photo by Shinichi Arakawa
もし、あなたが引越しを考えているとして、「明るくて人が集う部屋」と、「薄暗くて人気のない部屋」だったら、どちらを選びたいと思いますか?
福岡・北九州市で始まった「リノベーションスクール」は、4日間かけて実在する遊休不動産のリノベーション事業プランを企画し、事業化を目指す集中講座。その講座を通じて不動産を魅力あるものにしていくのが目的です。
でも、ひとことに魅力的にするといってもその選択肢はさまざま。リノベーションスクールでは、チームごとに「ユニットマスター」と呼ばれるファシリテーター役がつき、今ある空き家をどのように使えば人の集う場所になるか、新しい暮らしが実現できるかを議論していきます。
元気を無くしていく地方をリノベーションで活性化
photo by Shinichi Arakawa
株式会社夏水組代表。アトリエ系設計事務所、工務店、不動産会社勤務を経て、2008年夏水組を設立。中古マンションのリノベーション企画、デザイン、設計、工事管理までを手がける。斬新なリノベーションやシェアハウスのデザインで、特に生活スタイルが変化しやすい女性に気軽にリノベーションをして住まいを心地良く変化させていくことを提案している。
ユニットマスターのひとりとして参加者と伴走した坂田夏水さんは、各種インテリアデザインを専門とする「夏水組」の代表として、まだ一般的に認知される以前から建築のリノベーションに深く携わってきた人です。
北九州でおこなわれたこの回は、坂田さんにとっても特別な思いがあったといいます。
北九州は、わたしが生まれてから中学生くらいまで過ごし、今も親戚や友達も多く住んでいる故郷なんです。東京に出てきてからも、いつか地元に対してなにか貢献できればと思っていたところに今回の話をいただきました。
「地元の北九州にリノベーションで貢献できる」というのはうれしいお誘いでしたね。
坂田さんに限らず、地方から都心に出てきて、元気を無くしていく故郷のことを気にかけている人もきっと多いはず。坂田さんも「北九州での仕事は想いが違いました」と話しますが、坂田さんのチームで取り組むことになった物件、喜久田マンションとは元々どのような物件だったのでしょうか。
リノベーションスクールが入った当時の喜久田マンション。
若い単身者やカップルなどは繁華街のある小倉駅周辺に住みたがるのですが、喜久田マンションの最寄駅は小倉駅から数駅離れているうえに、駅からも徒歩10分という遠さ。では家族層にとって魅力があるかというとそれにしては手狭な間取り。
そのうえ裏には工場がドーンと建っていて、条件の優れたほかのマンションと競争していくには、やはりなんらかのテコ入れが必要な物件でした。
その頃の喜久田マンションは、1階のテナント、3階4階の住居部分も借主がおらずに真っ暗。活気のない部屋に入居したいと思う人はやはりあまりいません。そんな悪循環にビルのオーナーさんも頭を悩ませていたといいます。
スクールの参加者と一緒にオーナーさんにヒアリングをした所、「家賃を下げても借り手がつかない」という現状と、改修するとした場合の費用を銀行に借りてまでやる価値が本当にあるのかを気にしていました。
オーナーさんにとっては「リノベーションなどのコストをかけずに使い続ける」ということも、「壊して立て直す」「売る」という選択肢もあったわけで、そうしたすべての選択肢を話し合いました。
不動産の世界では、投資してもそれを回収できるまで10年以上かかるのも一般的なこと。しかも、その投資額はけっして小さいものではないので、難しい判断になるのは容易に想像がつきます。
しかし、リノベーションスクールでありながら「リノベーションありきではなく、壊すことも、売ることも選択肢にあった」ということには驚かされます。
放置される空家という社会問題
リノベーション後の喜久田マンション。温かみのある雰囲気。
選択肢がたくさんある中で、オーナーさんとの話はどのようになっていったのでしょうか。
今使えるものをぎりぎりまで有効活用して100%稼働すれば、利回り物件として販売ができるはずなので、まずは高くても売れるような優良物件にしていきましょうということになりました。
建物として、個別の問題点は無かったのでしょうか。
それもありました。オーナーさんは実は神戸住まいで、北九州についての土地勘や、どういう市場なのかもよくわからない状態でした。
つまり、オーナーさんにとってはまったく知らない土地に持っている不動産だったわけです。本人としては、息子さんの代に引き継ぐ前になんとかしたいという思いもありました。
不動産が引き継がれないままにオーナーが亡くなると、そのあとに相続問題が生まれて売買も簡単にできなくなってしまいます。結果、それが空家として放置されるという社会問題も全国的に起きています。
リノベーションスクールはこうした問題を、まずは目の前の事例に取り組むことで良い前例をつくり、社会問題の解決に対しても良い波及効果を生むということも目的のひとつ。リノベーションスクールの参加者にも、そうした意識を持った人は多いそうです。
