「働きたいけれど、どうしたらいいかわからない」
「仕事が見つからない」
大阪・本町にある「ハローライフ」は、働く意志を持ちながらも働く職場が見つからない若者たちを応援する、新しいスタイルの仕事ライブラリーです。
運営しているのは、NPO法人スマイルスタイル(以下、スマスタ)。
「仕事を通して自分の人生に出会おう」という思いをこめて、2013年5月12日に緑ゆたかな靭公園そばのビルに「ハローライフ」を開設しました。代表の塩山諒さんは、開設からの約1年半を振り返ってこう話します。
ハローライフはスマスタにとって原点回帰でした。やっと自分たちが一番立ち向かいたい問題に、スマスタならではのやり方でアクションできたんです。
スマスタの原点とは何だったのか、そしてハローライフ立ち上げから現在までどんなことがあったのか、塩山さんに詳しくお話を伺いました。
NPO法人スマイルスタイル代表・塩山諒さん
NPO法人スマイルスタイル代表理事。1984年兵庫県生まれ。2007年に団体を設立。公共デザイン・企業デザイン・教育デザインの3つの分野において研究と実践に取り組む。最近では既存の職業安定所の概念を覆すワークサポート施設「ハローライフ」を開設。今の社会に必要な公共サービスモデルを実践し、人々がしあわせを感じながら働き•働き続けることのできるよう、衣食住サポートをはじめとするインフラ整備に奮闘中。
NPO法人スマイルスタイルの年間予算規模は1億2457万円(2013年度実績)、スタッフ数は20名。2013年5月から2014年5月までの「ハローライフ」の年間利用者数は564名、そのうち就労につながった人数は140名。
レールから外れた人生を再設計する環境をつくりたい
大阪・本町にある「ハローライフ」。緑豊かな憩いの場、靭公園に面したとても気持ちのよい場所にあります
スマスタはハローライフを立ち上げる以前から、若者の就労支援に取り組んできました。
2011年には、ニートやひきこもりのなかで「働きたいという意志を持ち、行動を起こしている若者」を「レイブル(late bloomer=遅咲き)」と呼び、就労に向けた支援を行う大阪府の事業「レイブル応援プロジェクト 大阪一丸」を実施。
働き方研究家の西村佳哲さんや東京仕事百貨のナカムラケンタさんなどが登場した人気連載「STORY OF MY DOTS」も、実はその一環です。
さらに、企業や個人の働きやすい職場環境を調査研究する「次世代ワークスタイル研究所」の企画・運営も行ってきました。
連載「STORY OF MY DOTS」では、働き方研究家の西村佳哲さんなど13名のインタビューを掲載
スマスタが、若者の就労支援、さらには貧困問題に向き合おうとする背景にあるのは、塩山さん自身が十代の頃に経験した「日雇い派遣労働の現場に対する違和感」です。
小学校のときに不登校を経験した塩山さんは、中学校もほぼ出席しないで卒業し、高校には進学しませんでした。
15歳から19歳の間は、人材派遣会社に登録。アルバイトや日雇い労働で働き、「学歴やキャリアを形成できない人たちには不安定な就労先しか得られない」という厳しい現実を突きつけられます。塩山さんが、「ここから脱出するには自分で会社をつくるしかない」と決意したのもその頃だったそうです。
学歴とキャリアがあって競争に勝てる人たちは、行政や民間にある既存の就職支援サービスで充分なんです。
でも、僕が十代の頃に出会ったのはそういう支援では不十分な人たち。もう少しちゃんと話を聴いて、適切なマッチングをしてあげればその人たちもキャリアアップしていけるはずだと思っていたんです。
「安定した学歴やキャリアを築けなくて一度はレールから外れた人たちも、希望を持って人生を全うできる環境を再設計したい」。「ハローライフ」は、塩山さんが当時から十年越しで温めてきた思いがようやく結実した場所なのです。
オーケストラや和菓子づくりも!プロジェクト型の就労支援とは?
