『PUBLIC DESIGN 新しい公共空間のつくりかた』馬場正尊×小野裕之トークショー(2015年5月12日 スタンダードブックストア心斎橋店にて)
みなさんは、公共の空間というとどんな場所をイメージしますか?
例えば地域の公園や学校、街なかの空き地から川の水辺まで。公共空間は、私たちの身近なところに広がっています。
建築の設計にとどまらず、プロダクトデザインやWebサイトの運営まで幅広く手がける「Open A」代表の馬場正尊さんは、そんな公共空間のありかたを問い直すことに取り組み続けてきた建築家。
今年4月に出版された新著『PUBLIC DESIGN 新しい公共空間のつくりかた』(学芸出版社)でも、それぞれ独自の切り口で公共空間の変革に挑む6人の実践者にインタビューを敢行し、新しい公共空間のありかたを探っています。
先月、大阪のスタンダードブックストア心斎橋店で開催された同書の刊行記念トークショーには、greenz.jpプロデューサーの小野裕之がゲストとして登壇。「新しい資本主義とパブリックスペース」をテーマに、約2時間にわたってトークを繰り広げました。
この記事では、資本主義というシステムの中でどのようにして次の社会をつくっていけばいいか、そのヒントを探った対談の模様をお伝えします。
Open A代表/東京R不動産ディレクター/東北芸術工科大学准教授。
1968年佐賀生まれ。早稲田大学大学院建築学科修了後、博報堂入社。早稲田大学大学院博士課程へ復学、雑誌『A』編集長を務める。2003年建築設計事務所Open Aを設立し、建築設計、都市計画まで幅広く手がけ、ウェブサイト「東京R不動産」を共同運営する。著書に『PUBLIC DESIGN 新しい公共空間のつくりかた』『RePUBLIC 公共空間のリノベーション』など。2015年3月、新サイト「公共R不動産」を立ち上げる。
greenz.jpから感じた“パブリックな”匂い
イベント当日は悪天候にもかかわらず100名を超える方々が来場し、パブリックスペースをめぐるふたりの対話に耳を傾けました。
馬場さん 僕はずっと、greenz.jpって不思議なメディアだなと思っていました。
編集長の菜央さんや兼松さんを陰で支えている小野さんに会って初めて、greenz.jpというメディアが、独特の雰囲気を持ちつつ、ちゃんと成り立ってる理由がわかったんです。
もっと言えば、greenz.jpというWebサイト自体とか、小野さんという存在自体に、抽象的ですが、パブリックを感じたんですよね(笑)
小野さん “パブリックを”ですか(笑)
馬場さん で、その感覚は一体何だろうと思って。greenz.jpのメディアのつくりかたや、それが醸し出す匂いには何か秘密があるに違いない。その“何か”の部分には、次の社会や、次の公共性についてのヒントがあるような気がして。
なぜそれを探りたいかというと、資本主義が進むほど所有欲が強くなり、どんどんプライベートが強くなって、プライベートとパブリックのあいだに強烈な線がグッと引かれていくような感覚があるんです。
“何となく”とか“どちらともつかない”というような、境界が曖昧な空間のことを僕は“冗長空間”と呼んでいるんですが、そういう空間が社会の中から失われている気がして仕方がありません。
例えば、ビルの足元にひろがる公開空地のように、実際は私有地なんだけれども公共にひらかれている空間、つまり、私有と公有の境界が曖昧なスペースに可能性を感じていて。
公共空間が行政空間になって、硬直化していることもありますが、それを解きほぐしつつ、プライベートとパブリックのあいだを押し広げて、そこに新しい空間をつくっていきたいんですよね。
所有のための資本主義から、手放して循環させる資本主義へ
小野さん 「僕たちはプライベートを守って一体何を得たいのか」というのが、すごく疑問で。守ることの正義があったはずなのに、だんだんと目的が薄れて、守ってきた事実だけが残るようなことが起こっているんじゃないかと。
馬場さん 過剰に所有するあまり、守らないといけなくなったんだけど、リーマンショックや震災があって、どうしてこんなに所有することに固執していたんだろうと思った人は結構いると思うんです。
「所有する先にある幸せって何だ?」「資本主義、市場主義の先に何があるんだ?」と。だとすると、所有じゃなくて何をすればいいんだろうか、と。
資本主義って、人類が発明した中で一番合理的で、一番多くの人が幸せになるはずのシステムであることは間違いないと思うんです。共産主義、社会主義にはやっぱりちょっと、違和感を持ったわけですよね。
