(左)「和える」の矢島里佳さん(右)「SIRI SIRI」の岡本菜穂さん
私たちが文化として大切にしているモノやコト。それらの多くは、長い長い歴史のなかで受け継がれてきた、その土地ならではの営みから生まれたものです。
いま脚光を浴びている日本の伝統工芸は、その最たるものといえるでしょう。その究極を目指すものづくりのあり方には、世界に発信すべき、日本人ならではの自然観や美意識が凝縮されています。
人類のより良い未来に貢献するプロジェクトをサポートする「ロレックス賞」との連載シリーズ。今までにロレックス賞のご紹介、日本人受賞者の村瀬誠さんインタビュー、世界で活躍する社会起業家「ShuR」大木洵人さん ×「Lalitpur」向田麻衣さんの対談をお届けしてきました。
最終回となる今回、ご登場いただくのは、そんな日本の伝統文化に新たな光を当てている女性二人です。
岡本菜穂さん
ひとりめは、ジュエリーブランド「SIRI SIRI」デザイナーの岡本菜穂さん。
籐やガラスなど意外性のある素材と、伝統的な職人技術とを組み合わせた作品は世界的にも評価が高く、ニューヨーク近代美術館(MoMA)でも取り扱われているほど。(過去の記事へ)
矢島里佳さん
ふたりめは、“0から6歳の伝統ブランドaeru”を立ち上げた、株式会社和えるの矢島里佳さん。
職人の魂がこもった日本のホンモノを届けながら、先人の知恵と今の感性を“和えた”独自のライフスタイルを提案している26歳の起業家です。(過去の記事へ)
お互いの存在は知っていても、直接お会いするのは今回が初めてという岡本さんと矢島さん。せっかくなので対談の前に、それぞれのお店を訪ね、お互いの商品を見てもらいました。
さて、おふたりはどんな感想を抱いたのでしょうか?
お互いの商品をみての印象は?
目黒にある直営店「aeru meguro」にて
YOSH 直接お話しするのは初めてということで、「ロレックス賞」に関する連載をきっかけに、このような機会をつくれてとても嬉しく思っています。
岡本さんはさっそく、「こぼしにくい器」を買われていましたね。
岡本さん はい。最近、友人に子どもが生まれたので、何を贈ろうか迷っていたのですが、これは「自分でも買いたい」って思いました。
YOSH 決め手は?
岡本さん 「aeru」はデザインにちゃんと力を入れているので、見た目が素敵なだけでなく、違和感なく暮らしに溶け込めそうな感じがしたんです。
個人的な話ですが、うちではティッシュでも何でも、好みに合わないキャラクターが付いているものは禁止にしていて(笑)
YOSH 禁止(笑)
岡本さん もっともスタンダードなデザインって、インテリアに馴染むようにできている。だから、キャラクター押しということは、それで引っ張って買わせているだけだと思うんです。
子ども向けの商品だとキャラクターものが多いので、「aeru」のような選択肢があることはありがたいですね。
矢島さん ありがとうございます。
「aeru」 石川県から山中漆器のこぼしにくい器
YOSH 矢島さんは、「SIRI SIRI」のジュエリーに触れて、いかがでしたか?
矢島さん 私も運命的に感じた子がいたので、購入させていただきました(笑)
私は最近、美しいだけのアクセサリーにはあまり興味がわかないんですよね。とはいえ、奇抜なものを付けたいかというと、それも違う。でも「SIRI SIRI」のジュエリーはその中間にある感じがとてもいいなあと。
岡本さん 実際、そのバランスにはとても注意しながら作っているので、そう言っていただけると嬉しいですね。
西麻布の「SIRI SIRI SHOP」にて
YOSH ちなみに「SIRI SIRI」のジュエリーは、どんな方が買っているんですか?
岡本さん 一言で言えないくらい、幅広いですね。この前は19歳の男の子が、遠距離恋愛中の女の子にプレゼントしたいと買ってくれました。
だいたい3万円前後で安くはありませんが、いろいろ知ってくれている人には、「安いね」って言ってもらうこともあります。
YOSH 「aeru」はどうですか?
