空き家だらけのまちを元気にしたい。
その想いをもとに全国に広がってきた「リノベーションスクール」。地域の遊休不動産を活用した事業プランを考え、エリアを再生する取り組みは、たびたびgreenz.jpでもご紹介してきました。
その企画・運営を牽引する「らいおん建築事務所」の嶋田洋平さんが、このたび『ほしい暮らしは自分でつくる ぼくらのリノベーションまちづくり』という本を出しました(2015年6月日経BP社より)。
それは、嶋田さんのふるさとの北九州・小倉と、現在の住まいであり、東京23区内で唯一「消滅可能性都市」とされた豊島区・雑司が谷を行き来して取り組んだ、まちづくりの実践記です。
そして今回、“ゴーストライター”として関わることになったのは、「劇団・ぺピン結構設計」で劇作家として活動をする石神夏希さん。あえてゴーストライターの名前を公表したのは、嶋田流に言うと、「これもリノベーション」!
お二人のインタビューには、まちづくりだけのためだけはなく、普段の暮らしや仕事をも楽しく変えるリノベーション的ヒントが、いくつも見え隠れしていました。
“建物以外のリノベーション”って、いったいなに?
そのカタチが見えてくる瞬間を、ぜひ感じてみてください!
らいおん建築事務所代表、一級建築士。リノベーションスクール企画・運営担当。北九州家守舎代表取締役、都電家守舎代表取締役、リノベリング代表取締役。東京理科大学理工学研究科建築学専攻修士課程修了後、建築設計事務所「みかんぐみ」チーフを経て2010年独立。北九州市小倉と豊島区雑司が谷を行き来しながら、「リノベーションまちづくり」を実践。
ペピン結構設計/場所と物語。演劇集団「ペピン結構設計」を中心に劇作家として活動。2002年『東京の米』にて第2回かながわ戯曲賞最優秀賞受賞。近年はテナントビル、住宅、商店街などでの演劇上演、地域を軸にしたアートプロジェクトの企画や滞在制作を行う。また住宅・建築を主なフィールドに建物や場所に関するリサーチ・執筆・企画を行うなど、「場所」と「物語」を行き来しながら活動中。
“演劇”でまちをリノベーションできるか?
お二人が仕事でコラボレーションをはじめたのは、2011年4月にさかのぼります。当時、ふるさとの北九州・小倉にて、リノベーションによるクリエイターの拠点づくりをしていた嶋田さんは、新しいまちのコンテンツづくりを夢中で試みている最中でした。
そのひとつが、その拠点である中屋ビル(今のリノベーションスクール@北九州のメイン会場)にあるエレベーターをギャラリーに見立てて、若いアーティストらに作品発表のチャンスを提供するという企画。
その際、嶋田さんは、初対面同然の(※)石神さんに、「エレベーターで演劇やらない?」とお誘いをかけます。
当時、すでに劇場以外のさまざまな空間で演劇公演をやっていた石神さんは、このプロジェクトに賛同。そして石神さんはじめ劇団メンバーが、制作のために6か月かけてのべ30日間ほど小倉に滞在。まちの人へのインタビューを重ね、2012年末、『対岸の火事』を上演しました。
エレベーターと、ビル全体や商店街を使った移動型の演劇公演。商店街の人も役者として参加。昔から火事が多い、木造建築が残る商店街で、その火事をも笑い飛ばすまちの人のたくましさを描いたストーリー。火除けのお稲荷さんがあるビルの屋上には、“赤いヒーロー”、ビルのゲームセンターは、実はクリエイティブ拠点の“お金を稼ぐエンジン”? 彼らのたくましさの源でもあるモチーフを演劇で浮かびあがらせた。
目の前の風景はもっと楽しくなる――。呼んでくれた嶋田さんのために、「“演劇”でリノベーションをやってみよう」とした石神さんの試みは、まちの人に新鮮な驚きを与えました。
嶋田さん この辺りでは見慣れている、ビルの屋上の赤い火除けのお稲荷さん。それが実は、赤いヒーローたちがいつも戦っていて、このまちを火事から守ってくれている?なんていうまちの読み解きかたをすると、すっごくおもしろくなっちゃって。
さらに、そこに生きてきた人の声なき声が聞こえるような気もして、最後は僕も、なんだか泣いちゃったんですよ。
普段意識しないまちの記憶や歴史の蓄積を、見えるカタチで表現し、それによって古いビルや商店街という場を、今よりもっと楽しく感じるように使うこと。それはまさにリノベーション的だったね。
石神さん それまでリノベーションとは、単に古い空間をつくり変えることだと思っていたんですが、ふたを開けてみると、クリエイターの拠点であるそのビルは、一階のゲームセンターの収入に支えられていたり、この劇も商店街(民間)のお金や人のお陰で実現できたり。このプロジェクトを通じ、それを可能にする人やお金の流れ、ビジネスという仕組みが見えてきたんです。嶋田さんの追求しているリノベーションが、 そういう建物・空間以外の仕組みまで含めたことだったという気づきは、私にとって、まちの新しい発見になりました。
‟ゴーストライター”を表に出して本をつくったら?
