくりからして18世紀のものと推測されている。

アドリアンさんが蔵から見つけたラベルのないボトル、吹きガラスのつくりからして18世紀のものと推測されている。

ワインもグラスも当時のつくりかたを再現した復刻版をこれから販売する予定

ワインもグラスも当時のつくりかたを再現した復刻版をこれから販売する予定

オーガニックワインづくりを支えているもの

アドリアンさんはオーガニックワインをつくることの難しさについても話してくれました。

実際にボルドーでオーガニックワインをつくるのは大変です。

農薬を使わないということは、その年の天候にぶどうの生産量が大きく左右されるということでもあります。1本1000ドルもするようなワインを先行予約で毎年出すような大手のワイナリーではそのリスクは取れないかもしれない。

新しいシャトーにとっても大きな挑戦です。

オーガニックワインとして認証されるには、少なくとも3年間かかります。その間一切の除草剤や殺虫剤を使うことはできません。実際に2012年と2013年は、2年連続で天候に恵まれず、ぶどうの生産量は大きく落ち込みました。無農薬を試みていた比較的新しいシャトーの多くは倒産に追い込まれてしまったといいます。

僕らはストックしていた出来の良い年のビンテージを販売することで難を乗り切ることができました。僕らがオーガニックを貫けるのは、小規模の生産をしているから、出来たものしか売らないから、それと顔の見える関係の中で生産や販売をしているからだと思います。

シャトー・クーテッドが生産するワインは少ない年で2万本、多い年でも5万本。多くできた年のワインは、悪い年に備えて多めにストックを残します。

強みは顔の見えるお客さんたちがついていること。クーテッドのワインは25%がフランス国内で流通していて、そのうちのおよそ6割は古くからのお客さんや、シャトーを見に訪れた観光客、ワインイベントに参加してくれた人が購入しているそうです。

海外への輸出はおよそ20カ国に渡りますが、これも自分で営業に行くか、ワイナリーに来た人たち、あるいは友人たちの紹介から、販路を開拓しています。アドリアンさんは「顔の見える相手と仕事をすることは自分たちを守ること」とも話していました。

彼らはビジネスパートナーでもありますが、同時に友人でもあります。電話をかけて「やあ、元気?ちょっと相談があるんだけど」と言える間柄であるというのはとても大事なことだと思っています。

また、オーガニックにこだわるためには近隣シャトーが蒔く農薬からもブドウを守らなければなりません。シャトー・クーテッドの周りにも農薬を使用している畑はありますが、従業員とは顔見知りのため、強い風が吹いているなかで彼らが散布をしているとすぐに中断してもらえるよう頼みにいくと言います。ここにも顔の見える関係が生きています。


自分たちらしい新しい挑戦を

叔父から農園を継いだ時、このワイナリーは3人で運営していました。収穫も3人で切り盛りしていて、当然他のことには手が回らない状態でした。僕はそのやり方は変えていきたいと思っていました。

現在は収穫時になると世界中から友人が手伝いにくるそう。旅先で出会った仲間たちや、ワインの仲介人をしている人が収穫を体験してみたいと来ることも。フライトは各自が用意しますが、宿泊用のテントと食事はアドリアンさんが用意し、報酬も払っているそうです。

2週間、毎日朝の8時から8時間働く。簡単な仕事じゃないですよ。もちろん、みんなお金を稼ぎに来るわけです。

収穫の様子を聞くと大変な体力仕事ですが、同時にとても楽しそうです。たとえば毎晩、集まってくれた友人たちの出身国のレシピを教えてもらい、夕飯を振る舞うのだとか。ウズベキスタン料理、カナダ料理、デンマーク料理、カメルーン料理…彼がつくってきた料理の種類を聞くだけでもこのワイン畑が人を介して世界中とつながっていることが伺えます。

50年間放置されていたという蔵は心地よい応接空間に整えられていました。専門家の手を借りる部分もありますが、基本はインターネットで調べてできるだけ自分で直しているといいます。まさにDIY!

50年間放置されていたという蔵は心地よい応接空間に整えられていました。専門家の手を借りる部分もありますが、基本はインターネットで調べてできるだけ自分で直しているといいます。まさにDIY!

