ワークショップには、毎回10名ほどが参加。和気あいあいとしていて、初めてでも飛び込みやすい雰囲気。
2050年、あなたは何歳になっていますか?
近い将来、ピークを迎える高齢化社会。まだまだ遠い未来の話だから、若い世代にはあまり実感がないかもしれません。しかし、人口に占める65歳以上の割合が38%となり、日本の高齢者数がピークを迎えるのは2050年。
「1人の若者が1人の高齢者を支える」という厳しい現実に直面する」という厳しい局面を迎えたとき、“高齢者”になるのは今の30代の人たちなのです。(厚生労働省資料「今後の高齢者人口の見通しについて」より)
大阪を中心に、シニア世代のための劇団をつくる「スティックシアター」の代表のひとり、倉田操さんは「自分もまた2050年の高齢者のひとり」ということに気づき、まさに自分ごととしてシニア劇団での演技指導に取組んでいます。
「シニア世代が、楽しみながら心も体も健康になる場をつくりたい」と、「一都市、一シニア劇団」を目標に活動を展開するスティックシアター。今回は、シニア劇団の魅力について、共同代表の倉田操さんと朝日恵子さんにお話をお伺いしました。
フリーランスライター。主に市民活動やまちづくり、福祉、人権をテーマにした行政、非営利団体の情報誌で企画・取材・執筆を中心に活動。「老い」をどう生きるかに関心がある。
倉田操(くらた・みさお)
富良野塾15期生。俳優、演出家、監督。シニア劇団「すずしろ」劇団「ぽこあぽこ」などの指導演出。シニア劇団では2010年NYで公演。初監督映画「晴れ舞台はブロードウェイで!」公式ホームページhttp://suzushirodaikon.com
シニア劇団に心を動かされて始まった、スティックシアターの活動
俳優・演出家の倉田さんとフリーライターの朝日さんがタッグを組み、スティックシアターを立ち上げたのは2014年のこと。倉田さんは主に演技指導、朝日さんは広報や事務、助成金申請など活動の基盤づくりを担っています。
朝日さんとシニア劇団との出会いは、働きながら通っていた大学院のとき。元々、表現活動に興味を持っていたという朝日さん。「シニアの方たちなら、どんな表現が展開されるのだろう」と、シニア劇団を研究テーマに選び全国の情報を発信するシニア演劇webを立ちあげるなど、積極的な活動を展開していました。
朝日さん さまざまなシニア劇団を取材してきましたが、公演の打ち上げで、シニアの役者さん一人ひとりが大変だったこと、嬉しかったことを涙ながらに語る姿を拝見しているうちに、舞台がもたらす達成感や役者さんたちの個性が見えてきて…。演劇作品以外の部分がおもしろいなって思い始めたんです。
また、ライターとして、高齢者の福祉施設を訪ねたり、ボランティアや地域の活動を取材させていただいたりする中で、レクレーションや筋力トレーニングもいいけれど、その先に目標があれば、自然に元気がでるんじゃないかなぁと思ったことも、スティックシアターの活動につながるきっかけとなっています。
一方の倉田さんが、シニア劇団と関わり始めたのは20代の頃でした。
倉田さん 高齢化問題といっても、リアルに想像するのはむずかしくて…はじめは他人ごとでした。けれど、調べてみると、「ピーク時にシニア世代になるのは、僕たちなんだ!」と知って。
シニアになったとき、どんなことを生きがいにして周りの人たちと共存していくのか。現在を生きる僕たちの問題だし、今から考えておかないと、と思ったんです。
今でこそそう語る倉田さんですが、演技指導を始めた2002年当時は、シニアの方に演技指導をするのは「しぶしぶ」だったのだそう。
当時の倉田さんは、倉本聰氏が主宰する脚本家や俳優を養成する私塾「富良野塾」で稽古を積み、地元・大阪へ戻ったばかり。「さぁ、これから東京に出て役者としてがんばろう!」と意気込んでいた矢先に、池田市にある子ども劇団の立ち上げメンバー、秋田啓子さんから演技指導のオファーがあったのです。
「自分自身、勉強途中でもよければ」と引き受けた演技指導が、ライフワークになるなんてその頃の倉田さんは思ってもみませんでした。
倉田さん 秋田さんが「60歳になったとき同世代の人と演劇がしたい。シニア劇団を立ち上げるので、手伝ってほしい」とおっしゃって。
当時は僕もまだ若かったし、シニアの方たちに演技を教えるなんて考えられなかったんですが、「いい経験になるから」と口説かれて。それが、後にブロードウェイ公演を果たすことになる『すずしろ』です。
シニア劇団の1回目の公演では、1年かけて芝居をつくり、公民館の小さな仮設の舞台で発表。ほとんどのメンバーが未経験者だったため、「台本を持って舞台に立ちたい」など不安を口にする人もいたそう。しかし、本番の公演では、みんなが最後までご自分たちの力で演じ切ることができたのです!
