天然の石鹸、ソープナッツ(ムクロジ)。泡立ちの良さに驚きます。
子どもの頃、お正月に羽根つきで遊んだ時のことを覚えていますか? 羽根つき用の羽根の先についている黒くて堅い玉には、もともとムクロジという木の実の種が使われていました。
実は、このムクロジの実は石鹸の実(以下、ソープナッツ)とも呼ばれ、日本をはじめ各国で石鹸の代わりに重宝されてきました。インドでは今でも、乾燥させた実をさまざまなハーブとミックスし、粉末にしたものが洗髪に使われています。
そんなオーガニックのソープナッツで、全自動洗濯機でも使える粉石鹸を開発したのが、南インド、タミル・ナードゥ州チェンナイ市でパーソナルケア&ホームケア製品を手がける「Krya(クリヤ) 」のPreethi Sukumaranさん(以下、プリーティさん)とSrinivas Krishnaswamyさん(以下、シュリニさん)ご夫婦です。
今回は、引っ越したばかりという新しいオフィスで、“地球ごと”を”自分ごと“として捉える、Krya流の小商いについてのお話をお伺いしました。ドアをあけると、お2人の笑顔と一緒に、爽やかでほのかに甘いソープナッツの香りがふんわりと迎えてくれました。
個人の“意識的な行動”が社会と地球に変化を起こす
2013年に発表された洗濯に関する消費者調査によると、インド国内で洗濯機を持っている世帯は10%に満たない状態ですが、使用世帯は年々増加しており、2025年にはランドリー製品の消費が世界第5位になると予測されています。
プリーティさんとシュリニさんが洗濯用粉石鹸を開発したのは、環境問題を意識してのことでした。
プリーティさん 環境を考えて意識的に行動しようというメッセージを込めて、”意識的な行動”を意味するサンスクリット語を社名にしました。環境問題について知っているというだけでなく、一人ひとりが実際に意識して行動することが社会と地球に変化を起こすと思うのです。
“Sustainable Goodies = 持続可能かつ環境に負担の少ない、地球にとっても人間にとってもちょっといいモノをつくる”というKryaには、5つのポリシーがあります。
(1) 「ゆりかごからゆりかごまで(Cradle-to-Cradle)」を考えたデザイン
リサイクルまたは再使用されることを考えて製品をデザインし、製品ライフサイクルの各ステージ(企画・設計・製造・販売・使用・再生)でのゴミを最低限に抑える。
(2) エコロジカルフットプリントを最小限に
原材料、製造工程、輸送方法を評価・選択し、製品が環境に与える影響を最小限に。
(3) 天然材料の使用
必要以上に手を加えず、自然に近い状態で天然材料を使用して消費者に強い影響を与え、環境への影響は最低限にする。
(4) ヴィーガン製品
動物実験を行わず、倫理的な影響力が強く&環境への負荷が大きい動物由来の材料を使用しない。
(5) 影響力が高い製品づくり
生活に取り入れやすく、かつ効果的な製品をデザインする。
© Krya 起業当時のプリーティさんとシュリニさん
化学物質に対する疑問や不安が起業のアイデアに
インドの名門ビジネススクールIIMでMBAを取得後、外資系大手医薬品・日用品企業に入社し営業部に配属、そこで職場結婚したおふたり。プリーティさんはその後、他の会社に移ってマーケティングから新商品開発へとソフトし、シュリニさんは、会社に残ってマーケティング部部長に昇進します。
順調にキャリアアップする一方で、ふたりの中で大きくなっていったのが環境に対する意識でした。
シュリニさん 自分が売っている商品に使用されている化学物質に対して疑問や不安が生まれ、それと同時にもっとこうしたらいいのではないか、というアイデアがわいてきたんです。インド国内の消費者からも、使用材料やその安全性に関する質問が多く寄せられるようになってきていました。
一方、プリーティさんも同じことを感じていました。
プリーティさん 日々の生活でもオーガニックのものや環境に負担が少ないものを選んで買うようになり、また、同僚たちが次々と車を購入する中、渋滞だらけのインドで、環境を汚染するだけの車を持つ意味が本当にあるのかと考え、結局買わないままに過ごしました。
