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レイキャビクの街全体がマネージャー!? 世界基準のアーティストを輩出するアイスランドに学ぶ、音楽家を育てるまちづくり

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特集「音楽の街づくりプロジェクト」は、音楽の力を通じてコミュニティの未来をつくるプロジェクトを紹介していく、ヤマハミュージックジャパンとの共同企画です。

みなさんはアイスランドと聞くとどんなイメージが浮かびますか?

今回ご紹介するのは、アイスランドで毎年11月に開催されている音楽フェスティバル「ICELAND AIRWAVES」と、それをつくり出している首都レイキャビクの街のお話です。

「ICELAND AIRWAVES」のスタートは1999年。最近では欧米諸国で開催される名立たる大規模フェスと肩を並べる形で、「一度は訪れるべき良質な音楽フェス」と海外の音楽メディアにも紹介されている、知る人ぞ知る音楽の祭典です。

地元のアーティストはもちろん、世界中の著名なアーティストがラインナップにずらりと並び、街が音楽で溢れ返る1週間のために世界中から音楽ファンが集まってきます。

メイン会場の音楽ホールだけでなく、街中のパブ、ホテルのラウンジ、レコードショップ、さらにはアパレルショップ、美術館、温泉施設など、通常ライブなど行えない場所でも数々のライブが行われます。

Festival Junkie」という海外音楽フェス情報サイトを運営する私が、渡氷(アイスランドに行くことを「渡氷」と表現するそうです)するきっかけになったのは、このフェスティバルでした。

こういった環境の中で1週間丸々レイキャビクの街を堪能し、さらにそこに暮らす人、集まって来る人の声に耳を傾けるうちに、アイスランド・レイキャビクという街が生み出す特有の空気があることに気付きました。

おそらく、レイキャビクには街が音楽を育てる生態系のようなモノが存在しているのではないかと。というわけで今回はそんな「音楽と街」の関係性を深掘りしていきたいと思います。

アイスランドから次々と登場する世界基準のアーティスト

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アイスランドは小国ながらも独特のアーティストを輩出し続けている希有な土地柄であることをご存知でしょうか?

ビョークに始まり、シガー・ロス、ムーム、オブ・モンスター・アンド・メン、最近では昨年フジロックに出演を果たし、来日公演も即日完売させたアウスゲイル(メジャーデビューは2012年)など、日本でも圧倒的な人気を誇るアーティストが次々と登場しています。

もちろん世界にはミュージシャンをたくさん輩出する国や街というのはたくさん存在しますが、注目すべきはアイスランドにおけるその割合の高さです。

人口30万人強の小さな国(首都レイキャビクにはその約3分の1が暮らしている)にも関わらず、世界で活躍するアーティストが数年に1度のペースで登場します。割合だけで考えると東京の新宿区(人口約33万人)から世界基準のアーティストが次々と出て来るようなものなのです。
 

「なぜここまで多くの世界基準のアーティストを次々と輩出できるのか」というのは、海外音楽好きなら気になるトピックだと思います。

かくいう私も北欧音楽(特にアイスランド音楽)のファンで、昔からアイスランドという土地に憧れを持っていました。ただそれは漠然としたイメージでしかなく、何となく「アイスランドは良いアーティストがたくさんいる」というくらい感覚でした。

しかし実際にアイスランド・レイキャビクに丸1週間滞在してみて気付いたのは、決してそのような現象が偶然ではなく、街が必然的にそういった状況を生み出しているのではないかということでした。

そんな仮説を検証すべく、この街特有のエコサイクルが成り立っている要因を探ってみたいと思います。

肩肘張らず「音楽」と共存する街の空気

「Festival Junkie」としても、フェス開催中のレイキャビクの街を中心に動画レポートを行っていますが、改めて当時の様子を振り返ってみて印象的だったのは、フェス開催中にも関わらず街が浮き足立っていないということでした。

職業柄、世界中のフェスを回っていると、フェス開催時にどうしても力が入り過ぎている街によく遭遇します。

もちろん年に一度のフェスを盛り上げようとすること自体は決して悪いことではないのですが、ここぞとばかりに観光客からお金を稼いでやろうといった空気には辟易してしまうこともしばしば。ただここレイキャビクは一味も二味も違う印象を受けました。
 
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そもそも彼らに商売っ気がないというわけではありません。何なら地元の人々は「アイスランドの音楽は世界的に価値があって、さらにお金になること」を十分に理解しています。

