「豊かな暮らし」と聞いて、どんな暮らしを思い浮かべますか?
新鮮な有機野菜で、美味しい料理をつくること。
愛用品に囲まれて、毎日を丁寧に暮らすこと。
暮らしかたは、そこに暮らす人の”生きかた”も映し出しているようです。
でも、本当に自分にフィットする暮らしかたを見つけることは、難しいもの。そこで今回は、たくさんの暮らしを見つめてきた建築家の水野義人さん、三谷健太郎さんに、”これからの暮らしかた”のヒントを聞きました。
「いえつく」プロジェクトを通して見えてきたもの
日本人夫婦2人が移住して暮らすバリ島の住宅。敷地はウブド近郊。「いえつく」がデザインしたことは、現地の知人や大工さんとつながる仕掛けでした
家づくりを純粋に楽しもう。そんな考えから「いえつく」プロジェクトが始まったのは、2005年のこと。大学の建築学科の仲間6人が集まり、仕事というよりもマイプロジェクトとして、次々とユニークな家づくりを行ってきました。(2年前の記事はこちら)
「いえつく」メンバーの水野義人さん(左)と三谷健太郎さん(左)
メンバーは建築設計、広告、グラフィックなど、それぞれが会社勤めをしていて、週末や夜の時間を活用し、打ち合わせや設計をしています。「僕たちは週末でないと成り立たないことをやっている」というのは、メンバーの水野さん、三谷さんです。
水野さん 企業で働いていると、いろんな“しがらみ”があって本音が語れなかったり、経済という大きな仕組みに巻かれてしまうようなところが、どこかにあると思うんです。でも、仕事とは別の時間に、仲間と本心で話り合ううちに、どこか“仕掛け”のあるプランが生まれてきます。
三谷さん 週末にやるからこそ、仕事にせず思う存分議論ができる。自分がいいと思うことがとことんできる場です。メンバーが変わらず、何でも言い合える「いえつく」は理想的なチーム。理想的なチームなんだから、理想的なことをやろうよって言っています。
そんな「いえつく」の設計は、その人がどんな暮らしをしたいのかを、必ずメンバー全員で話し合うことから始まります。
三谷さん 家って、「暮らしかた」の戦略ツールだと思うんです。誰かから与えられるようなビジョンではなくて、自分で見つけていかなくちゃいけない。定型のものではないんです。でも実はそれだけじゃなくて、「自分が“外”とどうつながるか」の戦略ツールでもあると思います。ご近所さんに対して、あるいはまちに対しての。
「自分が“外”とどうつながるか」の事例として、水野さんは自然の中に建つバリ島の住宅「いえつく4」を紹介してくれました。
それは、両隣地からのプライバシーに配慮して、風が通り抜け、光が回折し、内と外が交じり合うような美しい住宅。バリの伝統的技術によってつくられましたが、バリの住宅工法は、その気候から基本的にメンテナンスフリーではなく、定期的な交換や手直しがベースにありました。
心地良いバリの気候を存分に感じられる“開いた”空間
水野さん 例えばアランアランという茅葺風の屋根は、3年から5年で取り替えなければいけないものなんです。そんなに頻繁にメンテナンスをする必要があるなんて…と思うかもしれませんが、「いえつく」は、家の定期的なメンテナンスをきっかけに、現地の知人や大工さんとの関わりから、現地のコミュニティを育てていくことを提案しました。
移住暮らしが始まるということは、そこでのご近所づきあいも始まるということ。現地の日本人コミュニティに頼ったところで、バリの伝統技術でつくられた屋根をメンテナンスすることはできない。だからあえて、現地で“つながり”をつくるデザインを仕掛けたのだといいます。
三谷さん 例えば都心のマンション暮らしだと、コミュニティがなくても暮らせてしまう。便利なサービスもたくさんある。でも、都心で「お任せにしてきたこと」は、バリ島ではきっと通用しないと思いました。そこに暮らす人とつながって、仲間になれるかどうかが、そのまま理想の暮らしにつながるのではないか。
だから、メンテナンスフリーの工業製品のような家をつくるのではなくて、少し手は掛かるけど、周りの人を巻き込み、手伝ってもらう“きっかけ”をあげたいと思ったんです。
豊かな暮らしって何だろう?
