素材は、使い古されたトラックの“幌”と、シートベルト。
同じものは二つとない、カラフルで大小さまざまなカタチのバッグ。
「FREITAG(フライターグ)」というそのブランド名に馴染みがなかったとしても、プロダクトを見ればピンとくる方も多いのではないでしょうか。
プロダクトがブランドを語りはじめてしまう。フライターグは、そんな不思議な「なにか」のようです。
1993年に創業し23年。マーカス・フライターグとダニエル・フライターグ、兄弟である二人によってはじまったブランド、フライターグ。
スイス・チューリッヒの、とあるアパートの一室で生まれた小さなプロジェクトは、今では170名の従業員によって年間30万個のプロダクトが生み出され、世界に12の直営店、460もの小売パートナーが存在するまでに成長しています。
フライターグは、そのプロダクトのユニークさで、世界にその名を知られることとなりました。使い古されたトラックの”幌”を変身させ、商品にしてしまうという、「アップサイクル」や「クリエイティブリユース」と呼ばれるものづくりの、いわば先駆けのようなブランドとして生み出してきたそのハイクオリティな商品は、今までの「リサイクル」のイメージを大きく変え、「ファッション」に昇華させたのです。
その傍らにあるのは「We Think and Act in Cycles」という力強いメッセージ。ものが溢れ、使い捨てが蔓延し、ファッションも消費され、働く人までもが消費されていく…そんな世の中に対しての態度表明とも受け取れます。
お店の空間づくり、売り方をはじめ、コミュニケーションの手法やデザインから、ひしひしと感じていたそのアティテュード。今回、 銀座の直営店オープン5周年記念イベント等のために来日したMarkus Freitag(マーカス・フライターグ)さんへのインタビューが実現しました。
聞き手は、自身もフライターグのバックパックを愛用して5年、グリーンズのプロデューサー、小野裕之。今まで日本のメディアには主にファッション文脈で取り上げられて来たフライターグですが、今回はそのビジネス哲学や戦略からブランド黎明期の苦悩、子ども時代のことまで、じっくりとお話を伺いました。
マーカスさんの名刺の裏側には素材や制作過程、兄弟のポートレートなどさまざまな写真が。フライターグ社の遊びごころが垣間見える。
兄弟たった二人ではじめたプロジェクトの現在地
今回の滞在では後半に家族も合流し、東京以外へも訪れたマーカスさん。フライターグ・ジャパンのインスタグラムアカウントには各地の販売店などを巡るその様子が。熊本への訪問は「地震の被害もあったので、自分が行くことで何か力になれば」と実現した。
小野 1993年の創業から23年が経つわけですが、今の会社の規模・拠点数・社員数などを教えてください。
マーカス 今現在、世界中に12店舗の直営店があって、170人の社員がいますが、年間30万個のプロダクトをつくる組織としては小さいと思っています。
というのも、今自分たちがやっていることはものすごく多岐に渡っているんです。
デザインから、働く環境づくり、素材の仕入れ、製造、営業や販売…人数はすごく増えたけれども、まだまだ小さいチームでやっている意識ですね。
小野 元々は兄弟たった二人ではじまったんですよね。その黎明期のストーリーを詳しく伺いたいです。
マーカス 個人的にカバンが必要だったんです。当時は、いいメッセンジャーバッグがなかった。誰かがクリスマスプレゼントにくれるわけでもないしね(笑)、だったら自分たちでつくろう!と。
その頃はまだインターネットもなくて、防水の素材をどこで入手できるのかさえなかなか調べられない。
ただ、ラッキーなことに、住んでいた部屋の目の前の環境がめちゃくちゃ悪くてね(笑) ハイウェイをトラックがビュンビュン走ってて、ものすごくうるさくて。でもそのうるささで、トラックにインスパイアされたんです。
うるさいし、汚いし、埃っぽい。そんなトラックの“幌”を小さなピースに切って、それを自分たちが使いやすいメッセンジャーバックに変身させられないか? まず、トラックの会社に行って、いろんな幌をもらって来ることからはじまって、それで一つ目のバッグをつくりました。
マーカスさん(右)とダニエルさん、自らトラックの幌をカットしていた頃の写真。(FREITAGウェブサイトより)
小野 一体、どんなひどい場所だったんですか、その部屋は(笑)?
マーカス 普通のアパートの一室で、僕たち兄弟と友人の3人でシェアしていたんだけれど、ハイウェイの目の前だったのでとにかく騒音がものすごかったんです。
そして、バッグをつくっていく過程のその部屋もひどかった(笑) だって、バスタブでその汚いトラックの幌を洗ってさ、キッチンのコンロでナイフを温めて、それでシートベルトを切ったりしてたんだから!