時は流れ、2014年3月。そんな二人に“本づくり”という不思議な縁がめぐってきます。嶋田さんが、とある建築関連の書籍(1、2)を共著でつくっていた時でした。
嶋田さん 青木純さん(メゾン青樹)が本を出し、その講演会で女の子たちが行列をなしてサインを求める様子をフェイスブックで見て、すごくうらやましかったんです(笑)
それと、場当たり的にがんばってきた自分の仕事を、ここらで整理してみたいとも考えていたので、それならば“嶋田洋平”の名で本を出したいな、と。
そう思い立ったものの、その共著本をつくる煩雑なプロセスを横目に、「めちゃくちゃ大変そう。俺が書くのはムリ」と断念、プロの書き手に頼むことに。ちょうど、ある作曲活動に関する“ゴーストライター問題”が、世を騒がせていた時期でもありました。
嶋田さん あの話の僕なりの解釈は、クレジットとお金の問題なんじゃないかと。それをうやむやにせずに、“ゴーストライター”という事実と名前をきちんと表に出して、かつ売上げに応じた報酬となるようにする。そんな本をつくるプロセスを自分がやってみたら、もしかしておもしろいかもしれないって。それで石神さんに声をかけたんです。
石神さん 最初に“顔出し・名前出し”でゴーストライターをお願いしたいと言われたときには、正直抵抗がありましたね。でも、そもそも嶋田さんは、ものごとが起きていくプロセスを丁寧に見つめ、何かしこりがあれば取りのぞき、うまく流れる仕組みづくりを追求する人。この話も、ゴーストライターということを単にネタにしたいのではなく、そのスタンスで本づくりもしたいということが分かってきたので、それならばお手伝いしたいと思ったんです。
世に警鐘を鳴らす“嶋田節”への誤解をときたい
第6・7回リノベーションスクール時(2014年)に、関連イベントである、魚町サンロード商店街「Fantastic Arcade Project」でディレクターを務めた石神さん。第8回にはユニットマスター・ライブアクターとしても参加。
嶋田さんをきちんと表現するには、どうしたらよいのか。
ちょうどその時期、リノベーションスクールにも関わるようになっていた石神さんは、「スクールが注目を集めれば集めるほど、いろんな声が聞かれるようになってきた」と苦笑します。
石神さん 嶋田さんが実践するリノベーションまちづくりは、自分をはじめ、まちの人の“発想”を変えると同時に、今の状況じゃまずいよねって世の中に警鐘を鳴らすことでもあるんです。
特に昨年は、その意識変革のために、嶋田さん自身も矢面に立って戦い、だからこそ物言いや態度が極端になり過ぎて、余計な反発や誤解を招くこともあっただろうと思うんです。
ゴーストライターで自分が関わる意味は何なのかと考えたときに、嶋田さんのバシッと本質を絞り込むから出てしまう言葉のストレートさや強さについて、その周辺をもうちょっと丁寧に伝えたい、誤解みたいなものをできればときたいな、と思いました。
嶋田さん 確かに僕が自分で書いていたら、もっと変にアジテーショナルな書きっぷりになってしまったかもね(笑) その辺のコントロールは、石神さんに随分してもらった。
さらに、先の小倉での演劇プロジェクトはじめ、嶋田さんのインタビュー記事も過去に手掛けていた石神さんは、そんな嶋田さんの仕事ぶりを、その時点である程度は理解していました。しかし、逆にそれが本質的なインタビューを妨げるかもしれない、という石神さん自身の懸念もあったそう。
嶋田さん 例えば小倉の話などは、お互い、「あれのあれがあーだったじゃん?」で終わらせてしまったり。そんな雑な把握になっちゃう恐れもあるから、僕を全然知らない人を招いてゼロから僕が話し、そのプロセスを通じて石神さんが原稿をまとめていくというのがいいのでは、と石神さん自身が提案してくれて。
カフェ「あぶくり」(豊島区雑司が谷)で行われた“ゴーストライターによる公開インタビュー”。ここでの質問や意見も本づくりに取り入れた。(2014年8月から4か月にわたり、全5話開催)
こうして、嶋田洋平が本をつくる“プロセス”を披露する場、ゴーストライターによる公開インタビューを開催。自分のことながら、周囲を楽しませ、ものづくりに巻き込む。嶋田さんらしいパブリックマインドあふれる、コミュニケーションの場を目の前につくってしまったのです。
この嶋田イズムを丸裸にした集大成に、一貫して表現されているのは、手掛けるプロジェクトや活動すべてが嶋田さんの“必然性”に結びついていること。
石神さん ここ数年のリノベーションブームにのったという話でも、いきなりまちを変えようとした話でもない。起点は常に自分にある。身の周りの“違和感”に素直に向きあって、自分なりの答えをだす。その実践の積み重ねが、嶋田さんの今につながっているんです。
当初200ページの予定だったのが、300ページまで膨らんでしまったほど、太っ腹な一冊。なのに一気に読めてしまうのは、公開インタビューによる熱気がこもっているから?
