けんちく体操のワークショップ。
みなさんは「建築」に対して、どんなイメージを持っていますか。むずかしそう、わからない、かっこいい…。自分には関係のないものと考えている人も多いのではないでしょうか。
でも実は、東京タワーだって、毎日使う駅だって、自分の家やあなたが勤めるオフィスビルだって、私たちが日常で触れている建物すべてが「建築」なのです。そんな一見、縁遠く思われがちな建築と私たち使い手の橋渡しをしているのが「mosaki(モサキ)」のふたりです。
「建築」を「けんちく」にする活動
建築を中心に、本や雑誌の編集、イベントの企画やコーディネートなどを手掛けるコミュニケーターユニット、mosakiとして活動する田中元子さんと大西正紀さん。
mosakiの事務所にて。田中元子さん(左)と大西正紀さん(右)
建築家の絵本シリーズ「くうねるところにすむところ 家を伝える本シリーズ」(平凡社)などの書籍編集の他、「けんちく体操」という身体を動かして建築を学ぶワークショップ、有名建築をカクテルにアレンジした「建築カクテル」のイベントなど、堅苦しくとっつきにくいイメージの建築をやわらかく、ユニークに伝える活動をしています。
mosakiの最近の活動で注目を集めているうちのひとつが「けんちく体操」です。東京タワーや国会議事堂、シドニー・オペラハウスなど海外の建築物まで、自分の身体を使って表現。小学校の運動会でやった組体操の建築版と言えばわかりやすいでしょうか。
「けんちく体操」は新手のパフォーマンスとも受け取られ、これまで建築とは無縁だったメディアからも取材が相次ぎ、ついには「笑っていいとも!」にも出演を果たしました。
大西さん 普段、建物って意外と見ているようで見ていないんです。でも、建物のかたちを真似するためには、まずじっくり見なくてはいけません。その時、生まれて初めて建築を観察する。これだけで不思議と建築や街に対する意識にスイッチが入るんです。
同時に建物の解説も加わり、知識が体感としてわかる。ワークショップでは、どんどん人数を増やしていきます。グループで一緒になって、一つの建物を表現するので、知らない人同士が性別、年齢、国籍の壁を一気に越えてつながることができます。
もともと、こどもに向けた建築のワークショップだった「けんちく体操」。堅苦しい“建築”を、振り切れた遊び心によって楽しく伝えることで、世間一般に興味を持たれたことに、手応えを感じたと言います。これまでに小学校などで、60回以上ものワークショップを重ね、2013年には、国際シンポジウムに招待され、海外で初めてとなるワークショップも行われました。
年齢や国籍を超える拡がりを見せる「けんちく体操」、今年の夏は、なんと南アフリカへ。現地の子どもたちに「けんちく体操」を届けるクラウドファンディングも募集しています(2014年7月29日まで)。
ドイツ「バウハウス大学」で行われたワークショップの模様。予想を超える観察眼と表現力に脱帽!
建築をユーモアに包むことで、予想を超えた広がりを見せた「けんちく体操」。子どもが街を歩いていても、「あっ!この間マネした建物だ」と反応するようになったという感想も寄せられるそう。
建築に親しみが生まれて、街をこれまでと違った視点で見ることができれば、住まいや地域に対して、より“自分ごと”として関わるきっかけになりそうです。
同潤会アパートを繰り返さない
mosakiとして活動する田中元子さんと大西正紀さんが出会ったのは、2000年ごろ。東京・表参道にあった同潤会青山アパートメントの保存再生運動がきっかけでした。同潤会アパートは日本初の集合住宅で、青山アパートは低層でゆとりある緑豊かな敷地が街並みの一部となり、街行く人の記憶とも深く結びついていました。
けれども、その保存再生運動を通してわかったのは、住人や地域の人、地権者、建築家、ディベロッパーそれぞれに立場と意見があり、日本ではまだ、みんなで話し合う用意ができていないということ。やがて、2003年に同潤会青山アパートは取り壊されてしまいました。
その時、ふたりは、同潤会青山アパートのようなことが起きないように、建物をもっと多くの人に自分のこととして楽しみ、好きになってほしいと、建築と人をつなぐ活動をするため、「mosaki」を結成しました。
当時取材された新聞記事。同潤会青山アパートを背景に。
田中さん 建物の開発に関わる人たちと、ただその建物が大好きな第三者、それぞれが話し合うような文化や制度の成熟は、日本にはなかったのですね。
残すことが目的ではなくて、みんなが納得してもらえることが一番幸せだと思っていたのですが。最後に青山アパートで展覧会を開いた時、たくさんの人が見に来て、建物に対するメッセージを残していってくれた。その声を無駄にはしないと決意しました。
ふつうの人がもっと建築を語る世の中をつくりたい。青山アパートも、もっとみんなが自分の風景として捉えていたら、結果は違っていたと思うのです。mosakiの活動のゴールは、建築を含めた街の環境を自分の問題として認識してもらうことです。
欲しがらされてしまうのではなく、自分が欲しいものを知る
