島暮らしってどんなイメージがありますか?
目の前が海って素敵!でも、ちょっと大変かな?
祝島(いわいしま)は、瀬戸内海に浮かぶハート型の小さな島。対岸4キロ先に上関原子力発電所を建設する計画があり、島の人たちは30年にわたって反対運動をしてきました。
広島から島に移住し、食堂を営む「たかちゃん」こと芳川太佳子(よしかわ たかこ)さんに、3周年を迎える「こいわい食堂」の現在と島の暮らしについてお話をお伺いしました。
山口県熊毛郡上関町祝島。美しい自然に囲まれた、面積7.67㎢、人口457人(2013年8月)の小さな島です。
山口県熊毛郡上関町の室津港から定期船に乗って30分ちょっと、船を降りると、潮の香りに混じって甘い匂いが鼻をくすぐります。潮に強い枇杷は島の特産で、枝打ちを行う秋は「びわ茶」づくりの最盛期。家々で発酵した枇杷の葉を焙煎していたのです。練塀(ねりへい)と呼ばれる島独特の石積の塀の路地を進んだところに「こいわい食堂」はありました。
祝島特産のびわ茶は、ほんのり甘い香りが魅力。
強い季節風に備え、石積みを漆喰で塗り固めた練塀の続く町並みは祝島ならでは。
水、電気、ガスの使用は最小限に抑え、自然の恵みに感謝しながら料理
「こんにちは」と引き戸を開けると、奥の建物から、「いらっしゃいませ」とスラリと背が高くて姿勢の良いたかちゃんがニコニコしながらヤカンを持って迎えてくれました。「ソーラークッカーを使うと、あっという間にお湯が沸くんですよ」と、傘型ソーラークッカーの上にヤカンを置くたかちゃん。びわ茶をいれてくれるそうです。
水、電気、ガスをなるべく使わないで、お日様や薪の力を借りてその恵みに感謝しながら料理するように心がけています。
こいわい食堂。練塀と同じつくりの石積み練壁にモダンなソーラークッカーがよく映えます。
たかちゃんが小女将(こかみ)を務める「こいわい食堂」は、祝島唯一の食堂として2010年11月にオープンしました(その1ヶ月後にはもう1軒軽食・喫茶店が開店)。営業は金・土・日・月のランチタイムのみで、1日8名程度までの完全予約制の食堂です。
こいわい食堂には5つのこだわりがあります。
1. 祝島の食材を使う。
2. お皿や調理器具は島にあるものを使う。
3. 合成洗剤は使わない。
4. かまどや七輪、ソーラークッカーなど、自立したエネルギーをなるべく使う。
5. 安心できる伝統的で添加物の入らない調味料を使う。
かまどでご飯を炊くのは大変かと思いきや、準備も含めて1時間もあれば炊けてしまうとのこと。
ご飯は「くど(かまど)」で釜炊きです。かまどでご飯を炊くことに憧れていたたかちゃんは、島のおばちゃん、民ちゃんから教わり、今では手慣れた様子で火を調節します。炊きあがったら、「見た目ほど重くないんですよ」と釜を軽々と持ちあげて食事をする部屋に。鍋助け(なべすけ)と呼ばれる四角い木の枠の上が釜の定位置です。
鍋助けは島の船大工、新庄さんの作。木造船がつくれる大工さんです。もう日本で数人しか残っていないそうです。この島には貴重なスキルを持った人がたくさんいます。
モノを捨てられない性分です。この店も、島にあるものを可能な限り利用してつくりました。新たに買ったものといったら換気扇くらいかな。
自然の恵み、島のみんな、お客様とのご縁に感謝の気持ちを込めて、毎日手書きする献立。
主役の釜炊きご飯(写真左)、祝島の食材、島のおじちゃん、おばちゃんがずらり総動員された献立に、たかちゃんの語りが加わればまさにそこは祝島劇場。
食事をする前に、たかちゃんはお釜の蓋を開けてご飯を披露し、献立の説明をしてくれます。半紙2枚に墨で書かれた「今日の献立」には、民ちゃんのひじき、一本釣り漁師まーちゃんの干し海老など、食材に関わる島の人々の名前がずらり。身振り手振りを交えて、愛おしそうにそれぞれのストーリーを語るたかちゃん。
島では、苗字でなく下の名前で呼び合うことが多いとのこと。年齢を重ねても、子供の頃からの呼び名のまま。全員が知り合いなのです。
釜で炊いたご飯、ご飯のお供、お味噌汁のこいわい定食が1000円。そこにオプションで氏本農園の豚肉、島の漁師さんの釣った魚、あるいは野菜料理を500円で追加することができます。
