生活サポートメニューのひとつ「レスパイト」の様子
「かぁさん、家にかえりたい」
そんな子どもたちの切実な願いを叶えるために。
「チャイルド・ケモ・ハウス」は、自分の家の暮らしのような理想の治療環境を目指して建てられた、日本初の小児がん専門治療施設です。8年間の活動が実を結び、2013年2月末、神戸の医療産業都市に建物が完成し、同年12月にオープンしました。
“家のような治療施設”をオープンして迎えた1年半後の春。施設のなかで展開していたプログラムが地域に広がったり、理想の闘病食を考えるプロジェクトがスタートするなど、チャイケモ周辺からワクワクするニュースが次々と届いています。
小児がんになったから与えられる試練ではなくて、小児がんになったから受け取ることができたギフトをたくさん増やしたい。
笑顔でそう話すのは、公益財団法人チャイルド・ケモ・サポート基金事務局長を務める萩原雅美さん。10年前に次女のさやかさんを乳児急性リンパ性白血病で亡くされた患児家族でもあり、当事者の目線から患児やそのご家族のサポートに尽力してきました。
2年前のインタビューでは、チャイルド・ケモ・ハウスの概要やそこにいたる萩原さんの思いをご紹介しましたが、今回はその後の2年の歩みについてお話を伺いたいと思います。
(右)萩原雅美さん (左)YOSH編集長
チャイケモが持つ巻き込み力の秘密
YOSH 今日はお時間いただきありがとうございます。
萩原さん こちらこそ、よろしくおねがいします。
前回、取材していただいたライターの東(ひがし)さんには、その後も「チャイケモブック」の編集やチャイケモの応援プロジェクト「Green Flag Project」など、ずっとお世話になっていて。とても感謝しています。
東さん こちらこそです。
カラフルなチャイケモのパンフレット
夢の病院プロジェクト(現在はメンテナンス中)
YOSH こうやって取材先とgreenz.jpのライターさんが知り合い、新たなプロジェクトが動き出すことは、編集長である僕としても嬉しいんです。ライターさんが持つ編集や執筆といった人文系のスキルをいかして、社会にお役に立てる機会をつくりたいなと思っていて、チャイケモと東さんの出会いは本当に幸せな例ですよね。
ほかにも、「夢の病院プロジェクト」では寄藤文平さんや岡本欣也さんなど、さまざまなクリエーターの方が関わってきましたし、「ドネーションツリープロジェクト」や「すごろくドネーションプロジェクト」など、寄付のデザインとしても目からウロコで。
さらには於保可那子さんという専属のアートディレクターの方もいて、チャイケモ=クリエイティブというイメージが出来上がっているような気がします。
萩原さん ありがとうございます。小児がんというと重たい話になりがちですが、応援していただく人を増やそうと思った時に、そういう重たい雰囲気にならないようにしないとな…と思っているんです。そこで東さんとかデザイナーさんとか、みなさんすごくお力を貸してくださって。
スゴロクのマス目に寄付者の名前を掲載する「すごろくドネーションプロジェクト」
YOSH 単純な疑問なのですが、その巻き込み力って、どこに秘訣があるのでしょう?
