みなさんの周りに、がんになった方はいますか?
病気でつらい思いをしていたり、誰かに気持ちを聞いてもらいたいと思っていたりする方もいるでしょう。そんな方々にぜひ紹介したいのが、シンガーソングライターのSatokoさんが主催する移動式コンサートカフェ「カフェ フェリシダージ」です。
カフェ フェリシダージは、Satokoさんのミニライブとゲストのトークを聴き、お茶を飲みながらお客さん同士でゆっくり語り合える場所。Satokoさんの伸びやかな歌声は、聴く人の心を優しく包み込みます。
実は、Satokoさんはがんサバイバーです。2005年に慢性骨髄性白血病と子宮頚がんを発病。幸いにも子宮頚がんの手術は成功し、慢性骨髄性白血病は遺伝子的完全寛解から5年経過しました。現在は抗がん剤の服用はせず、定期的に通院しながら普通の生活をおくっています。
抗がん剤や手術を体験した者として、がん患者やその家族が語り合い、心をほぐせる場所をつくりたい。その思いから、Satokoさんはカフェ フェリシダージを始めました。
ギター1本で日本中どこへでも行くSatokoさん
新しい挑戦と突然のがん宣告
病気になる前のSatokoさんは、専門学校で学生にピアノを教えていました。「結構人気もあったし、仕事には何の不満もなかったんです」と話す、Satokoさん。しかし、10年くらい同じ仕事をつづけていく中で、少しずつ教えることがルーティンになってきている自分を感じていたといいます。
ある日さぼりがちな一人の生徒が、私に言ったんです。「先生、やる気ないね」って。ものすごいショックでした。認めたくなかった。でも、心の中で「ばれた」って思いました。自分がそういう風になってきていたのを見透かされたってわかったんです。
それがひとつのきっかけとなって、Satokoさんは思いきって仕事を辞め、一度本当にやりたい音楽を自分のためにやってみようと考えました。そして、手にしたことがなかったギターを始め、ボサノヴァに挑戦することにしたのです。
その頃、ある人との出会いから訪れた沖縄の宮古島に魅せられ、そこでの仕事も決まって、いざ行こうと準備をしていた矢先に、病名を告げられます。
検査には2ヶ月くらいかかりました。その間、バスに乗って外の景色を見ていても、何もかもが真っ暗に見えた。世界に黒いフィルターがかかっているように見えました。「死ぬかもしれない、もう覚悟するしかないんだ」という思いでいっぱいになったとき、ふいに本物の音楽が私の中に降りたんです。
この曲があれば、私という人間が生きた証を残せるかもしれない。一気に書き上げたその曲のタイトルは、「宮古の風」。Satokoさんが、初めて自分のためにつくった曲でした。
この曲は宮古島に伝わって島の人たちの間に広がりだし、アンサーソングをつくる人も現れはじめました。しかし、Satokoさんがそれを知ったのはずっと後のことでした。そのとき既に、長く厳しい闘病生活が始まっていたのです。
宮古島の海で
苦痛を越えて、人の力に
がん患者には、「身体的苦痛」「経済的苦痛」「精神的苦痛」「社会的苦痛」という4つの苦痛があり、その4つはすべて関連していて、切り離すことはできないといわれています。自らが痛みを経験したSatokoさんは、健康を取り戻しはじめたときに、自らの闘病の経験を活かして、苦しんでいる人の痛みを少しでも和らげる活動をしたいと考えはじめます。そして生まれたのが、カフェ フェリシダージでした。
「フェリシダージ」とは、ポルトガル語で「幸せの場所」という意味です。カフェとはいうものの、特定の店舗があるわけではありません。全国各地のレストラン、カフェ、病院、公共施設、ホール、寺院など、どんなところでも開催します。がん患者やその家族であったり、別の病気や悩みを抱えていたりする人が多く訪れますが、どなたでも参加することができる場です。
会場は明るく、リラックスできるように心配りがされている。
音楽には、人の心をノックする力があります。人間は賢いので頭でいろいろ考えてしまいますが、音楽を聴いているとシンプルに「好き」「会いたい」「食べたい」という意欲が湧いてきます。そうすると、普段ふたをして閉じている自分のことを人に語りたくなり、その人の行動までもが変わってくるんです。
不思議なのは、カフェ フェリシダージで誰かが語るとき、必ずそれを聞くべき人がその場にいること。「私はこうしているよ」とか、「こんな人がいるから会ってみるといいよ」とか、答えを持っている人がお客さんの中にいて、その日たまたまそこに居合わせた人たちがつながる瞬間がある。
私は、その場をつくっているだけで、そこに来ている人たち一人ひとりが、そのままで他の人を助けることができる才能を持っているんです。私はただ「人が出会うことを信頼する」、それだけです。
Satokoさんのおもてなしの心を感じて、お客さんの心もほぐれていく
つなげられていく想い
カフェ フェリシダージの活動をつづけていく中で、つらいこともあります。亡くなっていく人もいるし、時には亡くなる直前の人の前で歌うこともあるそうです。
それはとても光栄な機会だと思っています。その人の人生のエンディングに立ち会い、歌わせてもらえることの幸せ。失うことの悲しみは計り知れないほど大きいけれど、それを味わえるのも生きていればこそ。ありのままを見つめられるようになったのは、私ががんからもらった新しい強さですね。
「泣くことも数え切れないくらいあった。でもその一回一回が修行であり、誰かの希望になれるという確信を強めていった」とSatokoさんは語ります。これからも、一人の音楽家として、一曲でも多くいい曲をつくって、人を元気にしていきたい。
彼女は今、発病後行くことができなかった宮古島に、年4回ほど訪れ、毎回コンサートを開いてたくさんのつながりをつくり続けています。
がんになったことで「もう一度人生をやれる」と感じたというSatokoさん
これからやりたいこともたくさんあります。宮古の人たちが、自分たちの文化をつくり、発信していってほしいというのが私の夢です。それからボサノヴァという音楽をやっているので、ブラジルに行ってみたい。ブラジルでもカフェ フェリシダージをやりたいんです。
カフェ フェリシダージが、私だけのものではなく、誰かが真似して広げていってくれたらうれしいですね。誰が始めたかわからないけれど、カフェ フェリシダージっていうものがあって、私のつくった節回しが奏でられていたりして。自分も先人の素晴らしい音楽に育てられてきたので、そうやって音楽や思いが100年先、300年先つながっていけば、こんなにうれしいことはないですね。
がんという体験を乗り越え、音楽の力を人のために活かしつづけているSatokoさん。カフェ フェリシダージにはその思いに共感する人たちが集っています。