仕事で建築関係に関わっている人が多いですが、建築業や不動産業に関わるとどうしてもそうした問題は見えてきますからね。
リノベーションそのものは、金融やインテリアといった分野にも関わってくる仕事なので、スクールの参加者には様々な人がいました。中には大家業をやっていて、自分の不動産をどうにかしたくて参加したという実益に直接繋がる人もいましたね。
シェアハウスという可能性
それぞれの得意分野を活かしてアイデアを固めていく。
坂田さんの役割はこうした参加者らに対して、どういう手法でリノベーションしていくとよいのかのヒントを与えつつ、答えを導き出してあげること。そんな中、シェアハウスというキーワードが自然発生的に出てきたのだそう。
2階から4階が住居部分で各フロア2戸で合計6戸あったんですが、それを「空いている最上階から徐々にシェアハウスにしていって、1階のテナントをシェアアトリエにする。
すると5年後くらいにリノベーションが順次完了した時には収益と利回りがこれくらいで、いくらで販売できる」という具体的アイデアが固まっていきました。
小倉の家賃相場は40平米で約6.5万円前後。そこに単身者やカップルが入るよりも、2戸を1戸に繋げて「80平米で5人、ひとりあたり4.2万円のシェアハウス」にすると収益構造が改善するというアイデアでした。
シェアハウスの間取り図。
しかし、そもそも小倉にはシェアハウスというニーズはあったのでしょうか?
それが、「小倉でシェアハウス」というのははじめての事例だったので、まったくの未知数でした。
でも、わたしが8年くらい前に東京でシェアハウスを提案し始めたときも同じように疑問視されたものの、今ではこれだけ一般的になりました。だから、認知されて広まるのに時間はかかるかもしれないけど、小倉にも必ずニーズはあるだろうなと思っていました。
実際、参加者と一緒に学生や、社会人になって間もない人たちにヒアリングして回ったところ、「家賃が3~4万円台ならシェアハウスに住みたい」という声も結構あったんです。
しかし、40平米で約6.5万円という小倉の相場環境で、「シェアハウスでひとりあたり4.2万円台」だと割高にも感じるのですが?
確かに同じ程度の広さでワンルームを借りようとするよりも少し割高ですが、それでも入りたいという人にこそ魅力を感じてもらえるようなシェアハウスにしたいと考えたんです。
実際、生活のコストを下げることが目的の人が集まるシェアハウスは正直少し属性がよくない。そうするとトラブルが起きたりとか、シェアハウスとして長続きしない原因にもなってしまいますから。
“安いからこそのシェアハウス”ではなく、“ワンルーム以上の家賃のシェアハウス”というブランティングも、考えたことのひとつでした。
建物はあくまでも建物だけで成り立つのではなく、“そこに入る人次第で場の雰囲気が変わる”ということには納得感があります。こうしたシェアハウスの広がりには時代性もありそうです。
今の若い社会人は20平米の3点ユニットのおうちに住んでたりしますよね。
でも、シェアハウスなら庭付きで、お風呂も大きくて、キッチンもファミリー級のサイズでガスコンロも3口で、となると、家賃が同じくらいなら広い面積を持てるという事に魅力を感じる人も多いはず。シェアハウスが増えていくのは必然なのかなと思いますね。
現実として実行していくプロジェクトだからこその濃密な学び
こうして、小倉にそれまで無かった「シェアハウスに入る」という選択肢を作った喜久田マンション。テーマは、「ほしい暮らしを自分でつくる」というものになりましたが、これにはどんな理由があったのでしょう?
このテーマは、入居者自身にDIYで内装などを作ってもらえたら、すべてプロの方に仕上げてもらうのに比べて初期投資のリスクを小さくすることができるのでは?という発想からでした。
具体的には、リノベーションスクールを企画・運営する北九州家守舎がオーナーさんから部屋を借り上げ、そこにDIYを含めた内装投資をおこなうというもの。
こうすることでオーナーさんだけがリスクを背負い込む形になることを回避し、そのうえで両者の事業が循環していく仕組みも組み込んでいきました。
入居者たちは「ほしい暮らしを自分でつくる」を体現するように、自分好みの輸入クロスを選んで壁紙として貼ったり、ワークショップを通じてペンキを塗ったり、キッチンのタイルを貼ったりと内装を手がけ、シェアハウスとして自分の住まい方を同居人たちと一緒に作っていきます。
また、1階のアトリエはDIYの相談所であると同時に、各階を跨いだ住人が交流できる、ビル全体としてのエントランスのような役割も果たします。
一緒に作る楽しさを共有できるDIY。少しづつ完成していくのがうれしい。
こうして、投資リスクを下げるというオーナーさん側のメリットと、暮らしを自分の手で作る楽しみを得られるという入居者のメリットが同時に満たされる仕組みを作り上げていったのです。
では、こうした優れたアイデアが、4日間のスクールの中で参加者から活発に出てくるのはなぜなのでしょう?