だからこそ年に1度の大規模なフェスの時期には、アイスランドの音楽を目的に世界から人が集まって来ることもよく分かっているはずです。ただしこの人達から無理にお金を落とさせようとはしません。具体的に言うとフェス期間中でも、フェス用にお店が出店していることはほとんどないのです。

街はいたって通常運転。通常、街中で開催される形式のフェスティバルはお世辞にも質がいいとは言えない屋台が並び、フェス価格でアルコールや食事が提供されます。

それによって短期的に利益を上げる業者や地元民がいるのかもしれませんが、レイキャビクには一切そういった空気が漂っていません。

適切な単語を選ぶとしたら「普通」ということです。フェスによってこの街に人がやってくること、もっと言えばフェスがなくても音楽に引き寄せられてこの街に人がやってくることが、地元民にとっては普通のことなのです。

アイスランド音楽というブランドに自信があるからこそ、あくまで「普通」に、肩肘張らずに、音楽と共存できているのがこの街の魅力の一つであり、そこへ来た音楽ファンを魅了する一因なのかもしれません。

街全体が「アイスランド音楽」のマネージャー

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レイキャビクの中心部には飲食やファッションの店舗が多く集まっていますが、徒歩20分もあれば縦断できるエリアに5〜6店舗のレコードショップが存在します。

代表的なのはアイスランド音楽好きのメッカ「12tonar」。もちろんレコードショップが多いことも音楽シーンが活況な証拠ですが、今回紹介したいのは、レコードショップ単体の話ではなく、そんなレコードショップにいるお客さんや、フェス会場で並んでいたときに話をした地元の音楽ファンについてです。

先にもふれたように、レイキャビクの人々は「アイスランドの音楽は世界的に価値があって、さらにお金になること」をよく理解しています。

金融破綻が起こり、財政が危うくなっても音楽の価値が下がらなかったことや、そんなときでも世界中からアイスランドの音楽を目的にここに集まってくる人がいたことが強く影響していると、街で出会った地元の人が語ってくれました。
 
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そんなことを切に感じたのはフェス開催中に何度も耳にした次の台詞によってでした。

次のアウスゲイル、誰だと思う?

色んなところでこの台詞を聞いたのですが、これは決して音楽ジャーナリスト同士の会話ではありません。街にいる現地民とフェスのためにそこに集まったアイスランド音楽ファンとの普通の会話なのです。

先ほど紹介したレポート動画の中(9:10あたり)にも出てくるように市井の女性が「アウスゲイルは本当に素晴らしいわ」と熱く語り、動画では紹介しきれていませんが「次、誰がブレイクすると思う?」と初対面の日本人に真剣に疑問を投げかけてくるのです。

強引な言い方をすれば、日本でいうところのアイドルの「推し」に似ているものが、アイスランド音楽シーン全体に感じられます。

「新人から応援して紅白歌合戦出場や武道館公演までを支える」と似たような現象が街全体で起こっており、しかもそれが世界市場につながっているという好循環が起こっているような印象を受けました。

まるで街全体、そして国全体がアイスランド音楽のマネージャーとして機能している。そのような自国の音楽への熱や期待が世界基準のアイスランド音楽の下支えになっているのは間違いありません。

そのまま世界につながるグローカルな音楽シーン

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ここまで、アイスランド音楽を唯一無二にしている要素として「肩肘張らない音楽への普通な関わり方」と「街全体が自国の音楽を発掘して推していこうとする姿勢」を紹介してきました。

さらにもう一つ加えるなら、街で起こっていることが世界でこれから起こることに直接的につながっているということです。

具体的に言うと、レイキャビクで開催されている代表的なフェスやイベントはどれもインターナショナルな側面が強く、そこに参加するアーティストは必然的に世界からの注目度も高まります。

街の西部の海岸沿いにHarpa(ハルパ)というコンサートホール(国際会議場)ができてからは、Sonar(スペイン)やATP(イギリス)といった欧州を代表するような音楽フェスの誘致にも成功し、「ICELAND AIRWAVES」もメインとなる会場はもちろんHarpaです。

そういった音楽イベントを開催するのに適した施設を備えた街だからこそ大規模なイベント招致することができ、結果的に世界中から音楽ファン、音楽関係者を集め、独特の街の空気が醸成され、さらにアイスランド音楽が盛り上がるというサイクルができ上がっているのかもしれません。
 
