安いモノや便利なモノがあふれ、どこへ行っても同じ店やブランドの物が並んでいる…そんな均一化が進んできた世の中。
一方で、自分が本当に大切にしているものや、つくられた背景がわかる物に囲まれていたい、と丁寧なモノ選びをする人も増えています。
そうしたお客さんに支持されているのが、矢島里佳さんが立ち上げた赤ちゃん・子ども向け日用品ブランド「aeru」。
「子どもの頃から日本の伝統品にふれ、その魅力を感じられる人が増えれば技術も継承できる」との想いから、伝統技術を用いた子ども向けの生活用品を生み出してきました。
ブランドの立ち上げから約3年。今、矢島さんは、人々がモノを選ぶ視点が大きく変化していると感じています。「aeru」のこれからと、新しい時代のブランドの在り方について伺いました。
1988年東京都生まれ。慶應大学卒。’10年「学生起業家選手権」で優勝、’11年「株式会社和える」を設立。「21世紀の子どもたちに、日本の伝統をつなげたい」という想いから、『0から6歳の伝統ブランドaeru』を立上げ、伝統産業の職人とともに、赤ちゃん・子ども向けの日用品の開発を行う。’13年3月大学院を卒業し、講演・執筆のほか新しい企画にも挑戦中。
伝統産業の魅力に気付いてもらうために
初めて「aeru」をgreenz.jpで紹介したのは、2012年4月のこと。第1弾の商品、徳島県の本藍染で染上げた産着、靴下、フェイスタオルの出産祝いセットが発売されて間もない頃でした。
その後、商品の種類も年々増えて今では15シリーズ。器の内側に返しを付けてすくいやすくした「こぼしにくい器シリーズ」や、「こぼしにくいコップシリーズ」、「草木染めのブランケット」、「江戸更紗の前掛け」など、機能性だけでなく、質も見た目も素敵な商品が揃っています。
江戸時代から続く伝統的な「天然灰汁発酵建て(てんねんあくはっこうだて)」の技法で染められたタオル
内側に「返し」を付けることで、すくいやすくした、「こぼしにくい器」。徳島県の大谷焼(左)と石川県の山中漆器(右)
日本の伝統産業の良さを伝えるには、感性が豊かな幼少期のうちに、日本のホンモノにふれてもらうことが大切なのではと思ったのです。
古くからある技術を活用しながらも、aeruの世界観に基づいて今の時代の人たちがいいと思えるデザインのモノづくりをすることで、伝統産業本来の魅力をお伝えできたらいいなと思っています。
矢島さんはこの3年間、こうした商品をオンラインショップや百貨店への出店、催事を通して販売してきましたが、昨年2014年7月、ついに第1号直営店「aeru meguro」を、オープンさせました。
aeruの大人気商品「こぼしにくい器」は、これまでに販売総数14,000枚を突破する人気商品に成長しています。
目黒駅から徒歩3分。スタイリッシュな外観に、あたたかみのある店内。ここが、aeru初の直営店「aeru meguro」です
「aeru」の世界観が広がる店内では、商品をゆっくり手にとって見ることができます
伝統技術を守るために商品があるのではなく、商品をつくるために技術がある
これまでに、伝統産業に新しいデザインを入れて売り出そうとしてきた事例は、「aeru」以外にもたくさんありました。
有名デザイナーと一緒に開発した商品が、まったく売れなかったというような話も、産地へ行くとよく耳にするもの。そういった事例と「aeru」では、いったい何が違うのでしょう?
「青森県から 津軽塗りの こぼしにくいコップ」
一つは、「伝統技術を守るためにaeruがあるのではなく、世の中に求められるものをつくる」という明確な姿勢です。
伝統的産業品というと、その製法を守ることが重視されてきました。ですが矢島さんは「伝統産業の従来の常識にとらわれず、自由な発想で必要な形を考えることが大切」と話します。
江戸更紗の前掛けをつくった時には、こんなことも。
通常、着物の染めの型紙は長方形で、その型を一つのパターンとして繰り返しずらしながら布を染めていきます。なので、職人さんは前掛けも同じように、布全体に模様を入れたうえで裁断しようと考えていました。
でも私は、最初から前掛けの形の型紙をつくることしか頭になくて。お互いに「え?」「えっ?」っとなって。「切り抜く形が決まっているのに全部染めたら、もったいないと思って」と話したら、職人さんも「…確かに着物を作るわけではないから、確かにその方がいいですね」って。
江戸更紗で染上げ、波佐見焼の七宝柄ボタンの付いたaeru江戸更紗のお出かけ前掛け
ほかにもボタンに艶ではなくマットな質感を求めるなど、職人が戸惑うことも。それでも何度も話をするうちに想いを叶えてくれることがほとんどだと言います。
職人さんたちの技術はすごいです。でも技術を守るために商品があるわけではなくて、お客さんに求められるものをつくるために技術がある。仕事ってそういうものですよね。
多くの人がいいと思って使ってくれるものをつくれば、安定的に産地に仕事を発注できて、雇用も生まれて、技術も継承される。それが私たちの目指している循環です。
この理想的なサイクルが、実現し始めている産地があります。愛媛県の砥部町。
砥部焼でつくる真っ白な「こぼしにくい器」は人気で、毎月予約販売分で完売してしまうほど。そのため産地では、新しく人を雇い、一軒だけでなく複数の職人で仕事を請け負う体制づくりが始まっています。
