photo by Shinichi Arakawa
福岡・北九州市で3年前から始まった、短期集中型のリアルプロジェクト。それが「リノベーションスクール」(通称リノベスクール)です。
まるで集中合宿のような雰囲気の数日間(北九州の場合は4日間)で、街に眠っている空き物件をどう生まれ変わらせるかを議論して、実際のプランにまで持っていきます。地方都市で始まった取り組みに、やがて国も注目。いまや全国から熱い注目を浴びています。
リノベスクールの大きな特徴は、参加者が最初に数人のユニットに分かれ、チーム制で進むこと。それぞれに「ユニットマスター」と呼ばれる指導役がつきます。
地方発で面白いことが起こっている
ユニットマスター役で参加しているのが「東京R不動産」を10年前に立ち上げた、スピーク代表の吉里裕也さん。
photo by Shinichi Arakawa
1972年京都生まれ。「東京R不動産」代表ディレクター。横浜と金沢で育ち、東京へ。東京都立大学工学研究科建築学専攻修了。ディベロッパーを経て、2004年にSPEAC,inc. を共同で設立。不動産・建築・デザイン・オペレーション・マーケティングなどを扱うディレクターとして、プロデュース、マネジメントを行っている。
リノベスクールに参加するのは、どんな人たちですか?
開催地の地元を中心に、全国から集まってくる意識の高い人たちです。20歳くらいの学生から40代まで、年齢も職種もさまざまですね。参加したのをきっかけに交流ができるし、僕らが出張に行ったときに訪ねるようなこともあります。
地方ごとの仕事や拠点があって、そこから人が集まってくるのが面白いです。スクールという名はありつつも、実際はカンファレンスというか。
ええ。こういう場でも、優秀な人たちがIターン、Uターンをして、地方で面白いことを始めているのを肌で感じてます。僕らが運営しているのは東京のR不動産ですが、他に8つのローカルなR不動産があります。
ちょうどそのネットワークが中心になって「リアルローカル」というサイトを立ち上げたんです。
「リアルローカル」トップ画面
これはローカル発の人とモノ、イベント、あとは仕事を紹介するようなサイトです。これまでは住まいと暮らし方を提供していたR不動産というメディアに加えて、実際に起こっていることを集めて紹介するメディアですね。
北九州に加えて、山形や和歌山、鳥取、浜松でも始まったリノベスクール。「地方が面白い」という時代感覚にも合うから、吉里さんはユニットマスターとして関わるんでしょうか。
そうですね……リノベーションに携わる人たちって、どちらかというと建築の王道から外れたようなタイプが多いのかなと感じるんです。僕自身もそうで、ディベロッパーにいたり、不動産をやったり、そこで設計をやったり。
建築を学んだ後、建築や建築家が世の中にどう接点を持って、どう役立てばいいのか悩んで考えた結果として、このスタンスを取りましたから。
東京R不動産と各地のR不動産の共著による最新刊。photo by Shinichi Arakawa
街を変えようとしたとき、大きな美術館をバーンと建てるやりかたもあるけれど、実際はリノベスクールでやっているゲリラ的な変えかたのほうが有効なときも多いし、僕らのやりかたに近いのかな。R不動産も始まりはそうなんですよ。
ゲリラ的、ですか?
今までの街づくりはトップダウン型で、行政が決めて上から降りてくるもの。僕らがやっているのは、まず「できることを自分たちでやろうぜ」っていう方法です。だからグリーンズの目指しているものにも近いんじゃないかな。
僕らがやってきたのは、継続するための事業構造や、人が集まるためのマーケティングの観点を、ひとつの空間や場所で起こるできごとに結び付けて考えることです。リノベスクールで求められること、伝えようとしていることも同じだと思います。
最終プレゼンに収束していく
実際にリノベスクールはどうやって進んでいくんでしょう。吉里さんは今年の3月、北九州で行われた4日間のリノベスクールで、空き物件「ホラヤビル」のリノベーションを考えるユニットを務めました。
リノベーションの対象は、このホラヤビルの4階フロア
設計事務所のフォトグラファーやグラフィックデザイナー、学生、不動産業、公務員など、メンバーは8人。年齢や職業などに偏りがないよう、事前に決められます。担当物件をユニットマスターも初日に知らされるというのが、なんともユニーク。
メンバーとまず物件を見学することからスタート。その後、ユニットマスターって、どんなことをするんですか?
青木純さんと2人で担当したのですが、スタンスとして僕らは監督として手を動かさず、チームみんなのアイデアを引き上げるんです。
キャプテンやリーダーになる人を見つけたら、ある程度は任せます。ただ、時間が限られているから、広げるところと絞るところをイメージできるように助けますね。
ホラヤビルには、市民の台所「旦過(たんが)市場」の近くにあるという特徴がありました。
ホラヤビルの川を挟んで対岸に、地域の食材が集まる旦過市場がある
議論のポイントになるのは、街の”読みかた”なんです。このチームは早い段階で、この市場とリノベーションのプランを関連づけました。
リノベーションをするホラヤビルを視察するユニットメンバーたち
もうひとつのポイントは、ビルの使いかたを商業施設でもオフィスでもなく、宿泊施設に決めたこと。初日の議論でほとんど用途に集中することで、一発で終わらせたんですよ。
不動産業に落とし込んだとき、たいがいここで悩んでしまう。ここで悩み出すと、その先の精度が上がりません。2日や3日かかるチームもいて、ダメ出しされたりして急に変わっていくと、よくわからない提案になってしまう。
ブレないようにあえて絞り込むのが大事なんですね。それは、やっぱり時間がないから?
