2015年8月に大阪・グランフロントで開催した「ミニ・フューチャー・シティ」に参加した子どもたちと大人たち(cobon提供)
私たちは「仕事」をすることで暮らしを営み、また世の中のしくみを支えてもいます。朝起きてからの30分を振り返るだけでも、驚くほど多くの人の働きに支えられていることがわかります。
顔を洗うための水を管理してくれている人、歯ブラシや歯磨き粉を作ってくれている人、朝食を用意するときに使うガスや電気を供給してくれる人、冷蔵庫を作る人、パンを焼いてくれた人。洋服を作ってくれた人…。解像度を高くすれば、私たちが生きる時間の一分一秒ごとを支えている、無数の人の手が見えてくるのではないでしょうか。
「仕事」から暮らしやまちを紐解いていくと、社会の見え方が少し違ってくると思います。
NPO法人cobonが提供する「こどものまち」は、「仕事」をキーワードにして子どもたちと一緒に世の中のしくみをひもとくプログラム。2007年の設立以来、cobonが手がけてきた各種のプログラムには、のべ1万8000人の子どもたちが参加しています。
今回は、cobon代表・松浦真さんと智子さんご夫妻に「今のcobonが挑戦していること」を改めて伺いました。
1981年生まれ。大阪市立大学文学部Ⅱ部卒業。大学在学中に、学生団体「盆栽」の運営に関わり2期目の代表として400人規模のキャリア支援イベントなどを行う。卒業後は東京の企業に就職。多くの企業が、売上や株主のために社員を犠牲にしていることを知り、この社会課題を根本から変えたいと考え、NPO法人ETIC.CPアカデミーに参加。 2007年5月にNPO法人「こども盆栽」設立(のちに「cobon」に改名)。子ども達によるまちづくり、まちづくりにおいて働く意味を理解するプログラムを各地域において展開。8年間で1万8000名の子どもたちが参加した。2012年6月からはインドネシアでもプログラム提供を行っている。
子どもが主役!「働く」を体験するまちをつくる
2007年に開催した「ミニ大阪」のようす(cobon提供)
松浦さんがはじめて、こどものまちを作るイベント「ミニ大阪」を開催したのは2007年5月のこと。松浦さん自身が、自らの働き方に疑問を持つようになったことがきっかけでした。
真さん 「売上のためなら、社員が働きすぎて体を壊してもいい」という会社を存在させてしまう社会を変えたいというのが最初の動機でした。子どもたちに「自分が納得できる働き方」を考える機会を提供し、より広い視野で社会を捉えてほしいと思ったんです。
「ミニ・ミュンヘン」は2年に1回、夏休みの3週間(月〜金)開催。一日あたり約2000人が訪れるという。
「ミニ大阪」のモデルになったのは、ドイツで30年以上の歴史がある「ミニ・ミュンヘン」です。7〜15歳の子どもたちが、夏休みの3週間にわたって小さな都市を運営。それぞれ自分で選んだ仕事に就きます。
お給料は、架空のお金「ミミュ」。お金を貯めて預ける銀行もあれば、土地を買ってお店を始めることもできます(なんと、税金の納付義務も!)。
自分が好きなこと、やりたいことに直結していれば「働く」ことも「遊ぶ」ことも大きな違いはありません。「働く」「遊ぶ」「学ぶ」の垣根のないまちをつくる子どもたちは、「自分が納得する働き方」を直感的に学びとっていくのです。
2007年に開催した「ミニ大阪」のようす(cobon提供)
「ミニ大阪」に手応えを得た松浦さんは会社を退職してcobonの活動に専念。大阪府下の行政や地域NPOと恊働しながら、ニーズに合わせた「こどものまち」プログラムを提供しはじめました。2013年秋には、子どもたちが一歩進んでまちづくりに関わるプログラム「Kids City」を天王寺区で初開催。
4回にわたるワークショップ「こども会議」で、子どもたちが実際のまちを観察し、まちに必要な仕事を考え、つくりたいまちをイメージするプロセスを経て「Kids City! 天王寺」が完成します。
「Kids City!天王寺」には二日間で約300名の子どもたちが参加。商品を売るためのセールを実施したり、新しい仕事を考えて起業したり…。まさに大人顔負けの仕事ぶりを見せてくれました。
2013年秋に開催された子どもたちが職業を通じて、街や地域とのつながりを体験する「Kids City天王寺」(cobon提供)
世の中のしくみは「自分の仕事」で変えられる
大阪大学大型教育研究プロジェクト支援室とcobonが共催で開催した「2050年の課題を読み解く:『あそびと先端技術』ワークショップ(cobon提供)