朝起きてシャワーを浴びようとすると、幌がバスタブを占領してて浴びられないし、コーヒーを飲もうと思ってキッチンに行くと煙がモクモクしちゃってる!
そんな日々を1年くらい過ごしたところで、別の場所に製作の場を移しました。そして今では7500平方メートルの大きな場所を持つことができたので、すごく快適ですよ(笑)
チューリッヒ北部にある「NŒRD」内に2011年に移転した本社。縫製以外のすべての工程がここに集約されている。(FREITAGウェブサイトより)
創業時から変わらず、すべて手作業で行われる製造過程。Photo: Roland Tännler
巨大な洗濯機で洗浄されるトラックの幌。水は屋上庭園の砂利で濾過した雨水でまかなわれている。Photo: Roland Tännler
小野 メッセンジャーバックのエピソードもそうですが、フライターグのストーリーには自転車がたびたび登場しますよね。
マーカス うん、自転車しか運転しないからね。車の免許、持ってないんですよ。東京には自転車では来れないから、飛行機で来たけどね(笑) 自転車は僕たちの生活の一部なんです。
マイプロジェクトからビジネスへの挑戦
小野 アパートの一室からはじめて、会社として成長していったわけですが、どのあたりからちゃんとビジネスとしてやっていこうとか、人を雇おうというフェーズに入っていたんですか?
マーカス 最初は、何ヶ月に1回かは生産をストップしたんです。他にやらなきゃいけないこともたくさんあったから、両立が難しくて。時間の投資ももちろんですが、材料へのお金の投資も重くて、出費の方が断然多かった。
そこで、自分たちの生活…家賃や日々の生活費を、なんとか収益でやりくりできないだろうかと考えはじめたんです。ちょうどそのとき、トラックの幌のかたまりがまだ残っていたので、一旦これでバッグをつくりきったらストップしようと。そこではじめてひとり、人を雇おうということになったんです。
でも、彼を雇って2ヶ月過ぎたとき、すごく責任を感じはじめました。彼の仕事を僕らは提供しているんだから、ここで辞めてしまったら彼に申し訳ないじゃないかと。
今でも、僕もダニエル(弟)も、チームへの責任というのは常に意識していることですね。その責任感というものが、仕事のクオリティを支えているという面もあります。
“デザイナーが経営の得意な人を雇う”フライターグのやり方
— マーカスさんはもともと空間やプロダクトのデザイナー(弟のダニエルさんはグラフィックデザイナー)だったそうですが、そこから経営者としての仕事に切り替わったタイミングというのはあったんですか?
マーカス 僕は今でも、自分はデザイナーであるという考えで、経営者というマインドよりもそっちの方が強いですね。
一般的には、経営者がデザイナーを雇ってものをつくりますが、フライターグはその逆で、デザイナーの僕らが経営の得意な人を雇って、手助けしてもらっているというイメージなんです。
経営というのはまずビジネスプランがあって、ビジネスモデルがあって、それをもとにじゃあこういう商品をつくろうということだと思うんですが、フライターグはその真逆。僕らでプロダクトのプロトタイプをつくって、じゃあこのプロダクトをよりよくして、世の中に伝えていくためには何が必要なのか、っていうベクトルなんです。
通常のビジネスとは真逆にあるようなことを、フライターグはずっとやってきてるんですよね。
“ひとつ屋根の下”の一体感とスピード感
マーカス ほかのブランドでは、例えばデザインオフィスがロンドンやパリにあって、工場がバングラディッシュにあって、セールスは違うところにあって、というふうにバラバラの都市や国にあったりすることが多いと思うのですが、フライターグは全て、“ひとつ屋根の下”なんです。
デザイナーもいるし、セールスもいるし、幌をカットする人もいる。それこそが、フライターグらしいところだと思っています。
最初は少人数だったから簡単だったことも、今は170人の大所帯になったから、難しくなったこともある。だけど、ひとつ屋根の下にいるわけだから。社員のみんなには、自分たちがやっている部署のことだけじゃなくて、もっとホリスティックに、全体を見て感じながら、会話をしながらチームで仕事をしようと、日々声をかけています。
2014年には新しい素材「F-ABRIC」を開発し、洋服のラインを発表。フライターグ兄弟自ら自転車や列車に乗って素材の産地から縫製工場までを巡って行く様子は、本社から半径2500km圏内で生産されていることをビジュアル化した。Photo: Lukas Wassmann
小野 その、ある意味前例のないやり方というか、参考にすべきことがないときに、例えば売り場とか、ひとつ屋根の下というコンセプトとか、デザイナーが経営者を雇うんだという発想とか…
業界の慣習からすると真逆のことをやるときに、どんなものから学んだり、インスピレーションを受けて、意思決定をしていったんですか? そこに、とても興味があります。
