「“ものづくり”は好きだけれど、自分がつくったものを売るなんて考えたこともなかった」という人の人生に、素敵な変化をもたらしているサービスがあります。
インターネットを介して、個人がハンドメイドの作品を販売・購入できる、ハンドメイドマーケット「minne(ミンネ)」です。
2012年に福岡で生まれたこのサービスは、リリースから2年経った2014年の時点で、国内の同様サービスの中で、登録作家数・掲載作品数がナンバーワンになりました。ユーザーの中には、雑貨屋さんからオファーが来たり、月に約400万円売り上げる作家さんもいます。
そんな「minne」はどのように生まれ、いかに成長してきたのでしょうか。GMOペパボ株式会社でminne事業部長を務める永椎広典さんに、お話をうかがいました。
GMOペパボ株式会社取締役兼福岡支社長。minne事業部長。インフラエンジニアを経て「ロリポップ!」のマネージャーとして従事し、現在に至る。
福岡生まれのハンドメイドマーケットサイト「minne」
「minne」は、個人同士でハンドメイドの作品を販売・購入できるプラットフォームです。2016年3月現在、20.5万名の作家が登録しており、掲載作品数は249万点にのぼります(2016年3月14日時点)。
「minne」のトップページ画像
この「minne」を運営するGMOペパボは、レンタルサーバーの「ロリポップ!」や、レンタルブログサービスの「JUGEM」など、インターネットサービスを通じて、個人の表現活動を支えてきました。
レンタルサーバー「ロリポップ!」のトップ画面
そんな同社のルーツは福岡にあります。2004年に本社機能を東京に移したものの、主力サービスである「ロリポップ!」やドメイン取得代行サービスの「ムームードメイン」は、現在も福岡で運営されています。
また、新入社員は入社後すぐに、福岡で1〜2カ月の研修を受けるため、その後東京に配属になっても、福岡に愛着を抱いている社員も多いのだとか。
福岡で行われている研修の様子
そして、この記事で紹介する「minne」が産声をあげたのも、福岡の地でした。
ものづくりが好きな男性社員の提案から
2011年当時、GMOペパボは課題を抱えていました。同社の主力である、レンタルサーバーの「ロリポップ!」やネットショップ運営サービスの「カラーミーショップ」は順調に業績を伸ばしていましたが、それらに続くサービスが育っていなかったのです。
そこで、今までに蓄積してきたノウハウを活かして新しい事業を生み出そうと、社内公募が行われました。
その公募に集まったアイデアのひとつが、「minne」でした。発案者の阿部さんは、神社の境内などで行われる手づくり市を回るのが好きだったことから、このアイデアを思いついたのだそう。リアルの場のイベントでは、その空間ですべてが完結しますが、インターネットを介すことで、その可能性を広げることができるのではと考えたといいます。
minneのマネージャー、阿部雅幸さん(左)とminneチームのみなさん
企画した当時、阿部さんは東京勤務でしたが、サービス立ち上げのために福岡に異動。まだ事業としての可能性は未知数だったため、阿部さんと、エンジニア、デザイナーの3名という最小限の人数での立ち上げとなりました。
2011年7月に開発がスタートし、2012年1月にサービスを開始しましたが、当初は手応えが全然なかったといいます。
サービスが認知されるまでには時間がかかりました。少人数のメンバーで、できることからやっていこうと、スタッフが個人的なツテをたどって、地元のショッピングモールなどのフリーマーケットなどに出展するところから始めました。
当時は「minne」自体の認知度が低かったため、イベントをするのにも、まだ単独ではできなかったんです。
あるときは、真夏のショッピングモールの駐車場で暑さに耐えながら、またあるときは、真冬のヤフオクドームで寒さに震えながら。インターネットサービスの会社でありながら、「minne」はオフィスから飛び出して、積極的に作家さんとのつながりを育んでいったのです。
真夏のイベントに出展したときには、あまりの暑さで、売り物の作品をラッピングしていたビニール袋の内側が湿気でくもってしまうほどでした。
今では笑い話のように語られるエピソードですが、こういった地道な活動を経て、ひとつひとつの縁を大切にしながら「minne」は成長していきます。
サービスをリリースしたものの、最初はわからないことだらけでした。そのため、積極的に作家さんと顔を合わせて、生の声を聞きながら、サービスに反映させていったのだといいます。「minne」が成長していくうえで、作家さんとのコミュニケーションを大切にしてきたことは大きかったと永椎さんは分析します。
ビジネスとしては、インターネット上で完結するのが理想ですが、作家さんに安心して使っていただくサイトに成長していくうえで、実際に会って話をするというのは、とても大切なことだったと思います。
CLASKAとのコラボイベントなどを通じて、各地で輪を広げて
時を同じくして、世間ではフリーマーケットアプリが普及しはじめていました。こうして、インターネットを介して個人同士で買い物をすることへの抵抗がなくなってきたことも、「minne」にとっては追い風となります。
2014年3月に作家数ナンバーワンに、同年9月には掲載作品数ナンバーワンとなりました。
「minne」は福岡を飛び出し、東京でもイベントやワークショップを行うようになっていきます。それに伴って、福岡と東京にminneディレクターを配属し、さまざまな企画を提案・運営していくようになります。
2014年9月には、目黒の古いホテルをリノベートした「CLASKA」でのイベントが実現。来場者は1000名以上で、開場前から長蛇の列ができるほどだったといいます。
CLASKAでのイベント風景。ものだけでなく、つくり手との交流も楽しいひとときに
