「今年だけのオーガニックコットンを味わってください」そんなふうに、ふかふかのタオルをプレゼントされたら。
毎年変わるオーガニックコットンの風合いを“個性”ととらえ、ワインのようにその違いを愉しむ「コットンヌーボー」(2015年グッドデザイン賞受賞)など、ありのままの素材を使ったタオルを生産しているのが、愛媛県今治市を拠点とする「IKEUCHI ORGANIC株式会社」です。
2015年度のグッドデザイン賞を受賞した「コットンヌーボー2015」。結婚祝いや出産祝いに“思い出のタオル”として購入されることが多い
「最大限の安全と最小限の環境負荷」を目指したタオルは、安全の世界基準・エコテックス規格を全製品がクリア。100%風力発電での生産、世界最高水準の排水処理など環境対応にも積極的に取り組み、綿の生産地でのフェアトレードも推進しています。このような取り組みは中小企業ながら、国内外で高く評価されてきました。
こだわりの末にたどり着いたタオルは、どれもごく“シンプル”。「会社の生きざまが商品そのもの。愚直にやってきただけですよ」と、生み出したタオルに囲まれ幸せそうにほほ笑む池内計司社長に、IKEUCHI ORGANICが歩んできた道のりをお聞きしました。
1949年愛媛県今治市生まれ。1971年松下電器産業(現パナソニック)に入社。1983年家業を継いで池内タオルに入社、1983年2代目社長に就任。風力発電100%による工場稼動や業界初のISO14001認定を経て、1999年に立ち上げた自社ブランド「IKT」は、日本のみならず欧米でも高く評価され、2002年には「ニューヨーク・ホームテキスタイルショー・2002スプリング」で、日本企業として初めて最優秀賞を受賞。環境とビジネスを両立する企業として注目されている。
エコマニアに鍛えられ環境配慮に突き進む
IKEUCHI ORGANIC の創業は1953年。日本を代表するタオルの産地・愛媛県今治市で、輸出専用の工場として、ヨーロッパを中心に市場を広げてきました。しかし、2代目社長として池内さんが就任した1980年代は、中国製品などの台頭により、タオル業界が衰退していく時期でもありました。
当時、今治でつくられていたタオルは高級ブランドへの“OEM商品”がほとんど。そこで、池内さんは“環境”という独自路線を切り拓いていくことを決意します。
「環境への取り組みは感情で語らず、データで見せるべき」という方針を掲げ、1999年には業界初の事例として、環境に関する国際的な標準規格である「ISO14001」を取得。また、しまなみ海道の開通という機運に合わせ、“自社ブランド”を立ち上げることにしました。
「最大限の安全と最小限の環境負荷」をコンセプトに「IKT」を立ち上げ、早速エコプロダクツ展で顔見せをしたんです。そこで環境問題に詳しい方々からのご指摘によって、どんどんハードルが上がっていったんですよ (笑)
「お客さんがのぞむことであれば」と批判をチャンスに変え、ますます精力的に環境への取り組みに邁進。
「ISOという国際基準よりも、 “安全性”こそ大切なのでは?」との声に、2002年、これまた業界初となるエコテックス規格100のクラス1も取得します。それは、「赤ちゃんが口に含んでも安全」という最高レベル。もちろん、簡単にできることではありませんでした。
全加工段階において世界基準をクリアするため、製造にまつわる全データをパートナー企業から収集して見える化。
そして安全性に影響が大きい“染色”過程の改善のために、地元7社で世界最高レベルの廃水処理場を設立したうえ、オーガニックコットンの草分けであるデンマーク・ノボテックス社のノルガード前社長に自ら教えを請い、環境負荷の少ない染色技術(ローインパクトダイ)も導入しました。
(写真左) 廃水処理場。染色には、重金属を含まない反応染料を使用。残留染料を5時間以上かけて洗浄し、バクテリアを使い長時間かけて廃水処理。
(写真右) 製品に使用する電力はすべて風力発電 (秋田県能代と田代平の風力発電所にて)。通常の電力料金支払の他に、日本自然エネルギー株式会社を通じて“グリーン電力証書”を購入し、その費用を秋田県の風力発電事業者が自然エネルギー発電の設備、運営の強化にあてる仕組み。
さらには、「どんなきれいごとを言おうと、工場を動かす電力はどうするんだ」という声も。池内さんはこれにもひるまず、当時トヨタやソニーなど大手企業しか挑戦していなかった“グリーンパワー”に、中小企業として初めて参入。
2002年には日本発の風力発電100%の製織工場として稼働し、「IKT」は“風で織るタオル”として親しまれるように。常に高いハードルを越えようとする企業姿勢にも、多くの注目が集まるようになっていきました。
民事再生を経て、“自社ブランド一本”で立て直しを決断
その後も、初出展となった全米最大規模の「ニューヨーク・ホームテキスタイルショー」で最優秀賞を受賞し、30社以上からの商談が相次ぎます。その勢いは国内のテレビ番組でも特集され、“風で織るタオル”は全国200店舗で発売することが決定しました。
