Photo: Lyie Nitta
「もしあなたが東北地方の食品を自国に持って帰るなら、どのようにコミュニケーションデザインを提案しますか?」
昨年12月。震災から5年経った東北の三陸地方に集まったのは、東南アジアから来た8名のデザイナー。向かった先は、地元企業の事業主4名が待つ、陸前高田市の箱根山テラス。一体なにが始まるのでしょうか。
Photo: Lyie Nitta
国際交流基金が主催する “DOOR to ASIA”。日本とアジアの共通課題に対し、デザインの力で解決策を探すデザイナーズ・イン・レジデンスのプログラムです。今回、来日したアジアのデザイナー達は、被災地に本拠を置く地元企業の元を訪ね、冒頭の課題に取り組みました。
前半3日間は社長のカバン持ちのような形で事業や商品について深く理解する期間を経て、後半3日間では実際にデザイン制作期間を挟み、東北と東京でそのデザイン案を発表しました。
実は、この短期間の滞在がきっかけとなり、東北の地元企業とアジアのデザイナー達が一緒に大きく進み始めたのでした。
事業主の「地域を想う力」が、デザイナーの「海外へ伝える力」になる
マレーシアから来たデザイナーのドリヴ。Photo: Lyie Nitta
ドリヴ タケさんはワイナリー、リンゴ農園とその加工品の製造販売の事業のほかにも地元と盛り上げようといくつもの活動をされています。
そう話してくれたのはマレーシアからのデザイナー、ドリヴ。彼は、大船渡でリンゴ農園とワイナリーを営んでいるThree Peaks の及川武宏さんを訪れました。
及川さん 「東京スマートドライバー」を参考にして始めた、「That’s Ohfunato」や、特技のサッカーを活かして、子どもたちに自信を取り戻してもらいたいと東日本大震災復興支援財団に参加したりその活動は多岐に渡ります。
最初は次から次に出てくるタケさんの活躍の幅に混乱もしましたが、会話を重ねるうちに「子どもたちに地元大船渡の文化を継承したい」、「国内外から大船渡に人が来る仕組みを作りた」という2つの目的にその全てが集約されていることがわかりました。
震災後、収益以上に地域を大切に思う及川さんに深い感銘を受け、デザインでサポートしたいと考えるようになりました。
Three Peaks Winery の及川武宏さん。Photo: Lyie Nitta
及川さんが精力的に活動されてきた姿に心を打たれたドリヴは、さらにそのコミュニティの輪を広げようと、新たなビジネスモデルをデザインした。それは、WWOOFのように海外からの若い旅行客を呼び寄せ、及川さんのご家族と過ごしながら三陸のりんご農園を体験してもらうというものでした。また、新たなロゴデザインも提案し、コミュニティが出来上がっていくイメージを作り上げました。
ドリヴが考えたコミュニケーションデザイン
ドリヴ自身、及川さんの地域への熱い想いに感銘を受け、世界にその感動を訴えかけるコミュニケーションデザインを提案してくれました。そして、それを見た及川さんご一家も、今回のドリヴとの出会いで大きなものを得たようです。
及川さん 話をしていくうちに見えてきたこと、もっと考えなければいけないことがたくさんあり、とても勉強になりました。「デザインは経営資源」。やっとそのステージを考えられそうなところまで手が届きました。そして、東北の街づくりに必要なのは、こういうことなんだと思います。すでに続きがやりたいです。
プレゼンテーションを終えたあと。Photo: Lyie Nitta
その「続き」ですが、実はすでに動き始めていました。デザイナーが帰国してから3ヶ月経った今、当時の経験が着実と次の活動へとつながっています。
ネクストアクションの舞台が、国を超えて世界へ
例えば、気仙沼の老舗フカヒレ専門店、石渡商店の石渡久師さんは、プログラムまでは海外展開など一切考えていませんでした。しかし、石渡商店に訪れたインドネシア人デザイナーのアデティヤヨガとシンガポール人デザイナーのジョナサンに、その気持ちは大きくひっくり返されました。
石渡商店の石渡久師さん(左端)、インドネシアのアデティヤヨガ(左から2番目)、盛屋水産の一代さん(右から2番目)、シンガポールのジョナサン(右端)。
ジョナサンは、石渡商店が製造するオイスターソースを扱ったテレビCMを提案しました。気仙沼の山と海が育んだ、濃厚で栄養たっぷりな牡蠣を使用したオイスターソース。子どもが口に入れようとする瞬間から、気仙沼で養殖を手がけるお母さんの姿、牡蠣が育つ海の中、そしてその栄養の源となる気仙沼の山へと逆再生される、という内容のものでした。
ジョナサンが考えたテレビCMのデザインコミュニケーション。食卓から、カキが育った気仙沼の海と山へと逆再生される。
これを聞いた石渡さんからは、ある驚きの発言が。
石渡さん その提案、実は数年前から考えていた内容だよ!
