あなたは、地域の場づくりをしてみたいと思ったことがありますか?
地元でスタートしたいけど、人が集まるのか不安。ローカルエリアならなおさら、その悩みは重く感じますよね。
東京都調布市で、まさに地域の場づくりとなるコワーキングスペースの運営をしている方々がいます。それが、「非営利型株式会社Polaris」代表の市川望美さんと、「co-ba chofu」の運営を務める薩川良弥さんです。
Polarisは「『未来におけるあたりまえのはたらきかた』をつくること」をテーマに、「Local×coworking=Loco-working(ロコワーキング)」というキーワードを掲げて、子育てをする女性たちの働き方に多様性を生む事業に取り組んでいる企業です。調布市に「cococi」「Locococi 国領」という2つのコワーキングスペースを運営しています。
一方、薩川さんは林建設株式会社からの委託で開催された「調布まちみらい会議」という1年間の市民参加型フューチャーセッションを経て誕生した、コワーキング&シェアオフィスco-ba chofuを運営しています。
そんなお二方に「地域で活躍の場をつくること」をテーマに対談していただきました。
地域に活躍の場は必要か
新井 そもそも地域に活躍の場は必要ですか?
市川さん 必要ですよ。わたしたちの場合はとてもわかりやすいんです。子どもが小さいと、あまり遠出はできません。でも、日常とは異なる非日常に出会いたい。そんな気持ちがお母さんにはあって、新しいことをはじめたい人が多いんです。なのに、地域の中だけでは選択肢がすごく少ない。
地域に場があると外から人が集まってくれて、新しい出会いが生まれやすくなります。出会いは、プレーヤーに変わるきっかけにもなりますし。身近な人がプレーヤーになると「調布市にもこんな人がいるんだ」と感じられます。そんな気持ちが一歩踏み出すハードルを下げることにもつながっていきます。
わたし自身も地元で子育て支援のNPOに関わる活動を始めた頃、同じ想いを持つ女性が周囲にいたので「わたしにもできるかもしれない」と思えたんです。
非営利型株式会社Polaris代表取締役/CEO。IT企業勤続10年を経て、妊娠・出産を機に子育て支援NPOに参画。当事者として、子どもの成長に合わせて女性に訪れるライフステージの変化を実感し、独立を決意。2010年、内閣府が開催する社会起業家向けのコンペティションに通り、2011年から地域で多様な働き方を生む支援の場づくりをスタート。2011年8月にcocociオープン。コワーキングスペースのほか、事務経験者200名が登録するクラウド型ネットワーク「セタガヤ庶務部」、子育て目線で地域情報の提供や物件を案内する「くらしのくうき」などを運営
薩川さん co-ba chofuの場合、「調布まちみらい会議」を通じて、市民が求めていることは「可能性を高めるつながり」だと知ったんですね。だから「地域の交差点」をつくるために必要とされました。1年4ヶ月、「地域の交差点」になるために運営してきて、今は「営みが生まれること」がカギだと感じています。
ぼく自身、以前、勤めていた会社は主体的に頑張り続けることができずにやめたので「自分らしく働くってなんだ」という疑問を持っていました。お金だけでは頑張れなかったので、お金に代わるモチベーションの素をつくるにはどうすればいいのかを考えていました。
お金に代わるモチベーションを生む場とは
市川さん わたしは仕事がすごく好きなのですが、子育て中のお母さんの中には仕事を楽しいと思えていない方も多いんです。会社勤めで、事務職のようなサポート業務しか経験がないと、小さくても自分が何かを生み出せるということを実感できません。子どもを預けてまで働きたくないと、仕事の優先順位が下がってしまいます。
でもきっと、自分の中に湧き上がるものと仕事がくっつく経験さえあれば、働くことへのモチベーションを持つことができるのに。そう思ってきました。