他の動物の生活を邪魔することに疑問を感じ、2人がヴィーガン(乳製品を摂らない菜食主義者)になったことも、環境にできるだけ負担をかけないシンプルで持続的な暮らしをさらに考えるきっかけになりました。
会社から帰宅後、どう起業してどう製品を市場に出すかについて毎晩ディスカッションを重ねたお2人は、2009年、同時に会社を辞め、一年の充電期間に入ります。
自分達に売ることを意識したビジネスプランづくり
インドでは、キャリアアップ&昇給のために転職を重ねることは普通。離職率は世界平均を上回っていますが、次の就職先を確保してから辞めるのが一般的です。
プリーティさん 家族にはかなり心配されましたが、ゆっくりと自分達の生活を見つめ直しましたね。薬草やハーブを賢く利用していたインドの伝統医学アーユルヴェーダの本などを読み、またそれを実際に利用して活動しているたくさんの人に会っていろいろな話を聞きました。
2人の最初のミッションは、家庭の中から環境に有害な物質を取り除き、市販されている合成洗剤に代わるものを開発することでした。
プリーティさん どこかで見たことがあるような商品は開発したくなかったんです。他にはない私たちらしいものをつくり、自分達に売ることを意識してビジネスプランを立ててゆきました。
リサーチをはじめてから数ヶ月後、天然の材料だけを使って、毎日家庭で使う洗濯用石鹸、食器用石鹸やパーソナルケア製品を開発するというアイデアが生まれました。そのきっかけになったのがソープナッツとの出会いです。
おばあちゃんから聞いた石鹸の実の使い方
© Krya ソープナッツの実
プリーティさん ソープナッツは、インドでは今でも洗髪に使われており、アーユルヴェーダの文献にも出てきます。
洗髪に使えるのならば、洗剤としても使えるのではないかと周りに聞きこみを続け、祖母の世代の人から、昔はソープナッツを煮つめて一晩置き、翌朝エキスを絞りだしてシルクのサリー(インドの民族衣装)を洗っていたという話を聞いたのです。
ソープナッツは、洗濯用洗剤としてだけでなく柔軟剤の役割も果たしてくれ、色落ちも適度に防いでくれる優れものであることがわかりました。
また、ソープナッツがインド国内だけでなく海外でどのように使われてきたかについても調べ、粉末にして洗濯用洗剤にする実験を開始します。
プリーティさん ソープナッツはインド国内だけでも13種類もあります。その中から3種を選び、実際に消費者に使ってもらったり、外部のラボと提携してテストを繰り返しました。現在は主に南インド種を使用しています。
オーガニックのソープナッツと非オーガニックのソープナッツで、血、チョコレート、土、オイル、ターメリックの汚れなどを洗い比べたところ、オーガニックのものの方が洗い上がりがよいこともわかりました。また、普通の洗剤と比べても遜色ない結果となり、ふたりは自信を深めていきます。
常に改良を加えながら新商品も続々開発
開発は順調に進んでいきましたが、予想外に難しかったのが材料調達でした。
プリーティさん 高品質のソープナッツは海外への輸出用に栽培し、インド国内向けには販売していない生産者や取り扱い業者が多く、納得のいく品質のソープナッツの調達先を見つけるまで時間がかかりました。
何か問題が起こった際の追跡を考えても、できるだけ生産者、もしくは生産者から直接買い付けている業者から材料を調達していますが、今でも安定した材料調達は課題の一つです。
© Krya 洗濯用石鹸「Krya Natural Detergent Powder」リサイクルしやすいように黒1色で印刷するなどパッケージの細部にまでこだわって開発。
こうしてついに2010年5月、洗濯用粉石鹸「Krya Natural Detergent Powder」がデビューします。種を除いて細かい粉にしたソープナッツに食品レベルの炭酸カルシウムを微量(3%)加えてサラサラな状態にし、洗濯機を使用する場合は付属の木綿の小袋に入れて、衣類と一緒に洗います。
シュリニさん 本当は食品レベルであっても炭酸カルシウムを加えたくないのですが、ソープナッツパウダーのベタつきを抑え、サラサラな状態に保つために使用しています。