幸せのためにあったシステムにもかかわらず、それを突きつめると所有のためのシステムに変容していって、ある飽和点に達してしまった。そして、資本主義という枠組みの中で目指すべきものが違うのではないかという空気になってきた、と。
前半の自己紹介では、これまでgreenz.jpで取り上げられたソーシャルデザインの事例の中から、「H.O.W(Happy Outdoor Wedding)」や「TOWN KITCHEN」、「Park(ing)Day」など、“パブリックを問う”をテーマに厳選したアイデアを紹介しました。
小野さん これまではストックを過大評価しすぎてきたんじゃないかと思います。貯金額が多いとか、大きな家に住むことも含めて。
「貯めてどうするの?」という使い方の道筋、つまりフローが提示されていないのに、どんどん貯まっていく。でもそのストックは、本当に信用に値するのか、という。
震災後、ストックに固執することをやめて手放した人は多かったのではないかと思います。ずっと持ち続けるよりも“渡していこう”という動きが起こっていて、その真ん中におそらく信用というものがある。その循環をたぶん幸せと呼んでいるんだろうな、と。
馬場さん 僕ら、そして僕らより上の世代は、貯めておくこと、家を持つこと、所有をしておくことによって、自分が崩壊しない、家庭も崩壊しないと思っていた。つまりストックに対する圧倒的な信頼があったけれども、ストックだと思っていたお金がリーマンショックで一瞬でなくなったり、ストックだと思っていた家が震災で一瞬で流されたりして、それは本当に信用できるのかと。
いまの20代は、震災が起こる前から、あらかじめストックを疑っていたような感じがするんです。新しい何かを信じなければいけない。でもそれは何なんだろうと、ぼんやりと考えていたような気がしていて。
いまはそれを少しずつ見つけ始めているというか、バリエーションが提示され始めている感じがしますね。
「手がけるメディアが紙からウェブへと移行していく中で、編集権をだれかに全部ゆだねるのではなく、個人が自由に判断してコミットしてゆく“自走するメディア”をつくりたい、という感覚を抱いた」(馬場)
どうキャッシュポイントをつくるか、その工夫にヒントがある
馬場さん ところでgreenz.jpを見ていると、新しいエコノミクスを生むための工夫がされていて、いままでは経済活動として見られなかったことを経済活動化しているよね。その辺にすごく興味がある。
小野さん 僕は社会の出来事をお金の流れに換えて見ているところがあって。これは2011年頃に松浦弥太郎さんから聞いたことなんですが、『暮らしの手帖』は16万5千部を年に4回売り切っていて、8割が定期購読、広告は一切取らないそうです。
すごく強いビジネスモデルだなと。その強さみたいなもの、つまり信頼みたいなものが漏れ出ているから、『暮らしの手帖』は輝きを失っていないんだろうなって。
馬場さん つまり、お金の流れが、メディアなりモノなりの質感を決めていくところがある、と。
小野さん 稼ぎ方のセンスは、いま問われていると思います。どこをキャッシュポイントにするのかというところにセンスが現れる。Webマガジンってほとんどが広告でマネタイズをしているわけですけど、そうすると、どうしても少し下世話になるんですよね。
広告を入れることにグリーンズなりの美意識や正義感を絡めていくなら、どのクライアントでも出稿OKとはならないだろうと思っていて。でもそれで選んで営業すると、まぁ取れないですよね(笑)。だからやっぱり、単純に広告を取りに行っているだけではダメだな、と。
自分たちがgreenz.jpのファーストユーザーだとして、どういうビジネスモデルで回っていたら心地良いのかというのはすごく気にしているんですが、greenz.jpの読者や取材先が持っている前向きな気持ちを企業にぶつけてみることはできないかという仮説があって。
一方で、企業も行政と同じように縦割り化してきていて、本当に評価されるべき人が会社の中で評価されない状況になっているので、出島みたいなものをつくりたいという欲求がある。
その欲求と、前向きな気持ちを持つ30万人が集まるgreenz.jpというコミュニティをぶつけ合うと、新しい事業が生まれたり、今まで非効率だったCSRのプロジェクトが効率化されていったり、若手のNPO法人に企業のお金が流れたりとか。
そういう部分でコーディネートする、一緒に事業をつくる。そして、企業の中で新しい事業をつくれる人が、外側の力を借りて育っていく、と。
馬場さん じゃあ具体的なキャッシュポイントとしては、企業の活動とそういうことをつないでコンサルティングしながら、収益をつくるということ?
