(c)Yuko Nara
“街おこし”が日本各地で、そしてさまざまな方法をもって実践される今日。NPOを設立するでもなく、ホームページをつくるでもなく、活動メンバーを広く集うこともない。そんな街おこしの方法があると聞くと、ちょっと気になりますね。
今日は、日本人なら誰しもが一度は食べたことのある“おむすび”を使って、街おこしに取り組む「オトメゴコロ」の義本紀子さんにお話を伺いました。
大阪府では、お米も海苔も採れるんです
義本さんのつくるおむすびは、お米も海苔も具材も、全て大阪府泉州産のもの。
ちょっと待って、”泉州”ってどこ? と思う方が多いと思います。泉州地域とは、大阪府堺市以南に広がる9市、3町で構成される、海に面した地域を指します。
「大阪」と聞くと、畑地や田んぼなんてない、というイメージがあるかもしれませんが、この泉州地方では、ベッドタウン化が進む一方で、今でも農産物の生産がちゃんと続けられているのです。全国的にも有名な水ナスの名産地も、ここ。年間約二千トンもの生産を誇ります。
しかし、今から約二十年前に開設した関西国際空港の開発にともなう財政難が、未だに尾を引き、義本さんが住む泉佐野市は、財政健全化団体に転落。2012年には”市”の名前を命名する権利を売るという、新市長の大胆な政策が話題にもなりました。
「オトメゴコロ」代表義本紀子さん。かつてはご実家が造り酒屋さんを営んでおられました。屋号の「オトメゴコロ」は、当時のお酒の銘柄「乙め心」に由来しています。(c)Yuko Nara
ある日のおむすび。写真左から、大阪府貝塚市木積(こつみ)産ヒノヒカリの甘みを、特別なミネラル配合の塩が絶妙にひき立てる「塩むすび」、泉州産の海苔でくるりと巻いた「泉州海苔」、自家製海苔の佃煮がたっぷり「生海苔佃煮」、地元の酒蔵「北庄司酒造」の酒粕が隠し味。甘辛さにハマること請け合い「焼きねぎ味噌」、大阪府泉佐野市が誇るブランド豚のそぼろ入り。クセになる美味しさ「犬鳴きポークそぼろ」、やや小粒で肉厚。昔ながらのいい塩梅が嬉し、懐かし「金熊梅(きんゆうじうめ)」の合計6種類。(c)Yuko Nara
持続できる街おこしを
義本さんは泉佐野市で生まれ育ち、京都の美術大学でデザインを学びました。卒業後はフリーランスのグラフィックデザイナーとして、仕事を受注していましたが「今どきのカッコいいものをつくれるわけでもない。デザインは生涯の仕事じゃないのかもしれない」と常々思っていたのだそう。
そんなある時、里山保全などを行う泉佐野市の財団法人で、デザイナーとしてアルバイトを始めました。
最初はデザインの仕事だけをするのかと思っていたら、入った団体が実にいろいろ手掛けていたのです。例えば、田植え体験をみんなでやったり、里山保全の一貫で乳牛を飼って、堆肥をつくったりしていました。
ここでの仕事を通して、色んな街おこしの活動に取り組む人たちと知り合うようになりました。彼らの活動がすごく面白くて、お手伝いするうちに、自分でも何かやってみたいなと思うようになったんですよね。
生まれてはじめて自分の地元をフィールドに、活動を始めた義本さん。「ええやん、地元」と、次第にその良さに気づき始めました。しかし、街おこしを手掛ける人々の活動を目の当たりにして、ある”ひっかかり”を感じていたと言います。
色んな団体が街おこしの活動はするものの、そのほとんどが助成金をベースにしている。助成金があるときは、わーっと盛り上がるものの、助成金がなくなるとしょぼんとなる。自分は「そうじゃない持続できるまちおこし」がしたいなと思ったんです。
そうは言うものの「何ができるのだろう」と悶々と考えあぐねていた義本さん。ある日友人に誘われて、神戸で開かれた「アースデー」のイベントに出掛けました。
お昼にお腹がすいて、何か食べようと思ったとき、パンしか売ってなかったんですよ。でも自分たちは“ごはん”が食べたいと思った。そこで友人と「来年ここで、おむすび屋さんを出そうか」という話になったんです。昔大学の学祭で、お茶漬け屋さんをやったのを思い出して、そのノリで(笑)。
イベントに出すおむすびのことを考えていると、ある日「泉州地方って色んな農産物が採れる。お米から具材まで全部泉州産でおむすびをつくったら、街おこしにならないかな?」と思いつきました。行動力抜群の義本さんは、来年の「アースデー」まで待っていられませんでした。とりあえず家にあった3合炊きの炊飯器で米を焚き、「握ることの練習になるから」と、おむすびを握り、近所の公園でおむすびを売り始めたのです。
とはいえ、いちばん最初は地元の農家さんとつながりがあるわけでもなかったので、泉州産ではないお米を使っていました。15個作っては、15個がまるまる売れずに残ってしまう日もあったとか。
義本さんがおむすびにこだわったのには、実はもうひとつ理由があります。
泉州地方ってとても広いのです。街おこしは各地で行われているものの、各市がそれぞれ個別に活動しているのがほとんどです。でもおむすびなら、各地で採れる農産物をひとつに合わせて、「泉州」という地方全体をアピールすることができるかもしれない、そう思ったんです。
美味しい素材は、ここ、そこに!