萩原さん 何でしょう…あまりに私が頼りないから、「何とかしたらな」と思ってくれはるのでは(笑)
東さん 関わっている自分で言うのもなんですが、チャイケモのコンセプトそのものが、「アイデアで新しい選択肢をつくる」ということなので、それがクリエーターにとってやりがいになっているんだと思います。
「絶対、批判くるわー」みたいな尖った提案も、「批判はあるかもしれんけど、こっちのがいいよね」って理解してくれる。そういうオープンな姿勢は、「協力したい!」と思わせるベースになっていますね。
萩原さん 全然違う話を小児がんとつなげないといけない場面がよくあるのですが、「それやー!」ってみんなで腑に落ちる瞬間とかが嬉しいですよね。そういう「面白い」とか「楽しい」とかが、いつも真ん中にある気がします。
もちろん一番大事なのは、「ほんまにその子のためになるか」ってことですが、その上で、ただ実現するだけでなく、どう受け取ってもらうかも大事なことで。
東さん ほんと萩原さんはじめみなさん、いつも笑顔ですよね。
萩原さん もちろん今もしんどいときはあるんですけどね。スタッフそれぞれ、自分たちがやりたいからやっているという実感はあるんだと思います。
そもそも私の動機でいうと、娘のさやかを小児がんで亡くして、ぽっかりあいた喪失感をどう埋めようってなったとき、「今その場にいる人たちの力になりたい」という発想になったんですね。
お母さん友達たちとお買い物代行とか、「そういうボランティアしたいね」って話をしていたときに、チャイケモの話をいただいて。だから、熱い思いはありましたけど、すごい力を振り絞ったとかでは全然なくて。
YOSH どちらかというと自然な流れで。
萩原さん はい。関わらせてもらってもう10年になりますけど、何というか、さやかを育てているように、この活動を育てさせてもらってる感覚です。
YOSH いいですね。チャイケモがこうして形になって、テープカットの瞬間のときはどうでしたか?
萩原さん 竣工式は私が段取り役だったので、いい意味であまり気持ちが揺さぶられることなく、滞りなくてきてよかったなくらいでしたね。
一番心が動いたのは、まだ内装も終わっていないときだったんですけど、「電気が今日つきます」って。それで電気がついときに、思わず「うわぁ」ってなりましたね。「やっとここまできた」って。
電気が点いた日(萩原さんのFacebookより)
チャイケモだからできる、本当に必要な生活サポートとは
YOSH そんなチャイケモのここ最近の動きとして、ずっと研究活動を続けられてきた「生活サポート」に広がりのチャンスが来たようですね。
萩原さん そうなんです。「生活サポート」は、子どもの入院、闘病を経験したスタッフ等が、ご家族と一緒に考え、よりよい暮らしを叶えるための活動で、「学校にもいかせてあげたいけど…」「きょうだいで一緒にお風呂に入りたいんだけど」といった、親なら誰もが思うことのご相談を受け付けています。
基本的にはチャイルド・ケモ・ハウス滞在中の方のために準備してきたのですが、さまざまな病気で悩んでいる家族の自立支援にもつながるということで。今年の4月から神戸市と尼崎市、西宮市から小児慢性特定疾病を抱える子どもと親をサポートする事業の委託を受けることになりました。
YOSH 電話相談だけでなく、学習や通院・通学の支援などもあるようですが、チャイケモが現場で積み重ねてきた成果が、蓋を開けてみれば普遍的な価値を持っていたということですよね。ソーシャルデザインの次の一歩として、とても希望を感じます。
生活サポートメニューのひとつ「子守」の様子
萩原さん そもそも今の仕組みだけでは行き届かないことって、どうしてもありますよね。いろんなことがつながっていて、ここが無理だったら全体に影響があることがわかっているのに、話が切り分けられていたり。
例えば治療中の本人には目がいきますが、おばあちゃんちでお留守番しているきょうだい児にはなかなか目が届かない。場合によってはきょうだいも、心身症などを抱えてしまうケースなどもあるんです。
YOSH そうなんですね。
萩原さん 私自身もそうだったのですが、困っている方っていろいろ「無理だ」って思い込んでしまっていることが多いんですよね。そういうひとつひとつの気持ちに寄り添うことが本来は大事で、チャイケモの施設ができるにあたって、ずっとハードとソフト両方の研究を進めてきたんです。
そこに厚労省の方がチャイケモを訪問されたり、小児特定慢性疾患児童の自立支援のお話があったりで。
YOSH そこで、チャイケモが培ってきたプログラムを、各地に展開していく話になったんですね。今はどんな手応えを感じていますか?
