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障がいのある一流ショコラティエが、百貨店バイヤーをうならせた! 京都の古い商業団地をリノベしたお店「ニュースタンダードチョコレートキョウトby久遠」

みなさんは、お気に入りのチョコレートブランドってありますか? 海外の老舗ブランドのもの、有名ショコラティエのもの…世の中には本当にたくさんのブランドがありますよね。

そんななか今回ご紹介するのは、チョコレートブランド「久遠チョコレート」を製造・販売する京都・堀川商店街の空き店舗をリノベーションしたお店「ニュースタンダードチョコレートキョウトby久遠」。数々のメディアに取り上げられ、誕生してわずか1年半にもかかわらず、大手百貨店のバレンタイン特設会場に出店するほど人気のチョコレート屋さんです。

店を訪れた日は、ちょうどバレンタインシーズンだったため、限定商品がたくさん! 購入してさっそくいただきましたが、京都の食材をつかった上品な味はやみつきになるほど美味しく、百貨店バイヤーをうならせたのも納得です。
 

「久遠チョコレート」の人気商品「京テリーヌ」

久遠チョコレート」の大きな特長は、障がいのある人たちが一流ショコラティエとして働いているということ。その1号店である「ニュースタンダードチョコレートキョウトby久遠」は、京都のリノベーション物件を拠点に、製造・販売を行っています。

「久遠チョコレート」1号店として、このお店の立ち上げを行った吉野智和さんは、かつては福祉施設で働き、「障がい者の仕事」と20年近く向き合ってきました。

「ニュースタンダードチョコレートキョウトby久遠」の成功は、そんな吉野さんのこれまでの活動と、京都の堀川商店街という潜在的な可能性を秘めたエリアとが運命的に出会った結果なのです。吉野さんに、ブランドやお店の背景にあるストーリーをうかがいました。
 

吉野智和(よしの・ともかず)
「久遠チョコレート」西日本統括リーダー兼プロジェクト推進リーダー。20歳から障がい者の授産施設で働く。施設に所属しながら、障がい者施設のものづくりにデザインを提案し商品を小売店に卸す事業「!style(エクスクラメーション・スタイル)」をスタート。2006年に独立し、法人化。BtoBだけでなくカフェなどのBtoC事業も展開。2015年にプロジェクト「障がい者を一流のショコラティエに!」に参加。同時期に進んでいた堀川商店街再生プロジェクトにおいて、商店街の店舗をリノベーションし、「久遠チョコレート」1号店となる「ニュースタンダードチョコレートキョウトby久遠」をオープン。

原点は、「障がいのある人たちの仕事を社会とリンクさせたい」という思い

吉野さんは20歳のとき、知的な障がいを持つ人たちが通う福祉施設へ就職。7〜8人の重度の障がいを持つ人たちと一緒に陶芸の仕事をしていました。しかし、何のテーマもなく作品をつくり、内輪のバザーで販売するだけのサイクルに、「社会とまったくリンクしていない」と違和感を覚えるように。

そして4年目になり、吉野さんは彼らの作品に市場性を持たせるべく、「デザイン」の概念を取り入れる決断をします。売るための商品としてつくり、雑貨屋さんに卸して販売をすることで、彼らの仕事を社会と結びつけようと考えたのです。

こうしてでき上がった作品は、「京都デザイン賞」を受賞。施設の人々を連れて作品の展示を観に行ったときの反応に、吉野さんは衝撃を受けたといいます。

ガラスケースの中に作品が並べられ、光が当たっていたんです。それを見て、みんなの表情がパーッと変わったんですよね。

そのとき、すごく差別的な言い方ですけど、「この人たちにこんな感情があるんや」ということに気がついて。「そんなことにも気づかずに自分はこの人たちと数年間も一緒にいたのか」と、ショックを受けました。


吉野さんが方針を変えた当初の作品。それまでは自由につくっていたのを、市場性のあるデザインでつくるようになりました。

この受賞で手応えを感じた吉野さんは、施設で働きながら「!style(エクスクラメーション・スタイル)」の活動をスタート。いろんな障がい者施設にデザインの提案を行い、つくられた商品を買い取り流通させる、という斬新な仕組みで、みずから京都市内に店舗を借り、販売も行いました。