こうして職人に対して遠慮なく自分たちの要望を伝える一方で、「aeru」が大切にしているのは産地に対して「値切りをしない」ということ。
「技術保持者であるつくり手」に、その分の価値を支払えるように、商品の値付けをしています。例えば「aeru」には2種類の前掛けがありますが、「江戸更紗のおでかけ前掛け」と、染を施していない普段使いのシンプルな「波佐見焼の前掛け」では1万円の価格差があります。
純粋に手のかかるものにその値がついていることが一目でわかり、買い手にとっても安心感があるのです。
「愛媛県から 砥部焼の こぼしにくい器」制作風景
「aeru」の想いや背景をしっかりと伝えるために
さらに百貨店での販売方法にも、aeruならではのこだわりがあります。
立ち上げ以来、決めているのは、単商品で販売しないということです。
「aeru」は、食器屋さんでもなければ、おもちゃ屋さんでもありません。赤ちゃん・子ども向けの日用品を、総合的につくるブランド。ですから、器だけ、ボールだけを売り場に置きたいというお話はすべてお断りさせて頂いています。
「aeru」のコーナーをつくって、複数の商品群を置いていただくことが大切なのです。そんなこだわりを理解してくださり、aeruの世界観をお客様に伝えていただける百貨店さんと、ご一緒させていただいています。
声をかけてくれた百貨店は数あるものの、現在販売しているのはそのうち全国で6カ所のみ。
百貨店といえば小売りの王様。品物が置かれるだけでもステータスであり、スタートアップの時期などは特に、のどから手が出るほどほしい状況でもあったのでは…?
「aeru」の思いや背景をきちんと伝えられる形でないと、お客さんにも機能や価格でしか判断してもらえなくなってしまいます。その価値を理解した上で、お客様に伝えくださる相手でないと続かないとも思うんですよね。
連絡を頂いていきなり「掛け率いくら?」と聞かれるような場合もあって、モノをモノとしてしか見ていないのかなと悲しい気持ちになります。そういう時は、お声がけいただいたことには感謝の気持でいっぱいですが、丁重にお断りさせていただいています。
気持的には、武士は食わねど高楊枝、な心境ですが(笑)
海外に出ていくのではなく、この国から発信したい
そして、つい最近海外出張から戻ったという矢島さんは、あることを心に決めたと教えてくれました。
それは、「積極的に海外進出はしない」ということ。
これまでに話を受けてフランスのボン・マルシェ百貨店や香港のデザインセンターに出展してきた「aeru」だけに、この決断はとても意外でしたが、詳しく伺うとこんな話をしてくれました。
お声かけがあれば、むろん海外での販売も考えますが、積極的に直営店を出すことはしない、ということです。
これまでにいろんな国を見てきましたが、どこへ行っても同じようなラグジュアリーブランドの店が並んでいて、面白くないなと感じたんです。
私が海外で惹かれるのは、その国でオリジナルにつくられているモノだったり、そこでしか買えない個性のあるもの。どこへ行っても「aeru」があるという状況は、理想としている世界とはもしかしたら違うのではないかと。
「aeruは日本にいるよ、だから日本に会いに来てほしい」。そのメッセージを世界に向けて発信していきたいです。もちろん、これからまた「aeru」が成長していく中で、考え方が変わる日も来るかもしれませんが、今は直感的にそう感じています。
ひと世代前の、海外のラグジュアリーブランドを買い漁る時代はもう終わる、と矢島さん。
これから価値が高まるのは、その国、地域にしかない特有のブランドではないか。「すでに日本の20〜30代の若い人たちは海外のものだからいい、という価値観は薄れてきているように感じます。むしろ日本文化を異文化として興味をもっているところがある」とも。
どの国へ行ってもあるブランドではなく、日本には日本の、その国にはその国固有の、多彩なブランドが共存する世界。それを目指して、aeruは“日本から”、伝統産業の価値を世界に発信していこうとしています。
愛媛県で、手漉き和紙を使ってつくられたボール。ひとつひとつ、職人さんが漉いている自然の恵がつまった商品
日本に腰を据えるからこそ、発信の場である直営店はとても大切。
東京の第1号店に続き、今年秋には京都に第2号店を開くことが決まっています。スタイリッシュな目黒店に対して、こちらは純和風の京町家で、シンプルな和の雰囲気を感じられる空間にする予定。
東京店、京都店それぞれで、一緒に働く新しいスタッフも随時募集中です。ゆくゆくは「aeru house」という、国内外からのお客さんが宿泊できるような施設の展開も考えています。
ここにしかない素敵なもの。それを世界中いろんな場所へ持っていって届けたいと思うのは、とても自然なことかもしれません。
ですがモノが生まれた背景や文化、空気まで一緒に持ち運べるかというと、たくさんのことがこぼれ落ちてしまって、なかなか難しい。届いた先では単なる「商品」になってしまいがちです。
これまでのものづくりは、少しでも広い市場を目指してみんなが世界進出を目指してきましたが、その結果、世界中どこへ行っても同じものが並ぶ画一的なモノ文化を生み出してきました。
矢島さんの「海外へ積極的に行かなくてもいい」という決断は、そうした時代へのアンチテーゼ。この土地にあるからこそ素敵なもの。これまでとは違う、新たな魅力あるモノの時代が始まろうとしています。
(撮影:服部希代野)