倉田さん 芝居が終わると、ご本人たちもお客さんも泣いている。その舞台には、シニアの方たちだからこそ出せる「味」と、何より「感動」があったんです。それこそ、僕がプロの役者として人を感動させたい! という想いで目指してきたものだったんですよね。
体を伸ばしたり、姿勢を整えたり、顔の筋肉を動かしたり。2時間半におよぶワークショップは、あっという間に時が過ぎ、終わったあとは心のがすっきりとしているから不思議。
東京で俳優の道を歩んでいた倉田さんは、『すずしろ』の演技指導のために、月に一度東京と大阪を行ったり来たりしていました。
しかし、「俳優になる」と言っても、プロデューサーやディレクターに会って、人脈やコネクションをつくることが最優先の日々。「このままでいいのだろうか」と思い悩む日々だったと、倉田さんは当時を振り返ります。
倉田さん 演技指導のために大阪へ帰ると、70歳くらいのおじいさんが「先生、よろしくお願いします!」と意気込んでおっしゃるんです。
プロの役者を目指していらっしゃるわけでもないのに、「どうしてこんなに一生懸命、芝居をするのだろう?」と思うほどで。演技指導を続けている間、気がつけば僕の方が元気をもらっていたんですよね。
目指せ!ブロードウェイ!シニアたちの挑戦
19名のシニア劇団員たちが夢を実現してニューヨークへ!(C)小林志穂
60歳を過ぎて実現した、ブロードウェイでの公演。いっそう深い感動が。(C)小林志穂
その後、2010年にブロードウェイ公演を果たした『すずしろ』。無謀にも思える大きな夢は、どのように始まったのでしょうか。
倉田さん シニア劇団には、舞台上では見えない「青春」があるんです。できる方ばかりの劇団ではありませんから、セリフがなかなか覚えられないシニアの方が、「やめる」と言い出したときは、みんなで真剣に話し合ったこともありました。
シニアの方たちにとっては、その芝居が最後になる可能性だってある。次の機会があるのかどうかはわからないから、切実です。だから真剣に、「現在」を生きていらっしゃる。その姿に、胸を打たれて泣けるほどの「感動」があって、そういう過程を伝えたいと思ったんです。
そこで倉田さんは、テレビ制作会社に勤める友人に「シニア演劇のドキュメンタリー番組をつくりたい」と相談。そこで、「『ブロードウェイを目指すシニアたち!』くらいインパクトがあればおもしろいのでは?」とアドバイスをもらいます。「どうせなら、本気で」と倉田さんも秋田さんに相談をすると「おもしろい!やろう!」と乗り気に。
しかし、市民ホールの小ホールで演技をするだけでも、緊張してしまう劇団のメンバーたち…。当然、「できるわけないやん!」と拒否反応を起こしました。体力、語学、資金…立ちはだかる問題は山積み。それでも「とにかくやってみましょうよ!」と言う倉田さんに背中を押され、何度も話し合いを重ねるうちに、メンバーの気持ちに変化が起き始めたのでした。
倉田さん 僕たち若い世代は、その場のノリで「あれやろう、これやろう」と盛り上がっても、たいていその場の話だけで終わりますよね。置かれている立場はシニアの方たちと同じはずなのに、「また今度」があると思っている。
けれど、シニアの方たちは、「やる」と決めた後の実行力がすごくって。お金がないならバザーをして工面するとか、どうすれば実現できるのか知恵を出し実行に移すんです。社会的な責任を担ってきた、豊富な経験があるからこそなのでしょうね。
さらに、「やるなら英語で!」と、シニアの皆さんは日々の舞台の練習に加えて語学の練習を重ね、倉田さんたちはニューヨークで公演ができそうな会場を探しに現地へ。それぞれがすべきことを地道に積み上げ、着々と準備が進められました。そして、2年後。何度も何度も練習を重ね、あらゆる障壁を乗り越えて、ついに『すずしろ』はブロードウェイでの公演という夢を果たします。
さらに、『晴れ舞台はブロードウェイで!~シニアたちの挑戦~』というドキュメンタリー映画も完成!ぜひ、予告編の動画を観ていただきたいのですが、「今を生きている」シニアの方たちのパワーに溢れ、その挑戦する姿に、涙が出るほどの「生きる底力」を感じます。
シニアには人を感動させるだけの人生経験がある
演劇は一人では完成せず、時には台本をつくることから始まり、長い年月をかけてみんなでつくっていくもの。最初から最後まで「みんなでつくる」ところに魅力があります。また、思い切って自分をさらけ出して弾けることは、「自分を変える」につながることもあると倉田さんは言います。
倉田さん 60年間以上の人生で培ってきた、生き方の癖みたいなものは良くも悪くもすぐには変わりません。けれど、シニアの方たちに演技指導をしていると、ふと良くなる瞬間があるんです。
普通に生活をしていたら絶対に変わらなかったであろうものが、演劇を通してなら変化できる。その瞬間を見るときは、たまらなくうれしいですね。
朝日さんは、「変身願望が満たされるという魅力もある気がする」と言います。演劇のなかでは、ふだん家では三つ指ついてご主人を迎えているような奥ゆかしい人が「暴力的なセリフを吐く愛人」を演じたりと、別な人生を生きるいろんな自分になることができるからです。