2006年には独立し、企業への就労移行支援施設として法人化。「障がいのある人の『仕事力』を社会に発信すること」を軸に、ものづくりだけにとどまらず、オープンキッチンのカフェなど、さまざまなスタイルで展開していきました。
 

タルト専門のカフェ「!-FOODS」を京都市内にオープン。イベント屋台での販売も頻繁に行いました。企業の雇用の際にわかりづらい、障がい者の「仕事力」の可視化をめざしました。

「チョコレートをやりたい!」と考えていたら話が舞い込んできた

「!style」の活動を拡大する中で、「久遠チョコレート」の1号店をオープンするきっかけとなったのは、一般社団法人ラ・バルカグループ代表の夏目浩次さんが始めた「障がい者を一流のショコラティエに!」というプロジェクト。夏目さんが吉野さんに声をかけたことが始まりでした。

ちょうど同じ頃、吉野さんもチョコレートに興味を抱いていたそう。そのきっかけは、ニュ—ヨークのチョコレート店「マストブラザーズ」の動画。長い髭を大きなマスクで覆ってチョコをつくるオーナーをはじめ、あらゆる人種の人、手首までタトゥーが入った人など、さまざまな個性を持つ人が一緒にチョコレートをつくる姿を見て、イメージが浮かんだのです。

障がいのある人も、あの動画と同じなんですよ。端から見たら理解できないこだわりを変えない。だから一般的な施設では、社会に出て変な目で見られないように教育をします。

でも、マストブラザーズの人たちは、変なことをそのまま社会に出して「かっこいい」と思わせている。しかも、店舗から作業場が全部見えるようにして。

ちょうど「これが全員障がい者だったらすげぇかっこいいんじゃないか」と考えていたときに、夏目から「障がい者施設でチョコレート屋をやろうと思うんですよ」と話が来て。もう、「やる!おれがやる!」と(笑)

すっかり意気投合したふたり。「パリの『サロン・デュ・ショコラ』に出店し、障がいのある人たちを世界のトップショコラティエと同じ場所に立たせよう」と目標を定め、2014年12月、チョコレートブランド「久遠チョコレート」の立ち上げと同時に、1号店「ニュースタンダードチョコレートキョウトby久遠」をオープンしました。

「!style」の利用者を中心に5〜6名が、「久遠チョコレート」のシェフショコラティエ・野口和男さんによる研修を経て、ショコラティエになったのです。

 
世界的にも有名な、「久遠チョコレート」のシェフショコラティエ・野口和男さんの指導のもと、美味しいチョコレートのつくり方を学びました。

製造拠点をかねた販売店として選んだのは、堀川商店街のリノベーション店舗

こうして立ち上がった「久遠チョコレート」の製造拠点をかねた販売店「ニュースタンダードチョコレートキョウトby久遠」に、吉野さんが選んだ場所は、京都市の堀川商店街。プロジェクト「堀川団地再生まちづくり」で吉野さんが手がけた、古い商業団地のリノベーション店舗のひとつをチョコレート店とし、奥に大きなキッチンを併設しました。

店舗のこだわりは、「僕たちが価値あると思っているものを丁寧に届けるお店」という吉野さんのコンセプトに合わせたシンプルな間口。

季節のいい日には昔の商店みたいに開けたくて。フルオープンになるチョコレート屋さんが街にあるって、いいなあと思ったんです。


吉野さんがこだわった、フルオープンの間口。取材の日はちょうどバレンタインシーズンがはじまったころでした。

実は、堀川商店街は吉野さんの生まれ育った地域。商店街の再生プロジェクトのリノベーション公募に、「!style」として応募したアイデアがリノベーション第一弾として採用され、ここにお店を開くことに決めたのです。この応募の背景には、吉野さんの「街に対する思いを途切れさせたくない」という思いがありました。

