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キーワードは”第二の人生”。大阪発、リノベーションでブアツイ街をつくる「マットシティ」

末村さんの事務所

特集「マイプロSHOWCASE関西編」は、「関西をもっと元気に!」をテーマに、関西を拠点に活躍するソーシャルデザインの担い手を紹介していく、大阪ガスとの共同企画です。

今では一般的となったビルの「リノベーション」や「コンバージョン」。日本でこの言葉が浸透したのはいつ頃だったでしょうか。

まだ「リフォーム」という概念しか普及していなかった2003年。当時、東京では六本木ヒルズをはじめ品川や汐留の大規模なオフィスビルが同時に多数竣工し、中小の貸ビルの空室率が一斉に高くなる「2003年問題」が取り沙汰されていました。東京だけではなく、大阪、名古屋や札幌などの日本各地で同じような話題が持ち上がっていたのです。

一方で、「いつかは郊外の庭付き一戸建てマイホーム」という従来型の将来像に共感できなくなった若年層が登場したり、それまで郊外へとスプロールしてきた人たちも高齢化が進み、病院や買い物場所に困らない便利な「都心居住」へのニーズが全国的にも高まっていった時代、でもありました。

そんな中、大阪でいち早く古ビルや中古マンションを再生させる「リノベーション」や「コンバージョン」を始めた人がいます。合資会社マットシティの末村巧さんです。


大川の目の前に佇む「ビル・リバーセンター」の6階が末村さんの「マットシティ」事務所。川側と道路側に窓があるため、圧倒的な抜け感があります。(C)NaraYuko

リノベーション・コンバージョンの事業をスタート

末村さんは35歳で独立し、マットシティを設立。アートアンドクラフト社と提携して「コンバージョン専門のディベロッパーがあればカッコイイなあ」と、新しい住宅供給スタイルのブランド化を目指しました。

当初は「リフォーム」と区別してもらおうと、建物に合わせて暮らすのではなく、自分たちの暮らしに合わせて間取りをモデルチェンジしようという意味で「リモデル」という言葉を使っていましたね。

後に「リモデル」は英語としてニュアンスが違うと感じ、建物に改修工事を施し、機能やデザインを変更する「リノベーション」と、改修工事によって本来の用途も変更する「コンバージョン」という言葉で事業を開拓していきました。


リノベーションが完成したパンフや販促ツールには、あえて間取り図を載せずに、訴求ポイントをうたうことも多いのだとか。(C)NaraYuko

事務所のインテリア


事務所には、「オープンハウスにもインテリアとして利用している」センスの良い椅子や雑貨が並んでいます。(C)NaraYuko

「2nd Cycle DEVEROPMENT PROJECT 〜新しく建てない家づくり」

Heritage PROTOTYPE ♯3白とブルーがかわいいホウロウ素材のアンティークなシステムキッチンを中心に空間を組み立てた。(C) 2nd Cycle DEVEROPMENT PROJECT
Heritage PROTOTYPE ♯3白とブルーがかわいいホウロウ素材のアンティークなシステムキッチンを中心に空間を組み立てた。(C) 2nd Cycle DEVEROPMENT PROJECT

ここでいくつかマットシティのプロジェクトをご紹介しましょう。

現在、日本の人口が約1億2700万人なのに対して世帯数は約5400万世帯(出典:総務省 統計局)。そしてマンションのストックは589万戸(国土省調べ)あります。それでもなお、新築住宅の着工が年間約80万戸(出典:株式会社野村総合研究所)行なわれているとされています。

そんなストックの中から次世代へ残すべき良質な建物を厳選、現代のライフスタイルに合うようにリノベーションし、大量供給システムでは実現しにくい付加価値を与える試みです。

昔一緒に働いていた仲間や大きなセクターと協働している事業です。新築マンションとして供給してきた企業の風土やポリシー、技術水準など、当時の経済環境や業界を目の当たりにしてきたメンバーが、次世代へ届けるべき物件、残すべきポイントを見極めています。

建物ですからその構造全体に気を配るのは当然ですが、壁や床に使われている建材、キッチンなどの設備機器などもひとつのプロダクトデザインとして捉え、優秀ならデッドストックとして積極的に利用するため、レストアし、そこからデザインを始めたりもします。