釜で炊いたごはんの美味しいこと!何杯もおかわりしてしまいました。干し海老でダシをとったお味噌汁は、びっくりするほどコクがあって、何か特別な調味料を使っているのではと思わず聞いてしまったほど。豚さんのモモスライスソテーは身が締まっていて噛むとじんわりと美味しさが口の中に広がります。
油は端切れ布で拭き取り、石鹸もシャンプーも使わない生活
食べ終わる頃、たかちゃんが袋から何やらとりだして、ハサミで切りはじめました。
着なくなったTシャツの端切れです。海を汚したくないので、合成洗剤は使いません。油ものはこのTシャツで拭いて、あとは島のおばちゃんたちが作ったアクリルたわしを使って水で洗うだけです。実は同じ理由で、お風呂に入る時も石鹸、シャンプーを使わず、お湯だけで洗います。
お皿を拭くためのTシャツの端切れ。島には週に2回、ゴミ回収船がきますが、たかちゃんがゴミを出すのは月に1度ほど。
「うちは、注文の多い料理店なんです(笑)」と、お膳の横に端切れがポンと置かれました。お客自らお皿の油を拭きとります。
お金を儲ける場所でなく、ひとつの舞台としての食堂
食事の後、島に移住したきっかけや食堂開店までの経緯などを聞きました。
たかちゃんが島を初めて訪れたのは、2010年のバレンタインデー。広島で働いていた頃、同僚から原発建設に反対する祝島の話を聞いて興味を持ち、島の現実を知るスタディツアーに参加したのです。
たかちゃんの「Myおいこ」。何かと便利な島の必需品。
島では「おいこ」と呼ばれる昔ながらの「背負子(しょいこ)」を背負って、おばあさんが山から降りてきた姿を見て、「日本昔話の世界が残ってる!!」と感動。4月にはまた戻ってきて、氏本さんの豚の放牧場「氏本農園」で3週間の実習を体験し、そしてすぐに家を見つけてもらい移住してしまったとのこと。展開が早い!
氏本さんは豚肉を東京などに出荷していましたが、島内でも食べられる場所をつくりたいと思っていました。そこで食堂をやってみないかとたかちゃんに提案し、2010年の11月には氏本さん宅の敷地内に「こいわい食堂」が誕生しました。
食事をする和室には、足を伸ばして座れる掘りごたつがあってくつろげます。
お金を儲ける場所でなく、ひとつの舞台として使おうと心を決めました。週4日営業の完全予約制にしたのは、島の暮らしを覚えるために移住してきたので、そのゆとりを保つためです。
食事前のたかちゃんの熱演を思い出し、「舞台」という言葉に大納得。献立は、既に手元にある食材をメインに、予約いただいたお客さんを思い浮かべながら、前日に決めます。
そんな話を聞いていると、突然訪問者が。近所のおばちゃんがやってきました。自然薯がとれたからと持ってきてくれたのです。
肉・魚・米はお金を出して買いますが、野菜はたくさんとれたからと今のようにお裾分け的にいただくことがほとんどです。お金を払おうとすると叱られます。そんなことをするのならもう二度とあげないと言われてしまうのです。
でも、もらいっぱなしにするわけにもいかない。そこでたかちゃんが考えたのが物でのお返し、つまり物々交換。
野菜をいただいた時に、自分でだいたい価格を決めて、ノートにつけておきます。ある程度の金額になったら、調味料や小豆をさしあげるようにしています。島では小豆や黒ササゲを塩煮にした伝統食があり、ご飯の上にかけて食べる習慣があるので、小豆はとても喜ばれるのです。でも実際には、いただくほうが多くてお返ししきれていない状態です。
買い物は選挙。自分でできることがあるのは希望。
調味料は原材料と作り方を吟味し、納得したものを取り寄せています。
店で使う調味料はこだわりのひとつ。保存料などを使わず、昔ながらの製造法でつくられたもの、リサイクルに多大なエネルギーを必要とするプラスチック容器などでなく、そのまま使い回せるガラス瓶に入ったものを選ぶようにしているそうです。
食材を買う基準はとても大切です。買い物は一種の選挙。私たちの選択によって未来が決まるともいえます。なので、気にしないという無邪気さはいけないことだと思います。まず一番身近な食べることから、自分のできる範囲で変えていくことを皆さんに考えてほしいです。
2013年10月中旬、たかちゃんは長野県松本市で「懐かしい未来」というテーマでお話し会を行いました。インドのラダックを舞台に、地元の良さに目を向け、伝統を大切にし、昔からの智恵を生かした「懐かしい未来」づくりこそが、本当の意味で持続可能な社会を実現できる方向ではないかと問う同名の本と映画に共鳴するもので、たかちゃんも同じ方向で島の未来を考えています。