公園でおむすびを売る傍ら、市の町家で行われていた朝市のイベントに出店する、といった生活を一年ほど続けていた義本さん。売れ残ったおむすびを自分で食べながら、「このままではいかん」と、あるとき一念発起したと言います。そこで「タタミ一畳マーケット」と題して、タタミ一畳分(190センチ×96センチ)が出店者のスペースになる、というマーケットイベントを主催し、そこでもおむすびを売り始めました。
「タタミ一畳マーケット」の様子。義本さんがもともと出店していたイベントに集っていた人々に声を掛けると、「それは面白そう」と参加希望者が続々と集いました。
イベントを通して、思いもよらぬ運命の出会いもありました。ふらりと目の前を通りがかったおばあちゃんが「うちでもお米つくってるねんけどな…」と呟いて、さりげなく通り過ぎてしまいそうになった瞬間。「ちょっと待って」と、義本さんはおばあちゃんを引き止めました。よくよく話を聞いてみると、親戚の家ではお米が余っていると言うではありませんか。
そのお米を食べたら、もっちもちで美味しいこと。秋田でも新潟でもなく、泉州で。こんな美味しい米があったんや、と私自身も衝撃でした。
義本さんのおむすびは、大阪府貝塚市木積(こつみ)産のお米を使用。農家のおじいさん曰く、もちもちした食感の秘訣は「この粘っこい土がええんしぇ(良いんだ)」。
そのあまりの美味しさに魅せられて、お米の味を最大限に活かす、看板メニュー「塩(えん)むすび」が開発されました。米と塩だけで、具も海苔もいっさいなし、という真剣勝負のひと品。10個につき1個、このスマイルなおむすびが仕込まれているという、ユーモアも忘れないのが「オトメゴコロ」。
おむすびをつくる傍らで、地元の街おこしの活動にも積極的に参加していた義本さん。あるNPO団体が主催する街おこしのためのバーで、地元の新鮮な野菜を使い、即興でおつまみをつくるお手伝いなどをするうちに、次第にご縁にも恵まれ、地元のきらめく食材たちが次々と手元に集まってきました。
それらをどうおむすびにフィニッシュさせるかが、義本さんの腕の見せ所。泉州産の食材だけでつくるおむすびの種類、今ではその数、ゆうに40いや、50種類を越えるとも言います。
新メニューの「泉州キャベツのリゾット風」。キャベツをリゾットにして、おむすびにするという斬新な発想。関西国際空港を擁する街にふさわしい?ちょっぴり国際的なおむすび。キャベツのやさしい甘さにコショウのアクセントが効いています。
義本さんが店を構える大阪府泉佐野市は、キャベツの産地。大阪府の冬キャベツの生産量11,000t(全国10位)のうち、泉州地方が主な産地なのです。
手際よく結んだおむすびに海苔を巻き、袋につめていく義本さん。手のひらでまあるく、転がすようにして握ります。1日に150個〜200個ほどつくるそう。(c)Yuko Nara
泉州と他の街を、おむすびで縁結び
義本さんは、火曜から木曜までの週3日、泉佐野市内に構えたお店で、朝の5時過ぎからせっせとおむすびをにぎる一方で、京阪神の各地で開催される街おこしのイベントにも積極的に出店しています。これまで大阪ABCホールで開かれた「春の文化祭」や、靭公園で開かれた「森の集い」、大阪府・河内長野は延命寺での東日本大震災チャリティイベント、などに出店してきました。
「オトメゴコロ」は、材料をすべて泉州産のものにこだわりますが、他所で出店するときには、ちょっとスペシャルな試みも。
震災復興のイベントとして、大阪の「千林100円商店街」に出店し、気仙沼のいかの塩辛を具材にしたおむすびを1日限定で販売。
地元でおむすび屋を営むだけでなく、他所で開かれるイベントに出店するのはどうしてでしょうか?
