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2020年の日本にもっと“パラ的な視点”を!芸術の秋におすすめの、もうひとつの芸術祭「ヨコハマ・パラトリエンナーレ」

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象の鼻パーク内「象の鼻テラス」を会場に11月3日(月・祝)まで開催中。プロジェクトや美術作品の展示に加え、ダンスなどのパフォーマンスが行われる2本立ての構成です。

ヨコハマトリエンナーレ2014」の一画で、今年から始まった「ヨコハマ・パラトリエンナーレ」をご存知ですか?

通称「パラトリ」は、オリンピックとパラリンピックの関係と同じように、障害のある人たちが参加するアートフェスティバルです。今回は、開催の趣旨と見どころを、総合ディレクターの栗栖良依さんに聞きました。
 
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栗栖良依(くりす・よしえ)さん
1977年生、東京出身。「スローレーベル」ディレクター。大学卒業後、美術・演劇・イベント・製造と横断的に各業界を渡り歩いた後、イタリアのドムスアカデミーにてビジネスデザイン修士取得。その後、東京とミラノを拠点に世界各国を旅しながら、さまざまな業種の専門家や企業、地域コミュニティをつなぎ、商品やイベント、市民参加型エンターテイメント作品を手がける。2010年3月、右脚に悪性線維性組織球腫を発病し休業。2011年4月、右脚に障害を抱えながら社会復帰を果たす。2011年「横浜ランデヴープロジェクト」ディレクターに就任し、スローレーベルを立ち上げる。

鋭い感覚を持った人々との共作

パラトリエンナーレという言葉を、初めて聞いた人も多いのでは? その内容をひとことで表すと「“障害者”と“多様な分野のプロフェッショナル”による現代アートの国際展」です。

今年のヨコハマ・パラトリエンナーレは、ビジュアルアーツ部門のキュレーターに難波祐子さん、パフォーミングアーツ部門のディレクターに田中未知子さんを迎えてプログラムが組まれています。

全体を統括する栗栖良依さんは、プロフェッショナルの作家たちが「アカンパニスト(伴奏者の意味)」として参加する理由を、こう解説してくれました。

障害のある人たちは、実は一人一人の能力が高いです。例えば、視覚障害者の聴覚や触覚は、晴眼者よりもかなり鋭いし、自閉症の人は外のことに気をとられず、スゴい集中力で神がかった作品をつくり出します。

ただ、その能力を生かす人が近くにいないと、ただの変わり者あつかいされたり、障害にばかり目がいって弱者あつかいされたりしてしまう。障害者の持っている知覚や能力は、“正しい隣人”がその能力を最大限に生かすと、社会にとっての資源になりうるはずです。

だから、第1回目のテーマは「ファースト・コンタクト」。障害者とプロフェッショナルのファースト・コンタクトでもあるし、来場者にとって未知の世界とのファースト・コンタクトになってほしい、との思いがこめられています。
 
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SLOW LABEL横浜とファッションデザイナー、皆川 明によるプロジェクト「sing a sewing」。港南福祉ホームの人々が「ミナ ペルホネン」の生地に心の赴くままに刺繍を施している。

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森永邦彦(ANREALAGE)の「聴く服」は、シバタテクノテキスの導電性織物を使った、音を奏でる巨大なジャケット。視覚だけに頼らないファッションを提案する。

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「耳の聴こえない人のための音楽」という表現を目指すのは、真鍋大度、石橋素、照岡正樹、堤修一によるチーム。音楽を微弱な電気刺激で聴覚障害のダンサー、 SOUL FAMILYに伝えて検証。会場では電気刺激を振動に変えて体感できるデバイスを展示している。©SOUL FAMILY×真鍋大度×石橋 素×照岡正樹×堤 修一

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8月13日夜に会場で催されたのは、電気刺激デバイスを使ったSOUL FAMILYによるダンスプレゼンテーション。来場者の聴覚障害者と健聴者には、iPhoneのバイブ機能を利用した体験用アプリが配布された(バージョンは0.0.1)。4チャンネル分のMIDI信号を振動データに変換した本格的なものだ。©SOUL FAMILY×真鍋大度×石橋 素×照岡正樹×堤 修一