丁寧に暮らしをつくっていくことが一番大切ではないかというお話をさせていただきました。例えば、政治や環境問題を議論することも必要ですが、私は日常の暮らしの主導権を握ることのほうがもっと大事だと思うのです。自分でできることがあるというのは、希望につながりますよね。地球という同じ家で暮らしている運命共同体として、みんなでつながっていきたいです。
電気代ゼロ、電磁波フリーのたかこハウス
たかこハウスのたかちゃんの部屋。身の回りのものも実にコンパクト。
たかちゃんの自宅「たかこハウス」に短期滞在し、丁寧で手作りな暮らしを実際に体験してもらう試みもはじまりました。元は農家だったという木造家屋は、中庭や台所に採光用の天窓がある明るい家で、電気なし、電磁波フリーの環境です。たかちゃんは携帯電話もパソコンも使いません。
巨大なエネルギーに依存した大量消費社会に疑問を持っています。単に、原発がダメなら再生可能エネルギーに転換するというのでなく、それだけ膨大なエネルギーを本当に使う必要があるのだろうかと問いたいです。島の暮らし体験では、燃料を自分たちで調達して食事を作ったりお風呂をわかしたり、自分の手や足を使って洗濯し、ろうそくの明かりだけで夜を過ごしてもらいます。
部屋の明かりはこの小さなキャンドル1つ。
たかちゃんの部屋の机には小さなキャンドルが1つ置かれていました。このキャンドルが、たかこハウス唯一の人工的な明かりです。こいわい食堂でも電気は極力使わず、電化製品も冷蔵庫だけなので、食堂の電気代は月に1000円程度。
こいわい食堂のバイオトイレ。便槽の中にオガクズが敷き詰められ、すべてが分解・堆肥化されます。
たかちゃんが実際にどのような暮らしをしているのか、1日のスケジュールを聞いてみました。
朝起きるとまず、神様、荒神様、仏様にお祈りします。それから手洗いで洗濯です。お店を1時間かけて掃除してから、料理にとりかかります。お客さんがお帰りになった後は、昼寝をしたり、ヨガをしたり、畑や山仕事の手伝いをしたりして午後を過ごし、夜は島の集まりなど人と会うことが多いです。
毎週月曜日の6時半から30分ほど行われる上関原発建設反対デモ行進には欠かさず参加します。また、週に1回、たかちゃんが「祝島未来会議」と呼ぶ集まりでは、20名ほどの仲間と、どんな未来にしていきたいかについて話し合っています。現在はビジョンを決めている真っ最中だとのこと。ビジョンをシェアすることで、共感する人々が島外からも集まりやすいのではという想いです。
島ですべてが完結する「懐かしい未来」へ
将来的に、この島ですべてが完結するようにしていくのが夢です。醤油などの調味料も材料調達から製造まで、すべてこの島でできて、洋服などもオーガニックコットンを栽培して、紡いで、それを服に仕立てるところまでやれたらいいな。
島で暮らしはじめて3年が過ぎ、振り返ってみると、年々少しずつ楽になっていることに気がついたそうです。
島には3つの流れがあります。自然の流れ、島のおじちゃん、おばちゃんの流れ、そして島の外から島を見る流れ。その中で自分のリズムをつくって、まっすぐ立つことはなかなか大変でした。でも、ようやく少しずつできはじめている気がします。それは、私を受け入れ、いつも助けてくださる島の皆さんと、こいわい食堂を応援してくれるお客様のおかげだなーと感謝するばかりです。
1ヶ月の収入は、月に6〜7万円。時給700円と計算し、7時間労働として1日に4900円。収入と支出はとんとんといったところですが、必要なものはほとんど揃っているし、ないものは工夫してつくればいいので、特に不便を感じていません。島の人たちもたいていのものは自分たちで修理します。ゆっくりゆっくり自分でできることを増やしていきたいです。
そんな頼もしいたかちゃんの次の目標は、島で結婚して子供を産んで育てること。食堂で料理してばかりなので、家で料理してくれる人がいいなーと微笑みます。
ハートの詰まった祝島で「懐かしい未来」づくりについて考えてみませんか?たかこハウスで短期島暮らし体験(1週間程度)をしたい仲間も募集中です。
こいわい食堂
営業時間: 金・土・日・月曜日の10:00〜15:00
完全予約制
予約方法:営業日の営業時間中に電話(0820-66-2231)で予約