それまでは「リノベーション」の意味もわからず、興味もなくて。ただ、みんなは「新しいこと」って言うけど、僕はそれだと、「街に対する思いが途切れてしまう」と思ったんですよ。

慣れ親しんだ商店街がなくなり、新しいものになると、気持ちの中で堀川商店街がなくなっちゃうんですよね。「堀川商店街が変わった」と思ってもらわないと。


堀川団地は、戦後すぐに建てられた商業団地。「下駄履き住宅」と呼ばれる3階建ての団地は、1階が店舗で2、3階はそれぞれ単独の住宅。耐震強度が弱く、消化栓などの設備も不十分のため、災害対策が必須の状態で、建て直しが検討されていました。

リノベーション公募のテーマは、商店街のお店3店舗分をつなげてひとつの空間にする、というもの。しかし、吉野さんは、従来どおりの3軒の間口にこだわりました。

間口が全部、神経質に揃っているくらいが、商店街の街並みとしてきれいだと思ったので、どうしても分けたかったんです。

ひとつを飲食店に、中央はみんなが使える公共スペースにすることが決まり、もう一軒は、持ち帰り用のデリカテッセンにしようと予定していましたが、途中でチョコレートの話が出てきたので、チョコレート屋さんに方向転換しました。


3軒分の店舗を、そのまま3店舗にリノベーション。手前から「ニュースタンダードチョコレート」、中央が公共スペース「堀川会議室」、その奥がカフェ「京極ダイニング」。

工事が始まる前までは、デザイナーと一緒に「床から天井まで全部タイルにしたらおもしろいよね」とイメージを描いていた吉野さん。ところが、スケルトンにした瞬間に「かっこいい!」と心を動かされ、できるだけそのままの状態を活かすことに決めました。

堀川団地は、コンクリート建築が日本にほとんどない時代に建てられた、当時としては最先端のモダン建築。コンクリート建築のノウハウもなく、見よう見まねでつくられているので、日本古来の技法が見え隠れしているのがまた、吉野さんの目には魅力的にうつりました。

スケルトンにしたときに奥にこの窓が見えて、「やべぇ、超かっこいい!」「この窓が店の顔でしょ」と、そのまま活かすことに決めました。

もともとは鉄の窓枠でもっとかっこよかったんですけど、アルミサッシに変えないと耐震強度的に絶対だめだったので、泣く泣く取ったんです。割れてしまったガラスは、ステンドガラスをつくっている障がい者施設に持って行って接いでもらいました。

2階に続く部分は、窓枠が木なんですよ。どうしても木を使うと安心する人たちが作った感じがにじみ出ていて、建築物としておもしろいです。今も惹かれるものは残して、一部の装飾でタイルなどを使っています。


スケルトンにしたときに「かっこいい!」と惚れ込んだ、カフェ「京極ダイニング」の顔となっている窓。サッシは変更しましたが、活かせる限りそのままの状態で活かしています。

壁は、コンパネがない時代だから、杉板を張り合わせて、その中にコンクリートを流して剥がしているんです。だから、木の目がうっすらついているんですよ。

剥がしたときにでこぼこになっていたり、昔のコンクリートは質がよくないから大きな石がいっぱい入っていたりするのは、今はもうつくれない要素。だからもう触らないことにしました。「こんなかっこいい建築物はないな」って思って。


壁は、元々の建築をそのままの状態で使用しています。でこぼこになっていたり、うっすら木目の跡が見られるのがおもしろい要素。


店内でひときわ存在感を放つ黒板の文字。開店当初にアルバイトさんが描いた、まるでプリントのようなチョーク文字は、永久保存版。


店内は、作業場までが見えるつくりになっています。障がいのある人が働いているということには、ほとんどのお客さんが気づかないそうです。

堀川商店街は、商用エリアとしての大きな可能性を秘めていた!