マーカス やることで学ぶしかないよね。そして、失敗から学ぶこと。
チームの中でも、もちろん成功例も話すけれど、「何がよくなかったのか」を話に持ち出すことが多いです。何が失敗だったのかをしっかり突き詰めていって、そこから学ぶものは大きいですよね。
それと、フライターグがすごく大事にしているのは「Honest」=正直であること、素直であること。それは、仕事をする上ですごく重要なことだと思っています。いきなり大きなことをドーンとするのではなくて、小さなステップを積み重ねていくことを大切にしたいんです。
Photo: Lukas Wassmann
筆者がベルリンのフラッグシップショップで手に入れた「F-ABRIC」の分厚いタブロイド。製作工程の様子や二人のポートレート、インタビューなどがまとめられている。
まるでIT企業!?フライターグの商品開発プロセス
マーカス フライターグでは、プロダクトをサイクルの中で開発していく「スクラム」と呼ばれる仕組みを活用しています。
最初にプロトタイプをつくってみて、テストマーケティングをし、そこから何がよかったか、よくなかったかを振り返り、さらにプロダクトに戻って改良するという一連のサイクルを回す。商品を発売するまでにそれを何度も繰り返すのです。
このような考え方はソフトウェアの開発でよく使うものだけれど、僕らは実際のものづくりの中でそれを捉え、活用しています。図を描いてみますね。(マーカスさん、ノートを取りに行く。)
小野 ビジネススクールの授業みたいになってきましたね!!
「マーカスは書くことが好きなので、ノートやポストイットをよく使うんです。常にノートを持ち歩いてますし、紙が好きなんですよ」と、フライターグ東京チーム岡田さん。
マーカス (ノートに線を描きながら)普通は、事業計画というのはこういうふうに、直線的な感じで設計されますよね。こういったら次はこう、ここまでにこんな準備をして…っていうふうに。
でも本当は、先のことは、この中間にいる時点ではよくわからないはずなんです。初めてやることは、正直、わからない。未来のことなんて、わからないですからね!
だから、私たちのやり方は、こうなります。
マーカス 素材調達、製作からコミュニケーション設計、お金のことなど、こうして一貫したサイクルでまず考えてみる。それを一旦回してみて、振り返る。そして次のサイクルはより大きく回した方がいいのか、それとも小さく回した方がいいのか…そんなふうに考えて、繰り返すんです。
また、この、次のサイクルに向かう前の凹んでいるポイントのことを「死の谷」とも呼んでいて(笑)、ここでプロジェクト自体を中止する判断をすることもあります。それはそれで、OK。
予算設計も同じです。途中で何が起きるかなんて本当に予測がつかないから、完全には決められません。年間計画だけではなく、1年半くらいの大体のプランを持ちながらも、3〜6ヶ月ごとに見直しています。
一言で言うなら、“アジャイル”(短い開発期間の単位を反復することで、リスクを最小化しようとする開発手法)ということでしょうか。
小野 なんか本当に、ITの会社みたいですよね。しかも社員がみんな同じ場所にいるから、このサイクルが回しやすいんですよね。
マーカス はい、僕もそう思っています。
商品の撮影も社内で。広告等の制作は外注するものもあるが、原案はすべて社内で考えてディレクションするそう。Photo: Joël Tettamanti
トラックの幌という“即興的な”素材とともに
小野 フライターグについて僕がいつも思っているのが、ものづくりとかファクトリーという感じと、ファッションブランドとしてのおしゃれな感じと、「廃棄物」の問題解決…ソーシャルビジネス、ソーシャルイノベーションみたいなものの、3つのバランスがすごくいいなということです。
その絶妙なバランスはどうやって決めているんですか? ともすればどこかに偏りがちになってしまうと思うんです。
マーカス 私たちは早い段階で、無理することなく小さなステップを積み重ねて、自分たちが実現可能なバランスで進んでいくんだということを、明確に決めました。それが私たちの、成長への持続可能なやり方なんです。
なぜなら、これまでも話してきたように私たちのリソースは限られているので、短い期間で大量につくるようなことはできないんです。特に、バッグの素材であるトラックの幌は、いつなくなってしまうかわからない。常にその危機と共にあります。
フライターグのあり方は、このようなあゆみの中で自然とできていったものなのかなと思いますね。
年間300トン必要なトラックの幌を集めるため、「トラック・スポッター」と呼ばれる5人のバイヤーが電話をかけ続けたり、ヨーロッパ中のドライブインを駆け巡ったり!(FREITAGウェブサイトより)
ゴミの山から見つけた宝で、いつも何かをつくっていた子ども時代
小野 話がガラッと変わるのですが…子ども時代は、どんな暮らしをしていましたか?