もちろん、配合は現在も改良を重ねています。ソープナッツは洗剤のように水に溶けるわけではないので、袋に残ったかすは庭の植物に撒くなどして土に戻します。
手洗いの場合は、袋に入れずに直接バケットに入れ、そこに水を注いで20分程度衣類を浸け置きして洗います。その場合、洗った後の水も植物の水やりに使用できます。
© Krya 食器用粉石鹸「Krya Natual Dishwash Powder」
洗濯石鹸に続き、去年5月には食器洗い用粉石鹸「Krya Natual Dishwash Powder」の販売を開始しました。
プリーティさん 食器用洗剤は直接肌に触れるものなのでソープナッツだけでなく、肌を保護する効果のあるガジュツ(ウコンに似た植物)やレモングラスを配合しました。
さらに、インドでは夕食時に使った食器を一晩おいて、翌朝使用人が食器を洗うことが多いので、抗菌作用の強いニーム(インドセンダン)も使っています。
これまでソープナッツ農場内で生産を行ってきましたが、現在は自社加工場を建設中。それに合わせて床用洗剤、洗髪粉石鹸、洗顔粉石鹸、キッズ用粉石鹸も年内には販売開始予定というお忙しいおふたり。
また、今までは複数の企業とフロアをシェアしていたのですが、自分たちだけのオフィスを持つ決断をしました。
気温40度を超えるインドでエアコンなしの快適オフィス
そんなお二人のオフィスづくりにも”意識的な行動”があちこちに見られます。
プリーティさん オフィスの備品一つひとつに気を配っていますね。できるだけ環境に負担をかけず、有害な化学物質の少ない素材でつくられたもの、さらに、いらなくなった家具を知人から譲り受けたり、自宅にあるものを使うなど、再利用を心がけています。
例えば、壁の塗料は低VOC(揮発性有機化合物)塗料を選び、その中でもすべての色の中で最も低VOCである白色を選択。
そしてなんといっても一番の驚きは、オフィス内にエアコンがないこと。夏には40度を超える日も少なくないチェンナイ市では、エアコンは必需品のはずですが…
プリーティさん とにかく風通しのよい物件を探しました。通気を妨げず、日射熱を遮断する簾はタミル・ナードゥ州で伝統的につくられているものを使用しています。
インドの住宅の天井にはファンが設置してあるので、窓を開けて簾で陽をさえぎれば、十分に涼しいのです。
冷蔵庫なしでも、素焼きのポットに入れておけば、ひんやりした水がいつでも飲めます。
オフィスのキッチンにもKryaらしい工夫が見られます。
プリーティさん 浄水器は電気がいらないタイプのものを選びました。浄化した水を昔ながらの素焼きのポットに入れて保存し、飲んでいます。とっても美味しいんですよ。
素焼きのポットは、水の気化を利用して壺の内部を冷たく保つ、インドの昔からの知恵です。
顔が見える材料を仕入れ、顔が見える消費者に売る
新しいオフィスの看板には、「気軽に声をかけてください」とフレンドリーなメッセージも。
生活でもビジネスでもシンプルを貫いているお二人は、あえて事業を広げすぎないことが大切だと考えているとのこと。新しいオフィスに移り、自社加工場の建設もはじめながらも、あくまでも”小商い”に徹したいという理由はなんでしょうか?
プリーティさん 海外からの問い合わせもありますが、エコロジカルフットプリントなどを考えたら、Kryaの製品を輸出することは環境に負荷をかけない持続的な活動ではないと思うのです。
また海外となると文化や生活様式も全く違うので、果たしてKryaの製品が効果的なものであるかを判断することもできません。
私たちは、顔が見える材料を仕入れ、顔が見える消費者に売っていきたいと思っています。また、どの国にもソープナッツのような天然材料が必ずあるはずです。ぜひそれを探して独自の天然系洗剤を開発していただきたい。
シュリニさんからは、ソーシャルイノベーターを目指す日本の読者にこんなアドバイスをいただきました。
シュリニさん 今の時代は、自分の住んでいる町で、小さなニッチターゲットのビジネスを起こすことが十分可能です。
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