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和歌山県・有田川で、ポートランドを参考に官民一体で地方創生を進める「有田川という未来 ARIDAGAWA2040」仕掛け人・有井安仁さんインタビュー

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2040年、あなたは何歳になっていて、どこで何をしているでしょう。25年後の未来、もしあなたの住むまちの人口が約30%減少すると予想されていたら。誰かのアクションを待ちますか? それとも自分にもできることがあれば何か取り組みたいと思いますか?

まさに、そんな未来が予想されている地域のひとつ、和歌山県の有田川町(ありだがわちょう)では、未来を変えようとするプロジェクト「有田川という未来 ARIDAGAWA2040」がスタートしています。

しかも旗振り役となっているのは、有田川に住む地域の人びと。行政からだけではなく民間からの呼びかけで、地方創生を実現しようと具体的に行動を起こしているのです。

さらに注目すべきは、全米で最も住みたい都市として有名なポートランドと手を取り合って、このプロジェクトを進めているということ。その仕掛人は、「社会的投資をデザインする」をコンセプトとする「株式会社PLUS SOCIAL」取締役・有井安仁(ありい・やすひと)さんです。

今回は、有井さんへのインタビューを通じて、住民が主体となる新たな地方創生の取り組みをレポートしたいと思います。
 
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有井安仁(ありい・やすひと)
1976年和歌山市生まれ。22歳の時に「訪問理美容ハンズ」という、和歌山市内を中心に高齢者や障がい者などへの自宅訪問理美容サービスを立ち上げた。現場の需要を肌で感じたことをきっかけに、社会の仕組みそのものをより良く変える必要があると気付き、27歳の時にNPOやソーシャルビジネスを支援するわかやまNPOセンターに理事として関わりはじめ事務局長となり(現在は退任)、2010年から和歌山大学非常勤講師、客員准教授を務めつつ、2012年から社会的投資をデザインする会社「株式会社PLUS SOCIAL」取締役、「公益財団法人わかやま地元力応援基金」代表理事をも担う。

「有田川という未来」ARIDAGAWA2040プロジェクトとは

有田川は、和歌山県にある人口2万7千人のまち。和歌山を代表する名産物「有田みかん」の産地です。有田川地域では年間約8万2千トンのみかんが生産され、毎秋の収穫期には、鈴なりに実る艶のあるオレンジ色のみかんをあちこちで見ることができます。

しかし有田川は、和歌山県内でも特に人口減少が深刻化している地域。特に20歳から39歳の若年女性人口が著しく低下しており、このままいくと2040年には約8000人も人口が減少。働く世代1人が高齢者1人を支える人口構造になるといわれています。
 
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秋口は有田川のどこの家庭もみかんの収穫作業で大忙し。山の斜面も平地もあちこちみかんの木が並んでいます。

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みかんだけではありません。有田川町清水には「日本の棚田百選」に選ばれた棚田があり、54枚の水田が扇状に広がる美しい光景を味わうこともできます。

そこで、地方創生を実現しようと2015年7月にはじまったのが「有田川という未来 ARIDAGAWA2040(以下、有田川という未来)」。2040年を一区切りとしながら、その先にある100年以上先の未来をも見据えた、長期に渡る大きな大きなプロジェクトです。

主な活動メンバーは、みかん農家・教師・大工など有田川に拠点を持つ経営者・地元出身の大学生など様々。そこに役場の若手職員を多く巻き込み、官民一体となってプロジェクトに取り組んでいます。
 
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プロジェクトチームでの会議風景。どんなコンセプトを打ち立てることで地域の皆を巻き込めるか?アイデアを出し合って、方向性や企画概要を決めていきます。

“地方創生”と聞くと、「行政の取り組み」というイメージを持つ方が多いかもしれません。しかし、「有田川という未来」は住民自らが立ち上がった“地方創生”プロジェクト。人口減少の危機的状況を打破するために、「地域住民である自分たちからトライできることは自分たちでやってみようではないか」と始まったのです。

実際に自分たちでまちを歩いて地域の課題や活用可能な資源を見つけ、テーマを決めて参加型のイベントを繰り返し開催します。そうやって当事者意識を持つ仲間を増やしながら、住民の側から行政を巻き込み、官民一体となって総力戦で課題解決をしようとしています。

さて“地域住民を主人公にしながら官民一体となって取り組む”という方法、どこかで聞いたことがありませんか? そう、ポートランドです。

地方創生を実現している都市「ポートランド」

アメリカ北西部に位置し、オレゴン州の中核都市であるポートランド。現在の人口は約60万人で、年々移住者が増え、2030年には100万人を超えるだろうと言われています。まちづくりの成功事例として世界中から注目を浴びるポートランド。「DIY精神が強いまち」「芸術都市」としてご存知の方も多いかもしれませんね。