萩原さん 今はまだ患者さん数件へのサポートというところですが、サポートを通じてちょっとずつ表情が変わっていくということや、前向きな状況の報告を聞くのは嬉しいですね。治療の他にも、将来の話をしたり。
サポートに入っている看護師にとっても、病院の中とは違う仕事のモチベーションがあるようで、目がキラキラしています。生活サポートにはそれくらい、何か大きい価値があるんやなって。
YOSH いいですね。
萩原さん いろいろ試行錯誤しながらやってますけど、小児特定慢性疾病児童の自立支援事業自体も最近始まったことで、「まずはパイロット的に始めましょう」ということになっているんですが、私たちの積み重ねてきた「自立支援とは何か」というところをきちんとお伝えしていきたいので、しっかりやってかなあかんなと。
中でも一番大事なのはニーズを拾うことなんですが、それには想像力としっかりとお話しする時間が必要なんですよ。学校行かなあかん子が、「学校行きたくない」って言ったら、「それがニーズですね」ってそれは違いますよね。深いな…と思います。
ニーズの読み取り方ってほんとに奥が深くて、いろいろなプロフェッショナルの方に教えてもらってばっかりです。そういうしっかりした柱をつくっていきたいです。そして各地に広まっていってほしい。
YOSH こうして今までの成果を横展開することは、とても素晴らしいと思う反面、「本当にやるべきことかどうか」という判断も難しいと思うんです。チャイケモとしてはどう考えていますか?
萩原さん 私たちは、小児がん支援のノウハウをもってサポートに入れるのであれば、支援したいと思っています。「大きな病気になったから、いろんなことを我慢するのは仕方ない」と最初から諦めてしまうことは、小児がんに限らず何とかしたいですね。
そしてこの事業を通じてチャイケモのような闘病環境をニーズとしてお持ちの方へ、直接つながっていき、必要な方にチャイケモをつかっていただくチャンスだなと思っています。
今までは医療機関からの紹介が多かったのですが、別のルートも開拓できることになります。それは患者さんにとっても私たちにとっても、とても大きいですね。
YOSH 行政があいだに入ることで信頼性も上がりますし、いい連携ですね。
萩原さん 特に神戸市の方は、チャイケロくんをぶらさげてくれたり、チャイケモウォークのチラシを配ってくれたり、本当に私たちのコンセプトに向き合おうとしてくれるのが伝わってきます。とてもありがたいことですね。
毎年恒例のチャイケモウォークは6月6日(土)開催! マイプロSHOWCASE関西編をご一緒している大阪ガスの社員も、ボランティアスタッフとして参加します
闘病食を新しくデザインしたい
YOSH いま、チャイケモとして抱えている課題はなんですか?
萩原さん 利用者がまだまだ少ないことですね。それはそれで分かるんです。病気の治療中に、並行してそういう選択肢を探そうとすることさえ難しいでしょうし。
「ここに来て良かった」って、それはもう100%の方に言ってもらえるのですが、たぶん、想像の範疇にない施設なのでイメージを伝えるのが難しいんですよね。自分が行って大丈夫なのかなとか、自分が対象の患者なのかなとか。そう考えている内にアクションまでつながらない方もいるのかなって。
今は「こんな方がこんな感じで使えるよ」ということを伝えるのが大事で。この前、関西テレビで滞在中の患児と家族の様子を特集してもらったのですが、映像で伝えることができたのはよかったと思っています。
YOSH 当事者になって初めて向き合うことも、たくさんありますよね。そういうときにチャイケモの存在自体が、社会にとっての“おまもり”みたいな気がするんです。「大丈夫、あるよ」みたいな。これだけサポートがあるのも、そういう部分が共感できるからなのかなって。
萩原さん ありがとうございます。小児がんの当事者という方は世の中に少ないのかもしれませんが、ご家族ががんになられた方、入院された方はたくさんおられます。
そうやって実際に闘病を経験された方には、よりチャイケモハウスのような環境があることの意義を、ご理解いただいていると思います。