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あなたがもしアイスランドで活動する新人バンドの一員だったとしましょう。世界をターゲットに活動する中で、あなたが今最もすべきは地元で成功することです。

なぜなら地元である程度力をつけて「ICELAND AIRWAVES」などのイベントに出演できれば(「ICELAND AIRWAVES」は地元の新人が演奏できる場がたくさん用意されています)世界から集まったファンや関係者の目に止まる可能性があるから。

しかもそこでピックアップされて世界市場に一気に出ることになっても裸一貫で勝負するというわけではなく、先人たちが築き上げてきた「アイスランド音楽」というカテゴリーに入ることができます。

これは日本に置き換えると、「フジロックフェスティバルの新人ステージが、そのまま地続き的に世界市場とつながっている」ようなイメージです。

もちろんフジロックフェスティバルのような大規模なフェスの新人ステージが世界へのステップになるケースもあるかもしれませんが、そのスムーズな連なりはアイスランドの音楽シーンに軍配が上がるはず。これがアイスランド、特にレイキャビクでは当たり前に起こっていることなのです。

この街で起こっていることが直接的に世界で起こることにつながっていく、そして世界中の音楽ファンから愛される壮大で緻密なアイスランド音楽という唯一無二のジャンルという後ろ支えを得ながら、また一人世界基準のアーティストが生まれていくのかもしれません。

ローカルでありながらインターナショナルでもある「グローカルな音楽シーン」、これがアイスランド音楽最大の魅力であり、強さなのでしょう。

街が音楽を育てるアイスランド・レイキャビク

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レイキャビクの街で1週間を過ごし、その後に色々と街と音楽について思っていたことをまとめてみましたがいかがだったでしょうか?

もちろん「肩肘張らず音楽と共存する街の空気」、「街全体がアイスランド音楽のマネージャー」、「そのまま世界につながるグローカルな音楽シーン」以外にも様々な要素が絡み合って、今の健全な音楽と街の関係性を維持しているのがアイスランド、レイキャビクなのだと思います。

ピックアップしたこと以外にも気になったことはたくさんあり、例えば人口に対して音楽家の割合が多いというようなことも非常に興味深いトピックでした。

「物理的に音楽に携わる/携わっていた人が多いからこそ政、治家や役所にも音楽への理解が高い人が多くて、音楽に対してフレンドリーな街なの」と語ってくれたのは、今回Airbnbを介して宿を提供してくれた家主の女性。

他にもフェス開催中にある団体がチラシを配っており、何気なく目を通してみると「Music Teachers Strike」と書いてあり、要約すると「これだけ音楽という文化が国に資源になっているのだから、そこに携わっている音楽教師の賃金を上げるべき」というもの。

教師全体のストライキならまだし音楽教師が組織的にストライキを起こしているということからもこの国の音楽への誇りを感じ取ることができました。

このようにして、街の隅々にまで音楽、そして音楽への理解が溢れたレイキャビクの懐の深さを痛感した1週間。このような生態系は一朝一夕でできるものではなく、数年、数十年かけてじっくりと築き上げていくものなのだと思います。

「音楽で町おこしを!」とついつい肩肘を張りがちですが、そういったときにはひとまずアイスランド・レイキャビクの空気を感じてみることをお勧めします。

それでは次回があれば、「世界のどこかの素敵な街と音楽の関係」をまた語ってみたいと思いますので、ここはひとつご贔屓に。最後に私が思う次のアウスゲイルをプレイリストにまとめてみたのでご賞味ください。Takk!!!
 

Ólöf Arnalds – Surrender (featuring Björk) [Official Video]

津田昌太朗(nekomeguro)
音楽マーケター/フェス探検家。世界最大の音楽フェス<グラストンベリー>に参加したことがきっかけで、突然広告会社を退職し英国に移住。東京とロンドンをベースにVICE、Qeticなどでライターとして活動しながら、アーティストや音楽関係のマーケティング/プロモーションに携わっている。また2014年に海外フェス情報サイト「Festival Junkie」を立ち上げ、世界中の音楽フェスに潜入取材を行っている。

Festival Junkie:http://www.festival-junkie.jp
Facebookページ:https://www.facebook.com/Festival.Junkie.UK

(Photo by Ai matsuuRa)