みなさん、「このカラフルな靴下を編んでください」と言われたら、どう思いますか? 編み物のベテランでない限り、「うーん、大変そうだなぁ」と感じるのではないかと思います。
でも、実はこの帽子、メリヤス編みというとっても基本的な編み方で編んだものなのです。秘密は、この帽子を編んだ毛糸、「オパール毛糸」にあります。オパール毛糸はドイツのTUTTO社が開発した毛糸で、綿密な計算のもとに色づけされていて、編み進めるだけで多彩な模様が浮かび上がってくるのです。
この不思議な毛糸は、ドイツ人の梅村マルティナさんと被災した宮城県気仙沼の女性たちとの縁を結び、会社まで設立させてしまいました。現在、9人の現地スタッフが楽しく働いていて、昨年は新卒採用も行ったとのこと。
被災地で、編み物の会社で、新卒が雇えるなんて…ちょっとびっくりしてしまいませんか?
今回は、マルティナさんたちが気仙沼で編んできた物語を、ご紹介したいと思います。
色に溢れた、楽しい店内。
気仙沼の風景をイメージした毛糸玉も!
気仙沼の駅を下りると、道路を挟んだ向かい側に、ひときわ目を惹く白い看板。そこには、「梅村マルティナ気仙沼FSアトリエ」という社名と一緒に、カラフルな靴下の写真が載っています。
店内は色とりどりの毛糸玉や作品で溢れ、とっても鮮やか。まるで子どもの絵本の世界に入ってきたかのようです。
このお店では、ドイツから輸入した数十種類のオパール毛糸を手にとることができます。
その中には、TUTTO社とマルティナさんが一緒に開発したオリジナル毛糸も。「海」「森」「桜」「秋」「冬」など気仙沼の風景をイメージして色を選んだ「気仙沼シリーズ」、「赤ずきんちゃん」「サーカス」など自由に発想した「マルティナカラーシリーズ」、「おばあちゃんの笑顔」「お父さんの笑顔」といった「家族の笑顔シリーズ」…。見ているだけで心が弾んできます。
また、気仙沼の女性たちがこれらの毛糸で編んだ靴下や帽子、アームカバーといったニット製品も揃っています。
こちらの「腹巻き帽子」は、腹巻きの形をしていますが、真ん中で捻って二重にするとリバーシブルの帽子に変身します。ぶら下げ帽子、フード、ネックウォーマーとしても使えるすぐれもの。梅村マルティナ気仙沼FSアトリエの看板商品です。
編み物で、心を休めてほしい
マルティナさんは6歳の頃から編み物が大好きで、家族の靴下を編んでいたそう。
1987年に日本にやってきてからは編み物から遠ざかっていましたが、お母さまから「面白い毛糸ができたよ」とオパール毛糸を紹介されてその魅力の虜になり、編み物熱が再燃しました。
普段は、京都で家族と一緒に暮らしているマルティナさん
編んだ靴下を人に贈るととても評判が良かったことから、京都の手づくり市で販売してその売上をアフガニスタンへ寄付するように。靴下は、「FreedenSocken(フリーデンス・ソッケン)」と名づけました。「平和の靴下」という意味です。
マルティナさん でも、東日本大震災が起こり、海外ではなく東北のために何かしたいと思ったんです。編み物をしていると心が休まり、とても幸せです。手を動かすことで、辛い想いを忘れられるんじゃないかと思いました。
それに、完成すると嬉しいし、誰かにプレゼントすることもできます。
マルティナさんは、毛糸2玉と輪針、編み方の説明書の3点をセットにして、NPOに頼んでいくつかの避難所へ届けてもらいました。ただ、このときはまだ震災から一ヶ月ほどの時期。「なんで毛糸なの?」「いまほしいのは水や食料だ」と断られることもあったそう。
しかし、4月の終わり、マルティナさんのもとへ一本の電話がかかってきました。受話器の向こうの相手は、気仙沼市唐桑町の小原木中学避難所の名前を告げたといいます。
マルティナさん 私、そのときのことよく覚えています。「ウワァ、なになに!?」って興奮しました。小原木の避難所のリーダーは女性で、みんなに毛糸を配って編んでみたそうなんです。「できればもっと送ってほしい」ということだったので、喜んで送りました。
被災地と全国を結ぶメッセンジャー、小原木タコちゃん
小原木中学避難所の人々と交流をはじめたマルティナさんは、6月に家族で気仙沼を訪問しました。そこには180人ほどの人が避難していましたが、編み物ができるのはその中の15人くらい。
マルティナさんは、「もっとみんなが楽しめるものはないかな」と考えたといいます。思いついたのは、こどもの頃よくつくっていたタコの人形でした。
毛糸を丸めたり三つ編みにしたりするだけなので、誰でも簡単につくることができます。材料を集めて再び避難所を訪れたところ、今度は全員といっていいほどたくさんの人が参加してくれました。女性だけではなく、こどももお父さんたちも、です。
こちらがそのタコちゃん。一匹一匹個性があって、とってもキュート!