いや、普通のビジネスでも僕は同じだと思っていますよ。まずは用途の議論に特化して、ここを宿泊施設と決めてしまう。すると「そのためには何が必要か」と案が積み上がっていくんです。
住宅でも成立させる方法があるなら、住宅と決めてアイデアを積み上げていけば、解像度が増すはずなんですね。
朝早くから夜遅くまで、最終プレゼンに向けて力を振りしぼる!
うちの会社もチームプレイが多いです。それぞれの思いと深めかたはあるけれど「これいいじゃん!」と決まっていく。リノベスクールでものごとが決まっていく状況も、それに近い感じです。
ゲストハウス「TANGA TABLE」のイメージイラストをメンバーのひとりが描いた
図面の線を引き始めるのは、わりと後の段階ですか?
プロジェクトによるかもしれませんね。建築学生はハマりがちなんですが、図面の精度を上げても仕方ないだろう、とコントロールをすることもありますよ。最終日には物件のオーナーさんにプレゼンテーションをします。
いいプレゼンは伝わるプレゼンであって、綺麗な図面が必要なわけではありません。グラフィックが上手なメンバーがいればプレゼンもなんとかなるので、そのぶん大事な議論やリサーチ、アイデア出しに力を発揮できますね。
街の文脈と結びつけて、リノベーションのプランをプレゼン
実際のビジネスになっていくのが魅力
こうしてでき上がったゲストハウス「TANGA TABLE」のプランは、実現に向けて着々と動いています。目標は2015年の夏に行われるリノベスクールでのお披露目。
ほとんどコンセプトの柱を変えず、プレゼンが終わった後からベッド数、改装費用、法的検証などをしました。そこからオーナーとの負担割合など含めた条件を詰めました。不動産の立場でいうと待っていただくことになるのですが、いいかたちでコミュニケーションが取れていると思います。
プレゼン後にミーティングを重ね、詳細なプランを練る
東京R不動産でやってきたのは、誰が借りて、つくるのにいくらかかかって、そこで何をするのかという話。こういうことが当たり前に共有でき、かつリアルに街へ落とし込まれていくから、参加者も僕も面白いんです。
これからリノベスクールがこうなったらいいな、といった意見はありますか?
何回も来ているメンバーも出てきたので、これからは異なる層の参加者がほしいとは思いますね。ユニットマスターは大変だし、なれる人材は限られていると思うけれど、おのっち(グリーンズ副編集長、小野裕之)が担当したように新しい人が入ると違うなと思うんです。
そういう意味で、前回の北九州リノベスクールでシェフの寺脇加恵さんがユニットマスターになったキャスティングは新鮮。彼女にはTANGA TABLEにも協力してもらうんですよ。
スクールの期間はユニットに分かれていても、プロジェクトではそれぞれの役割も強みを生かして、ひとつに集約するのが特徴ですね。
あえて不動産や建築以外の人が入ると面白くなるんですね。
そうですね。僕らはR不動産の経験で、古い建物を見ると問題解決の方向性はだいたい分かるんです。
大きな複合ビル、古民家、ビルの角、できることが違ってくる。ただ飲食店をやるといい、ということは提案できるけれど、料理に詳しい人がいると、新しい業態を考えつくかもしれません。
街をリノベーションしたい
せっかくのチャンスなので「今後のリノベーション」という大きな話題もうかがいたいです。
いろんな切り口で語れるから、それだけ難しいですね。ユニットマスターで参加しているブルースタジオの大島芳彦さんは「リ・イノベーション」と言っています。そのスタンスにまったく同感です。古いものを改装するということだけがリノベーションではありませんよ。
リノベスクールのテーマは「街のリノベーション」です。街の持っている潜在的な魅力やポテンシャルを引き出すきっかけが重要だとすると、新築を建てることも、街のリノベーションになる。
単位を「街」にしたら、新築で物件をつくってあることをそこで起こす、それもリノベーションだという考え方をしています。
名建築を残す、という方向もなくはないけど。
それは大賛成です。丹下(建三)さんの代々木体育館は残すべきだと思っているし、それが難しいのも別の視点で知ってはいるのだけれど。そういう議論になる前に、みんなが「残すのって当然だよね」となるのが重要です。
今はものの見かた、価値のとらえかたがそうなっていない。一部の建築家だけが反対運動をしても無理ですよね。素晴らしい建築は、100年経ったら観光資産になる。短期スパンの経済の理屈で考えるのはもったいないです。
ただ、僕らはモニュメンタル(記念碑的)にそこに残すだけではものたりない。街に開かれ、みんなが使えるものになればいい。だからリノベスクールのスタンスも「名建築を使い倒そう!」くらいの感覚なんです。
気合いの入った雄叫びを上げるユニットマスターたち
リノベスクールの目標は、自分たちの案を通すことじゃなくて、その街を元気にすること。これはユニットマスターたちの共通認識です。世の中の建物や場所がどういう仕組みでそこにあり、どんな役割を果たしているか学ぶ機会ですから、いろんな人に参加してほしいですね。
街を元気にするリノベーション、いい言葉ですね!
話を聞いていて、なんだか僕も自分の仕事や暮らしかたに結びつきそうな気がしてきました。同じく参加してみたいなと思った方は、ぜひ来年のスケジュールを確認してくださいね。