みなさんが普段使っている「もの」で、一番古いものは何ですか?
あらためて身の回りのものを眺めてみると、祖母から譲り受けたパールネックレス、一人暮らしを始めたときに購入した、やかんや食器類など、10年、20年と月日が経っても使い続けているものが、きっといくつかあると思います。
つくり手として、何をつくったら“消費”されない時代がつくれるんだろう。そんな思いから、「消費者」を「つくり手」に変える、ものづくりの場を提供しているのが、ものづくりユニット「KULUSKA(クルスカ)」です。
ものづくりの楽しさや面白さを分かち合いたいと、広島から上京し、その後は鎌倉へと拠点を移して5年になる「KULUSKA(クルスカ)」の藤本直紀さん、藤本あやさんにお話を伺いました。
つくる楽しさを、つくり手だけでなく「暮らすひと」へ届けたい
写真左:藤本直紀さん、右:藤本あやさん
広島出身の職人である藤本直紀さんと、デザイナーの藤本あやさん。おふたりが展開する、ものづくりユニット「KULUSKA(クルスカ)」は、長く大切にものを使ってもらうために、革小物を中心とした、つくりたい人を支援するワークショップを各地で開催しています。
そのひとつが、「自分でつくる教室」。デザイン経験や皮革を扱った経験を問わず、ゼロからのスタートで自分でつくることに挑戦していきます。思い思いのアイデアを持ち寄って一緒につくる時間は、約3ヶ月を通して全6回。トートバッグやiPhoneケース、定期入れ、カードケース…と、自分がほしいものを、自分で考えたデザインでつくられます。
「自分でつくる教室」1期生のみなさん。「こうだったらいいな」を形にしていきます
みなさんがつくった作品。とてもゼロから…には見えません。どれも世界にひとつだけの一点モノ
自分のほしいデザインが、その場で形になっていくのって、すごく楽しいことだと思うんです。アイデアを形にする時間を共有することで、新しいデザインが生まれていく。この楽しさを、つくり手だけが知っているのではなくて、みなさんとも分かち合いたくて。
道具はもちろん、技術面ではフォローしますが、アイデアは持ち寄ってもらい、実際に自分の手を動かしてみる。そうすることで、本当に欲しかった自分だけの「もの」ができ上がって、愛着を持ってもらえると思うんです。それに、自分でつくると、つくり方が分かるし、直し方も分かります。
ものに愛着を持つためのプロセスが、自分でつくるということ。つくる工程では集中しているので真剣そのもの。たとえ会話がないときも、みんな口元が緩んでいたりするのだそうです。
クルスカの出発点は、誰かの心に届くようなものづくり
藤本直紀さんは、学生時代から服飾と皮革の技術を学び、ファッションショーや舞台衣装などを手掛けてきた人。職人としての仕事は、シャツのオーダーから始まりました。
当時は、まちの洋服屋さんというイメージですね。ワンピースや帽子など、アイテムを決めてはオーダーをいただいていたんです。面白いように、みんなサイズが違う。サイズだけじゃなく考え方も趣向も違います。その人にとって“ちょうどいいものって何だろう”と考えながらつくっていました。
デザイナーである、藤本あやさんは、ものづくりをコミュニケーションと捉え、つくる前からつくった後まで、どう伝えるかを考えて形にしていきます。
「もの」が「ストーリー」を語ってくれることがあるんです。まさに「物語り」。そんな物語りに触れる「きっかけ」があったらいいなと。デザインは、表層的な関係ではなく、顔が見える関係を大切にしたいと思っています。誰かに気持ちが届いて、接点が生まれて心が通っていくような。
一点モノのオーダーを受けていくうちに、誰かの心に届くようなものづくりを意識するようになったといいます。
小さなものづくりを、小さな声のためにやっていくことと、手でしかつくれないものにこだわりたいんです。ひとつの「もの」を大切にする気持ちは、誰かのために手紙を書いたり、料理をつくることに似ているかもしれないなと。
「つくり手」と「つかい手」が、ときに迷いながらもひとつの形にしていく楽しさを分かち合うこと。クルスカが大切にしていることは、ものが消費されてしまわないように、長く大切に使いたいと思う気持ちを育むことなのです。
レーザーカッターという新しい技術との出会い
そんなクルスカは、国内外で活躍するデザイナーと企業や福祉施設などを繋げ、新しいモノづくりとコトづくりに取り組む「スローレーベル」というプロジェクトに2011年に関わります。
大量生産では実現できない自由なものづくりを目指してつくったのは、革製のサンダルに、肌触りのいい「さをり織り」の鼻緒をつけるというものでした。
鼻緒部分が「さをり織り」のサンダル
このプロジェクトでは、福祉作業所に発注するために、つくりやすいものづくりを実現する必要がありました。革のサンダルの組み立てというものづくりの仕事を提供することは、実はずっと考えていた、地域に仕事をつくりたいという思いとも重なっていたんです。福祉作業所で活動している方々は、「ハンディキャップを持っている人」ではなく「常に挑戦する人」だと捉えています。
最初はシンプルなデザインにして、簡単な作業にすることを考えた藤本さんですが、型紙をつかって革を切ったり、穴をきれいに開けることは、意外と難しい。そのハードルさえ超えられれば、組み立て作業は誰にでもできると、あらかじめレーザーカッターでパーツを切り抜いておき、最後の縫製や接着部分を依頼するという方法にたどり着きます。