しかし、まさに順風満帆そのものだったまさにそのとき、大きな転機を迎えます。当時の売上げの7割以上を依存していた取引先が突然倒産。そのあおりを受けた負債額は10億にものぼり、民事再生を申請することになったのです。
それまではOEMで収益をあげ、一方で“風で織るタオル”である意味格好つけているという(笑)そんな二足のワラジを履いた状態でした。
でも、安全や環境への追求もお客さんがのぞんでいるからに他ならないし、いずれライセンスの時代は終わり、こだわりを持ったファクトリーブランドの時代がくると分かっていたんです。
またそんな修羅場でも、“風で織るタオル”の熱烈なファンから、「何枚買えば、御社は助かるのでしょうか」というメールをたくさんいただいたり、「がんばれ池内タオル」という応援サイトも立ち上がっていたり。そのような支えもあり、もうこっちで突っ走るしかないと。
考えぬいた池内さんはOEMから脱却し、当時まだ1%にしか過ぎなかった自社ブランド「IKT」一本で会社を再興することを決断します。
そして企業の活動自体が地球に環境負荷を与える以上、「できるだけ長く製品品質が続くものをつくろう」と、ブランドのコンセプトも見直しました。
工場での環境保全をどれだけ推進しても、お客さんに安易に買い替えを促進するようでは本末転倒です。だからデザインも極力変えず、“永久定番”をうたおうと。
すると注文は着実に増え、支えてくれる会社との関係性も良くなり、社員が自社ブランドに誇りを持ち、定着率も上がっていったんです。資金不足はついてまわったものの、この決断は結果的に我が社にとって良かったんです。
やがて2007年に民事再生手続きを終了。“風で織るタオル”は、「グリーン購入大賞」「新エネルギー大賞」などを軒並み受賞し、東京、京都、福岡に直営店3店をオープンさせるなど、復活を遂げていきました。
東京ストア
そして、自社ブランドをアピールする上で最も注力してきたのは、何を作れば売れるのかではなく「何を作りたいのか」。
新規の顧客への営業やイベント時には、池内さん自らの口で、最低90分かけて、その揺るぎない想いとこだわり抜いた高い品質を説明。店頭では“タオルソムリエ”たちが顧客の好みにあったタオルを丁寧に提案し、店内の洗濯機で洗うことで使用感までも味わえるサービスを続けてきました。
その結果、環境問題に敏感な層や乳幼児のいる家庭以外にも、高価格ながら品質を充分納得して買い続けるファン層まで獲得していくことになったのです。
本物のオーガニックコットンとは?
一方でIKEUCHI ORGANICは、「本当のオーガニックコットンは何か」ということも追求してきました。
日本では一般的に、「3年以上無農薬の農園で作られたコットン」がそう呼ばれていますが、食料と違って意外と知られていないコットンの生産現場では、その他にも深刻な問題が山積しているのです。
綿花は唯一‟食べない野菜”で、それを理由に野菜ではやれないことをほとんどやっているんですよ。
一時は戦争にも使われた枯葉剤の散布、神もやらないめちゃくちゃな種の遺伝子操作。それでできたタオルを赤ちゃんが舐めたり、大人も毎日顔をふいたりしている。そんなものが“安全”なはずないでしょう?
世界中の人が手を伸ばす安いタオルの背景にある現実。
「綿花を生み出す自然や生産者たちと限りなく“ピュア”な関係を築いていきたい」と語る池内さんは、先の「3年以上無農薬の農園で作られたコットン」に加え、「遺伝子組み換え種子ではないこと」、さらには「フェアトレードであること」にもこだわり続けています。
自然や生産者と、心地よい“ピュア”な関係を築く
“ピュア”なオーガニックコットンを追求した末、自然に行きついたのがスイスのREMEI(リーメイ)社。
現在は、REMEI社がタンザニアやインドで行なっている「bioRe(ビオリ)プロジェクト」の認証オーガニックコットンが最も信頼性が高いと考え、原材料として全面的に採用しています。
2011年にその生産地・タンザニアを視察した池内さんは、決して大きくはない中小企業・REMEI社の真摯な活動に、「どうしてこんなすばらしい取り組みが世にあまり知られていないのか」と感動を隠せなかったといいます。
綿花をつむタンザニアの農家の生産者
たとえば、農薬と化学肥料に頼った慣行農業から有機農業に転換するには、正しい知識と技術の習得が不可欠。
タンザニアでは行政による農家のサポートが望めないため、「bioREプロジェクト」を通じて実験農場やトレーニング施設、宿泊施設を用意し、オーガニックコットンのつくり方を普及させているのです。
現地の農家から聞いたのは、「毎年買って欲しい」という切な願いでした。ここでは、提携しているコットンの70%を無条件で買い取りをします。もちろんどんなに大豊作だろうと、プレミアム価格をつけて。そして5年契約という保証もあります。
札束を持って買ったり買わなかったりの入用買いをしているだけの商社と違って、「できたものを必ず引き取ってあげる」という前提がないと、農家は育っていきません。「高く買うことがフェアトレード」というのは、大間違いなのです。
そしてその紡績工場は、オーガニック専用ラインで動かしています。オーガニックでないものとは壁で仕切られていて、オーガニックがないときにはライン自体も動かさないので、一般の糸と混じることはありえません。