マルティナさん とっても盛り上がって、「足がいっぱいあるから幸せを掴めるね、ちぎっても生えてくるから、復興のシンボルとしてぴったりだね」と言ってもらえました。
だからこのタコちゃんに、被災地と全国をつなぐメッセンジャーになってもらうことにしたんです。
避難所のみなさんがつくった「小原木タコちゃん」を、マルティナさんが京都の手づくり市で「養子縁組」することに。
つくった人にとって、タコちゃんはこどものようなもの。だから、「販売」ではなく「養子縁組」と表現しました。ブログで紹介するなどして、たくさんの家庭にもらわれていったそうです。
毛糸玉から生まれた、たくさんの幸せ。
小原木タコちゃんはしばらくの間、避難所のみなさんの心を癒してくれましたが、仮設住宅へ移動する頃になると状況が変わってきました。こどもたちは学校へ、漁師のお父さんたちは海へ。マルティナさんは、「お母さんたちの仕事をつくらなくちゃいけない」と考えました。
マルティナさん これから必要なのは、働く場所をつくること。でも、タコちゃんの養子縁組仲介手数料はおこづかい程度にしかなりません。ちゃんと稼げる仕事をつくりたいと思いました。
2012年3月、マルティナさんは、地元の女性を3人集めて、気仙沼に「梅村マルティナ気仙沼FSアトリエ株式会社」を設立しました。愛称は「KFS」。“気仙沼(K)でみんなが幸せになれる平和の靴下(FreedenSocken)をつくる”“毛糸(K)にふれれば(F)みんなしあわせ(S)”という想いが込められています。
TUTTO社も主旨に賛同してくれて、オリジナル製品の開発も快諾してくれました。少しずつ売上が伸び、2014年5月には気仙沼駅前に念願のお店をオープン。現在は9人のスタッフが働いていて、そのうち4人が正社員です。
こどもの送迎があるお母さんでも働けるよう、10時〜15時勤務も可なのだそう。スタッフのひとり、和泉昌子さんは高校生と小学生のこどもを持つ母。仮設住宅のある地域はバスの運行が少ないため毎日学校へ送迎をしています。こうした勤務時間で働けるのは、とても助かるのだとか。
和泉さん あと一年くらいは仮設で辛抱しないといけません。慣れたとはいっても、やっぱり仮設にいると息が詰まるから、行くところがある、収入も得られるというのはとてもありがたいなと思います。雰囲気もわきあいあいとしていて笑いが絶えないんです。
昨年は19歳の女の子を新卒採用しました。彼女は、「KFSがなかったら東京へ行っていたかもしれない」と話していたそう。KFSは、着実に気仙沼で雇用を生み出しています。
和泉さん みんなで、「いつか社員旅行でドイツに行こう」と話しているんです。マルティナさんは夢を実現させるタイプなので、きっといつかみんなで行けるだろうと思っています。
行動力もあって、賢いのに可愛くて、すごい方だなと思います。出会えてよかったです、本当に。
「家族の笑顔シリーズ」の毛糸で編んだ洋服を着せた人形。なんという可愛さ!
和泉さんたちが編むのは、毛糸や靴下だけでなく、そこから生まれるたくさんの喜びと幸せ。虹色の毛糸から生まれた縁は、イベントや編み物教室を通して広がっています。
あなたも、その輪に入ってみませんか?