レーザーカッターを使える施設を探して、ファブラボ鎌倉と出会いました。手仕事を得意とする職人が、いきなりデジタルの世界に飛び込んだわけですが、目的があったので苦になることもなく、イラストレーターをつかって図面を作成することも、徐々に覚えていきました。
デジタル加工のよさは、つくり手の幅を広げるだけでなく、「消費者」を「つくり手」にすることにもあると思うんです。つくり方そのものを変えることもできます。完成品を購入して終わりではなくて、自分の手を加えるから、自分だけのものになる。つくる側にならないと分からない難しさや楽しさを、同時に分かち合える方法に出会いました。
つくる楽しさとアイデアを、世界へシェアする
ファブラボ鎌倉で作業をする藤本さん
昨年、世界中を旅しながらものづくりをしている、ファブラボノマドのJensと日本で出会います。彼は旅先の人たちと共にプロジェクトをしていました。そんな彼がアフリカへ旅立って数週間後、一通のメールが届きます。内容は、「アフリカのファブラボのスタッフが、革を使用した観光客に販売できるものを考えている。一緒に考えてもらえないか?」というもの。打診の背景には、つくる知識を共有、交換するという、ファブラボの持つ「オープンソース」の文化がありました。
藤本さんは、役に立てるならと即決でレザースリッパの設計図をメール添付で提供。設計図がケニアにわたると、スリッパは現地でケニア風にアレンジされていきます。
ケニアでアレンジされたサンダル。熱がこもらないよう、つま先があいたデザインに。模様は大地のひび割れをあらわしています
デジタルの力を借りることで、離れていても、現地の素材を活用したものづくりが可能に。アレンジは自由。けれども、どのスリッパにもクルスカのロゴマークが入っています。
現地でアレンジされたサンダルの写真をいただいたときは、とてもうれしかったですね。地球の裏側までデザインが旅をしているような気がして。オバマ大統領の祖母であるサラ・オバマさんの手にも渡りました。孫であるオバマ大統領の顔と一緒に、クルスカのロゴが刻印されているなんて想像もしていなかったことです。
サラ・オバマさんの手に渡ったサンダル
その土地の風土や文化がデザインに反映されていくのを目の当たりにして、つくったものが自分たちの手を離れて、旅をするようだと感じたクルスカのおふたり。
「日本では、どんなアイデアが生まれてデザインされていくだろう?」と、自らも「旅するクルスカ」として、日本各地をめぐりながらワークショップを開催するようになります。
日本各地でつくられたサンダル
さらに今年は、ノルウェー、オランダ、バルセロナでもワークショップを開催することに。皮革にまつわる本場での学びの旅もしつつ、終着地点は世界ファブラボ会議国際シンポジウム「FAB10」への参加です。これまでのワークショップも含めて、ヨーロッパ滞在中の一連の旅の様子を一本のドキュメンタリー映像にまとめる予定なのだそう。
クルスカのワークショップは、ものづくりの敷居を下げていくことを目的としています。そのため、いつも限られた予算で行っていて、資金に乏しい状況が続いていました。
今回のヨーロッパの手仕事とものづくりを巡る旅も、当初は諦めていたところ、行ってほしいと仲間たちに背中を押されて。渡航費をはじめ、映像機材や旅の準備品などの費用になればと、友人たちが「旅するクルスカを応援する会」を立ち上げて応援してくれたんです。
そこから広がりが生まれ、応援してくださっている全ての方に、いくらお礼を言っても足りないくらいです。
左から友人代表の鈴木さん、クルスカ藤本あやさん、クルスカ藤本直紀さん、「旅するクルスカを応援する会」会長の猪原さん
「この旅の先には、どんなことがあるのか分からない」と話すクルスカのおふたりですが、旅の報告会は鎌倉、東京、名古屋、京都、岡山、広島などで開催されることが決まっていて、おふたりの旅はこれからも続いていきそうです。
おふたりが準備をしている「旅のノート」。旅の記録は、リトルプレスとして応援してくださった方へのおみやげにされるのだとか
実は私も、インタビューに乗じてリボンの革ブローチをつくらせていただきました。革の素材や色を選んで、ドット柄にするために丸く切り抜いて。つくる工程はもちろんクルスカのおふたりに手伝っていただきながらも、トントンカンカン手を動かす時間はとても楽しくて、毎日の暮らしの中で使うすべてのものを自分の手でつくれたら、どんなに素敵だろうと想像しました。
リボンの革ブローチ。制作時間は15分ほど。目の前で、自分のほしいデザインに仕上がっていきます!
クルスカのおふたりがつくりたいのは、ものがこれ以上“消費”されてしまわないように、自分自身の手を動かして、愛着のあるアイテムをつくっていくプロセスを体感できる場づくりなのだと思いました。
ほんの少し手を動かすだけで、「消費者」ではなくなるかもしれない。
「つくり手」と「つかい手」という図式を変えていくヒントがここにありそうです。
ちなみに、KULUSKA(クルスカ)とは、「テーブルの上でのお昼寝」という意味があるのだそう。せわしない日常から抜け出して、みなさんもたまには「ものづくり」をしてみませんか?