そもそも、少量なオーガニックコットンに対し、大規模の紡績工場がそれだけを扱うのは非常に困難。日本でいうオーガニックコットンも、「綿畑と紡績工場がセット」であることは問われていません。しかし一見非合理なことが、“極めてピュアなオーガニックコットン”のために貫かれています。
池内さんが現地で感じとったのは、農薬に頼ることなく真っ白なコットンボールをはじけさせた、オーガニックコットンの生命力。そしてそれを手間暇かけて育みながら自立して生きようとする生産者と、支える現地スタッフのまっすぐな熱意。彼らの信頼関係。
見せかけのフェアトレードではなく、「自然や生産者と、心地よい“ピュア”な関係を築くこと」。IKEUCHI ORGANICのオーガニックタオルにはその決意が込められているのです。
オーガニックコットンの新たな愉しみかた、コットンヌーボー
そして2011年。IKEUCHI ORGANICは、オーガニックの新しい世界をつくりはじめます。それが冒頭でご紹介した「コットンヌーボー」です。
農薬や化学肥料を使わないオーガニックコットンはその年の天候に大きく左右されるため、収穫や品質が安定せず、普及が困難という壁があります。しかし、そのデメリットを逆手にとり、年度ごとに風合いが違う製品を考えたのです。
タンザニアの農家に届けられたコットンヌーボー
そのコンセプトは、「ワインのように今年のタオルを味わう」。毎年、指定畑で収穫された摘みたてのコットンからタオルをつくり、それを一定の時期に発売することで、その違いを愉しむことを提案しています。
通常、紡績工場では風合いを一定に保つために、複数年度のオーガニックコットンを混ぜて糸をつくるんです。年度ごとの紡績というのは異例中の異例で、世界でもはじめての話なんですね。
でもやるからには、コットン農家を長期的に支援することも視野に入れ、このプロジェクト開始時に生まれた新生児が成人するまでの“20年間”取り組みを続けようと。
持前の高いハードルを越えようとする姿勢は、周囲との関係を想像以上に強化することにつながっていきます。
このコットンヌーボーのアイデアに対し、REMEI社からが「タンザニアのオーガニックコットンをもっと日本に普及させていきたい」という協力が。そして、ミュージックセキュリティーズ社と連携した「風で織るタオルファンド」設立などを通じて、業界では奇跡ともいえる「コットンヌーボー」が誕生したのです。
“その年だけのタオルを愉しむ”という独自の文化を育んできたIKEUCHI ORGANICですが、いまは“見えづらい環境負荷”にも積極的に目を向けていると言います。
自社の製織工場では、既に2002年からグリーンパワーでCO2をキャンセルし続けていますが、ものづくりは自社だけのことではありません。極めてピュアなコットンヌーボーの実現のために、ライフサイクル全体のCO2排出量をオフセットすることにしました。
今年も「コットンヌーボー」では、昨年に続けて「瀬戸内 里山・里海どんぐりプロジェクト」と連携。消費者はタオルを購入することで、地元である瀬戸内地域の里山・里海を守るための活動を応援することができます。
繊維製品は製造ルートが複雑なので、その把握はとても大変だったですが、どんぐり事業に取り組むことで見えてきたCO2のさらなる削減、地元の環境保全など、我々にはまだやるべきことがあるのだ、と実感しています。
会社の生きざまが商品そのもの
オーガニックコットンやグリーンエネルギーの導入、そしてカーボン・オフセットへの挑戦。「会社の生きざまが商品そのもの」と、脇目もふらず正しいと信じた道を歩んできたIKEUCHI ORGANICは、これからどこに向かっていくのでしょうか?
今、我々のオーガニック率は99.98%。残りの0.02%は “ミシン糸”なんですよ。
タオルの色が出るたびにそれに合わせた糸をつくるのは至難の業ですが、「コットンヌーボー2016」に関しては、ミシン糸や刺繍糸までもオーガニックに変えました。けれど、全製品オーガニック100%だと胸をはるには、まだまだ軽く10年以上はかかるでしょう。
また、ここまで私たちは60年間かけて「赤ちゃんが口に含んでも安全」なところまでたどり着きました。でもまだまだ終わりはない。120周年となる2073年まで、あと60年かけて、「赤ちゃんが食べられるタオル」をつくっていきたいですね。
環境保全や安全性への取り組みは、何をどこまでやれば良いという目安も確証もありません。だからこそ追求し続けることが大切だということを、IKEUCHI ORGANICは身をもって教えてくれています。
言い訳をしないそのストイックさの先に、オーガニックの愉しみ方という新しい希望を拓こうとする姿勢は、これからも多くのファンを掴んでいくことでしょう。同時にその生きざまを体現したシンプルなタオルは、日用品ながら、手にとる私たちすべてに、大切なメッセージを届けてくれているような気もします。
未来の地球と次世代に何ができるだろう。そんなピュアな問いかけが聞こえてきそうなタオルを、みなさんも手に入れてみませんか?
(撮影:フジイサワコ)