たとえば自分が、田舎で家族に囲まれて暮らすおばあちゃんだったとして。
ある日突然、その穏やかな日常が一変してしまったら、どんな気持ちになるでしょうか。先祖代々守ってきた家が流され、大事にしていた畑にも出られなくなり、友人を亡くし、家族も引っ越してしまったとしたら?
福島県相馬市の仮設住宅では、行くところややることを失い、無気力になってしまったおばあちゃんたちがたくさんいたそうです。
そんな光景を目にしたインテリアデザイナーの久保田紀子さんは、おばあちゃんたちの辛さや寂しさを少しでも和らげることができればと、ものづくりのワークショップを始めました。それも、誰にも使われず行き場を失っていた材料を活用して!
そうして生まれたお花のアクセサリー「編*花 amihana」は、素朴な可愛らしさでさまざまな世代から愛されています。
ワークショップで心のケアを行う
久保田さんは、東京を中心に活動するインテリアデザイナー。株式会社ハテナバコというインテリアデザイン事務所を経営し、住宅や店舗のリフォーム・リノベーションを得意としています。一方、エコプライというペットボトルキャップのリサイクル材を使った家具・雑貨のデザインも手がけてきました。
東日本大震災を受け、被災地のために何かできないかと考えた久保田さんは、2011年7月に福島県相馬市の仮設店舗にエコプライ家具を寄贈。また、エコプライを使ったキーホルダーをつくるワークショップを開きました。
ちょうど人々が避難所から仮設住宅へ移りはじめた時期で、隣に住んでいる人の顔もわからないし、きっかけがないと集会所に行きづらいという声を聞いていたんです。
そこで、ワークショップが人をつなげるきっかけになるんじゃないかと思いました。実際にやってみると、子どもたちやその親だけでなくお年寄りも参加してくれてたくさんの交流が生まれ、「楽しかった!」と言ってもらえました。
ワークショップは何度か開催し好評を得ていましたが、小さな子どものいる家庭は移住を選択する人も多く、少しずつ子どもの姿は減っていきました。
そのかわりに久保田さんの目に入るようになったのは、震災前は畑や海で働き家族と過ごしていたのに、やることを失い毎日ぼうっとテレビを見ていたおばあちゃんたちの姿。「私はここで死んでいくだけだから」と寂しそうに言う人もいたといいます。
ものづくりをすることで、一瞬でも嫌なことを忘れてもらえたら。久保田さんはおばあちゃんたちを対象とした編み物ワークショップを開くことにしました。
編み物ならおばあちゃんたちにとって馴染み深いものだし、場所をとらないので狭い仮設住宅内でも取り組むことができます。また、糸や編み針は寄付してもらいやすいという点もポイントでした。
久保田さんは最初、糸で編んだお花をつなげたクッションカバーを製作して販売しようと思っていたそう。でも、おばあちゃんたちが糸で編むお花は素材も色も大きさもバラバラ。製品として規格を統一するのは困難です。
しかし、編んでもらった一つひとつのお花を夏フェスなどのイベントに持っていって、ヘアゴムやペンダントをつくるワークショップを開いたら大好評。ものづくりの材料としては、一つひとつ違うことが魅力になるのです。
被災者の心のケアにつながるワークショップを開催するために、被災者が編んだお花を使った製品の販売やワークショップを行う。
活動のコンセプトが固まり、団体名も「ワークショップ支援チーム つくるプロジェクト」と決めました。
誰も見向きもしないものに光を当てて再生することが、
これからの時代に必要とされる「デザイン」
「つくるプロジェクト」では、使われていない素材を再生し、活用するという点も大事にしています。
「編*花」のヘアゴムに使われているウッドビーズは、おもちゃの部品としてつくられたもの。生産の都合で不要品になり、メーカーから久保田さんの元に預けられたといいます。
ヘッドアクセの革ひもや羽根は、別のプロジェクトで使用していたもので、数年ぶりに日の目を見たそう。寄付をしてもらった糸や編み針も、全国の家庭の箪笥に眠っていたものです。
また、昨年からはリゾートホテルで不要になった浴衣を引き取り、布草履もつくりはじめました。こちらの製作は現在、東京のボランティアチームが担当していますが、販売して資金を貯め、少しずつつくり手を被災地へシフトしていく予定だそう。
浴衣とデニム生地で編んだお洒落な布草履。編*花のヘアゴムやカバーをつけることもできます。
本業がリフォーム・リノベーションということもあり、ものを再生することに興味があるんです。余っているもの、行き場を失ったもの、捨てられていくものを蘇らせて、人の目を惹くものにする。
そうすれば、エネルギーだって無駄に使わなくて済みます。これからの時代に必要なのは、そういうデザインなんじゃないかと思っています。
震災から4年が過ぎたいま、被災地のことやエネルギーのことを声高に語ったとしても、一部の人にしか届きません。
でも、夏フェスなどのイベントでワークショップを開くと、興味を持った人は自分からどんどん質問してくれます。そういう人に活動の背景を伝え、規模は小さくても、長く続けていきたいと久保田さんは考えているそうです。
いまはちょうど被災した方々が仮設住宅から災害公営住宅に移動する時期で、ご近所さんが変わったり家族が分断したりと、新たな問題が出てきています。
まだまだ、人をつなぐワークショップは現地で必要とされていると感じています。だから、イベントへの出店を通して資金を集め、活動を継続したいと思っています。
行き場を失い活用されていなかった素材が、人をつなげる道具になる。高齢化やつながりの分断は東北だけの課題ではなく、全国的に起こっていることです。
「つくるプロジェクト」の試みは、ほかの地域でも応用できるかもしれませんね。
「つくるプロジェクト」は、毎月さまざまなイベントに出店し、製品の販売やワークショップを行っています。活動に共感したみなさん、参加してみてはいかがでしょうか?