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一杯のコーヒーが日常を変える!鹿児島発、人へ、街へと“イノベる”を広げる「coffee innovate」

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店長の濱野賢三さん

お気に入りの1軒をきっかけに、エリア自体に関心を持つようになった経験はありますか?よく足を運ぶお店にはどんな人が集まっているのだろう、そのまわりにはどんなお店があるのだろう。改めて見てみると、これまで見落としていた面白さに気付くかもしれません。

場所は鹿児島県鹿児島市、路面電車が走る交通量の多い通りに平行する県道沿い。表の喧騒と比べると少し緩やかな時間の流れるこの場所に、濱野賢三さんの営むコーヒースタンド「coffee innovate」はあります。「オリジナルの味を作りたい」と実験を重ねて見出した抽出方法で提供されるエスプレッソが人気の店です。

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店内の雰囲気

コーヒースタンドといえばカウンターだけの小さな店が定番ですが、ここは天井の高い開放的な空間と、ギャラリーにもなる別室が設けられているのが特徴。香りの強くないものであればOK、と外で買った食べ物の持ち込みを歓迎し、お店だけでなく街を回遊してエリアそのものを楽しんでもらうため独自でエリアMAPを作成するなど、ユニークな取り組みを続けています。

広さを活かして音楽やクラフトのイベントも開催され、クリエイターの間でも話題に。こちらの美味しいコーヒーと心地よさは鹿児島人の暮らしに浸透し、この店を利用することを意味する「イノベる」は地元の人にはすっかりおなじみの言葉になりました。

今回は店長の濱野賢三さんに、このお店を作った理由や開店前、開店後のエピソードについて、お話を伺いました。

自分の作ったコーヒーの「その先」を見たい

こちらがオープンしたのは2011年。彼が27歳の時でした。

濱野さんがコーヒーに興味を持ったのは鹿児島の繁華街・天文館で営業していたカフェに勤め出してからのこと。それまではコーヒーはただ苦いだけであまり好きではなかったそうです。

いろいろなコーヒーを知っていくうちに、スペシャリティコーヒーと出合い、コーヒー自体にユニークなフレーバーがあったり特徴があったりすることが面白いなと思って。しかも抽出するときに1g、1℃、1ccといった微妙なさじ加減で味わいが変わるんです。その奥深さにどんどんハマって、気付けば好きになっていました。

コーヒーだけでなくランチもデザートも提供するのがカフェのスタイル。サンドイッチの担当、ホールの担当、レジの担当とそれぞれが役割を持って接客するのはカフェでは当たり前のことですが、濱野さんは自分の作ったコーヒーを自らの手でお客さんに渡せないことや、客さんの反応を直接見ることができないことに不満を感じていました。

コーヒーが好きになるほどに募っていく「もっとコーヒーにフォーカスしたやり方ができないか」という思い。カフェスタッフ3年目の25歳の時に「自分の店をやろう」と決意し、密かに計画を始めたそうです。

カフェでの仕事を続けながら、スペシャリティコーヒーの知識を深めるため東京や大阪のセミナーに足を運び、どこに店を開くか、資金はどうするかなど、出店への計画を開始した濱野さん。そんななか勤めていたカフェの閉店が決まり、いよいよ本格的に動き出すことになりました。

当時はリーマンショックの影響下にあり、このタイミングで店を開くことに不安もありましたが、行政が募集をかけていた開業に関する助成金を知り、それも利用しながら資金を工面しました。

視点を変えて、においで選んだ店舗

カウンターのある部屋から扉一枚を隔てた空間は、ギャラリーや1日ショップなどに活用されています。
カウンターのある部屋から扉一枚を隔てた空間は、ギャラリーや1日ショップなどに活用されています。

もっとも苦労したのは場所選び。出身地である鹿児島にこだわるつもりはなかったそうですが、鹿児島でやるなら人通りの多い天文館で幅広く客を呼び込みたい、と考えていました。

でも天文館の物件は賃料が高い。同じくらいの金額を払うなら福岡の方が商圏的にいいし、雰囲気が好きな神戸・元町も意外と手頃な値段で借りられるし、と県外の物件も見に行きました。

そんなとき、彼の考えを変える出来事が。2010年に発行された、岡本仁さんの『ぼくの鹿児島案内』で紹介されている鹿児島の風景に「こんな価値観もありなんだ」と気付かされたそうです。別に天文館にこだわらなくてもいい。ほかの場所でまた違う価値をゼロから作っていけるんじゃないか。そこに可能性を見出し、改めて物件探しを始めました。

目線を変えると、鹿児島駅から市役所のラインがすごくいい感じに見えてきたそうです。名前に「鹿児島」と付いてはいますが、この駅の周辺は昔ながらの商店が軒を連ねるエリア。新幹線の終着駅でもあり、再開発真っ只中の鹿児島中央駅ほどの派手さはありませんが、利便性はありながらものんびりとした空気が漂っています。

そして出会ったのが今の物件。鹿児島市役所のちょうど裏側にあたり、裁判所や弁護士事務所、文化施設の建ち並ぶエリアの真ん中にあるビルの1階です。天文館から歩いて10分程度、ユニークなお店が多いと評判の名山堀にも近い場所。この周辺の「においがいい」と感じた彼は、募集時は2つに分かれていた部屋を一括で借りることにしました。

