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空海が開いた高野山に、唯一存在する国際的な旅人宿。「ゲストハウスKokuu」オーナー高井良知さんに聞く、日常の囲いを外す方法

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特集「マイプロSHOWCASE関西編」は、「関西をもっと元気に!」をテーマに、関西を拠点に活躍するソーシャルデザインの担い手を紹介していく、大阪ガスとの共同企画です。

本日のお話の主人公は、生まれ故郷の固定概念を覆す発想で新しい働き方をつくった30代男性です。

人生の分岐点で「自分は何のために何がしたいんだっけ?」そんな迷いを経て、その答えを見つけ、今その答えにまっすぐ生きている人なのです。

彼の生まれ故郷は、高野山。

高野山は、1200年前の平安時代に弘法大師・空海が修行の場として開いた、和歌山県北方にある山々の総称です。

2004年には、ユネスコの世界遺産に登録され世界的にもその名が知れ渡り、今なお日本仏教の聖地として国内外から数多くの参拝者や旅行者を迎えています。

現在、高野山には117か寺の寺院があり、その約半数の52か寺が宿坊(=お寺の宿)という宿泊施設を兼ねています。この地には古くからお坊さんやご参拝の方々のために宿坊が点在し、訪れた者を丁寧に迎える文化が大切に受け継がれています。

今回、ご紹介する高井良知さんもまた生粋の高野山育ち。山内の寺院に生まれ育ち、祖父、父、兄はお坊さんです。しかし「高野山の宿といえば宿坊」という固定観念にとらわれることなく、高野山初のゲストハウス「Kokuu」を立ち上げたのです。

つまり、ゲストハウス運営は血筋に対してまさに異色な取組み。なぜ、高井さんは「高野山でゲストハウスをしよう!」を現実のものにすることができたのでしょうか?
 
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高井良知(たかい・りょうち)
1977年生まれ。真言密教の聖地、和歌山県高野山育ち。幼少期、A猪木に憧れ、思春期大半の時間をプロレスに捧げる。アパレル勤務~ロンドン海外生活~商社勤務~インド放浪旅を経て、現在夫婦でゲストハウスを運営。たまにDJ。好きな言葉は、『DO YOUR THING』コーヒーと音楽をこよなく愛す。

「高野山でゲストハウスをしよう」に至るまで

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大阪府にある難波駅から高野山駅まで約2時間。高野山に近づくにつれ、車窓から見える景色は昔のままの穏やかな自然へと変化します。通り過ぎる駅も古く懐かしい木造式がちらほら。最後は、その名も「極楽橋駅」からケーブルカーに乗って高野山を登ります。

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町には「高野山開創1200年」と書かれた大きな旗があちらこちらに掛けられていました。こうやくんという名前のゆるキャラと共に、2015年の記念すべき年がお祝いされています。

高井さんは、子どもの頃プロレス好きの少年でした。プロレスラーを目指すものの、自分の身長がプロレス人生計画において必須だった「180cmを越えない現実」を察して進路を変更。「将来は英語を身につけて商社マンになろう!」と次なる夢を掲げました。

高校まで高野山で過ごし、大学進学と同時に大阪へ引っ越し。アパレル会社へ就職後、「やはり英語を身につけたい」と会社を辞めてロンドンに渡り、3年間バイトをしながら楽しく遊んでいたそう。

帰国後は、オリジナル陶器をネット販売する大阪の企業に就職。タイの製造工場と会社をつなぐ役割を担当することになりました。まさに子供の頃の夢だった「将来は商社マンになろう!」を実現したのです。

しかし5年後、リーマンショックが起きました。会社の経営状況も傾き、高井さんの英語力を評価した当時の社長から、別の事業を一緒にはじめないかという誘いはあったものの、方向性の違いからお断り。退職後、インドへ3ヶ月ほど旅に出ました。

リーマンショックが本当に大きなきっかけとなりました。発生後、周囲の環境が一変しました。僕自身は退職をしたので時間ができ、友人の誘いもあってインドへ行くことに。途中から友人とルートを分かれて一人旅をしました。

そして、インドのバナラシという土地でゲストハウスに泊まった時、ある朝ふと「ゲストハウスって高野山でできるかも」というアイデアが浮かびました。

帰国後調べてみると、ちょうど同時多発的に日本各地でゲストハウス開業者が出現していました。「なんだ僕だけの新しいアイデアじゃなかったんだ!」と思いましたよ(笑)

それから『高野山 ゲストハウス』で改めて検索したところ何もヒットしなくて、よし!行ける!と思ったんです。

高野山内の寺院が営む宿坊の宿泊料金は、オフシーズンでも1泊1万円前後、年末年始などのピーク時は1泊数万円にものぼることがあります。もちろん、お値段だけあっておもてなしもすばらしいですし、歴史ある寺院建築で一夜を過ごせるスペシャルさも味わえます。