朝日さん 経験者のお声の中には、演劇をしていて一番おもしろいのは「台本をもらったとき」という回答が多くて。自分がどの役になるのかワクワクするところに、青春のドラマがあるのかも。
また、初舞台の幕がおりると決まって「人生、こんなに感動したことはない!」というお声を聞かされます。
2015年に、スティックシアターが60歳以上を対象に実施した「シニア演劇に関する経験者100人へのアンケート調査」の結果によると、演劇を通して自らの変化を実感している人が多いことがわかりました。
コメントを見ていくと、「性格が変わった」「自分をさらけ出すことに抵抗がなくなった」など自分自身の変化を感じている人。
「今まで他人様に感謝する気持ちがなかったけれど、感謝の気持ちがわいてきた」「他人との関係が薄かったので、まわりの人たちが気を使ってくれることにびっくりした」など、周囲との関係まで変わってしまった人もいるようなのです。
倉田さん 劇団に見学に来られた方で、声を出すのが数週間ぶり、という方もいらっしゃいました。きっと、僕たちの想像を超えるような勇気を持って来てくださっているんですよね。
シニアの方たちが発するセリフには、60年以上生きてきたからこそ持つ重みがあって、人を感動させるだけの人生経験がある。だから、自信を持って心から楽しみながら演劇をしてほしい。
ごく普通の生活を送っているなかで「人を感動させる経験」をすることは、なかなかできるものではありません。そして、自分自身の人生経験が「誰かを感動させる」力があるということに気づくこともまた、なかなかありません。劇団で活動するシニアの方たちは、「人を感動させる経験」を通して自らの人生を深く肯定するきっかけをも得ているのかもしれません。
朝日さん 経験が豊富なシニアの方たちですから、それを上回るご苦労や感動はこれまでの人生でもきっとあったと思うんです。晴れ舞台で、スポットライトを浴びることで、心の奥にしまっていた過去の感情や思いがよみがえってしまう。演劇には、そんなチカラがあるのかもしれません。
活動を通して見えてきた、演劇が持つさらなる可能性とは?
ワークショップの最後にはミニ演劇も。シニアの方たちの迫真の演技!
現在、スティックシアターが活動を行っているのは、主に大阪の梅田と阿倍野の2カ所。立ち上げた頃は、月に1度体操や簡単な演技指導を昼に行う1回完結型のワークショップ「月いち」がメインでしたが、夜の参加を希望するメンバーも増えたため、梅田は昼と夜の2部構成になりました。
さらに今年10月にスタートした「週いち」は、半年に1度公演を行い、ゆくゆくは劇団化することを目標としています。
朝日さん 参加者の半分は演劇未経験者で、「月いち」は、気軽なお気持ちで気晴らしに来ている方もいらっしゃいます。
また、本来、シニア劇団は60歳以上の方が対象ですが、予備軍を含めて50代から参加できるようにしました。主婦の方で介護をしながら毎日家事をしていて「気づいたら自分のために生きてない…」という方もいらっしゃって。
そういう方たちにも、演劇のチカラが求められているのだと、スティックシアターの活動をしてみてわかってきました。
倉田さん 演劇には人の気持ちを癒す効果もあって、ヘルスケアの役に立つ部分もあるのでメンタルケアプロジェクト事業も計画しています。活動内容の幅を広げすぎると目的があいまいになってしまうので、むずかしいところではあるのですが、慎重に考えていきたいと思っています。
また、今は大阪での活動がメインですが、京都や兵庫などから足を運ぶ方も増えているのだとか。そこで今後は近畿圏での「一都市一シニア劇団」を目標に、地域でシニア劇団を立ち上げたい方を募集していくそう。
倉田さん プロの手をちょっと加えるだけで、脚本を書ける人を発掘できたり、地元の人たちだから共有できる笑いが加わったりと、おもしろい舞台になると思うんです。
だから、必要最低限の運営ノウハウと、そこに住む人たちのいいところを引き出す演出方法を提供できればと。地域ごとに特色があるので、それを活かしながらまちも元気にしていけるといいですね。
シニアの方たちとのお付き合いが長くなればなるほど、それぞれの人生の奥深さや口にする言葉にハッとさせられ、自分の人生を見つめ直すきっかけになることもあります。
これまで積み重ねてきた人生経験を活かして人を感動させることができ、自分自身をも変えていける演劇のチカラ。
いろんなまちに『すずしろ』のような劇団ができれば、シニアの方たちが自信を持って人生の新たな1ページを刻む瞬間を共に体験し、「いくつになっても生き方は変えられる!」と勇気をもらえそうな気がしてなりません。
今は自分ごとではなくても、祖父母や両親、お隣に住むおじいちゃんやおばあちゃん、そして私たち自身にもいつか訪れる現実。少し想像力を働かせて、あなた自身の生き方そのものやライフワークについて考えてみませんか。