参加者は、みなさん自分で飛行機やホテルの手配をして、しかも遊びではなくて自分のスキルアップのために仕事を休んで参加するわけなので、モチベーションがものすごく高いんです。なにしろ定員数を超えた申し込み者の中から選ばれた人たちですから。
ユニットマスターとして参加するわたしたちも参加者に期待されている部分が大きいので、「果たしてこの雰囲気についていけるかな…」と思ったりして(笑)いいプレッシャーがありますね。
限られた時間でひとつの目的に向かって力を合わせることで濃密な時間を共有する。
議論のあとに現実として実行していくプロジェクトなので、最後までやりきる必要があるのもスクールの熱さに繋がっていそうです。
そうなんです。図面も書いて、収支計画も実務に即したものを作っていくという、レベルの高いスクールは他に無いでしょうね。
当初はまったく専門知識がない人でも、参加者それぞれの得意分野を教え合っていくうちに、全部の領域について理解するようになっていくのだそう。
しかもリノベーションスクールは、そうしたワークの合間にいろいろな専門の先生がきて、「投資のこと」「利回り計算の仕方」「プレゼンのしかた」「コミュニティデザインの考え方」などを学ぶセミナーが一日2本あるんです。
それらを受けることで「あ、自分の計画は利回りが低すぎる…」とか気づくわけです。
力を出し切った参加舎たち。短期間で得るものはとても大きい。
インプット量がかなり多く、濃密な学びの場であると感じます。参加者は眠る時間も惜しんで取り組むという話も聞きましたが?
ちゃんと眠っていたのは1日目くらいしかないかもしれないですね。最終プレゼンの前はほぼみんな徹夜していました。キツいよなと思いますけど(笑) 本当にほかに類を見ないすごいスクールだと思います。
でも、それだけ濃い時間を過ごすと、実際に物件が稼働したあとも参加者の愛着と思い入れが強いので、竣工のときにわざわざ遠方から駆けつけてくれたりすることもありました。
このように、「外からリノベーションスクールに参加した人たちが地域に興味を持ってもらう流れと、地域に住んでいる人たちがリノベーションスクールをきっかけに地元の古い建物に関心を持つという両方の流れが起きることも理想」なのだそう。
“人の気持ちや考え方を作り直す”というリノベーション
photo by Shinichi Arakawa
また、坂田さん自身もユニットマスターとしてリノベスクールに関わることで、改めて感じることも多かったと言います。
実際に関わってみると、物件そのものだけでなく、そこに住む住民のこととか、オーナーさんであったりとか、やはり人ありきだなと感じました。
リノベーションスクールは、表向きは「物件の問題点を解決する」というプロジェクトに見えていると思うんですが、人との繋がりを改善したりより良い方向に持って行くという意味あいも大きいですよね。
そういった意味では、リノベーションスクールの取り組みはソーシャルデザインと重なる部分が大きいのかもしれません。
やっぱり“人の気持ちや考え方を作り直す”という意味のリノベーションですよね。もちろん物件の改修はするんですけど、改修に進むオーナーさんの気持ちだったりとか、それを支えるご家族の気持ちだったりとか。
物件のリノベーションが進んで、人が集って動き始める感じも喜んでくださいましたしね。
最終的には、プレゼンを聞いた不動産関係者から「実際にこの物件がほしい」という人が現れるまでになり、オーナーさんも「こんなに素晴らしい提案が出てくると思っていなかった。しかも物件を買いたいとまで言ってくれる人も出てきて、すごくびっくりした」と喜んでくれたそう。
みんなの得意分野を持ち寄り、個別の問題点を具体的に話し合い、濃密な時間を過ごすことで、まちの流れを大きく変えるリノベーションスクール。まちづくりをハードとソフトの両面から考えてみることで、参加者は想像以上の収穫を手にします。少しでも興味があれば、ぜひ参加してみてください!