マーカス 兄弟がすごく年齢が近くて親密だったから、いつも競争しててね。14ヶ月しか違わない兄弟なんです。
今ではケンカはなくなったけれど(笑)、未だにお互い負けず嫌いなところもあって、弟のダニエルが「いいアイデアがあるよ!」と言うと、「いやいや俺だってもっといいアイデアあるよ!」と張り合っちゃうこともあるよね(笑)
僕ら二人は、一番小さな組織であり、チームなんだ。だから小さい頃から協力しあって、手が足りないと思えば二人で、4本の手を使ってやったし、ひとつよりもふたつのアイデアがあった方がいいから、とにかくいつも一緒でした。
二人の性格は、昔からちょっと違います。僕は人と話したり、コミュニケーションして周りと協力するタイプ。ダニエルはすごく細かいところを黙々と、集中してやることができるから、一人で半日ずーっと描いたり考えたりしながら仕事できるタイプ。
僕は30分もしたら、ふーー、誰か手伝ってくれないかなーって、アイデアを聞きに行っちゃう(笑)
マーカス 子どもの頃はとにかく外で遊んでいましたね。すぐ近所に森があったので、自然の中でもたくさん遊んだし、家の裏に小屋みたいなものをつくったりね。
月に一度、鉄のゴミの日とか、家具のゴミの日があって、そういう“特別な日”は兄弟で朝早く起きて、ゴミ捨て場に取りに行ってたんだよ!でも母親は「もう、ゴミ持って来ないで〜!」って頭を悩ませてたなあ(笑)
そして、その何日か後には、そのゴミたちが、小屋になったり、船になったり車になったり。今とあんまり変わらないのかもね。使わなくなった素材を探して、価値のあるものに変身させるっていうことを、今もしているわけだから。
あと、叔母はガーデニングをする人で、コンポストもあったので、生態系の循環もそこから学びましたね。
小野 いろんなストーリーが重なって、今があるわけですね。経験して来たことを楽しみながら活かしているスタイルを、すごく尊敬します。
偶然にも、お揃いのバックパック!
小野 では最後に、今後やってみたいなと思うことがあれば、教えていただけますか。
マーカス やっぱり「素材」に魅了されているので、今あるトラックの幌と、F-ABRIC(2014年に開発した新素材)の二つをどうよりよくしていけるか、どのように活用できるのかを日々考えていますね。
また、私たちのこのフライターグの物語を伝えられる空間なのか、場所なのか、今のお店でもできるのかもしれないけれど、そういった場を持ちたいとは考えています。
プロダクトだけじゃなく、どういうサービスやアイデアを、フライターグの考えに賛同してくれる人たちに提供していけるか。もしかしたらフライターグと同じような考えや哲学を持った会社やブランドがあるかもしれない。そういったところと近い将来、一緒に何かできることがあるのかもしれないですね。
フライターグが大切にする、「We Think and Act in Cycles」というフィロソフィーについて、マーカスさんはこう言います。
Cycleとは素材の循環、そして環境への配慮…商品のデザインを考えるだけでなく、捨てるときも限りなく自然に還るようにデザインすること。
お客さんとの関係もそう。買っておしまいではなく、また戻って来られるように修理も受け付けるし、関係性を築く。社内でのコミュニケーション、開発のプロセスなど、すべてのことを考える上でいつも、この言葉とともにある、と。
地球という星、そして生態系の循環。ひとの循環が織りなす、コミュニティ。
消費社会の中で私たちが忘れていってしまった、すべては“環”の中にあるという感覚。
マーカスさんの物語から、私たちは多くのヒントを受け取りました。
何が起きるかわからない、予測不能な現代に必要とされているもの。それは、大きな“環”の中に身を置きながら全体を把握する視点を持ち、その時々にベストな判断をし、対応をし、クリエイティビティの翼で大きく飛ぶ、いわば“即興力”のようなもの。
フライターグが日々向き合う「使い古されたトラックの幌」は、いつなくなるかわからない、色も柄もバラバラの“即興的な”素材。そこに向き合うからこそ、彼らの“即興力”は自然と育まれたのだろうと思います。
そして、利益だけを追い求めるビジネスや商品開発ではなく、「強い想い」や「創造力」が主導のものづくり。それを支えるのは、圧倒的な世界観と商品の強さです。フライターグが創業23年を経てもなお、支持され続ける理由が、ここにあります。
フライターグのような会社は、決して多くはないでしょう。そして、誰もが簡単に、このような商品やチームをつくることができるわけではありません。
それでも。私たちがこれからつくる未来には、きっと、利益追求や目先の課題解決だけではなく、“こんな世の中であるべきだから”をクリエイティブに考え表現していく、そんなビジネスが増え、支持され、やがて主流になる。
風向きがそう変わってきていることを今、感じずにはいられないのです。
(撮影: 服部希代野)