そういうモチベーションは、クリエイティブな仕事をしている人にしか出会えないと思ってしまうものなのかもしれませんが、実際はそうではないと思います。だからこそ、まずは自分がいいなと思えることを始められる場が身近に必要です。
薩川さん そのために重要なことが「人の可視化」だと思っています。調布市には約22万人が住んでいますが、誰がどんなふうにすごしているのかわかりません。これなら誰と一緒にできる、ということが可視化されると、地域に営みが生まれやすくなります。
co-ba chofu運営者。「地元で仕事をつくりたい」想いを胸に地域のWEBメディア「調布経済新聞」に送った一通のメールがきっかけとなり、調布市で活動を始める。green drinks chofuを運営する中、co-ba chofuの立ち上げ段階で運営者として声が掛かり、参画。「働く」ことをテーマに、個人事業主を結びつけるイベントを企画している。コワーキングスペースの運営のほか、co-ba chofuのメンバーと立ち上げた合同会社PATCHWORKSでは代表社員を務め、多摩川河川敷に現れる一夜限りの映画館「ねぶくろシネマ」、スキルのシェアを通して新たな可能性を生む「ワークショップ ヴィレッジ」、市民と楽しくブレストする「調布を面白がるバー」などを運営
市川さん 「特定多数の信頼感」っていうんですかね。場があると、見えている人のその向こうぐらいまで見えてきます。ただの地域のままだと自分の知っているコミュニティとしか付き合えませんが、交差点のような場があると、その先にいる人にも出会えます。
薩川くんのことを知っている人からすれば、co-ba chofuに行くと薩川くんにつながっている人たちとの出会いがあります。その人たちも、きっと薩川くんと同じような趣向があるんじゃないかと思えるから、地域の中で顔が見える人を広げていきやすいんです。
リアルな場が持つ可能性
新井 人を可視化する場合、場を「プラットフォーム」と読み替えれば、リアルな場とSNSやWEBのようなオンラインに大きな差はないんじゃないかとも感じます。実際はいかがですか?
薩川さん 例えば、場のサイトで会員の業種や年齢、スキルを紹介しても交差する可能性はないと思っています。結構、属人的なんですよ。
だから、場としてやることは、顔を合わせる環境をつくることですね。価値観や意識が異なる方同士は交差しにくいと思うんです。そこに、異分野の交差点をつくって何かが生まれるかもしれないし、生まれないかもしれないという状況をつくります。
そこに生まれる可能性が、場の価値だと思うんです。話せば分かることはあるし、多様な専門分野の中であれば、考えの偏りも強みです。だからco-ba chofuの役割は、きっかけをつくること。そこまでと決めています。
交流会を開くと30〜40人集まってくださるので、その後の可能性をどう広げていくかという視点で今後の課題を見据えています。
市川さん わたしたちも「地域×女性」「地域×企業」という軸で活動しているので、地域にいる女性の資源に気づいてもらうために人と人とを結びつけることはしています。
ただ、特定の目的のために引き合わせることよりも、この人たちがつながったら面白そうという気持ちで引き合わせることが多いですね。それはcocociに来ていない人も含まれます。
「cococi」で開催した、毎月開催されているセタガヤ庶務部説明会の様子。赤ちゃんや子どもと一緒に参加できる
市川さん テーマやストーリーが合う人をわたしも紹介してもらった経験がありますし、出会ってから2年後にご一緒できたという体験もあります。だから場に頼り切らず、SNSもうまく使いながら共通点のある人とつながり続けるのも大事ですね。
場づくりには地域性を見る目が必要
新井 特定の地域に場を構えていても、そのエリアに閉じこもるわけじゃないんですね?