計画から2年も経っていて、思うような物件がなくて焦っていたのも正直あります。ここはコーヒースタンドには広すぎるのですが、一括で借りることで賃料をだいぶ下げてもらえて。スタンドとしてはカウンターさえあれば機能するけど、あとのスペースをイベントや展示に使ってもらうことでうまく稼働すると思ったんです。

“イノベる”の誕生

官庁街であることから通勤時間の利用客は見込めたものの、昼間は人通りの少ない場所。この時間帯にも人を呼ぶために彼がとった行動は、広告を打つのではなくデザインに投資することでした。具体的にはコーヒー豆を入れるキャニスターやマグカップなどのグッズを作ること。鹿児島のイラストレーター・大寺聡さんにデザインを依頼し、オープンと同時にお披露目となりました。

coffee innovateのオリジナルアイテム
イラストレーター・大寺聡さんが手がけたcoffee innovateのオリジナルアイテム。お店のオープン時には、店内で大寺さんの個展を開催しました。

店の内装もコンクリートがむき出しだった壁を白く塗り、東京の街を自転車で走り回って見つけた照明や壁紙を配するなど、工夫を凝らしました。グリーンの壁紙についてはこれを背景に写真を撮る利用客が続出。さまざまなSNSで「今イノベってます」のコメント付きで拡散され、「ここはどこ?」と話題を呼んでいます。

お客さんから始まったこの「イノベる」という言葉は濱野さん自身もお気に入り。

単純にイノベートに来ているという意味で使われていたけれど、ここで人が出会って、インスピレーションが沸いて新しいことが始まる場面も何度か見てきました。もっと広い意味での“イノベる”が実現しているように思います。

“イノベる”の動きは店の外にも拡大しているようです。彼はお店の営業の傍ら、周辺にある自分の好きな店を紹介するマップをサイト上に掲載しています。繁華街の中ではなく周辺からピックアップし、「なにやらこの辺りは面白そうだな」と興味を持ってもらうのが狙い。

自分が好きなものを披露して、共感してくれた人たちが増えて、例えばこの近くに店を出すといった新しい動きにつながっていけばいいなと思っています。

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イノべるMAP
実際、コーヒーイノベートがきっかけとなり同店の入るビルにも新しい店が増えてきています。効率やマーケティングを追求したそれとはまったく異なる、感性でつながる自然発生的な街づくりが少しずつ広がっているようです。

コーヒースタンドの文化を広めるために

最近は鹿児島の各地でコーヒースタンドが利用できるようになりました。濱野さんはそれらの店のことをライバルではなく“仲間”と呼びます。

日常の中でのコーヒーの新しいあり方を浸透させていく仲間です。一日の始まりにリズムを整えたり、疲れた頭をシャキッとさせたり、ほっと一息ついたり、何気ない毎日の中でちょっとコーヒーを飲みに行くというスタンドの使われ方がもっと広がってほしいから。

濱野さんにとってのライバルは自動販売機やコンビニのコーヒー。以前、漁連の中央卸売市場内に週1回出張出店していたときは、すぐ隣に5台の自動販売機が並んでいたにも関わらず多くの利用があったとか。自分の持つ能力を提供し、対価をもらうこと。これが小商いの醍醐味だと濱野さんはいいます。

特にコーヒースタンドは少しのスペースでサービスを提供できます。マシンの移動は大変だったけど、自由に動くことができて、行った先で出会った人に喜んでもらえる。仲買人のおじちゃんたちとの会話はとても楽しかったし、自動販売機に勝てたこともとてもうれしかったです。

現在この出張スタンドは休業中ですが、自動販売機に勝つためには続けることが大事、ほかにもコーヒーを売れる場所はあるはず、と機会を狙っているそうです。

市場に出張していた頃の写真。今も店内で大事に飾られています。
市場に出張していた頃の写真。今も店内で大事に飾られています。

自店オープンの計画段階ではとにかく始めることに一生懸命で、5年後、10年後の展望は見えていなかったという彼。しかしながら27歳という若さで店を開けたことがよかったと振り返ります。

あのタイミングで店を始めていなかったら、またどこかに勤めていたかもしれないけれど、年齢的にも転職は難しかったのではないかと思います。早くチャレンジしてよかった。

業種にもよるけれど、人件費の安い海外や機械に仕事を取られたなんて話はよく聞くし、これからもこの動きは止まらないかもしれません。もちろん自分の店を持つことにリスクはあります。でも勤めていてもまた別のリスクがあるんじゃないかな。

目下の目標はお店をもっと地域に根付かせて、近隣に住む人にいいように利用してもらうこと。濱野さんのチャレンジはこれからも続きます。

社会に提供できる能力を身につけたら、自分のようにどんどんチャレンジしてほしいという濱野さん。まずはやってみること。そこから見えてくるものもあるということを、彼自身の経験が証明しているようです。

人に誇れるだけの能力があるか、自信を持って提供できるか。そこをクリアしたすべての人に「小商い」を始めるチャンスは巡ってきているのかもしれません。