みんなが同じ方向をむくには
石神さん それと、今回すごくやりやすかったのは、どうやったらゴーストライターという立場で関わる私が、本を書くモチベーションをキープしてベストを尽くせるかを、嶋田さんがずっと考えていてくれたからだと思います。
嶋田さん それはよかった。今回石神さんは、客観的に分かりやすい事実説明を書くのと同じくらい、文章のあらゆる“表現”に対しても意識的にやっているのが分かった。だから例えば、出版社なりの言葉づかいに直されそうになった時に、「ごめんなさい、これ彼女の文学作品なんです」みたいなことを僕が伝えると、編集者さんも理解してくれるところがあって。
でも僕と石神さんが一番おしていた、「“超絶”リノベーションまちづくり」ってタイトルは、出版社さんの反対があって、却下(笑) その部分は書店の反応や売れ行きなどをよく知る、編集者・営業さんたちの意向を取り入れましたね。
そもそも僕、いろんな人と仕事をする時に、その人がやりたいスタンスや表現をきちんと聞き、何を大切にしているのかをつかめた時、僕のその部分をやるスイッチは、全部切るんですよ。そうやって、どんどん切ってくと、お金集めが仕事になっちゃうときもあるけど(笑)
石神さん そんなふうに関わる人を尊重し、全力を発揮できるような環境づくりを徹底してやってくれる。いい意味で、ものすごくほっておいてくれるというか。そこが嶋田さんのうまいところで、気づくとこれにすごくコミットしていたし、いつの間にか巻き込まれているんです(笑)
「リノベーションまちづくりにおいても、大切なのは、関わる人全員が同じ方向をむくこと」と言う嶋田さん。それは、同じ方向をむきながら、それぞれが自分の力で、自分のほしいものをつくること。楽しんで取り組める人が増えれば、ひとりではできないようなこともできる気がしてきました。
嶋田洋平著・石神夏希(ゴーストライター)。日経BP社より2015年6月刊行。
著者の故郷の北九州・小倉と、現在の住まいである豊島区・雑司が谷が舞台のまちづくりの記録。リノベーションまちづくりの事業化プロセス、リノベーションスクールやその事業化を実現する家守会社の役割に加えて、関わったプロジェクトの事業スキームやプロセスを掲載。ほしい暮らしを実現するために、雑司が谷で商店会長や保育園父母会長となり、奥さんのカフェづくりを通じて人の集う場を共に模索する姿なども描かれる。リノベーションまちづくりの方法論という側面以外にも、自分や家族・地域・社会とどう向き合うかなど、自分のまちでもっと楽しく暮らすためのヒントが満載。
リノベーションスクールは“ビジネスを生み出す場”
さて、話題はすごいスピード感で拡大しているリノベーションスクールへと移ります。2011年にはじまり毎回満員御礼、2014年には全国展開もはじめました。
さらなる躍進のために、受講生が求めるものとスクールが提供できるものをイコールにしたいし、まだスクールをよく知らない層から行動に移してくれそうな層まで、丁寧に情報を伝えていきたい。
「そう思いつつも伝えきれないことがいっぱいあって、来てみてください、としか言えなかった」と嶋田さん。この本がそのひとつのアンサーになってほしいと続けます。
嶋田さん リノベーションスクールは言わば、“ビジネスを生み出す場”なんです。
そもそも空き家が増えているエリアの課題というのは、今まで通りの暮らしと、これまで通りの商売(業種・業態)を何の疑いもなくずーっと続けてきた結果、それが今のまちの人の生活のニーズに合わなくなってしまったことなんですね。
それと対比しやすいのは、“秋葉原”。
その昔“ラジオ”の部品が売られ、おおいに賑わったことから、次第にオーディオや家電製品がそろう電気街へ。IT化の波で一時期はパソコンのまちになり、その一部のユーザーが、アニメやゲーム、アイドル系に親和性が高かったため、オタク文化がここを起点に大衆化。かつてラジオ部品が叩き売られていたまちは、いまや “アイドルと出会えること”が売りとなった。
つまり来る人の動向をみて、それにマッチした“コンテンツ”と“雇用”が次々と生まれていく。
嶋田さん 地方の商店街はそういった刷新が起きていない。本業すらよく分からなくなってしまった、「なんじゃこりゃ?」って店もある。
その理由はまちごとに分析が必要でもあるんだけど、おもしろくなくなってしまったそのまちで、どうやったら今の時代にあった空間・店・出会える人をつくれるのか。
そのまちの若い人たちがやりたいと思う仕事は?ここにしかない、ここにこないと出会えないものは?