参加する子どもたちやその保護者の好評を得て、やがてcobonの「こどものまち」プログラムは行政や教育機関などから引っ張りだこになりました。予算規模もスタッフ数も膨れ上がっていくなかで、松浦さんは心のなかでモヤモヤしたものを感じ始めます。
真さん 他に言葉がないので、「こどものまち」を“キャリア教育”と説明することもあるのですが、僕自身は「キャリアって正解がないものだから、自分でつくるしかないし、一方的に教えて支援できるものではない」と思っていて。
数年前には、「もうやめようかな」というほど悩んだ時期もありました。
cobonが提供したいのは「職業体験」だけではありません。伝えたいのは、「世の中の理不尽なルールやしくみは、自分たちの仕事によって変えられること」。「キャリア教育」という言葉のイメージからはみ出ている部分をどう伝えればいいのかわからず、松浦さんは悩みました。
そんなとき、cobonの理事でありgift代表・桜井肖典さんのひとことが光をもたらします。「真くんは、一つひとつの仕事に願いを持って、その願いを贈り物のように社会に届けたいと思っているんだよね」。
真さん 「ああ、そうだ。自分は仕事に願いを持ちたいんだ」と思いました。みんなが仕事に願いを持っていれば、「悪いことをしてでもお金を稼ぎたい」とか「従業員がたくさん辞めても売上が上がればいい」という会社にならないと思うんです。
一人ひとりが自分の仕事に「願い」を持って働いているなら、この世の中は少しずつ良い循環を生み出していくはず。自分が仕事に込めていた「願い」を再発見し、松浦さんは思いを新たに「こどものまち」のプログラムに取り組むようになりました。
そして、同じタイミングで合同会社こどもみらい探求社の小竹めぐみさんが開発パートナーに。cobonのオリジナル性を生かして、こどもたちに提供するプログラムをアップデートし続けられる体制も整いました。
消防士さんの願いは「人々が眠れる夜をつくること」
今では、松浦さんは子どもたちにも、「こどものまち」で就く自分の仕事の「願い」を考えてもらっているそう。
たとえば、消防士を選んだ子どもの願いは「人が落ち着いて眠れる夜をつくること」。銀行員を選んだ子どもは「世の中に貧しい人がいなくなるために」という願いを書いて、大人たちを驚かせました。
「みんなでかんがえてほしい ちいきでできること すべてぼくらのしごと」。大人たちも一生懸命考えています(cobon提供)
「仕事するときの願いは何ですか?」。この問いは、大人に対しても投げかけられます。
「コープこうべ」から依頼を受け、2015年秋に開催する「みんなが輝ける Kids Creative City!コープこうべ」では、コープこうべの社員や食品メーカーの社員に「仕事への願い」「みんなが輝けるための仕事の工夫」を7分間でプレゼンしてもらうのです。
真さん 小3から中2の子どもたちにわかる言葉で、シンプルに伝えなければいけないので、みなさんかなり悩まれるようです。
「願い」を問うことは「そもそもなぜこの仕事が生まれたのか」という原点を問うこと。子どもといっしょに、それぞれの仕事の原点を取り戻しながら未来のまちをつくるために、大人たちもすごく一生懸命考えてくれています。
仕事に対して持っている「願い」をかなえることは、この社会を少しずつ良い方向へと変えていく一歩になっていく。松浦さんはそう信じています。
「みんなが輝ける Kids Creative City!コープこうべ」に向けて開かれた「こども会議」のようす(cobon提供)
実験的な未来のまちをつくる「ミニ・フューチャー・シティ」
2015年夏には、大阪・グランフロント60人の子どもたちと2日間420分間の「ミニ・フューチャー・シティ」が実施されました。
同イベントを主催したのは「ミニ・フューチャー・シティ実行委員会」。一般社団法人ナレッジキャピタル(会場提供)、株式会社KMO(技術や当日のマネージメントを担当)、京都大学総合博物館(全体ディレクター)、株式会社GOCCO.(全体のシステム開発)、cobon(まちづくりの仕組みを担当)、合同会社こどもみらい探求社(プログラム開発・ファシリテート)の6団体が参加して「未来のまち」づくりに取り組みました。
未来社会を研究するデューク大学教授のキャシー・デビッドソン氏は、2011年8月にニューヨークタイムズ紙で「2011年度に入学したアメリカの小学生の65%は、大学卒業時には今はまだ存在していない職業に就くだろう」と語りました。
この数字が日本の子どもにそのまま当てはまるかどうかはわかりませんが、今の小学生の多くは「存在していない仕事」に就くことは確かです。
