(撮影:服部希代野)
いまだ、日本の青物市場は見た目重視。形がいびつな野菜や果物は「規格外品」として多くが廃棄され、農家の収入を不安定なものにしています。
青森県のゴボウも生産量が多いだけに生じる規格外品も膨大で、「太すぎる」「長すぎる」と流通にのらないものが全体の2〜3割。こうした規格外品を無駄にしないため、ゴボウ茶にしたのが「Growth」の須藤勝利さんです。
最近は農業の大規模化や農家の直接販売も進んでいますが、いまだ日本には高齢者や小規模の農家も多く、自分たちの力で販路を見出せないでいます。
そんななか、須藤さんが新たに青森の農家と組んで果実をつかった展開を始めようとしていると聞いて、工房にお邪魔してきました。
八戸市出身。八戸工業高校機械科卒業。八戸市内の洋服店勤務の後、上京。2003年に帰郷。不動産会社を経て、三沢市の人材派遣会社に勤務。2011年4月、株式会社Growth設立。
規格外のゴボウを身体の温まるお茶に
青森県三沢市は、青森県南東部に位置する、ゴボウや長芋、人参など根菜類の産地。なかでもゴボウは県内トップで生産量が1.5〜2万トンと最も多く、毎年約3000トンの規格外品が出ます。
この規格外のゴボウを正規の価格で仕入れておいしいお茶に加工しているのが、須藤さんが代表を務める株式会社Growthです。
以前greenz.jpで記事にした2011年から約3年半。この活動は大きな反響を得て、「ソーシャルアントレプレナー大賞」(2013年 第19回東北ニュービジネス大賞)を獲得しました。
人気のゴボウ茶
Growthが工房を構えるのは、三沢市の商店街の一角。周辺にはふんわりとゴボウのいい香りがたちこめます。
農家から運ばれたゴボウは「Growth」の工房で加工され、「青森ごぼう茶」になります。お湯を注ぐだけで香ばしくておいしい、しかも身体が温まると評判で、全国の百貨店やスーパーに置かれてきました。
Growthでは地域の雇用も大事にしています。現在8名のスタッフのうち2名が障害者で、毎日車いすで通う方も。3人は子育てしながら働く女性です。
看板商品の「青森ごぼう茶40g」と「ルイボスごぼう茶30g」(どちらも税込1320円)。「青森ごぼう茶」は出がらしの茶葉をお料理にも使えるほど、香ばしいゴボウの香りと甘みが残る。
農家が元気でなければ、地域は元気になれない
もともと加工品に関しては素人だった須藤さんですが、この事業を始めたのは農家のある老婦人の言葉がきっかけでした。
「農業は苦労が多いわりに儲からないから、息子には継がせたくない」。自分の仕事をそんな風に語らなければならないことをとても寂しく感じた須藤さん。「農家の収入の安定につながるのなら」とゴボウ茶での起業を決意します。
それから4年。少しずつ販路を拡大し、今では年に使用するゴボウの量は80〜90トン、月に400〜600万円を売り上げる企業に成長しました。最近では農家が加工・流通まで行う“6次産業化”も普及して、全国に農産物の加工品は星の数ほどありますが、「Growth」のように成果を出せているところは多くありません。
それでも「まだまだ」と言う須藤さん。
須藤さん 青森県のなかでは少しずつ知っていただけるようになってきたのかなと思いますが、「Growth」はまだ小さな会社。農家にとってのJAの代わりにはなれません。
今こんなことを言うと笑われるかもしれませんが、もしもうちの会社が例えばKAGOMEくらい大きな会社になって、人を雇ったり、ゴボウ以外にも多くの規格外の野菜を購入できるようになったら、きっと地元に幸せな人が増えると思うんです。
青森は農業が盛んな土地。農家が元気でないのに地域が元気になるはずがないと思うんです。うちの会社が成長できたら農家ともっと新しい展開ができて、地域がよくなると信じています。
農家さんから「こんな野菜あるんだけど」って相談の電話がかかってくるようになるのが目標。いつもにこにことほがらかな須藤さんですが、話し出すと言葉の端々に思いの強さが表れます。
TPPや海外からの輸入緩和の流れもあり、ビジネス的にも強くなることが求められている日本の農業。「これからの農家は売ることも考えなければ」と言われますが、朝から晩まで作物と向き合って、さらに加工や流通まで手がけるのは、小規模の農家や高齢者にはハードルが高いのも事実です。
だからこそ「Growth」のような、本気で商品の出口を考えられる企業が農家とタッグを組むこと。それがこれからの農業や地域の問題を解決するひとつの形かもしれません。
もともとゴボウ茶は、三沢市の観光物産課と農家のおかあさんたちグループ、須藤さんが一緒になって開発した商品でした。
これまでに数々の農産物の加工品の開発を推進してきた三沢市経済部観光物産課の和久美登里(わくみどり)さんは、商品化の難しさについてこう話してくれました。
和久さん 三沢の農家は、加工品に力を入れる余裕がない場合が多いんです。須藤さんのような思いと考えをもちながら、事業に専念できる人が少ないのが地域の現状。助成金が出るうちはやってくれても、その後はすぐに手を引いてしまったり。やっぱり事業を引っ張る“人”が大事だなと思います。
お話を聞かせてくれた、三沢市経済部観光物産課の方々。
全国に通じる商品、サービスで、青森の魅力を伝える
須藤さんも、「Growth」を始めた頃から事業のプロだったわけではありません。営業も製造管理もゼロからのスタート。