日本センチュリー交響楽団と仕事ライブラリー「ハローライフ」の異色のコラボレーションとなった「The Work」
ハローライフは、開設後すぐに多くのメディアに取り上げられて話題になりました。当初の目標は毎月100名の利用者登録と、100社の求人情報登録。
キャリアカウンセラー、精神保健福祉士などの資格を有するスタッフが、ワークコーディネーターとして常駐し、「人生の“作戦会議”をしよう」というスタンスで個別面談・サポートを行い、利用者に寄り添ってきました。
開設から1年間で就労マッチングできたのは140名。一年間全力でやってこの数字です。最低限の結果は残せたかもしれないけれど、まだまだ多様な層の期待には応えられていません。今なおトライ&エラーの繰り返しですね。
最も頭を悩ませたのは、「マンツーマンで心ある対応をしたいけれど、スタッフ・コストの限界がある」というジレンマ。プロボノを募ったり、地域の人材資源を活用して作戦会議を充実させる一方で、プロジェクト型の就労支援にも着手することになりました。
music project「The Work」
ひとつは、日本センチュリー交響楽団とともに、「社会とオーケストラの新しいつながり」を目的として立ち上げたコミュニティプログラム。
作曲家の野村誠さんをディレクターに迎え、2014年4月から7月にかけて、芸術と若者就労支援のコラボレーション企画となるmusic project「The Work」を実施しました。
身近な楽器や道具を使って演奏・創作するワークショップのようす。回を重ねるうちに参加者の表情が明るくなっていったそう
The Workでは、ハローライフに登録している若者たち10名が参加し、オーケストラ楽団員や若者就労支援員と共にオリジナルの音楽作品を創作。月2回のワークショップを経て、最後はJR大阪駅にて発表イベントを行いました。
参加者は、社会的機能尺度(SFS:個人の社会参加、生活機能レベルを簡便に計測するために作成された尺度)の平均値が65.9から76.8に変化し、このプログラムを通して「前向きな自信」や「働く意欲」が向上。仲間とともに失敗しながらも新しいことにチャレンジすることによってコミュニケーションへの自信などにも変化が見られたそうです。
プログラム参加の結果として、「プログラム期間中に採用が決まった」、「勤務日数を増やすことができた」など就労につながるケースもありました。
CHASHITSU factory
もうひとつはハローライフ1階にある日本茶カフェ「CHASHITSU for worker」で販売する和菓子やお茶の商品製造を、同じくハローライフ4階の「CHASHITSU factory」で行うインターンシップ。
一人ひとりのニーズや適性に合わせて目標やサポート内容を設定し、就労を目指す若者に社会人としての基本的なマナーやスキル、コミュニケーション力を身につける3か月間のプログラムを実施しています。
このインターンシップを受けた人たちもまた、現時点で約半数が就職しているそうです。
かつてはスマスタのオフィスだった4階スペースを「CHASHITSU factory」にリニューアル
「CHASHITSU factory」では「CHASHITSU for worker」で販売する日本茶や和菓子を製造。こちらの「OHAGI BURGER」(各180円)もそのひとつ。仕事に疲れた頭と体になじむやさしい甘さがうれしい
プロジェクト型の就労支援は効果としても高く、プロジェクト後の就労状況にも、塩山さんは予想以上の手応えを感じています。
“変化”と“成長”が人生の新しい扉を開く
「CHASHITSU factory」でのインターンシップのようす
マンツーマンで行う相談やカウンセリングは、いわば”点の支援”。一時的に気持ちが楽になっても、家に帰るとまた変わらない日常のなかで焦ったりもがいたりすることが続きます。
ところが、プロジェクト型の支援では参加者のコミュニティがつくられるので、”面での支援”が可能になります。そして、参加者自身がものづくりや表現活動に関わるなかで、「自らの変化と成長を実感できることが何よりも大きな成果」と塩山さんは言います。
仲間と一緒にひとつのことに取り組んでいると、コミュニケーション力も自然と身についてきます。それに、最初は落ち込んでいる状態で来るけれど、3か月後には顔色も良くなって目が輝いているんですよね。
人間が生きる何よりの喜びは変化と成長だと思います。
ハローライフが従来の就労支援施設と差別化をはかっていくうえでも、プロジェクト型の支援を設計していくことに重きを置きたいと塩山さんは考えています。
2015年度は、育児中のお母さんや性同一性障害に悩む人たちなど、多様な理由によって「働きたいけれど働けない」人たちを対象にして、それぞれに適したプログラムを設計することも計画しているそうです。
ノーベル賞クラスのしくみを発明して「世界のハローライフ」へ!