矢島さん 老若男女、さまざまな方が訪れてくださいます。意外と男性のお客様も多いんですよ。「え、赤ちゃん用? 自分で使いたいんだけど」と、おっしゃっていただけると、とても嬉しくなります。
例えば赤ちゃんのときに使った「こぼしにくいコップ」で、二十歳のときに初めての日本酒を飲む。子どもの時から使っているものを、大人になっても大切に使い続けられる。そんな日本の文化を生み出したいと思っているんです。
ですから実は「aeru」は赤ちゃん・子ども向けのブランドではなく、赤ちゃん・子どものときから一生使い続けられるものを生み出しているブランドなのです。
「aeru」 青森県から津軽塗りのこぼしにくいコップ
YOSH うちでも「こぼしにくい器」を使っていますが、本当に僕が使いたいくらいです(笑)
矢島さん 岡本さんの話にもありましたが、子どもだからと言って、大人が考える子どもらしさを追求する必要はないと思うのです。なによりも本人が一番可愛いのですから、その子が引き立つようなシンプルで機能的なものを、職人さんと共に生み出したいと考えています。
それもあってか、直営店の「aeru meguro」では、男性のお客様も積極的に話を聞いてくださいます。男性のお客様がよくおっしゃるのですが、従来の赤ちゃん・子ども用品店は、女性ものの下着屋さんと同じくらい入りづらいそうです(笑)
YOSH 確かに、わかる気がします。
伝統工芸とデザイナーの関係って?
「SIRI SIRI」 ARABESQUEシリーズのバングル
YOSH 先ほどの「中間にある感じ」というコメントもありましたが、「SIRI SIRI」のジュエリーは貴金属以外の素材が多いですよね。
岡本さん それは私自身が金属アレルギーを持っているからなんです。もともとアンティークジュエリーを眺めるのが大好きだったんですが、それを身に付けることができなくて。
だから、籐とかガラスとか、金属ではないけれど女性好みの素材を使ったジュエリーがあったら、「自分でもほしいな」と。
YOSH そうだったんですね。
岡本さん もうひとつ、私が建築を専攻していたのも大きいですね。いろんな素材を試してみる文化の中で学んできたので、それをジュエリーに当てはめて、素材の実験をしている感覚です。
そうやって試行錯誤を重ねながら、新品だけどアンティークジュエリーに負けないくらい魅力的なデザインを完成させたいと思っています。
YOSH そのパートナーとして、職人という存在があると。
岡本さん 本来ジュエリーの世界は、自分で最後まで作る人が多いんです。そういう作家性みたいなところがブランドになっていく。
でも建築でいうと、設計する人と大工さんは別ですよね。だから自分のつくりたいイメージを図面に起こした上で、作ってくれそうな人を探すようにしています。特に頻繁に通える東京の下町に住んでいる職人さんが多いですね。
YOSH 元からの知り合いではなかったんですね。
岡本さん はい。江戸切子の作品を加工してくれているのは、試験管やビーカーなど理科の実験器具を作っている職人さんで、その方を知ったのもネット検索でした。
KIRIKOシリーズでは、パイレックスという硬いガラスを使っているんですが、最初は「硬すぎて削れない」と言われて。でも「どうしても!」と無理をお願いしたら、何とかしてくれました(笑)
「SIRI SIRI」 CLASSICシリーズのバングルQUILT(キルト)を矢島さんがお試し中
矢島さん 乗り越えるべき壁が高いほど、職人さんも火がつきますよね。「おあつらえ」という言葉もありますが、想像以上の品質で形にしてくれる力強い仲間だと思っています。
「aeru」も作りたいもののイメージが先にあるのですが、私は図面を起こせないので、デザインパートナーのNOSIGNERの存在もとても大切ですね。ただ、職人さんの中には“デザイナー嫌い”な方もいて。
YOSH というと?