それでも農家のパートナーとして「安売りしない、買い叩かない」と決め、ここ数年力を入れてきたのが、全国の百貨店まわりでした。今、須藤さんは年になんと200日ほども(!)、全国各地域へ直接出向き、お客さんに商品やサービスを届けています。
須藤さん 当たり前のことですが、農家のためにという僕らの考えがすべてのお客さんに通じるわけではありません。だから商品はもちろん、販売の仕方も全国に通じるサービスでないと駄目だと思っています。
お客さんにどう話しかけて、手にしてもらうか。お茶の名産地、静岡の人にゴボウ茶を「日本で一番おいしいお茶です」って売るのは違う。まずはその土地を学ぶことから始めます。
催事での出展販売の様子。ディスプレイの仕方など、時間帯やお客さんによって工夫をすると売れ行きが大きく変わることも、この3年で学んだという須藤さん。
一見遠回りのようにも思える、地道なこのやり方を褒めてくれた人もいました。
須藤さん 僕がすごく尊敬しているアイリスオーヤマの大山社長です。その頃自分は、早く会社を成長させなければとすごく焦っていました。
でも大山社長に自分の会社もはじめは数人の従業員から始まったこと、それが50年後には数千人を雇用する会社になった事実を信じなさい、と言っていただいたことがあって。進むイメージが沸いて、今は目の前のことをやっていけばいい、と思えるようになりました。
原料のゴボウがまさかの値上げに。自ら決めた信念に対峙
いつもは前向きな須藤さんですが、2013年の春は、大きな試練に直面しました。
全国をまわって自ら青森のゴボウ、なかでも三沢のゴボウがいかに美味しいかをアピールしてきたわけですが、県の後押しもあり、三沢ゴボウのブランド価値が急上昇。その結果、県外からの引き合いが増えて値段があがってしまったのです。この皮肉とも言えるコスト高は「Growth」の経営を圧迫しました。
須藤さん 農家の収入が安定するようにと頑張ってきたので嬉しいことでもありましたが、自分の会社を振り返ると、ちょうど大きな設備投資をしたばかりだったこともあり厳しい状況に陥りました。
正直、青森のゴボウを使い続けられるか悩んだし、しばらく休むという選択肢もあったかもしれない。自分だけのための事業だったらそうしていたかもしれません。
その時に立ち返ったのが、最初の思いです。農家から買い叩くことはしない、加えてこの地域の雇用を支えるためにと始めた事業。だからこそ「ああ、やっぱり続けないと、って」。
スタッフの顔がよぎり、不安で眠れないこともありましたが、それまでに築いた会社の信用とこの先売れる見込みを銀行などに説明して、この苦しい時期は何とか乗り切ることができました。
野菜や果物は、ブランド力がつくと大きく値段が変わります。
「南郷果実と青森ごぼう茶」の新しい試み
「ゴボウ茶の事業もまだまだ」と言う須藤さんですが、いま始めようとしている新たな試みがあります。果実栽培の盛んな八戸市南郷区の果物と青森ごぼう茶をブレンドした、フルーツハーブティーの開発です。
南郷地区は、イチゴやブルーベリー、桃、梨、リンゴと一年をとおして果物が豊富に採れる場所。
数年前にこの地区あげて、観光農園を仕掛ける試みがあり、多くの農家が協力したものの、人が訪れず不調に終わってしまったのだそう。
須藤さん それで農家の方たちは、この地域で何をやっても駄目だと諦めてしまっていると聞きました。僕も簡単にここに人が訪れるとは思っていませんが、南郷でつくられる果物はとても美味しい。それにうちには全国に青森ごぼう茶の販売ルートがあります。
これを活用して、南郷果実とコラボ商品をつくり、「この地域に遊びにきませんか?」とパッケージに記そうと思っているんです。
1人でも2人でも来てくれる人がいたら、この地域の小さな希望になるんじゃないか。ここの果物が人気になって、加工品の材料としてまわせる分がなくなることが、次の夢です。
この取り組みに協力しているのが、南郷で農業を営む根岸さん親子です。根岸さんはブルーベリーとネギの有機栽培を行っていますが、近隣の農家からイチゴやリンゴなどの果物を一年通して集めてくれることに。
有機農家の根岸文隆さん(中央)と聡さん(右)。すでにGrowthから果物を乾燥させる機械は運び込まれ、3月から試運転を開始。乾燥させた果物は、Growthの工房で青森ごぼう茶とブレンドします。
須藤さんがこの話を持ちかけた時、開口一番に「とにかくまずはやってみよう」と言ってくれたのが、お父さんの根岸文隆さんでした。文隆さんはこう話します。
文隆さん いま、農業は下降気味です。生産者の弱いところは、つくることはできても販売ができないこと。だからJAに頼るしかないのですが、売り方も考えられれば一番いい。
須藤さんは南郷のことを考えて、果物に付加価値をつけるとこう変わる、と言ってくれました。だからとにかくまずはやってみようと。
やっぱり有機でこだわってつくっているものだから、思いが伝わる相手に食べてほしいんです。須藤さんは商品とともに、その思いも直接、消費者に伝えてくれるもんだから。
青森には、土を愛して農業を一生懸命にやっている農家が沢山ある、と須藤さん。
須藤さん それが、うちの会社にとっての大きな財産だと思うんです。新しくつくる商品が産業になって、地域をPRできて、雇用がまた生まれたら、きっと地域の人たちにも張りが出たり、生きがいを感じられるようになると思います。
これからも、須藤さんの奔走は続きます。