YOSH その上で、チャイケモ側でも、さまざまな関わり方を用意しているのがすごいですよね。最近は「理想の闘病食」について研究されているとか。
萩原さん はい。闘病中も「食べる喜びのある生活」をめざして、理想の闘病中の食についてのアイデアを考案したいと思っているんです。
今回、大阪ガス様の寄付プログラム「Social Design 50」の寄付先に選ばれたので、もし寄付が集まれば、レストランスペースでそのキックオフイベントを開催できたらと。
併設のカフェレストラン
YOSH いいですね。
萩原さん ここは医療産業都市で、いろんな病院や施設が向かいにも裏にも隣にもあって、闘病中の方がたくさんいます。その中で、「だいぶ元気なってきたし、ほんまはハンバーグ食べたかってん」みたいな、そういう人もいるんじゃないかなって。
お風呂も大切だし、食べる楽しみって人間の真ん中ですよね。だからこそ、「病気になった=あきらめる」じゃなく、もう一度そこを見直す機会になればいいなと。
東さん 少し補足すると、病院食も栄養管理とかカロリー計算もされていて、すごくいいと思うんですけど、「そうじゃない日があってもいいんじゃない?」っていうことなんです。
食べたい時に食べたいものを食べれるような選択肢を、闘病中も増やしていきたいなと。
萩原さん そして、おうちで病気と向き合っているときも闘病中ですから、そのためのヒントになるといいですよね。
あとは、「食」ってみんなが自然に集まるきっかけになると思うんです。例えばチャイケモで言えば、ボランティアさんにもっと来て欲しいというニーズがあるのですが、「おいしいものを食べる」という入り口だったら、ゆるやかに活動へ入っていただきやすいかなとかも思ったりします。
そうやってこのカフェレストランが、地域のみなさんや、チャイケモのことがちょっと気になる人の居場所になるといいなって。
YOSH 滞在するご家族にも、いい影響がありそうですね。
萩原さん そうなんです。今はまだ、公園に遊びに出ても、「うつるから寄らないで」みたいに言われたりと、切実な現状があるんですね。それはやっぱり無知から起こることなので、正しい知識を広めていくことが大事だと思っています。
それは6月のチャイケモウォークとか、他のイベントにも共通していることなんですが、このカフェでも、そういう「正しく知ってもらうこと」というところで役割を担えるんじゃないかという発想で。
あとはカフェでばったりあった、チャイケモにいるお母さんと地域のお母さん同士がお友達になって、「この地域の学校どう思う?」とか話せるようになったら心強いですし、ぽつんとしがちなお父さん同士が集まる飲み会もいいですね。
ぜひここでgreen drinksも開催してください(笑)
YOSH ぜひ! 萩原さんに言われると、何かやりたくなりますね(笑)
ちなみに、うちも娘が2歳になるのですが、子どもができてからものの見方が本当に変わりました。病気だからとかではなく、みんながユニークな個性を持っているのだし、それぞれの事情も理解した上で一緒に生きていく、そんな素敵な未来の予感を、チャイケモから学ばせていただいた気がします。
ということで、まずは試食会の実現からですね。今日はありがとうございました!
真面目な話も、笑いにあふれた対談になりました
はじめは患児家族と、思いをともにする医師や看護師が集まり、小児がんの患者やその家族を支えるために尽力してきたチャイルド・ケモ・ハウス。
彼らが描いた夢の設計図は、8年越しで形になり、育まれてきたさまざまな活動は、10年というひと区切りを迎え、社会に普遍的な価値を提供しつつあります。この事実こそきっと、いま活動をはじめたばかりというみなさんにとっても、ひとつの希望になるかもしれません。
チャイケモウォークの開催は6月6日(土)、また、Social Design 50の募集期間は8日(月)までとなっています。ぜひみなさんも、この機会にチャイケモに巻き込まれてみませんか? その先に何か、ワクワクするものがあるはずです。