昨年、東京駅の駅舎に投影されて話題になった“プロジェクションマッピング”。実際に見たことのある人もいるかもしれません。プロジェクションマッピングとは、建築物などの立体物に、その立体物の2D・3D情報を持たせた映像を立体の形に合わせて投影することによって、リアルな空間変化を生み出す技法。立体物と映像がシンクロすることで、投影された動きが実際にそこで起っているかのような錯覚を起こします。
逗子市在住で「逗子メディアアートフェスティバル」実行委員長の石多未知行(michi)さんも、普段はそういった映像表現の仕事に関わる方の一人です。このフェスティバルは、2010年からはじまった、神奈川県逗子市で開催されるイベントです。今回は石多さんのお話しを交えつつ、当日の模様をお伝えしたいと思います。
小さな上映会から、町ぐるみのイベントに発展
まずはこちらの動画からご紹介しましょう。この映像は、2012年10月に開催されたフェスティバル中の町の様子と、逗子小学校で行われたプロジェクションマッピングの投影の様子です。
このフェスティバルでは、多くの人にプロジェクションマッピングの入口を開きたいということで「1分間プロジェクションマッピング」というコンペを開催しました。プロジェクションマッピングを実施するには建物の2D・3Dデータと高額な映像機材が必要になりますが、コンペに参加すると、あらかじめ主催者側で用意されたものを使用出来ます。2012年は日本全国、世界各地から19組のクリエーターが参加し、グランプリにはインドネシアから参加した「Sembilan Matahari」というチームが選ばれました。
逗子メディアアートフェスティバルは、このプロジェクションマッピングから始まりました。投影の舞台となった逗子小学校の校長先生が、石多さんと出会い「子どもたちを驚かそう」と発案したことからこの企画がスタートしたのです。
一年目は試験的な投影だけだったイベントが、3年目の2012年は町ぐるみのイベントに発展。最初は小さな上映会のようなものだったイベントが、石多さんの努力でどんどん拡大してきました。そこまでして石多さんがイベントを大きくしてきた背景には、どんな思いがあったのでしょうか。その辺りのお話を石多さんにお伺いしてみましょう。
暮らしにいい意味でショックを与えるメディアアート
石多 私は町の人たちや町の外に住むクリエイターやお客さんにフェスティバルに参加していただくことで、逗子の町を活性化させたいと思っています。今回のフェスティバルの柱のひとつに「まちなかメディアアート」というものがあります。これは日常的な生活空間をアートでいっぱいにしよう、というものです。例えば町の電気屋さんのモニターにアートを展示したり、コンクリートが剥き出しになった山の山肌にも映像投影をします。
逗子の町は、神奈川県の中でも、一番高齢者の割合が高い町なんですよ。その町にクリエイターが入り込んで来て町の魅力を発見したり、町の人との間に良いコミュニケーションが生まれれば、やがて良い循環が生まれて、経済の発展にも繋がっていくと思うんです。
宮越 なぜメディアアートなのでしょうか?
石多 現代社会は想像の枠を広げなくても生活できてしまうのですが、体験型のメディアアートには、想像の枠を広げる可能性があると思います。
アートに触れて「何が起きるのかわからない」体験をした時に、自分の中に微妙な変化が起こる。そういうことがすごく大事だと思うんです。私はそういった体験を美術館やギャラリーの枠を超えて広げたいと思いました。町のあちこちにアートがあれば、暮らしの中にいい意味でショックを与えられる。そういうことはアートだからこそできると思いますし、クリエイターはそういうことをやって行くべきだと思います。
宮越 子ども向けのプログラムが多いですね。子どもたちを対象にしているのはなぜでしょうか?
石多 子どもに限った事ではないのですが、一番は次の世代を担う人たちに伝えたいということです。子どもたちにとっても早い時期からクリエイティブなことに触れることは大事ですし、大人のクリエイターにとっても、子どもたちと触れ合うことはすごく刺激になります。
宮越 メディアアートが好きな子どもは多いですね。
石多 現代の表現なので、子どもたちの感覚にはフィットしますよね。子どもたちがそういうものを求めているのに、単に古いアートを押しつけたら、アートが子どもたちにとって「勉強」になってしまう。私はアートが単なる「勉強」になってしまっていいのだろうか、と思うので、子どもが自由に考えて触れられるメディアアートは良いと思います。
クリエイティブなものというのは、その時代を反映してこそ強い表現が生み出されると思うので、今の表現には今の人たちがまず触れるべきだと思うんです。
町の人がアートに足をとめる “まちなかメディアアート”
逗子小学校の体育館では、日本大学芸術学研究科の博士課程に在学中の和久井遥さんによるワークショップ「ドット ライン ドット」が行われていました。体育館の床に広げられた巨大なキャンバスに色々な形の映像が投影されると、子どもたちがその上にドローイングをしていきます。はじめは絵具で手が汚れるのをためらっていた子どもたちが次第に夢中になり、自由にドローイングをしていたのが印象的でした。
「まちなかメディアアート」の地図を持って町に出ると、商店街のあちこちにメディアアートが展示されています。花屋「エクスプレススタイル」に展示されていたのは応義塾大学大学院メディアデザイン研究科のJack Shawさん、穴井 佑樹さん、Pan Yupengさんによる「サウンド・ガーデニング」です。店頭に置いてある植物に触れるとサウンドが鳴ったり、メッセージを残したり、誰かのメッセージを聞いたりすることが出来ます。プログラミングされた植物とのインタラクションを通じて、町を歩く人々の間にコミュニケーションが生まれます。
こちらの映像は美容院「A-shu hair」に展示された加藤太一さんによる「FISHADOW : 魚影テーブル」です。生きた魚の泳ぐ姿が、影となってテーブル天面に現れ、不思議な影の世界を作り出しています。魚への安全性が気になるところですが、設計については長年金魚を育てて来た加藤さんが金魚養殖業者と相談をし、魚に優しい住環境を実現しているそうです。
町の人の顔が見える町おこし
このほかにもレストラン内にあるチャペルでの映像空間演出、保育園での作品展示など、さまざまな企画が実施されていました。また、フェスティバル連動企画として、日本大学芸術学部ではコラボレーション企画「日藝アーティストmeet 逗子」も開かれました。
町を歩いていて気づいたことは、商店街を離れると人気が少なくなり、たしかにかつての規模に比べ、町の人口は減っているということでした。
でも、文化による「町おこし」の意味を実感したのは、日が暮れはじめてからでした。プロジェクションマッピングの舞台となるフェスティバルパークに少しづつ人が集まりだし、日が落ちた頃にはパークが人で一杯に。がやがやと聞こえてくるのはアートの話ではなく、家族や友達、学校のことなど、血の通った生活の話題ばかりです。そこで町の人たちの顔を見た時に、はじめて「町おこし」の有効性を目の当たりにしたような気がしました。そして「町おこし」で大事なことは、限られた人口の中でコミュニティが充足しつづけていくことなのかもしれないと感じました。
パークで見たスケールの大きな映像は、町の人皆で見るにはとてもいい仕掛けでした。「光のラクガキ」という子どもが描いた絵のプログラムが投影された時に、嬉しそうな声が聞こえました。それはその絵を描いた子どもの声だったのですが、自分の絵が大きく投影されるのは、夢のような一瞬だったと思います。石多さんのお話では、来年はさらに逗子市と協力して規模を拡大するそうです。来年、そして子どもたちが大きくなった数年後、十数年後も楽しみなフェスティバルだと思いました。