みなさんは、自分の気持ちにふたをしてしまったことがありますか?
本当はしたくない仕事でも、人間関係を気づかうあまりに引き受けてしまう。周囲と「上手くやる」ために甘んじて苦労を買ってしまったことがある人は少なくないかもしれません。
しかし、もし気持ちにふたをしないで行動に移せたら、どんな結果が生まれていたでしょう。悪いイメージばかりが浮かんでいたことでも、やってみたら案外大丈夫だったという経験がぼくにはあります。
そんなふたをしてしまいがちな気持ちと向き合う語り合いの場を運営しているのが、今回ご紹介する「関西カタリバ」です。
「認定NPO法人カタリバ」ではじまった、高校生への動機付けを行うキャリア学習プログラム「カタリ場」を関西で展開する「関西カタリバ」。彼らは、どうやって高校生の気持ちのふたを開いているのでしょう? 事務局の辻村麻水さんに聞きました。
認定NPO法人カタリバの辻村さん
「認定NPO法人カタリバ」と「関西カタリバ」とは
「カタリ場」の紹介動画
「認定NPO法人カタリバ」は、「生き抜く力」をそなえた若者であふれる社会を目指し、2001年から活動を続ける教育団体です。現在は下記の3事業に取り組んでいます。
・放課後の居場所「コラボ・スクール」「b-lab」「おんせんキャンパス」
・高校生が地域課題に取り組む「マイプロジェクト」
中でも「カタリ場」は、2015年までに1,000校以上で実施されてきました。その担い手となるのは、ボランティア登録して活動する学生や社会人など、少し年上の先輩たち。高校生は、先生や友だちに話せない本心でも先輩にならば安心して打ち明けることができます。この関係を「ナナメの関係」と呼び重視されています。
東京ではじまった「カタリ場」ですが、神戸、札幌、仙台、福岡を中心に、全国32都道府県に広がっています。
「katariba」マークのような「ナナメの関係」を重視している
そんな連携パートナーのひとつが「関西カタリバ」。今年で設立5年目を迎えました。大学生が主体となり小中高生を支援する「NPO法人ブレーンヒューマニティー」と「認定NPO法人カタリバ」が提携して発足。2015年度は兵庫、大阪、京都、和歌山、滋賀の5府県38校の授業に「カタリ場」を届けました。
関西カタリバを生んだ「とある大学生の感動」
関西カタリバが始まったのは2011年。とある大学生が東京で開催された「カタリ場」に参加したことがきっかけで誕生したそうです。
当時、大阪の大学生だった辻村さんも、「関西カタリバ」の立ち上げに関わりました。
その学生は、「NPO法人ブレーンヒューマーニティー」の総合事務局の局長をしていたんですね。NPO向けの勉強会で「認定NPO法人カタリバ」を知り、「カタリ場」の見学を申し出たそうです。
すると「認定NPO法人カタリバ」代表の今村久美から「せっかくだから参加しなよ」と誘われて、大学生の先輩として高校生と語り合うボランティアをすることになりました。
そうして「カタリ場」を体験した彼は、目の前で高校生の顔が変わっていく様子を目の当たりにして「関西でもやりたい!」と思ったようなんです。
その後、彼は大学と同時に「NPO法人ブレーンヒューマニティー」も卒業します。それでも、関西での「カタリ場」実施を諦めず、後輩に引き継いでつくりあげたのが「関西カタリバ」なのだとか。
高校生の一歩を後押しする「先輩の失敗談」
須磨翔風高校での「カタリ場」
「関西カタリバ」は2011年7月に兵庫県神戸市の須磨翔風高校で関西初の「カタリ場」を実施しました。辻村さんも初回の「カタリ場」に参加しています。
当時は20歳だったんですが、その頃は英語の先生になりたいと思っていたんですね。でも、本当に英語が好きなのか迷い始めていた時期に、書籍『「カタリバ」という授業』を読みました。
勉強をただ教えるわけではない。対話で学ぶ場に魅力を感じて、Twitterでカタリバの関係者を探してコンタクトを取り、参加することになったんです。