そんなポートランドも、かつては工業化による環境汚染が深刻化し人口流出に苦しんだ時代がありました。ポートランドのまちを変えたのは、行政がつくった、公務員から主婦やホームレスまで立場の異なる住民全員がアイデアの場に参加できる仕組み。官民一体で課題解決に取り組んだことで、地域に対する住民の当事者意識が強まり、40年の時を経て現状に至っていると考えられています。

「有田川という未来」では、“自分たちのことは自分たちでやっていこうではないか”という意識のもとポートランドの行政が行った「住民を主人公にして官民一体を」という地方創生の手法を、ポートランド市開発局のひとたちの協力を仰ぎながら実施しているのです。
 
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ポートランドの交差点アート。近隣住人たちが、路面に絵を描くことで車の減速による安全性の向上と、地域のコミュニケーション向上を目的として、行政に働きかけ、自分たちで実施しています。

地域の人たちを巻き込むコツは“能動的な参加型のイベントを繰り返すこと”

はじまって半年も経たないうちに、地域住民を巻き込もうと「有田川という未来」では様々な企画を開催してきました。プロジェクト開始のお知らせとして7月に開いたフォーラム会には、平日にも関わらずなんと約350名が参加。会場は満席となりました。
 
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7月21日、有田川にある吉備ドームにて、ポートランド市開発局の職員である山崎満広さんとエイミー・ネイギーさんをお招きして、プロジェクトの全貌を伝えるフォーラム会を開催しました。

その後も、有志を募ってポートランドへ現地視察に行く企画や、ワークショップを交えて有田川にある遊休不動産を活用するアイデアを出し合う企画なども複数実施しました。参加者人数は50名から100名と、イベントの時期や内容によって規模は様々ですが、若い世代の参加者が多いことが特徴です。

地方創生をテーマに開かれる講演会などは一般的に年齢層が高い傾向にあるのですが、「有田川という未来」は運営スタッフに若い地域住民が多く関わっていることから、同世代の人たちの共感を集めやすいようです。
 
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8月・9月には、有志を募ってポートランドへ視察に。ポートランド市開発局のひとたちに、都市計画会議の現場やシェア工房・オーガニック野菜農園など、現地の学ぶべき取り組みを案内してもらうスタディツアーです。

「有田川という未来」が、まちの人たちを巻き込む仕組みとして大事にしているのは、参加者自身が手や頭を動かして自分の意見を発する“参加型のイベント”を繰り返し開催することです。能動的な参加というステップを踏むことで、地域に対する関心を強め、ひとりひとりの主体性を上げようとしているのです。

イベントでは、イベントごとに地域活性につながる明確なテーマを置き、その題材をもとにワークショップ形式で、チームに分かれてアイデアを出し合っていきます。そして最後に各チームの意見を発表して、会場全体に共有していくのです。
 
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9月27日、小学校の体育館にて、女性限定のまちづくりワークショップ企画を開催。ゲストは、株式会社リバースプロジェクト代表かつ俳優・映画監督でもある伊勢谷友介さんなど。20代から30代の女性100名が参加。

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10月25日、廃校予定の保育所にて場の活用を考えるワークショップ企画を開催。ポートランドの7名をゲストに、約80名が参加。園庭に芝生を!ヤギを飼おう!マーケットを開こう!など様々なアイデアが生まれました。

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10月27日、有田川の交流センターALECで開催されたワークショップ企画には約50名が参加。各自から積極的に意見が出やすいようにと、ポートランドチームが様々な交流キットを用意、進行のサポートをしてくれました。

もちろん、アイデアを出して終わりではありません。具体的に実践していきたいという希望者を参加者から募り、当日出たアイデアをもとにしつつ磨いて、実践部隊として後日に具体的なアクションへと移していきます。
 
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各チームで話し合った内容を全員の前で発表してきます。言語化して伝えるという場面を設けることで、50名以上の視線を浴びて緊張しつつも、地域活性化に対する想いが強まっていくようでした。

「有田川という未来」のはじまり

私が最初にこのプロジェクトを知ったとき、疑問に思ったのは「有井さんは、どうやってポートランド市開発局のひとたちとつながって、一緒にプロジェクトを進めるに至ったのだろう?」という点でした。いったいどうしてこんなことが実現できているのでしょう?