矢島さん プロのデザイナーがプロデュースしたけれど、残念ながら陽の目をみなかったプロジェクトが、伝統産業界にはたくさんあるようなのです。大学時代、職人さんを取材していると、どの産地でも同じような声があがってきていました。
ですから「aeru」では、私たちが在庫を持ち、責任を持って使い手にお届けしていくことで、職人さんには「究極にほしいもの」を追求する環境を整えていきたいと考えています。
YOSH なるほど。
矢島さん その上で大事にしているのは職人さん、デザイナーさん、私たち、みんなの視点を“和えて”、最高のものをつくること。
和えるがものづくりのスタートとゴールを決め、職人さんやデザイナーさんとともに伴走者として走り続け、それぞれの走者の強みを理解し、引き出しながら、ものづくりを具現化していきます。
ですから、「デザイナーさんのデザインが絶対」というものづくりのやり方ではなく、私たちが商品の色味を決めたり、「こっちの方が長持ちするよ」と、職人さん自ら図面の修正をすることもあります。
こうして関わる人全員が、それぞれの知見を出し合って、デザインしていくのが和える流のデザインです。
和える代表 矢島里佳さん
日本の魅力と伝統工芸のこれから
YOSH お二人が関わっている伝統工芸の世界こそ、日本の文化の結晶だと思うんですが、どんなところに魅力を感じていますか?
矢島さん 「使ってみて、初めてほんとうの意味で魅力がわかる」というところですね。口当たりがいいとか、何だか気持ちいいとか。そういう違いがはっきりしているのも、日本の伝統産業の面白いところだと思います。
ひとくちに伝統産業といっても、全国にいろんなものがありますよね。だから「aeru」の商品名には、「石川県から 山中漆器の こぼしにくい器」のように都道府県の名前と、技術名もしくは素材名を、入れています。
そうすることで、出身県の伝統産業を知るきっかけになったり、贈り物として選んでいただくことで、生まれ育った土地に誇りや愛着を感じてもらえると嬉しいですね。
YOSH 確かに郷土愛をくすぐりますね。岡本さんはいかがですか?
岡本さん ちょっと大きい話になってしまいますが、私が日本的な価値観として大切にしているのは、「自然と調和して生きること」なんです。
そもそも伝統工芸はそうやって成り立ってきましたし、私もその思いでジュエリーをつくっているので。
矢島さん うんうん。とても共感します。
岡本さん 今って白か黒かみたいに、二極化してしまう傾向がありますよね。ダメなものに蓋をしたり、反対意見を攻撃したり。でも、「自然の一部として自分たちがいる」という感覚があれば、それを乗り越えて世界平和につながっていくと、本気で思うんです。
特に海外では、その感覚は本当にないみたいで。多くの人が共感してくれるので、勝手に伝道師みたいな気持ちです(笑)
YOSH いいですね(笑)
岡本さん ただ、こうして伝統工芸に関わる仕事をしていると、「伝統工芸を守りたいんですね」と言われることもあるんですが、それには少し違和感もあるんです。
「守ろう」というと上から目線な感じもするし、何より伝統工芸といえども産業のひとつなので、需要さえ生まれれば続いていくし、そうでなければ衰退せざるをえないですよね。
そういう意味では、助成金などを使って「とりあえず作る」のではなく、「自分たちが本気でつくりたいものをつくること」が基本だよなって。そこは「aeru」と「SIRI SIRI」で共通しているところかもしれません。
矢島さん わかります。だからこそ、何のために、誰のために、何をつくるのか、真剣に考えないといけない。
岡本さん 最近ジレンマを感じているのは、伝統工芸を雑貨化する動きなんですよね。間口を広げるのも大事かもしれないけど、決して安い技術ではないので。
しっかり作ったらどうしても高くなる。それならば、それなりの見せ方をしていかなくてはいけない。だからこそ、まさにロレックスのような海外ブランドから学ぶことはたくさんあると思います。
YOSH ソーシャルデザインの担い手を応援する「ロレックス賞」も、大きなブランドストーリーの一部ですものね。
矢島さん 全世界の人々に愛されているブランドは、自国の技術に重点を置いていますよね。職人もお抱えにして、作ることに集中できる環境を整え、とても大切にしていると聞きます。
岡本さん そうそう。それは日本にも必要だし、「SIRI SIRI」もいつかそんな風になれるといいなと思って。
外へ、内へ。それぞれの海外展開
YOSH 先日もキャロライン・ケネディ駐日大使が身につけていましたが、「SIRI SIRI」のジュエリーは海外でも好評のようですね。
岡本さん パリの展示会でも強く感じているのですが、日本のものづくりに世界の注目が集まっていますよね。
もともとジュエリーはサイズも小さくて、輸出しやすいプロダクトなので、この追い風に乗っていけたらなあと。
YOSH ちなみにジュエリー以外のものを作ってみたい気持ちは?