このイベントのきっかけになったのは、「minne」からのアプローチでした。CLASKAは「minne」のメンバーが大好きな場所のひとつ。minne発案者のスタッフ阿部さんによる、ラブレターのように熱のこもったメールから、このイベントが実現したのでした。
CLASKAとの打ち合わせで、ベビー・キッズ向けの作品をメインにしてはどうかという提案を受け、一緒につくり上げていったのだそう。結果として、家族で楽しめるイベントになりました。
イベントのようなリアルの場でのコミュニケーションに加え、使い勝手のよいアプリの開発にも力を入れ、2015年にはパソコンからのアクセスよりもアプリからのアクセスの方が多くなります。
サイトを見てくれる人が増えれば、作品が売れる。作品が売れれば、登録作家数も増える。登録作家数が増えれば、作品のバリエーションも増え、より見てもらえるようになる。そんな好循環が生まれていきました。
大盛況だった渋谷PARCOの「ミンネとパルコのミエルツアー」。2016年6月には広島PARCOで開催
伝統工芸を通して地域とつながる
こうして、「minne」が成長していくなかで、福岡に拠点があるからこそ実現した取り組みのひとつが、博多人形とのコラボレーションでした。「はかた伝統工芸館」で開催される企画展と連動して、九州の若いアーティストが絵付けした博多人形をminneが販売するというものです。
博多人形×九州のアーティストで販売された作品のひとつ
また、最近では長崎の波佐見焼(はさみやき)とのコラボも実現。波佐見焼の企画や卸販売を行う有限会社マルヒロとの企画です。「minne」の会員がデザインした蕎麦猪口が商品化されました。1個売れるごとに、デザインした作家さんにロイヤリティが支払われる仕組みになっています。
minne×長崎波佐見焼コラボレーション。500点を超える応募作の中から厳正な審査のうえ5作品が商品化された
こういった取り組みは “作家さんを支援すること”を目的に企画・開催したものだったのですが、結果インターネットを介することで、地域の伝統文化が人の目に触れる機会を増やし、地域に貢献することにつながったという面はあると思います。
「minne」の認知度が上がり、たくさんの人に利用されるようになったからこそ、こういった副産物が生まれるようになったといえるかもしれません。
作家さんが作品を楽しんでつくり続けられる環境を
東京・世田谷にある「minne」のアトリエ風景。リアルの場をつくることで作家さんとの距離も縮まったそう
登録作家数や掲載作品数を大きく伸ばした今も、「minne」は作家さんとのつながりを大切にしています。現在、東京にある「minneのアトリエ」では写真の撮り方や値段のつけ方の講座などが開かれています。
海外のハンドメイドマッケートサイトと比較すると、日本人は自分の作品に対して価格を安くつける傾向があります。でも、販売価格を安くすると、作品をつくり続けるのがつらくなってしまう。作家さんが活動を続けられるような工夫をしていくことは、私たちの仕事でもあります。
作家さんとヤマト運輸の資材開発担当者に集まってもらい、梱包や発送について意見交換会を開催。発送にかかる負担を減らそうと、作家さんたちの声をもとにヤマト運輸と梱包材の開発も
2016年4月には、関西初となるアトリエが神戸にオープンする予定です。きっかけは、神戸市からのアプローチだったそう。“女性の活躍を後押ししよう”という政策の一環としての取り組みです。
女性の活躍の仕方として“ハンドメイド作家という新しい働き方”ということを考えたときに、「minne」は親和性の高いサービスです。さらに、同じような活動をする仲間が集まれるアトリエがあれば、きっと助け合いながらより力を発揮できるはず。アトリエには「minne」のスタッフが常駐する予定です。
このように、福岡から生まれた「minne」は、インターネット上でも、リアルの場でも、作家さんたちをこまやかにサポートしています。海外のフリーマーケットサイトが日本に進出しても、この「minne」の姿勢は強力な武器になることでしょう。
ものづくりから見るまちづくり
ひとりの男性社員の“ハンドメイド作品が好き”という想いからスタートした「minne」。インターネットでハンドメイドマーケットの可能性を広げようと考え、結果的に街に飛び出していき、東京や神戸にもアトリエを持つようになりました。
その原点となった福岡は、2012年から市長が「スタートアップ宣言」を行い、その後、創業特区としての取り組みが始まっています。その中には福岡で起業したい人のための相談窓口として、天神エリアのTSUTAYA内にオープンした「スタートアップカフェ」などがあり、新たに何かをつくり出そうとする人たちにやさしい街だといえそうです。
ただ、地方都市に見られるように、都市部からの企業の進出が進み、地元の企業や個人商店などが取って代わられる状況も感じられる今、福岡もまた地方の個性がだんだんと薄れ、“小さな東京”のようになってしまっていると感じている人も少なくないようです。
永椎さんは福岡の持つ可能性について次のように語ります。
今後、もっと企業が街に出て行きやすくなると面白いかもしれませんね。
天神の場合でいうと、たとえば福岡市が行っている“西通りをジャックしてイベントを仕掛ける”といったことが、小さな企業などでもできるようになると、面白いことが起こりそうな気がします。
福岡オフィスの入口にて。「もっとおもしろくできる」の企業理念には、インターネットと表現の可能性を追求し、「誰でも活躍できる機会を提供したい」という想いが込められている
「minne」が、表現活動をする人のための発表の場をインターネット上につくったように、街そのものが地元企業の表現の場になれば、街としての個性も際立ってくるでしょう。
「minne」の軌跡を追っていくと、確かにインターネットは可能性をひろげるツールではありますが、そうやってインターネットで可能性をつなげているのは人の力であり、人の想いなのだと気づかされます。熱い想いを抱いた人が次々と街に飛び出していくことで、街は元気になっていくのかもしれません。