ジョナサンの提案のおかげで、打ち出すべき気仙沼の牡蠣の魅力に改めて気づいた石渡さん。一ヶ月も経たないうちに、石渡さんが1月のシンガポール出張を決意。その後、すぐに動画制作へと進み、2月末に撮影を実施しました。
また、石渡さんは同じ1月の出張で、アデティヤヨガにも会いにインドネシアに赴きました。彼は石渡商店に対し、「インドネシアでの有名シェフとのコラボレーション」を提案。早速インドネシアの高級レストランなどを視察し、シェフにも紹介してもらえたそうです。
インドネシア出張での写真。インドネシアの有名シェフとの出会いが実現。
このように、今回のプログラムがきっかけとなり、東北の事業者とアジアンデザイナーが実際にネクストアクションへと進んでいます。海外と地域密着型な事業の連携が、世界へと徐々に広まってきているのです。
世界への扉をひらく大きなカギ
実は、DOOR to ASIA プログラムディレクターの友廣裕一さんご自身も、以前も greenz.jp で何度も記事にされていたOCICAやTOHOK などの活動を率いてきました。今までの東北での活動を経て、今回のプログラムにはこのような想いが背景にありました。
友廣さん 東北では、震災から約5年が経過して復旧作業は一段落した感がありますが、どことない閉塞感は拭えません。震災前から人口減少などにより市場が小さくなってきていたところに震災があり、中小企業のみなさんは工場や店舗を立て直すところまでは来たけれど、この先のことについては頭を悩ませているという人が多くいます。
プログラムコーディネーターを務めた友廣裕一さん。Photo: Lyie Nitta
今回、そのような被災地の中小企業と、アジアからのデザイナーを掛け合わせてみました。すると、前述したとおり、今回がきっかけとなって、目の前にあった「震災復興」を地域内のものに限定するのではなく、海外へと踏み出す企業が出てきました。
友廣さん いつかはアジアに…というのは、よく聞く言葉ですが、アジアとひとくくりにできるほど単純ではなくって、それぞれの国や地域で異なる文化や嗜好性を持っているんですよね。そこへただの成長市場として、上から目線で販売戦略を立てたところでうまくいくはずもありません。
そんな時に、一人でもいいからちゃんと理解し合えた仲間がいれば、その人を通して一気にその国や地域が見えてくるんじゃないか。いま必要なのは、お金をバラ撒くような政策じゃなくなにかの時に、同じ目線で親身になってくれたり、相談に乗ってくれる多様な人の存在じゃないかと思うんです。
いつか海外展開を考えた時に、全然知らない組織や業者を通すのではなく、さっと相談にのあってくれる現地の人がいることが、実は世界への扉をひらく大きなカギなんじゃないか。そんなことを考えて、デザインを通してお互いを深く理解し合う過程を大切にしたプログラムを目指しました。
Photo: Lyie Nitta
ローカルな地域でのグローバルな出会いが、世界に羽ばたく価値創造力に。
DOOR to ASIA から始まった新たなプロジェクトたちは、今もどんどん前へと進んでいます。そしてそれらの事業は、あの二週間で育まれた強い絆によって、国境を超えて可能性を広げています。
地域密着型な事業を海外の目線から見ることにより、日本国内、そして海外へとつながる。その連鎖を通して、各地に秘められた価値が照らされ、新たな価値がまた生まれる。それらが世界へと通訳され、次のアクションへと進む。 ー この循環こそ、地域の事業と海外からの専門家による化学反応の結果ではないでしょうか。
地方から、世界へ。ローカルとグローバルの掛け合わせが新たな価値を想像し、世界のDOORを開きます。
Photo: Lyie Nitta
(Text: 飯田麻衣)