「ハローライフ」の入り口にて、塩山さんに「いらっしゃい」をしていただきました
実は、「CHASHITSU factory」は、大阪府の中間的就労の場づくり事業。この取り組みが、日本の課題である若者の就労問題、あるいは若者の貧困問題を解決するモデルとして評価されれば、大きなステップになります。
「なぜ、僕たちはわざわざNPO法人を立ち上げてまで、若者の就労支援や貧困問題をやりたいのか?」というと、 “自分ごと”だからなんですね。
でも、「若者の貧困問題を解決する」というテーマにはマーケットはありません。個人も、企業も、国も「この問題に関わることにメリットがある」と思わないと動きません。
多くの人に“自分ごと”にしてもらうには、何かしらその人にとって“得”になる手法を考えないと状況は変わっていかないんです。
目指すのは、日本そして世界において、若者の就労問題や貧困問題を解決できる汎用性の高いモデルづくり。「ノーベル賞クラスの、世紀の大発明みたいなことができるといいなあ」と塩山さんは夢を語ります。
そのためには、まずは自分たち自身が持続可能な経営をしっかりとつくり上げていかなければいけない。そう考えた塩山さんは、スタッフとともにスマスタをもう一度見つめ直すことにしました。
THE SOCIAL DESIGN COMPANYとして
「社会的課題解決のためのクリエイトに挑戦する」というコピーを掲げて、塩山さんたちがスマスタを立ち上げたのは2007年。
街の景観を変えるデザインごみ袋を使った「オールナイトごみひろい」、「無人島ごみひろい」などユニークな清掃活動からスマスタは立ち上がりました。7年間、塩山さんたちは休みなく走り続け、今ではその事業領域も大きく広がりました。
「スマスタとは何なのか?」。スタッフで何度も議論を重ねて出た答えは、「社会の問題を解決する」というシンプルなもの。
「社会」というテーマと「課題解決」という意味をこめての「デザイン」を掛け合わせて、自分たちを表す言葉に「ソーシャルデザイン」を選び、2014年10月にスマスタは「THE SOCIAL DESIGN COMPANY」としてブランドリニューアルを行いました。
スマスタの新しい事務所。子育て中のスタッフが子どもと一緒に働けるように畳の空間もあります
スタッフの家族でさえ「あんたは何をしているの?」と聞くほど自分たちが何をしているか説明するのが難しいんですね(笑)
スマスタは、デザイン事務所でもなければ、ウェブ制作会社でも、広告代理店でもなければ、就労支援に特化しているわけでもありません。社会問題を解決するための目に見えないデザインや調整、ディレクションをしているのがスマスタなんです。
事業領域も、企業デザイン、公共デザイン、教育デザインの3つに大きく整理。クライアントの課題を解決に導く戦略立案と実行をソリューションとして提供していくことを明確にしました。
世界で一番夢のある工場をつくりたい
ニューヨーク出店もあるかもしれない!? 「CHASHITSU for worker」
これまでは、BtoB案件を手がけることが多かったスマスタですが、2013年にはBtoCのビジネスとして「ハローライフ」1階の日本茶カフェ「CHASHITSU for worker」をオープン。2014年は4階の「CHASHITSU factory」との連携を生み出し、いずれは駅中や海外にも店舗展開したいと夢は膨らみます。
企業のデザインや行政のモデル事業をつくると同時に、自分たち自身もモデル企業になるために、しっかりしたブランドやサービスをつくらなければいけないと思っています。将来的には「CHASHITSU factory」を夢のある工場にしていきたいです。
塩山さんが考える“夢のある工場”は、学歴やキャリアがなくても、変化と成長を経験しながら働くことができる工場です。
家族とともに“ふつうのしあわせ”を得られるように、衣食住や不動産など、生活支援も整っている製造業のモデルをつくり、働きたくても働けていない人たちに一番寄り添う企業になることが、スマスタの大きな目標なのです。
「言葉にするとカタいところもありますが、もっとこうなったらいいなということしかないですよ」と塩山さん。今年は、大阪のとあるビジネス街のリブランディングにも関わる予定です。
現状のニーズに合っていないものをどんどんアップデートして、いい循環や競争を起こしたいんです。「こうなればいい」と誰もが思うけれど、誰もが行動に移すわけじゃないですよね。
でも、僕たちにはそれをやる理由がありますし、状況は変わるのだということを示して、新しい希望になればいいと思います。
スマスタが見せてくれる「状況は変わる」という「新しい希望」は、きっとまた次のいい循環を生み出していくに違いありません。
私たちもまた、胸の内に持っている「こうなればいい」という思いを、ひとつずつアクションに変えていきませんか?
大きな変化は、意外なほどに小さな一歩からはじまっていくものだと思います。
– INFORMATION –
マイ大阪ガスでスマスタを応援しよう!
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