真鍋さんたちのプロジェクトも、彼らだけではつくれない作品です。「耳の聴こえない人のための音楽」で使われる刺激の中には、真鍋さんたちには感じ取れないが、聴覚障害のダンスユニットは感じ取れるものもある。他者の知覚や感覚を借りて挑む、新しい表現に注目してほしいです。

個と個が出会う、ファースト・コンタクト。それは企画・運営の側にとっても、初めての経験をもたらしたようです。ヨコハマ・パラトリエンナーレは、準備から開催後にわたるすべてのできごとを、デジタルアーカイブ化。ウェブ上で公開しているのが特徴です。

私たちは福祉の専門家ではありません。そのため、なにかしらの障害がある人が来たら、展示が不十分だと感じるところが多いと思います。キャプションの付け方ひとつにしても、今は点字を読める人が少なくなってるし、位置もそんな場所では意味がないとか、穴だらけかもしれません。

そういった私たちがぶつかった課題や気づきを来場者の方に一緒に考えていただき、そこで生まれた解決策やアイデアを実社会に還元していく「場づくり」としてフェスティバルを企画しました。

関係を深めて、3年後、6年後へ

あくまでも、始まったばかりの地点を見せているのがこのフェスティバル。栗栖さんは「どの作品も完璧な姿ではない」と言います。次回の3年後に向けて、今の出展者は付き合いを続けるそうです。

実はこのパラトリ、そのさらに3年後の2020年がターゲットイヤー。東京オリンピック・パラリンピックが開催される年です。

2020年というのは、社会が変わるきっかけになる年だと思います。過去を振り返っても、東京オリンピックと大阪万博は、戦後の日本が大きく変わるターニングポイントでした。社会のあり方や街づくりで、2020年ほど日本が大きく変わることって、この先、そんなにないと思うんです。

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井上唯が、年齢、国籍、性別、障害の有無を超えた約800名の参加者と一緒に形状保持の特殊繊維を編んだ作品が会場全体を覆う。

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何気ない日用品から驚くほど小さくて精巧な作品を生み出すのを得意とする岩崎貴宏が介入、障害者の手と心の動きの痕跡が印された布作品に、さまざまな世界観が共存する新しい風景をつくり出す。

そのときに大切なキーワードとして、栗栖さんは社会に「パラ的な視点」が必要だと言います。

多様な人たちが当たり前に暮らす社会を実現するアクションのつもりで、パラトリをやっています。

障害のある人たちを、弱者として支援の対象にしてしまうのではなく、彼らの活躍する場所があったり、能力を活かせる隣人がいて、誰もが必要な人材としていられる場所である社会であるべきだと思うんです。

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SLOW LABEL徳島のプロダクト。天然灰汁発酵建ての製法を用いて藍染め製品をつくっている徳島県の障害者施設と協働。

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今夏の「たよりない現実、この世界の在りか」展(資生堂ギャラリー)が話題となった現代芸術チーム「目【め】」は、「世界に溶ける:リサーチドキュメント」と題したプロジェクトの成果を展示。自閉症者が放つクリエイティビティを知るために、自閉症を知る方へおこなったヒアリングの記録や自閉症者の参考作品で構成されている。

そういう「パラ的な視点」が取り入れられた街になるか、まったく無視したかつての東京オリンピックのようにソフト、ハードを含めてマス志向の経済成長だけを意識したものになるかでは、でき上がるものが大きく変わります。

多くの人が高齢者になったら、足が不自由になったり、目が見えづらくなったりして、障害を感じるようになるわけですから。

栗栖さんはパラトリを企画するとき、2012年のロンドンオリンピックを研究したと言います。

ロンドンは、先進国の同じ都市で開催される2回目のオリンピックでした。スポーツだけではなく「文化」と「パラリンピック」がキーワードになっていたんです。

その中で「アンリミテッド」という障害者のプログラムを初めて取り入れて注目されたのですが、パラリンピックの開会式も素晴らしかったんですよ。オリンピックらしい王道の演出だったんですが、ストーリー仕立てのスペクタクルショーで、多様な人が登場して、美しく仕上げていました。オリンピックよりも良かった。

パラリンピックを演出するという夢

より暮らしやすい社会になるようなアクションを一緒にやりたい仲間を、まずは3年後に向けて、どんどん募集したいという栗栖さん。これからの目標は?