この「カタリ場」で辻村さんが担当したのは、高校生の身近な先輩として体験談を話す役割です。
ボランティアが紙芝居形式で実体験をプレゼンする
辻村さんは、思い描いていたような大学生活を過ごすことができないでいた自分自身の体験談を高校生に話しました。
大学生になったら、自由にやりたいことをするキラキラした学生生活を過ごそうと思っていたのですが、実際は授業に出てバイトに行き帰宅するという高校時代と変わらないサイクルになっていました。
そんなとき、大学の先輩から誘われた登山イベントに参加して、自分が夢見ていたような大学生活を過ごす方々に会い、悔しい気持ちになったんです。そのとき、とある先輩から伝えられた言葉がありました。
「自分が動くことで景色や状況は変えられる」
それ以来、私は何かをして失敗することよりも、何もしないで終わることのほうがよっぽど後悔するんだと気づきました。その話をしたんです。
「カタリ場」で高校生と対話する辻村さん
すると、辻村さんは「カタリ場」終了後に高校生から突然話しかけられました。
彼女はドルフィントレーナーになるという夢を持っていました。専門学校も見つけていて、具体的な目標を持っている子だったんですね。でも、周りと違う進路を取っていいのだろうかと悩んでいました。
そんな彼女が私の話を聞いて、「やっぱり、この道に行きたいって思い直せた」と言ってくれたんです。その子の真剣な目は今も忘れられません。自分の嫌だった経験や失敗談でも、話せば誰かの役に立つということを教えられました。
高校生が興味のある話をカタログから選んで聞きに行く
「カタリ場」に参加すると、高校生は先輩の実感がこもった話を聞けて、目標に向かう一歩を見つけられるといいます。それと同時に、語る先輩自身も学びや気づきを得ていることが大きな特徴のようです。
行儀よく真面目になった「高校生」
そんな「カタリ場」がなぜ14年も高校生のやる気を後押しする語り合いを続けてきたのか。それは高校生の潜在意識と深く関係があります。
2009年2月、財団法人日本青少年研究所から発表された「中学生・高校生の生活と意識」によると、「自分に人並みの能力はない」と感じている学生が46.7%、「自分が参加しても社会は変わらない」と感じている学生にいたっては68.3%もいるという結果が出ました。
財団法人日本青少年研究所「中学生・高校生の生活と意識」(2009年)
そして、ここ数年を見ても、高校生にさらなる変化が現れていると辻村さんはいいます。
私が関わりはじめた当時は、体育館に集合しても「参加したくない」意思を行動で示す学生がいました。座ってくれなくて、追いかけたりしてきましたけど、今はそういう子が少なくなっています。
でも今思うと、自分の素直な感情を表せる子は大丈夫だと思うんです。今の高校生は、葛藤することがどんどん少なくなってきているように感じます。
例えば、理系コースに通っているけど、本当は文系が好きなんじゃないかと気づいている。でも、理系の進路を取る子が多い中で言い出せない。それに、そんなことを考えていると、日常のスケジュールをこなすことに支障をきたしてしまう。高校生は学校に部活に塾にと忙しいですから。
だから、気持ちにふたをしてしまうんです。
だからこそ、もっと将来についてリアリティを持って考えたり、目標に向かって背中を押してくれたりするきっかけづくりが必要。それが「カタリ場」が14年も継続されている理由の一因です。
学校・学年・季節に合わせたオンリーワンの「120分」
そんな「カタリ場」の授業は1回120分。大学生や社会人のボランティアと高校生がグループになり、下記の3ステップで実体験や実感を語り合います。
・先輩の実体験からロールモデルを見つける「先輩の話」
・高校生が次の目標を決める「約束」
このようにプログラムのフォーマットが用意されているからこそ、全国各地で同じクオリティの「カタリ場」が開催できます。とはいえ、高校ごとに学校のカラーが異なるのも事実。十人十色ならぬ「千校千色」に1つのフォーマットで対応できるのでしょうか?