小野さん 企業との取引の半分以上はそれですね。
馬場さん なるほど。いわゆる単純な広告ではないんだね。greenz.jpというメディアを使った小さなプロジェクトをすること自体が、グリーンズのキャッシュポイントになっている。
greenz.jpというメディアが「どうやって成り立っているんだろう」ということがミステリアスで、かつそこに何かしらのパブリックを感じ取った。その秘密の一端は、キャッシュポイントの工夫にあるんだね。
いままでは、新しいリアルな公共空間をつくるときには、キャッシュポイントというか、平たく言うと“稼ぐ”という概念は皆無で。誰かが管理し続ける、行政がずっとお金を出し続けることになっていて、それが硬直化を生んでいた。
つまり、お金を払っている人が支配しているから、メディアでいうと広告費を出している人に支配されているから、硬直化して面白くないし、ダイナミズムも生まない空間になっていたんだなと。
人が集まって、盛り上がっていないとマネタイズもできないから、必死にキャッシュポイントの工夫を始めるわけだよね。だけど、過剰にマネタイズに走るような構造になってしまうと、そこは逆に公共性を失ってしまう。
グリーンズで起こっていることは、これから公共空間の運営の中でつくっていきたいことのメタファーになっているから、僕はグリーンズに新しい公共空間的なものを感じたんだろうな。
建築やリノベーションの領域とソーシャルデザインや社会起業の領域がだんだん近づいてきて、行政が公共の仕事として拾いきれていない部分を“誰も狙わないポテンヒット”のように拾っていくような取り組みが広がっている(グリーンズ・小野)
ルールではなく、ガイドラインをつくる
小野さん 僕らは2年半前にNPO法人化していて、greenz.jpの一部を寄付収入で運営することにチャレンジしていますが、寄付会員限定の書籍、会報誌も年2冊発行しています。
NPO法人って、大義あることをやって寄付を募ると、そこは非課税になるという構造を持っている。さらに認定NPO法人になると、寄付した人もその分は損金扱いになり課税対象からは外すことができる、つまり新しい税金の使い方を自分で決められる。
なのでNPO法人に寄付をする一番大きな意味は、税金の使い方を自分で決めるということだと言われています。自分のポリシーに合わない税金の使われ方をするぐらいだったら、例えば国際交流や地域活動など、自分のほしい未来を実現してくれそうな認定NPO法人に寄付をする。そうすると、その分は一部、非課税にできると。
馬場さん そうか、具体的な行動をするためのシステムは用意されているんだ。それは公共空間の活用とすごく相性がいいね。納税のような気持ちで、新しいキャッシュフローができれば、それは全然違うパブリックが生まれるんだろうな。
僕はどうしても職業柄、「こういうパブリックな空間ができたらいいな」という理想の風景を先に考えてしまう。それを提案していくのが自分の仕事だけれど、一方で実現までに距離があると感じてしまうこともよくあって。
でもそういうときに、行政に提案するのか、企業に提案するのか、NPOをつくるのかということも含めて、システムとセットにして考えていくと、理想の風景がリアルに動き出すのかもしれないね。実験的にやるための企画とデザインとお金の流れみたいなものを、セットにして考えてみる。
小野さん そのときは、ルール思考じゃなくてガイドライン思考のほうがいいんだろうなと思っていて。
馬場さん ルールじゃなくてガイドライン?
小野さん ルールは基本的にやっちゃいけないことを規定するものですけど、ガイドラインが規定しているものは、もっとポリシーみたいなもので、「これに沿ってやっていれば、みんなNOって言わないよね」という、どちらかというとYESの方向に向かっていくようなものですね。
馬場さん 公共空間も、ルールで縛るんじゃなくて、ガイドラインという考え方で運営していくという方法もあるのかもしれないね。
小野さん そこには、不信に基づくのか信頼に基づくのかという大きな違いがあります。禁止事項でがんじがらめになっている最近の公園にも「人が怪我をするようなことはやめましょう」というガイドラインさえ書いておけば、ルールは全部要らなくなるわけですよね。
多分、最近ワークショップとかフューチャーセンターでやっているのはガイドラインづくりなんだろうなと。「アイデア発想装置」ではなくて、どちらかというと暗黙知をみんなで共有し合っているんだろうなと思っていて。
馬場さん なるほど、ガイドラインをつくるための装置なんだ。確かにそれが積み重なれば暗黙知化していくし、ワークショップはそういうことに向いているね。大きな方向が固まったら、あとはガイドラインを修正していけばいいんだ。
なんだかすごく納得できました。今日はもう、僕は満足です(笑)。
メディアを運営しつつパブリックスペースにかかわるふたりの対談、いかがでしたか?
新しい公共空間のつくりかたの手がかりを、これまでとは違う視点から考えることができたのではないでしょうか。
次の社会のありかたを探るときにまず大切なのは、いまの社会の大きなシステムを真っ向から否定するのではなく、うまく折り合いをつけて進んでゆくために、そこで追い求めるべきものを考え直してみる姿勢なのかもしれません。
プライベートとパブリックのあいだを探ること、お金の流れを主体的に選択してゆくこと、ルールではなくガイドラインをつくることなど、対話の中で登場したいくつかの印象的なキーワードは、ぜひ身近なプロジェクトをダイナミックに動かしてゆくためのヒントにしてみてくださいね。