私は小1から創作ダンスをずっとやっていて、中学と高校もパフォーミングアーツの舞台を年に2、3本つくっていました。高校生で大学の進路を考えて悩んでいたとき、リレハンメル・オリンピックの開会式を見て「私、この演出がやりたい!」って思ったんです。

でも、2010年に急に病気になって人生をリセットすることになって。死を間近に感じる病気にかかったら、先のことを考えるのがバカらしくなってしまったこともありました。

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詩人の三角みづ紀と、「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」でアテンド役をつとめる視覚障害者の檜山晃による共作「声の矢印、言葉の地図」。象の鼻パークを7つの詩をたどって、五感で旅するための案内サイン。

その後、2012年に自分が障害者手帳をもらって、あらためてロンドンではパラリンピックの方に注目したら、セレモニーが素晴らしかった。だから、今はオリンピックより、パラリンピックの演出を目指しています。

そちらの方が多様性や人間と科学の融合をテーマにしたり、より日本らしいことができるような気がする。自分が障害者だからというわけではなく、純粋にこちらの方が面白いなと思っているんです。

自分はアート系よりも、エンターテイメント寄りの人間だという栗栖さん。彼女はこんなことを考えています。

数人のプロが完璧に踊る作品づくりには、あまり興味がありません。それよりも不特定多数の子どもからお年寄りまで、いろんな素人が動くことで大きな絵をつくる、祭りのような「ソーシャル・エンターテイメント」の演出に興味があるんです。

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森田かずよは、普段は義足を着けた状態で踊るダンサー。今回は義足を外し、地面を這うような動きから、二人のダンサーとの動きの中で立ち上がるダンスを披露。

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9月7日(日)に催されたサーカスパレードの様子。©427FOTO

オープニングアクトで森田かずよさんと踊ったダンサーのクリシー・喜陽(キヨウ)さんも、北京オリンピックの閉会式のとき、次回ロンドンのプレゼンテーションのために踊った方なんですが、いろんな障害がある人にダンスを教えてきた人です。

森田さんは、隣りのアカンパニスト二人と共に新しいダンスに挑戦した。個と個が出会い、調和することが重要だという、パラトリのメッセージを伝えるものでした。

9月末には、ダンスワークショップも

栗栖さんの思いがたっぷり詰まったヨコハマ・パラトリエンナーレ、9月末にはロンドンオリンピックに振付家、ダンサーとして関わっていたペドロ・マシャドが来日。9月25日から4日間の集中ワークショップワークショップ、9月28日(日)の14時からショーイングとトークイベントを行います。
 
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パラトリに来てくれた方は、なにかを持ち帰るだけではなく、自分ごととして体験して、考えてほしいです。どういう風にしたら社会にある障害や障壁を取り除けるか、一緒に考え、社会で実践してください。

栗栖さんは「多様な人々からなるパフォーマンスは、どこかユーモラスで優しく幸せな雰囲気に包まれるんです」と見どころを教えてくれました。

これからの気持ちいい季節。なごやかで晴れ晴れとした雰囲気を、ぜひ味わってみませんか?

(Text: 神吉弘邦)

ヨコハマ・パラトリエンナーレ 2014

会期:
2014年8月1日(金)〜11月3日(月・祝)

展示型作品公開期間:
8月1日(金)〜9月7日(日)/ 9月18日(木)〜10月13日(月・祝)

※事前に公式サイトをご確認ください。
http://www.paratriennale.net

会場:
象の鼻テラス(10:00-18:00)、入場無料