「カシワがカシワのままであり続けるために」そんなテーマで、わいわいと、ときにマジメに飲み語らう場をつくってきた「green drinks Kashiwa(以下、gd Kashiwa)」。しばしのお休み期間を経て、昨年10月に復活しました。
根っこの想いを引き継ぎつつ、新たに掲げたテーマは「○︎○とひと」︎です。
まちの歴史が変遷してゆくなかで、人々は“文化のバトン”を受け継いできました。たとえば「音楽」や「家」、「旅」や「カレー」に、「映画」など…。○︎○には、さまざまな文化を表す言葉たちが入ります。
今回はその第一弾として開催された「店とひと」のレポートをお届けします。
そもそも「green drinks」って?
「green drinks(以下、gd)」は、ロンドンに発祥し、ニューヨークやハワイ、中国からボツワナまで世界の800都市以上に広がっているイベントです。日本でも100ヶ所以上で開催されており、そのテーマは「エコ」や「働き方」、「食」や「スポーツ」など多岐にわたります。
gd Kashiwaが目指すのは、“私たちの柏、僕たちの文化”を考えるグリーンドリンクス。そして、“文化のバトン”を受け取り、柏を走り続ける人たちを応援するコミュニティづくりです。
今回のテーマである「店とひと」も、柏の大きな魅力のひとつ。都心からのアクセスもよく、およそ40万人が暮らすこのまちには、駅前のデパートをはじめ、周辺の飲食店や裏通りの古着屋などさまざまな形態の店が存在しています。
「店とひと」、はじまります!
1月16日(土)、柏のコワーキングスペース「Noblesse Oblige」に少しずつ人が集まってきました。
参加者はもともと知り合い同士の方もいれば、興味があったのでひとりできたという方も。お話を伺うと、今回はこのコワーキングスペースを普段から利用している方が多いようです。
ドリンクコーナーには、千葉の酒蔵、寺田本家の「香取」や、お隣の松戸市から、スローコーヒーの「ちょっとすごいコーヒー」など、体にやさしいオーガニックな飲み物が並びます。軽井沢の「サンサンビール」や、オリジナルの「ちょいワルラムコーヒーソイミルク」も気になりますね。さて、なににしようかな…。
思い思いの時間を過ごすうちに、予定の開始時間に。gd Kashiwa「店とひと」、いよいよはじまります。
イタリアに魅せられて
今回のゲストはおふたり、順番にご紹介します。
まずは、旧水戸街道沿いの路地裏で、イタリア料理店「Sereno osteria」を営む田中慶一さん。
学生時代のアルバイト先でイタリア料理に魅力を感じる。2002年、イタリアを生で感じたくて渡伊。食事に限らずどんな事でも、全力なエネルギッシュな人と街にどっぷりハマる。 帰国後、都内のイタリア料理店勤務。数店の勤務地を経て2009年1月、地元柏にSereno osteriaを開店。
この道を志したきっかけは、学生時代のアルバイト先での経験にあるといいます。
田中さん 先輩がつくったイタリアンのまかないがすごくおいしくて。家に帰って自分でもつくったり、いろいろと調べたりするうちに、イタリアにいってみたい!と思うようになったんです。
いろんな人に反対されましたね。「金の無駄だ」「いったところで箔がつくわけじゃない」なんて言われましたけど、そんなことは関係なくて。イタリアがどんな国なのか見てみたいし、いってみないとわからない。ただそれだけでした。
とはいえ、手に職のない状態で雇ってもらえるはずがないことは明らかでした。田中さんは、魚屋で半年間働いてお金を貯めつつ、魚をおろす技術を身につけます。
そしてあてもなくイタリアに飛び込み、現地で出会った日本人女性に通訳をお願いして、働き口を探したそうです。
レストランを4軒ほど回ったところで、通りに面したいけすのある店にたどり着きます。
田中さん ここなら生きた魚を扱えるかなと思って話をして、働かせてもらえることになったんです。けれど実際には、冷蔵庫の魚は腐ってるし、引き出しはまるで道具箱のようで。とにかくがっかりしました。今思えば、少し理想が高すぎたのかもしれません。
ただ、現地の風土や雰囲気でしか味わえない料理があることも感じました。スポーツと一緒で、熱狂的でエネルギッシュな人たち。シエスタ(自分の時間を楽しむための昼休憩のこと)のような文化の違いもあって、まったく飽きないんですね。
深化する店をつくりたい
次第に、地元の人がよくいくお店やトラディショナルな料理に興味が湧いてきます。
田中さん たとえば同じペペロンチーノでも、家庭によって味が少しずつ違います。ぼくは、それはもう別の料理と言っていいんじゃないかと思っているんです。
今の店でもそれは大事にしていることで、進化よりは退化。あるいは、深く化けると書いて深化です。いまだに一番かっこいいなと思うのは、煮込み屋のおじちゃん。ああいうおじちゃんたちの背中を追っちゃうんですよね。
真新しさを求めるよりも、この店の味を淡々と深めていく。
素材も風土も文化も異なる日本で、イタリア人がたくさんきてくれるような店をつくりたいとおっしゃっていたのが印象的でした。それはつまり、深掘りしていくことでお店がイタリアの空気をまといはじめると同時に、「Sereno osteria」としてのオリジナリティが増していくことを意味しているのかもしれません。
田中さん 正直、きてくれるお客さんは変わりますよね。7年前のオープン時によくいらっしゃる方たちをメモしていたんですが、およそ50人のうち、今もいらっしゃるのはひとりとか、それぐらいの割合です。
みんなそれぞれ、旬なときに出会っているんですよね。引き合うときは自然と引き合うものなので、基本は淡々とやっていきます。
オオカミの口に飛び込め!
