旅は人生に刺激と学びをもたらしてくれるもの。「ずっと旅して毎日を送れたら…」そう夢見たことがある人も多いのではないでしょうか。世界中を旅してまわり、それが仕事になったら幸せですよね。
現実的な線で考えると、浮かんでくるのは旅行会社の添乗員や海外出張の多い商社マンなどでしょうか。でも、そのものズバリ「旅行家」と名乗って仕事をしている人もいます。それが神奈川在住の藤原かんいちさん(52)。
「HPの1アクセスにつき1円が使える日本一周の旅」「電動バイクで世界の巨木を巡る旅」「国道全制覇の旅」など、独自の旅の企画を考え、日本と世界を飛び回っています。
かんいちさんが旅行家になった経緯と、旅を仕事として成り立たせている方法を伺いました。
「この先には何が広がっているんだろう」世界と自分に対する好奇心
かんいちさんの初めての冒険は小学校5年生のとき。友人と一緒に相模川を探検し、そのわくわく感が忘れられず中学・高校と自転車で全国を旅します。自転車からバイクへ乗り換えたのは、デザインの専門学校へ通っていた20歳の頃でした。
友人から譲り受けて乗ってみたんですが、自転車と違って一所懸命漕がなくても前に進むでしょ。「これならどこまでも行けるじゃん!」って衝撃を受けました。扉が開いたような気がしましたね。
一週間、練習して、三週間、九州の旅へ。最初は予備のガソリンをどこで買えるのかも知らなくてホームセンターで探したりしていました(笑)
この先には何があるのか。自分はどこまで行けるのか。世界と自分に対する好奇心から、次々と新しい旅に挑戦し、少しずつ世界を広げていったかんいちさん。専門学校卒業後デザイン会社に就職しますが、一年半で退職して日本一周の旅へ。しばらくは一定期間仕事をしてお金を稼ぎ、貯まると旅に行く生活を送っていました。
旅にスポンサーをつける
海外を旅していると、出会った人から「スポンサーはいるのか」と聞かれることが何度かあったんです。旅にスポンサーをつけるという発想は今までなかったけど、もしそれができたら旅をする時間がもっと増える。これは挑戦する価値があると思って、さっそく企画書を書いて営業に行きました。
最初はバイクの部品提供から始まり、次はバイク本体の提供、その次は旅に必要な資金の支援…と、どんどんレベルアップ。また、バイク雑誌で旅のコラム等も書くようになりました。「旅費と自分の給料をスポンサードと原稿料だけでまかなえたら」。それも次の挑戦と捉え、一年かけて企画を練り、スポンサーと媒体を見つけました。その企画が、「世界の巨木を巡る電動バイクの旅」です。
本屋で巨木を紹介する写真集を見て、自分の何十倍、何百倍も長く生きている巨木の姿に圧倒されたんです。「会いにいきたい」と思いました。原付バイクでの世界一周はすでにしていたので、さらなる挑戦がしたい。
その頃ちょうど、ヤマハからパッソルという電動バイクが発売され話題となっていました。排気ガスを出さない、環境に優しいバイク。この企画にぴったりだと思いました。
かんいちさんはヤマハ発動機の本社を訪ね、メインスポンサーになってもらうことに。日刊スポーツ、アウトドア誌「ビーパル」等複数のメディアでも連載を開始。2004年から2008年にかけて、日本と世界の巨木を巡りました。
マダガスカルのバオバブアベニューは、世界の巨木に会ってみたいと思うきっかけになった場所
これ以降、かんいちさんは「旅行家」として、旅することだけで生計を立てています。現在は「国道全制覇の旅」の真っ最中。日本のすべての国道と道の駅を巡ろうと、旅を続けています。
誰でもできるけど、誰もやっていないことをやる
いまでこそ旅を仕事として成り立たせているかんいちさんですが、旅行家という職業は前例がありません。レールのない道を進むことに不安はなかったのでしょうか。
周囲からは「旅なんてして何になるんだ」と言われました。確かに、何にもならないんですよ。お金が減っていくだけ(笑)。でも、自分がやりたいことをやらないほうが不安なんだよね。「やってないじゃん、嘘じゃん」って。
社会に出たときすごい人にたくさん出会い、自分なんてちっぽけだと思う。その一方で、自分にも何かできるんじゃないか、すごい可能性を秘めているんじゃないか…かんいちさんはそう信じていたそうです。
大型バイクより原付バイクが好きなのも、それが等身大の自分のような気がしたから。原付って、車社会で一番小さい存在でしょ。すごい人がハーレーで世界一周するより、俺が原付で世界一周したほうが100倍すごいし、その挑戦自体がもしかしたら誰かに勇気を与えるかもしれない。そう思うとパワーが出ました。
冒険家はたくさんの技術とお金を必要とするけど、旅行家は誰でもできます。誰もが考えつくけど、誰もやってない。それをどうやって実現するのかということにわくわくするんです。
やりたいことを実現していく過程では、さまざまな障壁にぶつかります。でも、本当に好きなことなら乗り越えられるとかんいちさんは語ります。
それが夢のためだと思うと、節約していても楽しいんです。いまも、やりたいことだけやって生きているって事実だけで幸せですね。旅している時だけじゃなく、近所のコンビニでアイス食べてても「幸せだなぁ」って(笑)
ちなみにかんいちさん、ちゃんと結婚していて神奈川に家も持っています。夢を追って自由に生きている人の中には家庭を持つことを諦める人もいますが、両立しているのがかんいちさんのすごいところ。
専門学校の同級生と、31歳のときに結婚しました。初めて世界一周するとき「10日に一度手紙を出す」と約束したんですが、それをちゃんと守ったのがよかったみたいです。アフリカで郵便局探すの、大変だったなぁ(笑)
奥さんのヒロコさん曰く、「不安はあったけれど、つまらなそうに仕事をする人が多い中、誰よりも楽しそうに夢を語るかんいちさんに惹かれた」のだそう。普段は会社勤めをしていますが、ときにはかんいちさんと旅に出ることも。
巨木を巡る旅のときは、バイクでかんいちさんの旅をサポートしました。かんいちさんは「世界を旅していろんなものを見て、ますますヒロちゃんの良さがわかりました」とノロけます。
夫婦で世界一周なんて、憧れます!