それらの問いから、‟ビジネス”を考えましょう、というのがリノベーションスクールなんです。
そしてその過程では、店・オフィス・事務所といった、“不動産”を使う話に必ずいきつく。その不動産のコンテンツをうまく更新できれば、自然と人が集い、それがどんどんエリアに波及して、まちが変わるという流れ。
嶋田さん だからまず、建物のリノベーション技術やまちづくりの手法を論じる以前に、“ビジネス”そのものを生み出すアイデアやセンスが求められてくるんですね。
ユニットマスターは“先生”ではない。
何かを発見したくてうずうずしている!
スクールでは、受講生がユニット(=チーム)にわかれて事業プランを作成。彼らに伴走しサポートするのが、リノベーション業界の第一線で活躍する‟ユニットマスター”です。
しかし、「彼らは答えをもっている先生ではない」と念を押します。
石神さん ユニットマスターたちは、もちろんファシリテーターの役割としてアドバイスもしますが、「なにかを生み出したい」という志においては、受講生と大きく差がある訳じゃない。彼ら自身も毎回ものすごい感動や発見をするから、やめられなくて、忙しくても駆けつけてくれている、といったほうが正しいように感じます。
そのように受講生と“同じ方向を見つめる関係性”になっているからこそ、その真剣な想いの凝縮により、両者の化学反応が起きるのだと思います。
嶋田さん グリーンズで取り上げられているような社会起業家が参加してくれるときもあって、おもしろい刺激を与えてくれる人もいますよ!僕らも勉強になるので、今度はユニットマスターとして参加しないか、ってお誘いするときもあるし。そんなふうに、スクールではフラットな関係性やオープンな雰囲気を大切にしている。ユニットマスターも多様な顔ぶれになるよう毎回変えていき、どんどん新しい風を入れていこうとしているんですよ。
自分の問いを全力でぶつけよう。時にパクるもよし!
石神さん 一方で、厳しいようですが、自分がやってきたことをスクールで役立てようとか、発表しようとか、自分ができる範囲のことをやろうと思っていると、多分身にならないかも。やってきたキャリアで勝負する場ではないので…。
求めるのは、自分の問いがあって、自分の追求したいことがある人。
まちに新たなコンテンツや雇用を生み出すビジネスを考えるには、建築関連の知識だけで解決できないこともいっぱいある。アイデアを出す段階では、むしろ専門外の人が活躍することも多いそう。
嶋田さん 自分ひとりでできることは所詮限られている。だから自分が考えていることを出し惜しみしたり、隠したりする必要は全くなくて、各々が自分の考えを全部発言したうえで、みんなで真剣にブラッシュアップすればいい。
その時も、アイデアを潰すんじゃなく、ポジティブにポジティブをのせるように議論をしていくと、ドライブがかかっておもしろい“発想”を生むんじゃないかな。
それと、誰も思いつかないようなことをゼロから生み出そうなんて、思わなくていい、いい。それでドツボにはまるくらいならば、既に世にあるいいアイデアを、どんどんパクろう(笑)!その真似しかた・組み合わせかたが新しければ、オリジナリティにもつながるし。
守りではなく、そんなオープンマインドでやったほうが、ホントおもしろいから!!
「本屋で立ち読みして、これは手元に置いておきたいと思ったら買ってください!」
仕組み、プロセス、人の発想やその関係性。
リノベーションの先に、建物を取り巻くそれらに目を向けていく大切さが、見えてきました。
そしてまずは、「なんかおもしろくないな」という日常の自分の違和感から目をそらさないこと。そんな小さいことが、明日からの目の前の風景を変えることにつながるのかもしれません。
自分の暮らしがなぜか好きになれない人。
自分の仕事がなぜかしっくりこなくなってしまった人。
スクールに参加したものの、自分のまちに戻ったら、なぜか行き詰まってしまった人。
その問いから、ポジティブに一歩を踏み出すきっかけとして、まずはこの本を手に取ってみませんか?
(撮影:服部希代野)