他にも土地を多くの人に開くために、50年間全く手つかずの状態だった蔵を、時間を見つけては自分の手で改装しています。

なかなかお金はかけられないですから、できることは自分でやっています。DIY精神です。でも、それが結局はシャトー・クーテッドの精神だと思います。古いものを大切に使って、自分たちで直すということが、伝統を守ることにもつながっていると思います。

蔵は、ワインツーリズムで訪れる人たちを迎えいれたり、自分たちでワインイベントを企画するためのスペースとして機能しており、これができたことで、先述の「顔の見えるお客さん」がまた増えていきそうです。
新しいことに挑戦しているのはアドリアンさんだけではありません。

直接ワイン畑の経営はしていませんが、父は工学が得意で今はワイン農家のためのソーラーロボットを開発しています。ブドウ農家が除草剤を使うのは雑草を取り除くためだけれど、このロボットはひとつひとつの木を痛めつけずぶどうの木と木の間を動いて99%の除草ができる。

最近ヨーロッパの発明コンテストでエアバスとプジョーを抑えて1位をとりました。これもひとつのDIYですよね。

このロボットの開発には投資家もつき、商品化に向けて動いているところで、農家からも多くの問い合わせがあるそうです。除草剤の代わりになるロボットがあれば、オーガニック農家にとっては追い風になります。父と息子、それぞれのやり方で自分たちの土地とブドウ畑を守っているのだと感じました。

お父さんが実験をしているところにちょうど居合わせました。このソーラーロボットは、多くの農家にとって希望なのだそうです

お父さんが実験をしているところにちょうど居合わせました。このソーラーロボットは、多くの農家にとって希望なのだそうです

自分たちのルーツがある土地で共生していくために

オーガニックワインをつくっている。

このようにして、守られてきたシャトー・クーテッド。現在は、世界各地から大勢の人が視察に訪れるそうです。

5、6年前から多くの人たちがオーガニックワインに興味を持つようになって、結果僕たちの畑にやってくる人たちも増えました。それまでは周りの人たちは僕たちがヒッピーだと思っていたようです。土を感じて木をハグしているってね(笑) 最近は風向きが変わったのを感じます。


30年前、僕らは流行ではありませんでした。オーガニックであることが流行になり、僕らのやっていることが流行になりました。でも僕らがオーガニックにこだわるのは流行っているから、ではなくこの土地にいるさまざまな生き物たちと共生したいからです。

たとえば彼らの主要な輸出先でもあるノルウェーでは、オーガニックにはあまり良いイメージがなく、ノルウェーに輸出するボトルにはオーガニックのシールは貼っていません。でもそれはアドリアンさんにとっては大した問題ではないそうです。

大切なことは、ありのままの自分でいることです。有名なブランドになる必要はないし、ワインボトルにダイアモンドを散りばめる必要もない。 必要なのは自分自身であること。 そしてシャトー・クーテッドはありのままの自分たちでいると思うのです。

シャトーでは良心的な価格でワインを売っています。日本で買えるワインも隣接する数々の1級シャトーと比べてずいぶんとフレンドリーな値段です。拡販して値段が跳ね上がることを避け、自分たちの信頼できる仲間を通して流通をさせることで、相続税を抑え、次の世代が土地を継げることが、彼らにとって大事なことなのです

シャトーでは良心的な価格でワインを売っています。日本で買えるワインも隣接する数々の1級シャトーと比べてずいぶんとフレンドリーな値段です。拡販して値段が跳ね上がることを避け、自分たちの信頼できる仲間を通して流通をさせることで、相続税を抑え、次の世代が土地を継げることが、彼らにとって大事なことなのです

シャトー・クーテッドは1本のワインを1000ユーロではなく20ユーロで売っています。できたものをありのままの姿で届ける。

僕らの目的は、この土地を売って大儲けすることでも、高いワインを売って大儲けしながら、その仕組みを支えるために土地を酷使することでもないからです。僕らはこの土地にずっと暮らしたい。そのことが僕らにとって一番大切なのです。

畑を歩いているときも、ご飯をご馳走になっているときも、ずっと辺りでは鳥の声がしていました。

アドリアンさんは50種類くらいの鳥の声を聞き分けて、呼び寄せることができるそうです。訪れた他のシャトーと比べても、とても質素でシンプルな佇まいのシャトーですが、その分、野性味に溢れていて、冒険心をくすぐられる訪問になりました。

流行に左右されるのではなく、あくまで自分たちがこの土地で納得して生きていくために、大切にしたい価値観に沿ってワインづくりをしていく。伝統を守りつつも、自分たちの哲学に沿うものであれば新しい挑戦をしていく。

シャトー・クーテッドのやり方は“オーガニックとはなにか?”を考えるだけでなく、時代を超えるものづくりのヒントにもなりそうです。