「カタリ場」は、実施までに3ヶ月かけて準備をします。高校の先生から生徒の課題を聞くヒアリングをし、開催時のゴールを決め、その上でボランティアと一緒に学校に合わせてプログラムを調整しているんです。
その後、各校のプログラムとゴールに応じて、ボランティアが「カタリ場」で取るコミュニケーションを練習するんですね。実施後は、どんな「カタリ場」だったのか先生にフィードバックもします。
先生と協力して、1回のイベントで終わらないようにしているんです。
3ステップ目の、高校生が次の目標を決める「約束」で使うカード
「約束」カードに自分の次の一歩を書く
また、気にすることは学校のカラーだけではないのだとか。
高校1年生と高校3年生では、クラスメイト同士の仲の良さも異なりますよね。例えば、高校1年生の夏なら、友だち同士でも見えない壁があるかもしれないので、「座談会」の時間は話すことより一人ずつで書く時間を多く取るように工夫をします。
プログラムを固定せず、学校に合わせて動かしながら実施するからこそ、高校生の本音を聞くことができるようです。
しかし「先にゴールを設定してしまっては、ゴールのために高校生の話を聞いてしまうことにもなりかねないのでは?」という疑問が浮かびます。
見ないようにしていた気持ちのふたが開く「語り合いの場」
「カタリ場」のゴールを決めると、高校生からゴールに合わせた答えを導いてしまうのではないか。そんな課題に対応するのが「カタリ場」で高校生と向き合うボランティアです。
「カタリ場」では事前に準備やゴール設定もしますが、実施当日は目の前の高校生と向き合うことを重視しています。
例えば、進路をゴールにした「カタリ場」を行う場合でも、目の前の高校生が人間関係に悩んでいたとしますよね。実際に進路を考えようとしても、高校生にとっては人間関係の不安が取れない限り、ちゃんと進路に向き合うことはできません。
だから、わたしたちは面と向かってわかったこと、感じたこと、見たことと向き合って、対話することを大事にしています。それが高校生自身のその後につながるからです。
また、1回120分という限定された機会だからこそ、高校生が本音を言える場になるのだとも言います。
高校生にとって、友人関係は日常です。一方、「カタリ場」は非日常の時間。だからこそときには「この日のたった2時間だけの付き合いだよ」ということも伝えながら、高校生の話を聞いています。
すると高校生は安心して「本当はこういうことに悩んでいる」という話ができるんです。ボランティアが自分の悩んでいた話をするから、同じように悩んでいる人がいることに安心して、ふたをしていた気持ちが蘇ってくる120分になります。
一人ひとりに合わせてつくる「学びの場に必要なこと」
現在「関西カタリバ」は、自分の「ほしい未来」に向かって進んでいける高校生が増えるように、大阪ガスの「SOCIAL DESIGN+」でチャレンジに取り組んでいます。その目標は、ボランティアの育成を図ること。
高校生がちゃんと自分の本心に向き合う「カタリ場」では、綿密な計画によって組み立てられたプログラムと、高校生と向き合うボランティアの技術がとても重要になってくるのです。
「カタリ場」は少人数で話すことが重要なんですね。ただ、関西には一学年の生徒数が多い高校がたくさんあります。例えば、須磨松風高校なら一学年約360名ほど。4人に1人だとしても、最低でもボランティアが80名は必要になります。
だから、大学生や社会人のボランティアを探すことが大事ですし、そこに苦労することもあります。また、ただ参加してくれるだけではなく、ちゃんと高校生の本心を引き出す技術も磨かないといけません。
今後はボランティアキャストを増やすことと、育成に力を入れていきたいです。
あなたも高校生のときに「もっと、こうしたかった」という気持ちはありませんか? 当時の自分に戻ることはできなくても、今の自分が高校生にしてあげられることは見つかりそうです。「カタリ場」の高校生と同じように、自分の一歩を踏み出してみるのはいかがでしょう。
– INFORMATION –
「関西カタリバ」の「Social Design+」でのチャレンジを応援しよう!
高校生たちが、自信をもって生きられるように。本音で対話する「カタリ場」の授業を増やしたい!
https://services.osakagas.co.jp/portalc/contents-2/pc/social/social16.html