Heritage PROTOTYPE ♯4もとにあった素材を半分以上残したそう。「今まで手がけた中でも、かなり思い入れの強いリノベーションになりました」と、末村さん。(C) 2nd Cycle DEVEROPMENT PROJECT
Heritage PROTOTYPE ♯4もとにあった素材を半分以上残したそう。「今まで手がけた中でも、かなり思い入れの強いリノベーションになりました」と、末村さん。(C) 2nd Cycle DEVEROPMENT PROJECT

「ULTRA 2nd  COFFEE AND DINER」

京阪・地下鉄谷町線天満橋駅から徒歩3分ほどにあるコーヒーショップ「ULTRA 2nd COFFEE AND DINER」の経営も手がけています。

「街には広場のような誰でも集えるカフェ空間が必要だし、同じ街の住人として、ここはカフェであって欲しい場所でした」と末村さん。(C)NaraYuko
「街には広場のような誰でも集えるカフェ空間が必要だし、同じ街の住人として、ここはカフェであって欲しい場所でした」と末村さん。(C)NaraYuko

オフィスの向かいに中川ビルという素敵なレトロビルがあります。その1階にコーヒーのチェーン店があったのですが、退去する際にオーナーから相談を受けました。

チェーン店の店舗にはその企業のノウハウが蓄積されていますから、必ず跡形もなく潰して出ていくのです。ただ、そうされるとビルは相当痛みます。古いビルなので、それを回避しようと、退去する際の条件交渉をしました。

結果的に、元にあった店が何なのか分からないようにリノベーションすることを条件に、“設備を残して退去する”という交渉に成功したのですが、ただ、コーヒーチェーンの残していったキッチン設備で「カフェ経営がしたい」という担い手が見つからず、自分が経営するはめに(笑)

中川ビルの1階で“2nd Cycle”に突入したカフェでは、 働いているスタッフも新卒や学生ではなく第2の人生(2nd Career)を歩んでいる人を中心に構成されており、平均年齢も高め。面白いメンツが揃っているそうなので、カウンター越しに話しかけてみるのも楽しいかもしれません。

不動産屋としての機能と不動産メディア

ほかにもマットシティでは不動産屋としての機能も備えています。

不動産屋の仕事は古ビルや中古マンションのオーナーへのコンサルティングから始まります。それこそ年齢や家族構成、今後の展望など、人生のタイミングによって資産である建物とのつきあい方は変わります。オーナーが物件を手放すことを希望すれば、その物件に合った買い手を探します。もし資産として運用していくことを希望すれば、リノベーションの方向性やコンセプトを設定し、設計、施工、そして資産価値をずっと保つために、コンセプトに応じた施設管理や借り手の斡旋までを担います。

いくらリノベーションをして魅力的な物件に生まれ変わっても、不動産機能がないと買い手や借り手の元へは届けられません。そこで自分たちが手がけたリノベーション物件を発信するための媒体としてスタートさせたのが、「みんなの不動産」というウェブサイトです。

読み物としても人気の高い不動産サイト「東京R不動産」のスタートが2004年。こちらは、出回っているオススメの物件をセレクトし、独自の編集切り口で発信しているのに対して、「みんなの不動産」の特徴は、自社が手がけたリノベーション物件の一覧を閲覧できるカタログとしての機能です。

NPO法人水辺のまち再生プロジェクト

そして水辺。今あるルールの中でしなやかに水辺を楽しむ人を増やすため、自らプレイヤーであり続けるためのプロジェクトを実施中。それが結果的に改革へ結びつくことを感じているそう。

独立当初の2003年、中古物件を扱う中で「水辺」は景色も物件も非日常性が高く、もっと違う風景を作ったり、付加価値をつくることが出来るのでは、と思ったんです。そこで行政との交渉ごとなどを進めるNPOを立ち上げました。

今は理事も次世代が引き継いでくれていますが、考えているのは「水辺という公共空間を“いい感じ”に使いこなすプレイヤーを増やしたい」ということ。

恋人同士でゆったりと大阪の川を楽しめる、人気の「大阪ラブボート」(C)水辺のまち再生プロジェクト 恋人同士でゆったりと大阪の川を楽しめる、人気の「大阪ラブボート」(C)水辺のまち再生プロジェクト