こうして製造と販売の拠点を構えた「ニュースタンダードチョコレートキョウトby久遠」の味は高く評価され、またたく間に噂が広がっていきました。

チョコレートを求め、堀川商店街へタクシーで乗り付けるお客さんの姿も見られるように。さらには、堀川商店街がこのエリアに位置していたからこその、誰も予期しなかった現象が起こりました。

堀川商店街に隣接する「西陣エリア」の着物屋や和菓子屋には、全国の百貨店のバイヤーさんがよく訪れるんです。堀川商店街は、地下鉄の駅から西陣までの通り道で。

「なんか新しいお店があるな」と、バイヤーさんたちが気づいて買ってくれて、食べて「美味しい」と感じてくれて。「うちのバレンタインにどうかな」という話が各所で同時多発的に起こったんです。すごいことだと思いませんか?


ショーケースに並ぶのは、代表商品の「京テリーヌ」。抹茶やゆずなど、京都らしい味付けが好評。

雑誌などのメディア露出と相まって、ブランド誕生からわずか1年と少しで、全国7カ所の百貨店からバレンタイン出店のオファーが来るという不測の事態に。それらは全て、お店にバイヤーさんが来たことがきっかけ。まったく予測していなかったため、吉野さんは堀川商店街の持つ商用のポテンシャルに気づかされました。
 

ジェイアール京都伊勢丹「サロン・デュ・ショコラ」の「久遠チョコレート」販売ブースでは、期間中、吉野さん自身も販売を行いました。

うれしい現象は起きたものの、新たに商店街に来るようになった客層は、チョコレートを買って帰るだけの人がほとんど。残念ながら今はまだ、リノベーションが商店街全体に効果があったとは言えない状況です。

チョコレートはたまたま、期待以上に良かったコンテンツ。コンテンツが良ければ堀川商店街に人が来るということがわかりました。今後はチョコレートをキーに、この周囲で広げていくべきだと思っています。

タクシーで来た人が、「あそこも寄ってみようよ」「なんか素敵な雑貨屋さんがあるね」と他のお店にも寄ってくれたらいいですね。

現在、他の空き店舗にもリノベーションの募集がかかっている状態。吉野さんのやり方をモデルとして、チョコレートを買いに来た人が寄りたくなる場所をつくることが、商店街全体を盛り上げることにつながりそうです。

今後、消費社会に惑わされない感覚になったとき、価値は変わる

「ニュースタンダードチョコレートキョウトby久遠」の背景にある、「障がいのある人たちの就労」と、「堀川商店街のリノベーション」という同時進行していたプロジェクト。ふたつのプロジェクトに通じる本質的な部分に、吉野さんはこれからの日本に必要な新たな「価値」を見出しています。

今後の日本は労働人口が少なくなり、「誰が働けるか」ではなくて「誰しもがどういう働き方ができるか」を考えなくてはいけません。僕は「障がいがあっても働こうよ」ということでいいと思うんです。

1個1個手づくりするような部分には、働ける場所はいっぱいあるわけですから。効率化ばかりに価値があるわけではない。それはもう、みんながどんどん実感してきていることですよね。

リノベーションもそういうことだと思うんです。土地や新しい建築だけにお金の価値が生まれるわけではない。建物自体は建ったときからそのままなのに、「建物が古い」「店が古い」と判断するのは、人間の感覚的な話であって。 僕らの感覚が消費社会に惑わされなくなった瞬間に、価値は全部変わってくると思うんです。

現在、「ニュースタンダードチョコレートキョウトby久遠」では、ショコラティエが障がい者であることや、リノベーション店舗で販売していることを前面には打ち出していません。しかし、今後ブランドやお店の認知が広がるにつれ、そのストーリー部分にも注目が集まっていきそうです。

そして、吉野さんの話す「消費社会に惑わされない感覚」が社会に浸透すれば、これからの障がい者就労の考え方や、建築物のあり方にも影響をもたらすことにつながりそうです。

ストーリーを知るほどに、尊さを感じる「ニュースタンダードチョコレートキョウトby久遠」。

みなさんも、京都へおでかけの際は、今後のリノベーション展開が楽しみな堀川商店街へ足をのばし、一流ショコラティエのつくるチョコレートを食べてみませんか。そして、これからの日本にあるべき「価値」を、ぜひ肌で感じてみてください。

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