そんな日々のなかで大事にしている言葉は、“In Bocca Al Lupo! (イン・ボッカ・アル・ルーポ)”。イタリアのことわざで、「オオカミの口に飛び込め!」という意味だそうです。
田中さん なにかに挑戦しようとしている人に、「怖がらずにやってみな」とかける言葉です。店の出口にも、おまじないのような感じで書いてあります。お客さんが帰るときには、みんなあの文字の下を通るんですよね。
田中さん 構えずに、すぐやってしまえばいい。だいたいのことは、後から笑い話になりますから。
店を通して、地域の子どもたちを見守る
ここまでお話を伺っていると、ストイックに料理と向き合ってきたように感じる田中さん。最後に口にしたのは、地域の子どもたちを大事にしていきたいという言葉でした。
田中さん イタリアでピッツェリアの窓に張り付いている子がいると、焼いたピッツァの耳を出してあげたりしていて。すごくいいじゃないですか。ぼくもふたりの子どもがいるので、お店を通して子どもたちを見ていたいと思うんです
トイレを気軽に借りられたり、困ったらいつでも入ってこれるような店にしたい。一案として、昔からある子ども110番のデザインをもっと親しみやすいものにして、いざというときに助けを求めやすいような環境をつくる計画を立てています。
田中さん ぼくも鍵っ子だったので、鍵をなくして家に入れなかったときは近所のおばちゃんにお世話になっていました。後から母にしこたま怒られましたけど(笑)
子ども110番のシールをきっかけに、日頃の挨拶や会話が生まれるかもしれません。親同士、お店同士のやりとりも、もっとスムーズになるんじゃないかと思っています。
背伸びしない古民家に出会う
続いて、東京・月島の小さな古民家を改修し、2013年秋にセコリ荘をオープンした
年間150~200社のものづくり現場の訪問取材を行いながら、コミュニティスペース「セコリ荘」、ものづくりメディア「セコリ百景」の運営、その他執筆、出版、商品開発などに携わる。 2015年10月にはセコリ荘の二号店「セコリ荘 金沢」がオープン。言葉、空間、製品を通してオン・オフラインでものづくりの魅力を発信中。
宮浦さん 日本に帰ってきて、墨田区、江東区、台東区のあたりの空き家とか、工場の跡地を見て回っていたんですが、なかなかいい物件がなかったんです。そのなかでも、この月島の古民家はピンときて、築九十数年で木材が相当エイジングされていましたし、日本らしさがあるところにも惹かれました。
ゆっくりとした時間が流れていて、背伸びせずにやっていくという意味でも、大通りから外れた古民家はちょうどよかったですね。
なにをやるかも決めないまま、衝動的にこの物件を借りて5人の仲間と住むことに。住みながらDIYをしたり、Ustream放送をしたりと、そこはまるで遊び場のようでした。
ゆるやかにつながる場所づくり
当初のお店としての機能は、染めや織り、クラフトなどに関連する商品を並べて販売することだけ。お客さんのほとんどは、すでに知り合いの方でした。宮浦さんは、小さく固定されたコミュニティになっていく危機感を感じたといいます。
宮浦さん 新しく関係性を生み出す場をつくりたい。そう考えたときに、みんなでひとつの鍋を囲むおでんのイメージが浮かんだんです。
裏の調理場にいかずに、注文があればすぐに対応できますし、お客さんともコミュニケーションをとりやすい。当時のメンバーで話して、わりとスムーズに決まりましたね
すぐに営業許可をとり、電源を引っ張って、机の中央に鍋を埋め込みます。そうしておでんをはじめると、近くのビジネスビルで働く方やご近所さんが続々と集まるように。
さらに、ゲストを招いて飲み語らう、gdのようなバーイベントもはじめました。著名な方に限らず、普段は表舞台に立たない工場の職人さんがゲストになる日もあります。
宮浦さん 口下手な職人さんでも、3時間一緒に飲んだらいろいろわかると思うんですよね。話す側聞く側をつくらずに、本当にフラットな場がいいなと思っていて。ふらっと寄った人と、業界のベテランが普通に乾杯できるのが理想の形ですね
「メディア」としての店のあり方とは
NPOの人たち、バッグのデザイナー、建築家、船乗り、社長や近所のおじいちゃん。今ではさまざまな人が訪れるセコリ荘を、宮浦さんは「メディア」だと話します。