一方、高井さんが注目したゲストハウスは、トイレ・シャワー共用で、部屋は相部屋という一人旅に最適な宿泊スタイル。相場は2,500円〜3,500円ほどですが、安かろう悪かろうではなく、宿泊者同士がその日の出逢いを大切にし、交流を楽しむというのが一番の醍醐味です。

海外ではすでに主流となり、近年では日本各地でカフェのようにおしゃれなゲストハウスが増えています。そして、高野山開創以来初となるゲストハウス「Kokuu」の誕生は、2012年10月のことでした。

反対意見から協力体制へ、地域の変化

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弘法大師・空海がいらっしゃるとされる奥の院から徒歩3分という好立地。ダークグレーの壁面に、にょきっと煙突の生えたスマートでコンパクトな家が登場。こちらがKokuuです。

宿泊料金は1泊素泊まり3500円からという気軽さ。重厚な日本家屋ではなく日本の現代建築を極めたスタイリッシュな造り。運営は、海外旅行者に親しみある「ゲストハウス」という名称をあえて選択しました。

開業の計画当初は「リスクが高い」や「そんなことしても無理だって」などという周囲の声も多かったそう。

そんななか、高井さんは計画の実現性を裏付けるべく、過去に唯一存在した高野山のユースホステルを類似事例として集客データを参照し、運営の確信を高めていきました。とは言え、ユースホステルの単価は一泊5000円ほど。高野山で一泊3500円からのゲストハウス開業は、地域の人にとってはやはり前代未聞でした。

その土地ではじめてのことをするのはむしろ有利なこと、と僕は思っています。「ない」ということは、これからの可能性が「ある」ということだから。

過疎化が進む高野山は現在住人が3400名です。でも開業の計画当時から、最近海外からの訪問者が増しているという話が周囲から聞こえていました。人が少ないということは、やり方によってまだまだ人を呼べることなのだと感じました。

そして、想いや実現性を、土地のキーマンには先に理解してもらう必要があります。正当な意味での“根回し”も大事。抑えるべきポイントを早い段階で知っているのは、故郷で開業することの特権かもしれませんね。

そうした積み重ねによって、開業前は消極的だった周囲の人たちの気持ちも、だんだん変化していきました。

最初は「本当に海外からお客さんが来るの?」や「来たとしてもどう対応していいかわからないよ」という周辺店舗の声もありましたが、今では一緒に相談してメニューに英語を加えたり、海外旅行者向けメニューをつくったりもしているそうです。

たとえば、笑顔のすてきなご夫婦が経営する近隣のトンカツ定食屋「とんかつ亭」さん。最近では、和式トイレだと海外の人が戸惑って可哀想だからとトイレまで洋式に改装してくれたのだとか!
 
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1000円前後でできたての美味しいトンカツとお味噌汁や御飯がいただける定食屋さん。お母さんは「おばちゃんもお坊さんにお話してもらって、いつも勉強中なんだけどね」と笑顔で言葉を添えながら、弘法大師様の歴史をわかりやすく案内してくれました。

明日のプランを一緒に考えよう

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Kokuuに向かうには駅前のバスに乗って20分。終点の「奥の院前」というバス停で下車します。奥の院には、宗派を問わず数十万という慰霊碑が建てられ、シロアリのお墓から織田信長のお墓まで皆平等に並んでいます。

Kokuuではチェックインの時に、地図を広げて15分ほど高野山の説明をしてくれます。

高野山は山々に囲まれた高い平地で、まるで蓮の花のような地形だということ。「お大師様は今も瞑想中である」とされており、早朝6時に奥の院へお食事を運ぶお坊さんたちに出会えること。それから、名物のゴマ豆腐が美味しいお店はどこなのか、精進料理を体験するならどこのランチがお勧めなのか、晩ごはんは……。

ここまで丁寧にリアルな情報提供は他ではなかなか真似できない、まさにゲストハウスならではのコミュニケーションです。

そしていつも必ず「明日はどこへ行くの?」と尋ねるそうです。驚いたことに、海外ゲストは、「広島」「香川県の直島」のほか、「和歌山県南部の那智の滝」などと回答。

しかも、日帰り旅行を予定しているケースも少なくないそうです。たしかに、地図上で見ると、高野山は大阪に隣接、さらにgoogle map上では和歌山港から出るフェリーの点線も目立ち、インフラが充実しているような錯覚に陥りやすいのです。

しかし、実際は、和歌山県内北から南への移動にはかなりの時間を要し、あまり現実的ではない旅程です。

結構無理なプランを用意してるゲストが多いという事実に気付いて、今では必ず明日の旅程を尋ねるようにしているんです。

せっかく高野山を選んで来てくれたのだから、旅のコンサルとまでは言いませんが、自分を犠牲にしない範囲で喜ばれる提案はしたいなと思っています。目的地候補の情報を日頃から収集したり、具体的な相談もできるよう各地の頼れる人も抑えるよう心掛けています。