それに関連して「みんなの不動産」と共同ではじめたのが、「水辺の不動産」。水辺に佇む物件ばかりを集めたもので、とても人気があるそうです。

不動産屋として水辺のまちの再生を考えたとき、「ライトアップの計画はできないけど、灯りがともらない部屋を使う人が増えれば、新たな夜景を作ることができる」と考えて始めました。今後は、ほかの街でも「みんな不動産」や「水辺不動産」をやりたい人と出会うのが楽しみです。

「みんなの不動産」のキャッチコピーは“大阪のひと味違う不動産情報サイト”。(C)NaraYuko
「みんなの不動産」のキャッチコピーは“大阪のひと味違う不動産情報サイト” (C)NaraYuko

新築マンション供給と中古マンション流通の分野では、それぞれ専門の事業者が存在し、そのマーケットが別々に存在するのが今の日本。2000年に入り、人口減少が始まり、新築マンションの戸数が減ったとはいえ、市場規模としては今でも新築マンション供給の方が圧倒的に大きいのが現状です。

もともとはリクルートコスモスという年間3,000〜5,000戸の新築マンションの供給する会社に在籍していた末村さん。“建てる”という経験を通して、大量供給の仕組みの中で出来ることと出来ないことを知ったからこそ、「中古でしかできないこと」を続けているのです。

イメージの源たち

『探偵物語』というテレビドラマに影響を受けました。ネオン街のビルの最上階が探偵の一室なんですが、部屋には綺麗なお姉さんがたむろってたり、ドアを開けると、隣ビルの非常階段でタバコを吸ってる人がいたり。いわば“都会に暮らす”憧れですね。映画『濱マイク』『フラッシュダンス』などもイメージの源です。

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末村さんの実家は大阪市港区の町工場。コンバージョンの原体験は、自分の部屋としてあてがわれた物置小屋にあるそう。(C)SuemuraTakumi

会社を辞めるキッカケになったのは、西宮のマンション開発の案件でした。用地買収を進めるなかで、歴史ある酒蔵を潰さなければならなかったのですが、そこには立派な桜の一本木で出来た梁が使われてたんです。

オーナーに「どうしてもこの梁を綺麗なまま取り外してほしい」と頼まれ、「工期が伸びる」とか「コストがかさむ」などという思いが頭をよぎりましたが、桜の梁を取り出してみるとそれが見事で。オーナーの感激ぶりも印象的でしたね。

古いものを生かすことの価値に思い至り、心が動き出した気がしたのはそのときです。それからはアレルギーが発症したかのように、どんどん壊すのが嫌になりました(笑)

理想の家族構成や間取図を書き連ねているような少年だったという末村さん。「建物や人物がまとっているストーリー」を大切に事業展開されています。

使い方はユーザーしだい、多面的に活用できる空間を

最後に、全ての活動の根源にある、想いを伺いました。

キーワードはやはり“2nd”。自分もそうですが、誰にでも「第2の人生=2nd career」がある時代になりました。多くの経験をもった2nd careerたちと仕事をするのが楽しいし、日本のスタンダードな考え方になるとも感じています。

第一の「career」で培った知恵で、家も、水辺も、街も、自分たちのモノとして使いこなす。何でもお金を払って人に頼むのではなく、自分で出来ることは自分でする。そうすることでモノゴトの道理を知り、プロの領域に敬意を払い、他人にもおおらかになることが出来る。そういう人が増え、価値観が混在することで、ブアツイ街も出来上がると思うんです。

オフィスの窓辺にあるチェアに腰掛ける末村さん。(C)NaraYuko オフィスの窓辺にあるチェアに腰掛ける末村さん (C)NaraYuko

常に供給者である必要はなく、共感できる企画には積極的にノッテ楽しめるユーザーでありたいとも思います。

みんな、ひとりのサラリーマンであっても、お父ちゃんの役や、週末ランナー等の、様々な側面があります。どうせならその時々の役を楽しみ演じて欲しい。そして、そんな役者が往来するような街が素敵だと思うので、その人らしさ・その(建)物らしさを磨きながらも、ユーザーが、その時々に応じて好きなように使える、そんな空間やコンテンツを作り続けていきたいと思います。

オフィスから眺めた風景。(C)NaraYuko オフィスから眺めた風景 (C)NaraYuko

35歳から約10年間、リノベーション業界で様々な実績を積み、今もなおNPO活動で若い人と活動をともにする末村さん。ますます雑多な人生を歩まれる彼と一緒なら、思い描いていた以上の“形”が見つかるような気がしました。