市川さん そうなんです。以前、Polarisで「調布市ってどんなまちだろう?」と考えたことがあったんですね。その時に出た答えが「汽水域」でした。
汽水域って海水と淡水が混ざり合うところで、鯛や鯊(はぜ)が出会う不思議な空間らしくて「調布市って田舎なんだけど、田舎じゃないし。都会に近いけど、都会とはいえない」「調布市って混ざっているね」って答えになりました。
だから、いろんな人が出入りする場があれば、日常においては出会えない鯛みたいな人に出会えたり、鯊みたいな人にも出会えます。「外の人を連れてきたいし、中の人も紹介したい」という目的が明確になりました。
薩川さん ぼくは「場を運営していくこと」が重要だと思っています。コワーキングスペースは、出会いから何かが生まれるという「理想」と、場を経営していく「現実」の両立が必要なんです。そのバランスがめちゃくちゃ重要なんですが、やはり難しいのは現実のほう。
昨年、都心部から離れた地域のコワーキングスペース5カ所をヒアリングして回ったんですよ。すると、業界的に事業面で苦労するという課題が見えてきました。調布市も、事業性という意味ではエリアにシビアなんです。誇張した言い方ですが、半径500メートルの世界がとても大事。co-ba chofuを利用してくれる7割の方は市民ですし。
co-ba chofuの様子。約7割の入会者が市民
薩川さん だから、半径500メートルにこだわって、個人で働く人の知見をどう混ざり合うようにするか、突き詰めるところはその方法論だと思っています。その先に、市民が協力してまちづくりをする、調布市らしい形がつくれるような気がするんです。
場を運営しながら見つけること
新井 お二方とも、運営しながら地域性に気づいていかれたようですが、地域性に合わせて運営の仕方も変えていますか?
市川さん 最初はもっとスペースを貸して食べていこうと思っていたんですよ。
それで地域で小さく起業をしている女性に自分のスペースとして入居してもらったり、そういう女性たちは庶務が苦手だったから、事務系の仕事を経験してきた女性たちが個人事業主や企業の庶務を請け負う「セタガヤ庶務部」を始めてみたりして、うまくマッチングしたいと思うようになりました。
すると「セタガヤ庶務部」に興味を持ってくれる人は埼玉県や千葉県といった他地域の方も多かったし、在宅でもできる仕事なので、スペース貸しだけにこだわらず「時間と場所の制約を超える働き方を生み出す」という方向に変えました。
わたしたちの目標は「多様な働き方をつくる」ということなので、方法が変わっても問題はありませんでしたから。
薩川さん co-ba chofuも、最初は市民が交流するイベントを定期開催していました。でも、もうちょっと自分たちなりに、イベントを開催する意味を絞っていかなきゃいけないと考えて「働く」「一緒につくる」という方向にベクトルを向け直しました。
例えば、会員限定で行っていた飲み会も、「地域の個人事業主が集まるイベント」として開催することにしました。そんなテーマ性をもった場をつくっていこうとしています。
ローカルエリアの場づくりとは
新井 「都心部から離れている」という多摩地域の地域性を加味した場合、場づくりに必要なことは何ですか?
薩川さん そうだなぁ…場を運営するという話と、地域で何かをするという話では、切り口が異なるように思いますね。
co-baは渋谷区に母体があって、近況報告しあうなどコミュニケーションをとっていますが、話していると、co-ba shibuyaは、スタートアップの方が多く、仕事の状況が変わるといなくなる場合も少なくない。人が入れ替わっていく傾向があるようです。
でも、co-ba chofuでは別の傾向が見えます。co-ba shibuyaほど頻繁に入会しませんが、近くに住んでいる個人事業主の方に入会いただくケースが多く、そこまで仕事の状況が変わったり、環境が変化したりすることは大きくありません。
だから入会してからやめる人は少ないです。みなさんが継続して利用いただければ、それだけ仲も良くなりますよね。そこに地域社会を育んでいくこととの親和性の高さを感じています。
だから、都心部から離れた地域の場づくりをするなら、そのエリアにしぼったプランを考えたほうがいいと思いますね。その上で、地域のために何をするのかをちゃんと考えることが大事です。
自分たちの役割をちゃんと決めないと、巻き込む人たちが誰も幸せになりません。役割が決まっていれば、進行方向が間違っていても別のアクションに移ればいい。決まっていないと何のためにするのかから考え直さなきゃいけなくなります。