遡ること3年半前、まちづくりについて知識を深めるために日頃から様々な文献を読み漁っていた有井さん。その姿を見て、和歌山からポートランドへ移り住んだアメリカ人の友人からポートランドのまちづくりが参考になるよと、いくつか本を薦められました。

その本からポートランドに興味を持つようになり、ポートランド市開発局職員の山崎満広(やまざき・みつひろ)さんが登壇する東京のイベントに参加。会話を交わして意気投合したことをきっかけに、二人の縁がはじまります。

有井さんは、まちづくりに取り組む各地の仲間を誘ってポートランドに何度も訪れ、山崎さんに案内してもらいながら、ポートランドのまちづくりに対する理解を深めていきました。

そして今年の春頃訪れた時、山崎さんから「これまで各地から講演やイベントのお誘いをいただいてきたのだけど、大きな取り組みとしては次をラストチャンスにして、どこかのまちづくりに関わりたいと思っているんだ。どこが良いと思う?」という相談を受けました。

以前より「一緒に何かやりたいね」と話し合っていたというふたり。有井さんは、自らの地元である和歌山県内を思い浮かべ「山崎さんと一緒に地方創生をするなら…」と思案しました。その時”ここだ!”と確信したのが有田川だったのです。

実は、2012年に知人の監督が『ねこにみかん』という映画を有田川で撮影する時に、有井さんも資金集めのサポート役として携わっていました。そこで有田川を拠点とする経営者たちと話をするうちに、彼らの姿勢にまちの素晴らしさを感じていたそうです。

「有田川という未来」の進行における一番のパートナーかつ相談者である、地元企業の経営者であり地元まちづくり会社の起業者でもある上野山栄作(うえのやま・えいさく)さんとの出会いも、映画制作を通じたものでした。
 
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「ねこにみかん」の公式サイト。制作資金1150万円は400を超える個人・企業など民間からの寄付でつくられました。またクラウドファンディンでは全国の合計128名から約167万円の支援がありました。

彼らの中には、見たことがない未来を一緒に見ようとする前向きな力がありました。映画なんて誰もつくったことがないし、今回のポートランドの話だってそう。有田川にとっては未知の取り組みなのに「そんな未来をつくれる可能性があるのなら、やってみようじゃないか」と快く返答をくれ、一緒に行動を起こしてくれたんです。

山崎さんから話を受けた時、有井さんの頭に思い浮かんだのは、有田川に住む“地域の人びと”そのものでした。彼らとなら「民間発信で官民一体となって地方創生に取り組む」という未来を一緒につくることができるかもしれない。地域が新たな一歩を踏み出すには、前例のない取り組みであっても前向きに応えようとする住民たちの存在が、きっと重要なのです。

有田川の未来は、日本そして世界の未来に通じる

とはいえ、このプロジェクトは、まだ始まったばかり。成功例としてポートランドを参考にするといっても、人口数も文化も異なっています。さらにポートランドは行政発信のスタートでしたが、有田川は民間発信だという違いもあります。当然、苦労なくスムーズに進められることばかりではありません。

一世一代の取り組みを仕掛けようと決意した有井さんの胸には、強い想いがありました。

今、先進国で豊かだと言われる日本において、自治体が消滅するかもしれないという事態が起きています。今のままでは地方の町が続かないということが「地方創生」という一種の警告として伝わってきているのです。

行政だけに任せっきりにしてしまうのではなく、地域の人びとも「自分たちからできることは自分たちではじめてみよう」と、主体性を持ってともに立ち上がるべき時期がやってきているのだと感じています。

「有田川という未来」に取り組むことによって、民間が主役となって地域を変えられるという事例をつくることができます。そうすれば、消滅するかもしれないと言われる地方の町々や、さらにはこれから同様の人口減少問題を抱えるであろう他の先進国に対して、新たな解決策として提案することができるようになるのです。

有井さんたちが有田川でつくろうとしているのは、有田川の未来だけではありません。有田川を事例として日本の未来、さらには世界の未来を変えようとしているのです。

ポートランド市開発局の山崎さんをはじめとするポートランドチームがはるばる海を越え、和歌山県有田川という地域にここまで協力しているのも、この社会的インパクトを見据えてなのだと有井さんは話してくれました。

自分ごとに置き換えて考えた時「自分たちからできることって何だろう?」最初はそう思うかもしれません。では、まず誰かと自分の地元について、話すことからはじめてみてはいかがでしょうか。

友だちに思わず薦めてみたくなる地元の魅力は何ですか?
地元にあったらいいなと思うものは何ですか?

誰もが思わず住みたくなる地域を目指して、今や未来についてぜひ誰かと意見を交わしてみてください。そこから思いがけないアイデアや、新しい取り組みがはじめられるかもしれません。

そこにはきっと「誰かが」じゃなくって「誰かと」変えられる未来があるはずです。