泉州で開催されているイベントだけでは、地元の人には食べてもらえるけど、他の地域の人達に、泉州の良さを知ってもらえる機会って、あまりないんです。関西空港は出来たものの、みんなホテルに泊まって、そのまままたどこかへ飛び立って行ってしまう。だから、おむすびをきかっけに、こっちに足を運んでもらえたらいいなと。
ユニークな手づくりマーケットも定期的に開催
義本さんの活動は、おむすびをつくることだけではありません。先ほどご紹介した「タタミ一畳マーケット」に加えて、ふろしき1枚に売れるものを包んで、広げたふろしきがそのまま出店者のスペースとなる「ふろしき手づくりマーケット」。出店者は全員男子ばっかり、というユニークな「手づくり男子マーケット」を定期的に開催。出店内容は、雑貨、スイーツ、時にはマッサージなど手づくり&手仕事ならば何でもOK。ユニークな出店者がいつも目白押しの大盛況です。
中でも「ふろしき手づくりマーケット」は「出店の事前申し込みも不要」という、主催する側にも出店する側にも、双方にとってラフな仕組み。開始からまる3年経った今では、毎回約30組の出店者がコンスタントに集い、毎月いろんな出店者でにぎわうイベントに。ものづくりをする人たちのコミュニティ形成にもひと役買っています。
いずれのマーケットも、会場に使用しているのが「旧新川家住宅(泉佐野ふるさと町屋館)」と呼ばれる18世紀末に建てられた町屋。この辺りは(これもまたあまり知られていないことですが)古くは熊野詣の街道町としてにぎわい、江戸時代には漁業、廻船業、綿織物業などによって、町人文化が開花した地域でもあるのです。
義本さんがマーケットを開催する通称「新川家」は、江戸時代より醤油製造を手掛けていました。現在は残された家屋が泉佐野市の所有になり、一般市民に公開されています。
この周囲には井原西鶴の「日本永代蔵」に登場する豪商「食野家」が所有していた蔵が点在しています。
こんな良い場所があるのに、あまり知られていなくて。でもここでイベントをしたら素敵な町家を訪れるきっかけになるかもしれないと。出店者の中には、地元の人だけじゃなくて、大阪市内や遠くは長野県から来てくれた方もいます。結果として色んな人にこの街を知ってもらえることになりました。
おむすびのコツは「結ばないこと」
おむすびのアイデアと出会ったとき、「これぞ、私の仕事!」と心の中で叫んだという義本さん。おむすびにしたい食材がいっぱいありすぎて困る、というほどにアイデアが溢れているようでした。
おむすびを結ぶコツは?と聞くと「結ばないことかな」と間髪入れずに、答えてくれた横顔に、義本さんのおむすび哲学を感じます。
私が握りすぎると袋の中で堅くなっちゃう。私はあえて形を整える程度で、あとは袋の中でほどよい握り具合になっていくんです。
店頭では契約農家さんから届いた採れたての新鮮な野菜も販売中。農家さんに頼まれて置いてみたら意外と好評で、他の農家さんも続々と色んな地野菜を持ってきてくれるようになったとか。あえて結ばずに、自然の成り行きに任せる「オトメゴコロ」流で、ご縁の輪が広がっていきます。
「おばあちゃんになっても続けていたい」という義本さんが、こしらえてくれた、おむすび「生海苔佃煮」。取材を終えて、いただきました。実は、この海苔が採れる産地は、これを書く私の生まれ故郷でもあります。大潮の日には街のすべてをひたひたと満たしていた、あの潮の香りが、おむすびを口に入れた途端に広がりました。ああそうか、これってその土地にしか出せない空気の味。家それぞれに家庭の味があるように、地方には地方でしか出せない味がある、と気づかせてくれました。
大きな税収を見込んだ、大胆な秘策も大切です。しかし市民一人ひとりにできることは、この「空気の味」を伝えていく、これに尽きると思いました。
▲オトメゴコロ 泉州おむすび
火水木am8:00〜18:00 売切れ御免
大阪府泉佐野市市場西3-4-31
TEL 072-462-0014