市川さん わたしたちは「地域×女性」をテーマに活動しているので、ついボランティアと間違われてしまうんですね。
子育て女性のコミュニティはボランタリーだったり、支え合いなどの地域福祉がフィールドになりがちなので「働くことをテーマにする」と言い出すと「あの人たちは金儲けを始めた」みたいに見られてしまいがちなんです。
市川さん だから、最初は逆説的に地元という意味での地域から距離を置きました。話せば「地域ってことね」って理解されるものなんだけど、あえて「Loco-working」という造語を使ったのも、再編集して持ってきたスタイルに馴染んでもらいたかったから。あえて異端になったんですよ。
そんなふうに旗を立てて活動を続けると、だんだん地域に認知されていって、4年目の今、やっと地元を語れるようになってきました。そのタイミングでco-ba chofuが立ち上がったので喜びましたよ。
でも、わたし最初は「なんで薩川くんなの?」って聞いていたんです。
薩川さん 確かに、そういう疑問が浮かびますよね。
新人を受け入れる地域体質が大事
市川さん いや、調布市にはほかにもコミュニティビジネスや地域活動にずっと関わられてきた方々がいる中で、フレッシュな薩川くんが出てきたことが嬉しかったんだよ(笑)
薩川さん ぼくにとっても、Polarisのみなさんや調布市でコミュニティビジネスをしている方々が「薩川くん、がんばれ」みたいに応援してくれたのが心強かったですね。
市川さん 異端のように活動してきたPolarisとしても、薩川くんのような新しい風がすごくありがたかったし、co-ba chofuにとっても大きな決断だったんじゃないかと思います。
薩川さん 課題感として、地域の閉塞感を払拭したいと思っているんです。だから、どこにいっても同じ顔みたいなことが地域の取り組みにはありがちですが「薩川ってやつがきたから、何かやらせてみるか」と調布市の人たちが許容してくれたことは大きかったですね。
新人を受け入れる地域体質があると、場づくりも面白くなります。
仕事と暮らしのつなぎかた
新井 地元で場づくりをすると、職場と住居が近くなりますが、ライフスタイルに変化はありましたか?
薩川さん 仕事の成果が自分の暮らしに直接還元される面白みがあります。市川さんと町内で会ったら「こんにちは!」みたいな。
市川さん そうそう。ホームセンターの島忠で会ったりね。
薩川さん 会いますよね。そういうのって、万が一の災害時にも活きるだろうし。働いているんだけど、実は地域が生活の中に根ざしていく過程になっているところがすごくいいですよね。
市川さん わたしは、ここから歩いて7〜8分、自転車なら2〜3分のところに住んでいるので、何かあれば戻れますし、子どもたちが放課後ここに来ることもできます。
あとは仕事と仕事の合間の時間を使ってPTAに出たり、学校公開に行ったり、子どもが熱を出したらうどんを食べさせに帰ったり。時間を小出しに使うこともできますね。
薩川さん 消費的じゃない価値が得られますよね。一緒にごはんが食べられるだけで幸せじゃないですか。そういう安心感や連帯感が生まれてきます。
新井 最後に、これから地域で活躍の場をつくる方へ、メッセージはありますか?
市川さん わたしは、地元の地域だけにこだわらず、外に出ていろんな人に会ってほしいですね。わたし自身、コワーキングスペースを始める前に、いろんなオーナーの方と会いました。その話を地域に持ち帰るのがいいんじゃないかな。
薩川さん ぼく自身、地元で最初にやったことがWEBメディア「調布経済新聞」にメールで「手伝わせてください」と送ったことなんです。そこからco-ba chofuの運営にまでつながっています。だから、とにかく何かを始めてみることが重要だと思いますよ。
場づくりのヒントは見つかりましたか? 地域に活躍の場が生まれると、職住近接が実現して、働くことが暮らしを整えることにもつながります。まさに、シンプルライフ実現の近道が地域の場づくりだということがわかりました。
そんな地域と関わる仕事をあなたも始めてみませんか? 薩川さんのように、まずは地域の企業に一通のメールを送る。すると、あなたとまちの未来図が描かれていくかもしれませんよ。
(対談写真:服部希代野)
【詳細】こちらから!
締切: 8月23日(水)22:00
※定員に達し次第、受付を停止します。お早めにお申込み下さい。