mosakiの田中さんは、雑誌『ミセス」(文化出版局)で、建築家の自邸を訪ね、建築家ではなく、妻や娘の視点から語ってもらうユニークな連載をしていました。数々の名作住宅を取材した中で見つけた暮らしは、どのようなものなのでしょうか。
取材で訪れた1992年に建てられた建築家・野沢正光さんの自邸「相模原の住宅」(撮影:野寺治孝)
大西さん 取材した建築家の自邸は圧倒的に居心地が良くて、ずっといたいという感覚になります。家を選ぶ時に、こういう暮らし方があることを知らないで、住宅展示場でぱっと買ってしまうのはもったいない。
“どんな暮らしをするか”は、生き方や仕事も絡んでくること。だからこそ、暮らしを学ぶ機会や考えるきっかけが、もっとあるといいですよね。
田中さん 意外だったのは、奥様や娘さんからの苦情がほとんどなかったことです。自分たちに合った暮らしを知っていて、家を建てたからだと思います。欲しがらされてしまうのではなくて、自分で見極める。コンクリートの家が良いのか、木の家が良いのか、それぞれのライフスタイルに合わせて選ぶ。広くて安いという客観的なものさしでプロダクトとしての家を買うのではなく、自分の欲しいものに向き合うための主観的なものさしが必要。そのためには、家に対する知識も身につけたほうがいい。
1975年に竣工したとは思えない程今見てもモダンな建築家・吉田研介さんの自邸「チキンハウス」(撮影:野寺治孝)
“本当に良い家は動物的な勘でわかる”とも。自分の気持ち良いという直感を大事に、好きな場所や住まい、暮らしを探していくことが、自分のものさしを持つということなのでしょう。
これまで取材した中で、特に印象に残っている家を挙げていただきました。
田中さん 住宅の名手、永田昌民さんの自邸『下里の家』は、以前の家から植物を土ごと持って来て、庭に植えていました。長い間育てた木や植物を大事にしているのが印象的でした。
藤森照信さんの自邸は有名な『タンポポハウス』ですが、実はタンポポがなかなか根づかない。でも、『そんなものじゃないの』って構えてなくて、失敗してもいいかという余裕がある。もちろん自分で設計した家だからというのはあると思いますが、多くの人がプロダクトとして家を買う様子を見ていると、失敗はみじんも許さないという意識が強過ぎる気がします。
家は竣工したら完成ではなく、住みながら育てるものという意識の違いでしょうか。
動物的な勘を働かせ、気持ちよい空間、心地良い暮らしに敏感になってみる。そうして見つけた自分たちが欲しい暮らしを実践してみる。上手く行かなかったら、合わなかったら、調整していく。そうした手間はかかるけれど、根気強い姿勢が、自分の身の丈に合った暮らしを育むのでしょう。
建築家・藤森照信さんの自邸「タンポポハウス」。1995年竣工。屋根や外壁にタンポポが植えられた地面から生えたような住宅(撮影:野寺治孝)
連載をまとめた本「建築家が建てた妻と娘のしあわせな家」(エクスナレッジ)が出版されました。表紙の植物が茂る家が永田昌民さんの『下里の家』
シェアを体験することで、自分の開ける領域がわかる
最後に、mosakiのふたりの暮らしぶりをお聞きしてみました。
ロンドンに住んでいた時代にはシェアハウスに住み、東京でも一時期はシェアハウスに、仕事場もかつては九段下にあったシェアオフィスco-labに入居するなど、シェア経験も豊富。けれども、実はシェアが向いていないことに気づいたと言います。
田中さん もちろん良い面もありましたが、一方でシェア疲れしてしまうのです。人に見られていることを意識してしまって、怒ったり、二人でケンカしたり、できない(笑)。きれいに片付けて、笑顔でいなければと気にしすぎてしまい、すごくフラストレーションがたまってしまいました。
今は内神田に構えた仕事場の片隅に、バーカウンターをIKEAの家具をアレンジしてつくって、時々“オフィス開き”をしています。
気が向いた時に友だちが集まってきたり、今日は建築カクテルバーをやるよって、SNSで告知して。家に人を呼ぶ人もいますが、それより、仕事場に呼ぶ方が私たちには居心地が良くて。リビングを仕事場に持つ感覚ですね。だから休みの日にわざわざ来ることもあります。
オフィスの一角にバーカウンターをつくった。夜は「建築カクテルバー」へと変身。
大西さん 何をどうシェアするのかって大事だと思っています。家なのか、仕事場なのか、人によって、いろんな個別解があるはず。それはいろいろなシェアを一度体験したからこそ、わかること。他人が入ってくることで、自分にとっての居心地の良い領域が見極められる。その経験はした方が良いと思います。
mosakiのふたりは、くもりのない目とやわらかな感性で、「建築」を「けんちく」へ解きほぐそうとしています。時に建築界の壁に体当たりし、さまざまな建物を見て、自分たちも暮らしの経験を重ねてきたからこそ養われてきた、振り切れた遊び心のある「ものさし」。自分のものさしを持つには、思い込みを捨て、建築や街や空間を“感じること”も必要なのだと気づかされます。
あなたは、どんな家に住みたいですか?今住んでいる家を、どうしていきたいですか?
ときに頭をつかうことを休めて、「けんちく体操」などしてみながら、感じてみてはいかがでしょうか?それがやがて、あなたの暮らしのものさしになっていくはずです。