岡本さん ありますね。まだ深くは考えきれていませんが、ラグジュアリーブランドというとヨーロッパのものがほとんどなので、そこに日本のものが入ってきてもいいなって思います。
矢島さん 確かに「なんでだろう?」と、私もいつも思います。世界の名だたるブランドと肩を並べられるだけの、高い技術を誇る企業はたくさんあるのに。
YOSH 「aeru」もいつかそういう感じに?
矢島さん といいつつ、私の場合、「aeru」が世界中にあるのは「つまらないかも」と思っていたりもします(笑)
むしろ「aeruの直営店に行きたいから、日本に行く」、それだけの引き寄せる力を養っていくのが一つ目標でもあります。
YOSH なるほど。
矢島さん 今年、京都にもaeruの直営店をオープンする予定なのですが、その先の夢として「aeru house」を作りたいと思っているんです。
さっきもお話したとおり、伝統産業の本当の魅力は使ってこそわかるので、実際に気兼ねなく使える、そしてその土地を楽しめる宿泊型の「aeru」を展開していければ面白いなぁと思っています。
YOSH いいですね。
こちらは東京直営店「aeru meguro」外観。京都直営店は、2015年11月頃オープン予定
矢島さん 「aeru」としてやりたいことって、「“本”当に子どもたちに贈りたい日本の“物”=ホンモノ」を届けるために、さまざまな物語を紡いでいくことなんですよね。
商品もそのひとつですし、お店や今お話した「aeru house」もそう。そのためには、「aeruに会いに、感じに、日本に来て!」とならざるをえないようにも感じます。
岡本さん 「aeru」には、それがピッタリですね。
YOSH そうですね、役割分担。
岡本さん 今日は日本人の価値観やものづくりの本質に関わる話が多かったですが、意外と共有できる人は少ないように感じているんです。「また、難しいこと言って」みたいな。
でも、私としてはこっちの方が普通なんだと思っている。だから今日は通じるところがたくさんあって、すごく嬉しかったな。
矢島さん こちらこそです。「ロレックス賞」も世界に発信する大きな機会になります。そして、多くの日本人が世界で活躍し、認められるのはとても嬉しいですよね。
岡本さんのような方がいるからこそ、「よし、その後は日本でaeruがお出迎えしよう!」という気持ちで待ち構えていられます。この賞をきっかけに、多くの人が世界に羽ばたいていけるといいですね。
日本の伝統文化を世界に伝える二人の対談、いかがでしたでしょうか?
日本人ならではの自然観や、そのエッセンスを凝縮した伝統工芸をいかして、魅力的な商品をつくっている岡本さんと矢島さん。内と外、日常と非日常といった違いはありながらも、深いところで共鳴しあっていたのが印象的でした。
というわけで、未来への貢献が期待されるプロジェクトをサポートする「ロレックス賞」とのコラボレーション連載いかがでしたでしょうか?
greenz.jpの読者の中には、「ロレックス賞」にふさわしいプロジェクトを実践している人はたくさんいるはずです。ピンときた方は、「ロレックス賞」にぜひ応募してみてください。