足元にある小さな世界に、大きな世界が広がっている
そんなかんいちさんの次の挑戦は、意外なことに「旅」ではなく「写真」。20歳のとき自転車からバイクに乗り換えて遠くまで行けるようになったように、バイクからカメラへと道具を変えて新たな世界へ飛び出したいと話します。
「国道全制覇の旅」って、巨木を巡る旅に比べると地味だって思うでしょ?でも、僕にとっては変化のない風景の中でどれだけのものを見つけられるかっていう挑戦でもあったんです。
そうすると、蜘蛛の巣とか、道路のひび割れとか、一輪の花とか、小さなものに目がいくになって。それをよーく見つめてみると、サハラ砂漠の雄大さとか、モンサンミッシェルの荘厳さとか、世界を旅しているときに出会った感動と同じものを感じるんですよね。足元にある小さな世界に、とても大きな世界が広がっていたことを知りました。
「植物を眺めていると、とってもミクロな世界を旅している気分になる」とかんいちさん
その感動を多くの人に伝えたくて、かんいちさんは夢中でシャッターを切っているそう。散歩中に見つけた茂みで何時間も撮影していることもあるのだとか。しかも、カメラは一眼レフではなく、iPhone5のカメラ。遠くへ行かなくても、すごい機材を持っていなくても、身の回りに広がっている素敵な世界をたくさんの人に見せることができる。そう証明することが、かんいちさんの次の挑戦です。
今までとは違った挑戦なので、どうなるかはわかりません。でも、先がわかっちゃうとつまらないから。次は何が待ってるんだろう、って自分でもわくわくしています。
冒険の大きさは人によって違う。踏み出す一歩が5ミリでも価値がある
最後に、夢はあるけど将来が不安で踏み出せない人に対して、かんいちさんからアドバイスをいただきました。
「どんな生き方をしてもいい」とかんいちさん
まず前提として、無理に夢や目標を持つ必要はないと思います。そういうものを必要としない人もいるから。でももし、どうしてもやりたいことがあるなら、先のことは考えずにやってみたほうがいい。
やりたいと強く思うことって、きっと自分にとって必要なこと。僕はそう信じてやってきました。もしかすると、やってみて「違うな」と思うかもしれない。それも、やってみないとわからないから、一歩踏み出してみたらいいんじゃないかな。
でも、その一歩が中々踏み出せないものではないでしょうか。
それなら、ほんとに小さなことから始めればいいと思います。等身大の自分からちょっと飛び出すくらいの、些細なことでいいんですよ。たとえば、コミュニケーションが不得意だったら、声をかけてほしいオーラを出すとか…。いきなり誰かに話しかけようと思うと、ハードルが高いでしょ。って、これは僕の経験からなんですけど(笑)
あとね、「こんなことしたら周りからどう思われるだろう」って心配するかもしれないけど、意外と人は人のこと気にしてないから大丈夫です(笑)
人はいきなりは変われないもの。自分と小さな約束を交わして、それをちゃんと守ること。挑戦と成功の積み重ねが「やればできるじゃん」という自信につながるとかんいちさんは語ります。
冒険の大きさは人によって違っていい。一歩が5ミリだとしても、その人にとって頑張って踏み出した一歩なら意味がある。必ず次につながっていくと思います。
自分だけの大冒険の、小さな一歩。あなたも思い切って、踏み出してみませんか。
【おまけ:かんいちさんの夢年表】