宮浦さん セコリ荘自体がメディアなんです。本やWeb、映像とは違うリアルな場で、モノの背景にある愛着や文化を伝えたい。人と話したい。なにかメッセージを出すものは、すべてメディアだと思っています。
リアルな場としてのセコリ荘以外にも、各地の繊維工場を回ってブログで発信したり、本を書いたり、イベントを開催したりと、いろいろなメディアを扱ってきた宮浦さん。
並行して関わるからこそ、生まれる視点もあるようです。
宮浦さん キュレーター(情報を収集・整理して、他者に伝える人)として、どんなタイミングでどういう情報を世に出すか、常に意識しています。それはつまり、社会とのコミュニケーションですよね。
文章にならないことも多いし、ときに写真が物語ったり、生の空気でつながれたりする。たとえば、セコリ荘は茶色で、一番速度の遅いメディアです。ブログはけっこう速くて、他媒体に出す情報はブーメラン的な感覚で、やがて自分のもとに戻ってくる。出したいメッセージと、それに合うメディアっていうのはけっこう考えますね。
これだけ数多くのメディアが存在する現代において、店の持つ意味とはなんでしょうか。
セコリ荘は、金沢に実験的な二号店を出しました。
宮浦さん 生産地に近い距離で取材をして、現地のモノを取り扱う。観光客向けの体験ツアーとかもありますけど、地元の方たちも含め、1日でなるべく濃い体験をしたいはずなんですよね。
生地や工芸品を見ていると、ふらっと生産者が訪れる。地酒や和菓子なんかも、隣を流れる犀川を眺めながら、現地の九谷焼や輪島塗の器でゆったりと味わえる。そんな場所があったらいいなと思いました。
全国から月島にモノを集めることは比較的簡単にできたとしても、人を集めることは難しいと思います。各地に拠点ができ、その場所での人とモノ、人と人の交流が日常的に生まれることは、店の持つひとつの大きな意味なのかもしれません。
ここでgd Kashiwaオーガナイザーの緒方から質問が。
緒方 柏は都心からのアクセスもいいし、人との関わり合いも密接。今よりもっと発信していけるよさがあると思うのですが、宮浦さんの目からはどう見えますか?
宮浦さん 柏は外の人を呼び込もうとしていないような気がして
と宮浦さん。
宮浦さん 需要と供給があって、ちゃんと回っているならそれでいいと思うんです。下手に呼び込んでも、コミュニティを荒らされてしまうこともあります。
柏は柏で、住んでる人は熱いし、いろんな感性の人がいる。これはいると思うんですよ。じゃあそこで勝負しよう。柏で起業しよう!っていう人が現れたら面白いかもしれないですね。
日本のものづくりを支える
今後、日々更新されるライトなメディアと、自分の興味を深めるためのメディアの二極化が進んでいきそうです。
幅広いメディアを横断して扱ってきた宮浦さんは、これからどんなメッセージを発信していくのでしょうか。
宮浦さん 今、日本国内での純粋なアパレル生産量って約3%なんですよ。食もそうですけど、衣服でも日本は世界の消費国で。職人文化やボロの文化があったのに、今では服を一番燃やしてる国。これは大変なことです。
ぼくはそこに関わる人として、ちょっとでも生産量を上げるのに貢献したいです。B to Bのなかでは、日本各地の工場を回ってつくり手とつなげれば、国内生産を0.01%でも上げられるかもしれない。一般の使い手に向けては、とにかく安いものから、倍の値段出すけど納得のいくものを使おうっていう人を、少しでも増やせたらなと思っています。
みんなで「いい店」を考える
おふたりのお話を聞いた後、今度は会場で話し合う時間がやってきました。
ゲストのおふたりがそれぞれ用意してきた問いについて、3つのグループに分かれて言葉を交わします。
まず田中さんの問いは、「柏にどんなお店があったら(増えたら)ワクワクしますか?」。
ちょうどいいタイミングで会場に到着したおでん(セコリ荘からわざわざ運んでいただきました!)を片手に、参加者同士で話し合い開始です。
「大根おいしい!」「じゃがいも入ってる?入ってない?」なんて会話をはさみながら、いろいろな意見が飛び交います。
・一見さんお断りの店はネガティブにも捉えられるけれど、それだけの文化や歴史の象徴でもある。柏にも1、2軒あったら面白いかもしれない。