そこで「ミニ・フューチャー・シティ」では、従来のアナログ感を残しつつも最新のITシステムを導入しました。30台のiPadとコインを支払うLED端末を使って、「お金」をすべて電子データ化。売上はリアルタイムで集計し、「どのお店がどのくらい売り上げているか」がわかるしくみもつくりました。
ミニ・フューチャー・シティのハローワーク。デジタル機器が導入されていると未来っぽい(?)印象が生まれますね(cobon提供)
もうひとつ、「ミニ・フューチャー・シティ」での大きな挑戦は、お金を払う時に「ハッピー」というボタンをつけたこと。
お店の看板に書かれた「願い」を見て「願いにかなっているサービスだった」と思ったら、「ハッピーコイン」のボタンを押します。そうではない場合は、「ふつうのコイン」のボタンを押します。
この「ハッピーコイン」によって、子どもたちの行動は変化しはじめたそうです。
智子さん 8年間やってきて、どうすれば子どもたちがお金を稼ぐ以外の軸を持てるのかを考えていました。
いつもは、どうしても「どれだけ売上をあげたのか」を競い合ったり、セールでたくさんモノを売ったりすることに、みんながやっきになってしまいます。「ハッピー」というお金以外の価値観を入れると、子どもたちはお金がどんなに入ってきても「ハッピーがないとやりがいがない」と思うみたいで。
「ミニ・フューチャー・シティ」は、いわば「信頼でお金や人が巡っていく実験」でもありました。
画期的だったのは、信頼も売上も少ないときには「廃業チャンス!」が端末に表示されるというしくみ。人は誰しも、一度始めた仕事や立ち上げた店や会社を「辞める」のは難しいもの。
しかし松浦さんは、「一度仕事を手放すと、新しい視点からものごとを見るチャンスもくる」と考えたのです。
真さん 「ミニ・フューチャー・シティ」では、元・京都大学の文化人類学の研究者と一緒に大人が子どもの行動を観察しました。
すると、子どもたちは「お金があってもやりがいがなければ使いたくないし、社会に手応えのない仕事は辞めてもいい」と考えていることがわかってきました。
子どもたちの行動から浮かび上がってくるのは、「お金って何のために稼ぐの?」「お金って何のために使うの?」という問い。
もちろん、答えはひとつではないし、正解があるわけでもありません。ただ、時々そっとこの問いを起動して、自分を確かめてみるのは悪くないかもしれません。
自分をうまく当てはめて職業のかたちを変えていく
「会社バイバイ!」。もしも、ハッピーも売上も少なかったら……「廃業チャンス」が到来します(cobon提供)
cobonでは、これから「ミニ・フューチャー・シティ」を全国そして海外にも展開していきたいと考えています。
さらには、「ミニ・フューチャー・シティ」で得られる子どもたちの信頼と売上の相関関係を含めた購買行動を記録したデータを分析。新しいまちのしくみを模索する手がかりになるのでは、と期待しています。
真さん 今の社会のなかに理不尽なしくみやルールがあるなら変えて行きたいというのもcobonの願い。このプログラムは社会を変えて行く具体的なツールにもなると思います。
今、都市部で暮らす子どもたちは余暇のない暮らしをしています。お母さんたちは「将来がどうなるかわからないから、子どもにはいろんなことをできるように育ってほしい」と一生懸命。平日は学校が終わってから夜の9時まで塾や習い事があり、土日もテストで休みがないことも。
未来に不安を感じているお母さんたちのもとで、子どもたちもまた疲れきっているという現状があります。
智子さん 「こどものまち」で、新しい仕事やアイデアを思いつく子どもたちは、暇そうにまちを観察していたり、ちょっとへんな動きをしていることが多いんです。
予定で時間を埋め尽くされ、モノにあふれている空間では、新しいものを生み出す余白がありません。何もしていない時間と、モノがない空間ってすごい大事だと思うんです。
cobonのおふたりが話すこどもたちのお話には、大人である私たちがハッとさせられるポイントがたくさんあります。
そして、彼らがいつも立ち返ろうとするのは「そもそも論」。「そもそも、お金は何のために必要なのか」「そもそも、何のために生まれた仕事なのか」と原点を問いながら、未来を見通そうとしているように思いました。
真さん これからの未来を生きる子どもたちは、仕事を作ってもいいし、辞めてもいいということを知っていてほしいです。
仕事は人生のすべてじゃないし、自分を職業に当てはめるのではなくて、職業の側を自分にうまく当てはめて職業のかたちを変えていってもいいと思うんです。
変わりゆく社会に合わせようとするのではなく、自分がありのままに生きられる社会を作っていくこと。それが、cobonの大きな願いなのかもしれません。