工業製品のような、自分で何もメンテナンスをする必要のない住宅。電話一本で何でも修理してくれるようなサービス。高機能、高性能なものに“依存”したり、手の掛からないことをよしとするのは、本当に豊かな暮らしなんだろうかと、2人は話します。
「いつかバリで暮らしたいです」と語る三谷さん
三谷さん そろそろ「不自由さ」に着手しないと、豊かな暮らしはできないんじゃないかと思うんです。不便さと言い換えてもいい。高価で一度手に入れてしまえばずっと使えるというものより、安価で、そのままでは使えないけど、自分で手を掛けてつくっていく。そのほうが、ずっと豊かだと思いますね。
「自分で手を掛けてつくっていく」事例として、水野さんは長野県にある佐久の診療所について紹介してくれました。大きな病院では難しい、真心のある医療を提供したいという開業医の思いに共感して「いえつく」が協力した、まちの診療所です。
水野さん この診療所では、薪ストーブ、温水式の床暖房、木サッシ、大きな軒など小さな積み上げの中で 断熱もきちんとコントロールし、消費エネルギーを減らしています。そのうえで、「慧通信技術工業」の手で、屋根に太陽光パネル、リチウムイオン電池で蓄電するという2段階工事で完成したオフグリッド診療所です。
「地域の高齢者や子どもが集う、集会場のような待合室を設けたい」という意思のもと、八ヶ岳を臨むスペースに薪ストーブと和室のある大きな待合スペースをつくりました
三谷さん こうやって、少しずつ“依存してきたこと”から抜け出す事例が出てきていますね。でも、都市部は依存度が高いから、なかなか抜け出せないし、ひとつ抜けても、全体からは抜けていないかもしれない。世の中がこうだから、という価値観ではなくて、自分なりの価値観を持つことが、そのまま暮らしかたの価値観になっていくのでしょうね。
2人の建築家が考える、これからの暮らしかた
建築家として、たくさんの人の「暮らしかたの価値観」に触れてきたおふたりに、ご自身が考える、これからの暮らしかたについて聞いてみました。
三谷さん 個人的には、親と一緒に暮らしたいですね。二世帯住宅って避けがちかもしれませんが、最後に頼れるのって親や親戚だなってひしひしと感じているところがあるんです。両親に介護が必要になったとしたら、介護をするのは当然自分ですし。近年では、二世帯住宅の支援制度を採用する自治体が増えつつあるようですね。
「週末は都市近郊でゆっくり時間を過ごすなど、二地域居住がしたい」と語る水野さん
水野さん それはいいですね。例えば、「三世帯同居」を行政が推奨してもいいですよね。経済的アプローチでなく、社会的アプローチというか。僕らのような30代は、これから親の介護も視野に入れていかないといけない。
これからの暮らしかたを考えるとき、ポイントになるのは「家族のありかた」であると三谷さんは続けます。
三谷さん 本来なら、10年後くらいの「家族のありかた」について、ビジョンを持っていないと家って建てられないものだと思うんです。どうなるか分からないけど、一度ビジョンを持ってみるということでもいい。そこは、建築家はもちろん、誰も教えてあげられないんですよね。
もしかすると、今は核家族化が進んでいるから、“家族感”の捉え方や10年先がイメージしにくくなっていて、昔より見つけにくいのかもしれません。
水野さん 建築って目的にしてしまいがちですけど、家族のありかたや、暮らしかたを見直す機会でもありますね。建築家である僕らだって、こういう暮らしがしたい、と明確に語れるかどうか…。「いえつく」のメンバーのような、議論ができる仲間がいることも重要だと思います。こういう暮らしがしたいねって言い合える相手がいれば、きっと一歩が踏み出せる。価値観の合う仲間をつくることこそ、暮らしをつくるのに必要なことなのかもしれません。
みなさんは、自分の「暮らしかた」を見つけていますか?
もしかすると「暮らしのものさし」は、次の世代に受け継がれていくような、それぞれの家庭の“それぞれの小さな文化”のようなものなのかもしれません。
そう考えると、見つけるのではなく、取り戻すという表現のほうがふさわしいのかもしれませんね。
この機会に、自分らしい「暮らしかた」について、ゆっくりと考えてみませんか?