・大人がお日様の下で昼間から飲める店。裏通りのテラス席がある店で、それなりにわいわいしているほうがいい。
そんな話のなかでよく名前が登場したのが、「YOL Cafe Frosch」というお店でした。柏駅から少し離れた路地裏にあるお店で、常連さんが多いにもかかわらず、はじめてきた人も気軽に入っていけるような雰囲気があるといいます。
その空気感を生み出しているひとつの要因は、曜日ごとに変わるゲスト店長という制度かもしれません。プロじゃなくてもいいし、資格もいらない。1日だけでも、店長になることができます。
店長が変われば店の雰囲気も変わりますが、そのつなぎ目を担っているのが常連さんです。誰の指示を受けるでもなく、ひとりひとりがまるで店長のように、小さなおせっかいを焼いているように見えます。そのおかげで「ゆるさ」を保ちながらも倒れはしない、いいバランスが成り立っているのだと感じました。
この話し合いをうけて、田中さんは「すべてのお店があったらいいなと思いました」と言います。
田中さん ぼくの友だちが大阪の天満で焼き鳥屋をやってるんですよ。天満っていう場所には、1ヶ月間毎日仕事帰りに立ち寄っても足りないぐらい、たくさんのお店があるんです。平日の昼間から並んでいる店もたくさんあって。
「こんなに競合がいっぱいあって大変だね」って言うと、「逆だよ」と。「これだけいっぱい店があるから、人がくる」と言うんです。暇そうに見える店も、実はそこそこ人が入っているんですよね。
一か所にお店がたくさん集まっているということ自体が、ひとつの価値になる。選択肢が広がったり、ときにはハシゴしてみたり。ひとつのお店だけで価値を発揮しようとしなくても、共同体として生きていく仕組みをつくることができそうです。
そしてこれは、「地域の子どもたちを、お店を通して育てる」という田中さんの考えにも通じていることだと思いました。
なぜリピートしたくなるのだろう?
続いて宮浦さんが立てた問いは、「お気に入りの店をリピートしている最大の理由は?」。
味や立地、空間や人、コストなど。さまざまな要素が絡み合ってできているその理由をそれぞれが紐解く時間になりました。
なかでも印象的だったのは、柏のセレクトショップ「iii3」代表の
庸介さん 今はネットで事前情報をたくさんゲットできる時代。でもそれは期待値を上げるから、訪れて残念に思う場合が多いと思います。要は、いかにフラットな状態で入れるお店であるかが重要で。期待がないものほど、なにか得られたときの高揚感につながりやすい。
あとは、五感のうちいくつをバージンとして捉えられるかも大事です。星をつけて評価するわけじゃなくて、振り返ったときに五感で語れる店が、ぼくにとってはリピートする店なんじゃないかな。
リピートするお店の種類も理由も人それぞれですが、この話は多くの方が「おお〜」と頷きながら聞いていました。わたしたちが無意識にリピートしているお店には、実はそんな共通点があったのかもしれません。
もうひとつ気づいたのは、今回登場したお店は共通して「路地裏」にあるということです。
そこにたどり着くまでの道のりや、ひっそりとした佇まい、内と外のギャップ。「路地裏」には、ついリピートしたくなるような要素が詰まっているのだと感じました。
柏からはじめよう
話はまだまだ尽きないものの、終わりの時間が迫ってきてしまいました。
参加者のなかには、まちなかの店先スペースを借り、本棚に眠る本に値段をつけて販売できる「本まっち柏」を主催する人や、柏の面白い人を紹介する個人運営のラジオ番組「Cafe au Radio」を続けている人など、すでになにかをはじめている人もいました。
これをきっかけに、また柏でなにかがはじまる予感がします。
その後、2次会に参加できる人はお話のなかでよく登場した「YOL Cafe Frosch」へと移動。ゆるいけれども、マジメな話で語り合ってもいいような、心地いい空気が流れていました。
さて、次回のテーマは「本とひと」です。3月27日(日)、柏のコワーキングスペース「Noblesse Oblige」にて開催。ゲストに藤原印刷株式会社の藤原章次さん、SUNNY BOY BOOKSの高橋和也さんをお招きします。
興味がわいた方は、ぜひgreen drinks Kashiwaに参加してみてくださいね。
(Text:中川晃輔)
(Photo:徳永香)