「でも、本音を言えばこの町でもっとゆっくりしてほしい」と高井さん。

高野山はコンパクトな町なので「一泊だけ」という人も多いのですが、高野山の魅力を味わうにも、ゲストハウスを介して他の宿泊客と仲良くなるにも、やっぱり二泊以上は滞在してほしいと考えているからです。

「僕らがやりたいのは二泊三泊と思わず泊まりたくなるようなコンテンツを強化すること」と高井さんは考えています。

和歌山には「語り部の会」という地域ボランティア案内人が存在します。地域の文化を勉強し、専門の観光ガイド資格を取得した人が、一緒に旅して案内をしてくれるというもの。実は高井さんは、平均年齢70歳の高野山語り部に所属する最年少ガイドでもあります。

建築としての評価の高さ

地域に根ざした宿、Kokuu。土地の魅力と運営するご夫婦の人柄に惹かれ、今では千葉県出身の鍼灸師の女性が移住し、宿運営のお手伝いをしながら、ゲストが希望すれば宿の個室を利用して針やマッサージをしてくれます。

リビングでは暖炉の良い薫りと、DJでもある高井さんセレクトの柔らかな音楽が、心地良く包み込んでくれます。
 
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入口を明けると、真っ直ぐ奥まで続く廊下。その両側に、カウンターとリビングが左右にはじまり、続いてトイレやシャワー、そして寝室が奥までぐっと並びます。

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Kokuuは、ヨーロッパからのゲストの割合が大きく占め、信仰心の強い方だけでなく、建築に興味のある方がKokuuの存在をきっかけに、高野山という地へ訪れることも多いそう。

建物全体は、外壁がダークグレー、内壁が全て白。細くすっと伸びた柱が並ぶ不思議な造りで、小さな小窓が多く、差し込む光りが室内を綺麗に照らします。

玄関を開けた瞬間に飛び込む映像は、まるで西洋の教会といった雰囲気。「なぜ仏教の聖地に和じゃないの?」と伺ってみました。

高野山に建ち並ぶような日本建築ではないですが、実は日本人らしい要素が多い建物なんです。シンプルなのにコンパクトで効率的。

100年200年の味のある木造建築が建ち並ぶ場所だからこそ、同じことをするのではなくて、日本らしい良さを別の側面で出したいと思って、設計事務所の方と相談しながらこの形に至ったんですよ。

ゲストハウス開業となると、空き家をリノベーションするケースがほとんどですが、Kokuuはゲストハウスを運営する目的でゼロから建てられたという珍しいケース。

設計を手掛けた設計事務所「京都アルファヴィル」は、Kokuuの実績で賞を受賞したり、建築雑誌「新建築」や海外メディアからも評価が高まっています。

日常の囲いを外すことで見えるもの

今でこそ注目を集めるKokuuですが、開業を検討しているとき、高井さんは「宿の稼働率を考えたら、高野山より京都で開業した方がよいかもしれない」と思ったそう。

もちろん田舎の開業は集客が難しくリスクが高い。でも「自分は何のために何がしたいんだっけ?」と自問し、改めて故郷である高野山をいろんな世界の人に知ってもらい、何世代にも渡って愛してもらえるきっかけをつくりたいと再確認しました。

訪れた人がお父さんになって、またその息子が来て、その子が今度はお父さんになって。Kokuuを介して、世界各地の人がこの土地の歴史や文化を大切に想ってくれたら、とても誇らしいことだと思ったんです。そして、それが自分のしたいことなんだと確信しました。

お大師さまの言葉を借りれば“大我大欲(マクロな視点のwant)”という発想に辿り着けたのも、きっと自分自身この土地を一度離れたおかげかもしれないなと思うんです。

そのもの以外を知ることで、そのもの自体の魅力を知ることができるようになったんだと。

したいことはあるけど良いアイデアが思い浮かばないとき、だんだん何がしたいのかわからなくなって戸惑うとき。そんな経験は誰にだってあるもの。

そんなとき、いつもの思考、いつもの景色、いつもの顔ぶれと離れて、一度旅に出てみると良いかもしれません。空海が長安へ渡ったような二年の長旅でなくとも、まずは週末のお休みに思い切って有給を加えて二泊から。

空海の有名な教えに「虚空尽き、衆生尽き、涅槃尽きなば、我が願も尽きん」という言葉があります。

現代語訳をすると『世界がすべて無になるまで、生きとし生けるものがすべて無になるまで、すべてのものの苦しみが無になるまで、私の祈りは終わることはありません』といった意味となります。

この冒頭にある「虚空(こくう)」という言葉は「何も妨げるものがなく、すべてのものの存在する場所」という意味を持つのです。

さあ、知らず知らずに閉じている感覚を開くべく、あなたもKokuuへ出掛けませんか?